消えた者達のその後
いなくなった人たちの話です。
ティングレイ皇城での惨劇の後、蓼沼達はバラムンド王国へ入っていた。女冒険者に姿を変えた天使に率いられ、王都バラムへの道を進む。その道中は無難といえば無難で、襲い掛かる盗賊団を悉く皆殺しにしながら、颯爽と進んでいた。
「今日は王都バラムで1泊します。明日は北へ向かいますから、今日は体を休めてください」
その天使の言葉に、一部の生徒達から反論が上がる。
「何で王都を出るんだよ! 俺達はバラムンドに仕えるんだろう?」
「そうよ、私達はバラムンドでいい思いが出来るからって…」
不満を露わにする生徒に、蓼沼は宥める。
「まあまあ、彼女にも色々と事情があるんじゃない? 道案内をお願いしてるのはこちらなんだから、そのくらいは我慢しよう」
蓼沼の言葉に、それ以上は言えなくなってしまう生徒達。それを見かねた天使が口を開く。
「これから向かう場所にて、あるお方が貴方達をお待ちしています。そこで貴方達は更なる力を得ることになるでしょう」
その言葉、特に「更なる力」の部分に色めき立つ一同。それを見ながら、蓼沼が天使に問いかける。
「それで、目的地まではまだかかるのかな? そろそろ生徒の中にも限界が来てる子がいるみたいだし」
「あと3日ほどですが…あまり戦力が低下するのはよろしくありませんね…わかりました。まずは今夜、貴方だけあの方に会っていただきます。あの方もきっとお喜びになるでしょうから」
蓼沼は一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻ると誰にも聞こえないように呟く。
「『あのお方』か…一体誰なんだろう? それに、生徒も…元々連れて行くつもりじゃなかったんだし…足手まといなら全員始末しようかって言おうと思ったんだけど…」
深夜、宿屋の1室にて、天使と蓼沼の姿があった。他の生徒は既に眠っている。夜の街に繰り出そうとした生徒もいたのだが、天使の魔法により強制的に眠らされている。
「それでは、あのお方の所に行きましょう。私の傍を離れずに」
「うん、わかった」
2人の姿が光に包まれて消えていく…
蓼沼が目を開くと、そこは神殿のような建物の中だった。石造りの建物は荘厳だが、かといって華美な装飾は一切見当たらず、実用性を重視したものだと窺える。
「さあ、こちらへ」
天使に促されて奥に進むと、一段と大きな部屋に到着する。まるでコンサートホールのような巨大な空間の奥に、一段高い場所があり、そこに豪奢な椅子がある。まるで玉座のようなそれに1人の少年が座っていた。蓼沼はその姿を確認して、体を震わせる。
年の頃は15歳前後だろうか、栗色の髪をした細身の少年だが、その瞳は蓼沼と同類の狂気ほ光を湛えていた。
「久しぶりだな、一樹? お前をこっちに連れてくるのに時間がかかっちまった」
「勇斗! 本当に勇斗なの! 」
そこにいるのは、かつて日本で自分の目の前で爆死したはずの親友…桐原勇斗がいた。
「俺はあの時、こっちに来たんだ。神から『魔神』を倒せって言われたんだけど、あまり偉そうなんで乗っ取ってやったんだ。でも、『魔神』の力が結構厄介で、倒しきれてないんだ。だから一樹に助けて貰いたかったんだ。でも、なかなか見つけられなくて…」
「そんなこといいんだよ、こうやってまた会えたんだから」
「…そうだな、一樹がいれば心強い。それで、一樹には力を得てもらいたいんだ。…こういう力をな」
桐原はその背から純白の2対の翼を出す。その翼が放つ目映い光に蓼沼は目を奪われる。
「大丈夫、一樹なら絶対制御できるから。そうそう、お前が連れてきた連中にも力をあげよう。制御できるかどうかわからないけど、駄目なら処分すればいい」
「そうか、わかったよ! また昔みたいに一緒に遊べるんだね!」
「ああ、思いっきり愉しもう。ここには獲物はたくさんいるんだ。人間だけじゃない、エルフに獣人、魔族…愉しいぞ?」
2人以外は誰も言葉を発しない空間で、2人の愉しそうな笑い声だけが響いていた。
翌日、蓼沼達はバラムを出発し、バラムンドの北へ向かった。そこはかつて世界戦争を引き起こした小国のあった場所だ。既にその小国は滅亡しており、今では呪われた地として旅人すら通り抜けることを嫌う場所とされていた。ノーザンと呼ばれるその場所に3日かけて辿り着いた蓼沼達は、3日前に蓼沼が連れてこられた謁見の間にいた。
「よく来てくれた! 俺が桐原勇斗だ、俺がお前達に力をやろう! 喜んで受け取れ!」
その言葉を合図に、桐原の両側に控えていた天使達が生徒達に近づく。
