やってきた2人
遅くなりました、すみません。
「で、ここに連れてきたって訳か?」
苦々しい表情でユーリエとルビーを睨む。その隣には頬を膨らませて、怒り?を露わにする楓の姿もある。鰹探しが無駄足に終わったショックを楓に慰めてもらうべく、久々の2人きりの時間を寛いでいたのだが、天使の襲撃と捕縛という事態が発生したために慌てて研究室に来たのだ。
「はい、何か手がかりがあるかと思いまして…」
申し訳なさそうな表情とは対照的に、ルビーはドヤ顔だ。しかし、ラウラはそんな2人をスルーして天使2人の前に立つ。両腕の無い天使はとりあえず応急処置を施され、石化した天使は石化を解除されている。
「お前ら…川中と…桑沢だよな?」
「は? 誰だ、それ? ああ、この身体の持ち主の名か…この者は魂の力が弱かったので俺達が喰らうことが出来た。もう少しで他の魂を喰らって、あいつより強くなれるはずだったのに…」
「そうよ…力さえあれば私達が上に立てるのに…」
どうも話していることがよく解らないラウラ。それを見たシャーリーが口を挟む。
「ラウラ様、その2名はおそらく、過去に召喚されて取り込まれた勇者の成れの果てです。しかし、この身体の持ち主はそれよりも弱かった為、喰われたんだと思います」
「なるほど…それでか…でも、こいつらは協調性というものが無いのか? たかが2匹でどうこうできると思っているのか?」
まるで信じられないといった表情で2人の天使を見やるラウラ。と、そこに意外な人物が口を挟む。楓だ。
「仕方ないよ、ラウラちゃん。こいつらはラウラちゃんみたいに考えて生きてきた訳じゃないんだよ? 甘やかされて育ってきたから、一つ一つ組み立てて考えるってことを知らないんだから。目の前に美味しそうなエサがあったら、考えなしに食べちゃう犬みたいなものだよ。だから…捨て駒にされたんじゃないかな? 向こうもこいつらには期待してないはずだよ」
「そうか…向こうが欲しいのは『天使を喰らい返すような精神の持ち主』ってことか…」
ラウラは歯噛みする。目の前の2人のような馬鹿ならば、対処は難しくない。だが、ある程度頭が回るなら、勝負はそう簡単には終わらないだろう。やや重い沈黙が訪れたが、その空気を破ったのも楓だった。
「大丈夫だよ、ラウラちゃん。こんなときは下手に策を考えたら負けだよ。それに、この2人が負けたのを知れば、そう簡単には手を出してこないはずだから」
「そう…だな、敵の本体は動かない…か。だとすると…次にあいつらが現れるとすれば…」
「聖ルーセント教国…か」
ラウラの呟きに、皆が表情を強張らせた。ルーセントには拉致された勇者に、過去召喚されて天使に取り込まれた勇者もいる。もし勇者の力を狙っているのなら、危険度の高い魔大陸よりもルーセントを狙う方が簡単だ。皆は当然、ルーセントでの戦いになると思っていたのだが…
「とりあえず…ルーセントは保留だな」
その言葉に楓以外の全員が驚愕の表情を浮かべる。敵が出てくるのならば当然、叩くべきだと思っていたからだ。だが、ラウラは…
「こちらから攻め込む真似は絶対にしない。それこそ敵に攻め込ませる大義名分を与えてしまう。私の主義を忘れたか?」
ラウラの戦いの主義は、「森に手を出す奴は容赦しない」ということ。侵略を許さないという意思表示なのだが、もし攻め込めば、その主義主張を自ら反故することになる。それこそ、各国が団結しての戦争に発展しかねない。千年前の世界戦争の再来だ。そうなれば、無関係な『森』の住人にも被害が及ぶのは必至だろう。
「私は聖人君子じゃないんだ。ルーセントにいる天使がどうなろうと知ったことじゃない。むしろ、取り込まれるなんて失態を見せた元勇者に意地を見せてもらいたい」
ラウラにそう言われてしまい、皆は煮え切らない表情のまま、研究室を後にした。
皆が研究室から出た後、ラウラは研究室に残っていた。理由はもちろん、2人の天使からの力の回収だが…何故かその場に楓もいた。
「なあ楓、どうしても見るつもりなのか? 見てて愉しいものじゃない…むしろ気分が悪くなるぞ? それでもなのか?」
「うん…ラウラちゃんがしてること、しなきゃいけないことをきちんと見ておくのは私の役目だと思う。そうじゃないと、私はラウラちゃんを支えることなんて出来ないから…」
決意に満ちた表情でラウラを見つめる楓。ラウラは諦めたように首を振ると、真剣な表情で楓に話す。
「これから力を回収する。この2人の元の魂は…完全に消失する。もう既に消化されてしまっているからな。天使の身体も処分しなければいけない。こいつを利用されても困る」
冷静に語るラウラを緊張の表情で見つめる楓。おそらくこれから行われることは、かつてラウラが天使を焼き殺したようなことなのだろう。しかし、楓の表情は変わらない。
「わかったよ、私は大丈夫だから、始めて」
楓のその言葉にラウラは術式を開始する。天使がいる部屋の床に魔法陣が浮かび上がると、魔法陣の内側が漆黒に染まる。漆黒の澱みから、1匹の大蛇が姿を現す。その体色は、闇に同化するかのような漆黒で、黄金に輝く瞳と、その口から時折見える真紅の舌が天使達の恐怖を加速させる。
「た、たすけ…」