「え? 何? うわ! やめ…」
「いや! たすけ…」
生徒達は今まで味わったことのない感覚に翻弄されていた。何故なら、傍に来た天使が自分の体に溶け込もうとしているからだ。天使が触れた部分から、まるで元から一つだったかのように融合していく。ほとんどの生徒がその場に崩れ落ちていく光景を、蓼沼は愉しそうに見ていた。当然ながら、蓼沼は天使と融合済みで、その制御も自分のものにしていた。
「さあ、これがうまくいけば力を得られるんだ。頑張って」
他人事のように言う蓼沼の傍にはミレーネが付き従う。ミレーネは天使を受け入れるだけの素養が無いらしく、洗脳された状態のままだった。
「あれ? 向こうの何人か、動きがおかしくない?」
蓼沼は、謁見の間の隅の方で天使と融合した数人が不自然な動きをしているのが見えた。それは、道中で泣き言ばかり言っていた生徒達だった。
「ああ、あれは天使どもに自我を侵食されてるんだよ。もしかすると勝手に動くかもしれないが、放っておいてかまわない」
「反抗するんじゃないの?」
「あの程度の奴しか侵食できない雑魚なんて俺もいらない。せいぜい敵を引っ掻き回す捨石にでもなればいいさ」
言い終わらないうちに、生徒を侵食した天使達が桐原の下へ来て宣言する。
「私達はお前には従わない! 好きにさせてもらう!」
そう言うと、いきなり蓼沼の傍に現れ、ミレーネを奪い取る。
「こいつはいいエサになりそうだから、貰っていく」
そう言い残し、翼を広げると飛び去っていった。後に残った蓼沼達はそれを呆然と見ていた。特に危機感を抱いた様子は見えない。
「勇斗、放っておいてもいいよね?」
「ああ、あの程度の雑魚、俺達の計画の邪魔にしかならない。それに、まだ動く時じゃないからな。もう少し向こうを泳がせておいて、一気に叩く。あいつらもその為にいるんだからな」
桐原は天使と融合し、制御に成功した様子の生徒達を一瞥する。
「ふーん、ま、彼らも僕達のために動けるんだから光栄でしょ。いらなきゃ処分するだけだし」
「さすが一樹、俺の言いたいことが良く解ってるじゃないか」
「まあね、それに、そのほうが楽しそうだし」
笑顔を見せる蓼沼の傍に、天使を取り込んだ生徒達が近寄る。その光景を見ながら、桐原は呟く。
「もうすぐ…もうすぐだ。これでお前の力を全て奪い取れる…待っていろ…『魔神』」
謎の集団に拉致された一之瀬は、ルーセントの総本山の1室にいた。突然拉致されていきなり別の国に連れて来られたとあっては、さぞや消耗していることだろうと思われたが…
「ほらほら、そっちの子は右に、あなたは左に座って! やーん、何ここ、天国じゃないの? こんなに可愛い子がたくさん居るなんて!」
とある1室から聞こえる興奮した若い女の声。その声の持ち主こそがその部屋の主だ。
「ほら、あーん。遠慮しないで食べて? それともこっちの果物がいい? もうみんな最高! その擦れてない反応がすっごくイイ!」
室内には、1人の天使の姿。一之瀬恵が強制的に天使と融合させられた姿だ。しかし、その姿は一之瀬のままであり、その翼のみが天使であることを唯一窺える証明だった。現在、一之瀬は自室に少女達を招き、甲斐甲斐しく世話を焼いている。その少女とは、サラの複製体達だった。元々感情というものを細かく設定されていない複製体達は、一之瀬への対応に戸惑っており、それが一之瀬の琴線に触れまくっていた。
一之瀬は両刀だった。しかも、女性の方は少女、幼女が大好物という変態っぷりだった。かつて楓がラウラに言った『聖女には程遠い』という意味はここから来ていた。一之瀬は複雑な表情を見せる複製体を引き寄せると、ハグしたり、頬擦りしたり、キスしたりとやりたい放題だった。
「…まさかあの方が取り込まれてしまうなんてね…」
苦々しい表情で呟くのは第1位の巫女だ。実は巫女が勇者を攫った目的は、初代聖女の復活だった。初代聖女とは、実は吟と一緒に召喚された召喚者であり、世界戦争を引き起こした元凶でもある。天使の力を取り込んで暴虐を尽くしていたところを、吟によって魂だけの状態にされていた。しかし、消滅させるには至らず、ルーセントの関係者によって奪取され、総本山の最奥に封印されていたのだ。
拉致から2日後、総本山の儀式の間において、聖女との融合の儀式が行われた。一之瀬は突然襲い掛かる奇妙な感覚に抗うことが出来ず、完全に侵食されるのは時間の問題だった。しかし、ある想定外の出来事が一之瀬に味方した。
「巫女様、定時報告がございます」
そう言って部屋に入ってくる少女を、一之瀬は薄れゆく意識の中で視界に捉えた。
「 !!!!!!!!! 」
その意識は突然覚醒する。艶やかな焦げ茶の髪に健康的な浅黒い肌。エキゾチックな雰囲気を見せるその美少女は、両刀であり、なおかつロリ大好きな一之瀬のストライクゾーンど真ん中だった。それは一之瀬の裏の性癖を知らなかった巫女の、ミスのうちの一つだった。
本当は前島を連れてくるはずだった。前島に蓼沼のことを教え、自我を弱らせたところで侵食させ、奴を出し抜くはずだった。しかし、連れてきたのは別人。だが、その力は魅力的だったので、薬で思考能力を奪い、侵食させるはずだった。
『何でいきなり抵抗を? 大人しく私に食べられなさい!』
「何ふざけたこと言ってんの? あんな可愛い女の子を放っておくなんて出来るわけないでしょ? しかも雑用させるとか、マジ有り得ないんだけど!」
『何を言って…馬鹿な…こんなことが…嘘よ…』
今まで自身の性癖を隠してきた一之瀬だが、これ程の逸材を逃すことは出来なかった。まるでホームランボールについ手が出てしまう強打者の如く、無意識に一之瀬は全力で抵抗する。聖女の誤算は、一之瀬が隠し続けていたために溜まりに溜まった欲求が強すぎたことだった。一之瀬の体を奪おうとしていた聖女の声が段々と小さくなっていく。尤も、魂だけの状態なので、傍目からは一之瀬が1人でもがいている姿しか見えなかったのだが…
「五月蠅い! 可愛い女の子を蔑ろにする奴なんかにあたしを喰われてたまるか!」
『そんな…千年待ったのに…私は…』
やがて途切れ途切れの声は聞こえなくなり、聖女の魂は一之瀬に取り込まれてしまった。後に残るのは、天使の力をその身に宿した一之瀬だけ…
「そんな…聖女様が…」
唖然とする第1位の巫女に対して、一之瀬は強い口調で言う。
「こんな可愛い子に雑用させるなんて、あんた馬鹿なの? 死にたいの? この子達を私の部屋に全員呼びなさい!」
「それでは総本山の機能が…」
「そんなのあんたたちがやればいいでしょ? この子達に雑用なんてさせられない!」
そう言うと、少女をお姫様抱っこの状態に抱え上げて、自室へと戻っていった。後に残るのは上位3位の巫女3名のみ。
「…これは非常事態かと…」
「ああ、やべえんじゃねえの?」
「…とりあえず様子見ね。彼女は力は存分にあるようだし、適当におだてておいて、後で隷属魔法で縛ってしまいましょうね」
「まさかあんなに強いとはな…」
第3位の巫女の呟きに、第1位の巫女が忌々しげに答える。
「まさか隷属魔法を返されるとはね…」
第2位の巫女が隷属魔法で一之瀬を縛るはずだった。しかし、巫女達が思っているほどに一之瀬の力は弱くなく、逆に隷属させられてしまった。その為、巫女達は一之瀬に逆らうことができなくなった。しかし、思考まで縛ることは出来なかったらしく、巫女達は嫌な思いをしながらも一之瀬に従っていた。
「そういえば、『人魚の肉』を探しに行った連中はどうしたの?」
ふと思い出したように、一之瀬が巫女に聞いてくる。
「それが…返り討ちに遭いましてね…」
「えー? 人魚は弱いって言ったのあんたじゃん! 」
「それが…魔大陸に逃げ込んだようで…シラヌイもラウラに倒されてしまいましてね…」
申し訳なさそうに言う巫女に対して、憤りを露わにする一之瀬。サラの複製体がその怒気に怯えてしまう。
「あ、ごめんねぇ。怖かった? 大丈夫だから」
「…はい・・・」
一之瀬は少女を怯えさせてしまった怒りを巫女に向ける。
「で? まさかそのまま逃げ帰ってきたんだ? よくそんな報告が出来たわね?」
「やはりラウラは強かったようでしてね…こちらに勝ち目は薄いかと思いましてね」
そう言ってその手に持つ水晶を見せる。そこには、守護獣のレヴィアタンの視た映像が映っていた。そこに映るのは圧倒的な力を見せ付けるエルフの少女。長い金髪をたなびかせて極上の笑顔を浮かべる少女は、かつて皇城で見たことのあった。一之瀬の目はその姿に釘付けになってしまう。
あの時は圧倒的な力に圧されてまともに視ることさえ許されなかったが、今の一之瀬ならば直視することが出来た。その姿はまるで、幼い頃に欲しかった高価な人形のように、一之瀬の心を鷲掴みにした。この子を抱きしめたい、愛でたい、色々なことをしたい…そんな願望が一之瀬の行動指針を決定させた。
「ラウラ…ラウラ=デュメリリー………決めた! この子を私のものにする!」
ルーセントが正式にラウラに宣戦布告した瞬間だった。
次回も幕間のお話です。
5日に更新予定です。
読んでいただいてありがとうございます。