両腕を斬りおとされた天使が叫ぶ間もなく、大蛇はその天使を丸呑みにする。ばたばたと足を動かして足掻くも、まるで何事もないかのように嚥下を続ける大蛇。やがてその足も呑み込まれると、大蛇の身体の一部が太くなる…が、ばきばきと枝を折るような音とともに、太さが戻っていく。おそらく、大蛇の消化管内で押し潰されて全身の骨が砕かれたのだろう。大蛇はその目を細めながら、嚥下を続ける。
「あ、ああ、…いやだ…たすけて…どうして…なんで…」
「…恨むなら、お前を召喚した奴を恨むんだな。尤も、そいつはお前に力をくれた奴だが」
ラウラは目の前で腰を抜かして、幼子のような言葉しか話せなくなっている天使に声をかける。しかし、その言葉ももう耳には届かない。
「いやだ…たすけてよ…パパ…ママ…たすけ…」
みなまで言わせることなく、大蛇は頭から飲み込む。ほとんど暴れることなく、すんなりと呑み込まれていくのは、その寸前に恐怖で意識が飛んでしまった為だろう。やがて先ほどの天使と同様に、体内で骨を砕かれて呑み込まれていった。大蛇はラウラを見て満足そうに目を細めると、闇の中に戻っていった。
ラウラは小さく頭を下げると瞑目する。楓も隣で手を合わせる。言ってみれば、彼らも被害者だ。いきなり召喚され、これまで見たこともない力を与えられる。幼稚な精神はそれに耐えられずに侵されていく…召喚した者の筋書き通りに…。
「…こんな因縁はどこかで終わらせないと…」
「…そうだね…でも、焦っちゃ駄目だよ? ラウラちゃんが負けたら、全てが台無しだから」
「ああ、判ってる。お前のことも絶対に護り抜いてやる」
「…ありがとう、嬉しい」
重い空気を振り払うように、2人は笑みの表情を作ると、その手を繋いで研究室を後にした。
ラウラ達が研究室で今後の方針を考えていた頃、カーナの冒険者ギルドの1室には前島とミレーネの姿があった。流石にぼろぼろの格好では悪目立ちするので、支部長の計らいで服を用意してもらい、水浴びをさせて身体を綺麗にした。どれほど過酷な状況だったのか、盥の水を10回も変えるほどに汚れていた。前島が治癒魔法をかけ続けると、ようやく自分を取り戻した。
「すみません、マエジマ。このようなことまでしていただいて…私は一体何をしていたのでしょうか…」
「いいえ、お気になさらずに。大きな怪我が無かったことが幸いです」
2人はテーブルに向かい合うように座りながら、職員の出してくれた香茶を飲んでいた。かろうじて支部長がミレーネの顔を知っていた為、来賓扱いとしての待遇を受けることができた。
「それでは皇女様は、一連のことを覚えていないのですか? 」
「はい…ラウラ=デュメリリーが現れてから、私は覚えていないのです。気が付いたらここにおりました。ここは…もしかして『魔大陸』ですか? 」
「ええ、カーナの冒険者ギルドです。あなたはてん…行方不明になった勇者と一緒にここに来たんですよ」
「そうですか…あの時感じていたのは…もしかすると…」
何かを考え込むようにするミレーネに、訝しげな視線を向ける前島。それに気付いたミレーネは慌てて説明する。
「いえ、もしかすると、あの時にラウラが何か術をかけたのでは…と思いまして…。ラウラは勇者様方の力を欲しているようでしたから…」
「はあ、そうですか…」
前島はミレーネの話に微妙な齟齬を感じた。ラウラが術をかけたという可能性は否めないところだが、術をかける意味がわからない。ラウラの力ならば、あの時点での勇者達が纏めてかかっても、かすり傷一つ負わずに皆殺しに出来たはずだ。勇者の力が必要なら、ここまで引き伸ばす必要など無い。
それに、前島がラウラから聞いた話では、ラウラ自身は勇者の力など全く必要としていない。ラウラに回収を指示している者は力を欲しているらしいが…。
そこで、前島は単刀直入に聞いてみた。
「では…ミレーネ様は『蓼沼』の行方を御存知ないのですね?」
「はい…カズキ様のことも一切覚えておりませんので…すみません」
「…そうですか」
前島は結論付けた。ミレーネは記憶を失ってなどいない…と。もしラウラの襲撃時に術をかけられていたのなら…いや、そもそも『蓼沼』が佐々木の正体だということをミレーネが知るはずが無い。なのに、何故『蓼沼』をカズキ様と呼んだのか?
「ちょっと失礼します」
前島は席を立って部屋を出ようとしたが、それは叶わなかった。背後に近づいたミレーネが指先に魔力を纏わせて、前島の首…延髄に押し付けていた。前島は身体の自由を失う。
「なかなかに勘がいいですね、もっと直情的かと思いましたが。貴女は私と来ていただきます。カズキ様とあの方があなたを所望しておりますので…丁度定期便が到着したようですね、その船に乗ってここを脱出します。あの2人は倒されてしまったようですから」
前島は内心、歯噛みをしていた。ユーリエ達が屋敷に戻る際、ここに残ってミレーネを介抱すると主張したのは自分だ。それが完全に裏目に出てしまったのだ。しかし、もうどうすることも出来ない。身体の自由を奪われてしまっては反撃すら出来ない。
「すみません、マエジマ様は気分が優れないとのことで…少々外の空気を吸ってきます」
ミレーネが皇女の力とも言うべきロイヤルスマイルでギルド職員を煙に巻くと、そのまま港に向かう。やはり冒険者の目指す地とも言うべきなのか、定期船から降りてくるのは皆屈強な冒険者達だ。しかし、ミレーネの術がよほど巧妙なのか、前島の状況に気付く者はいなかった。最後の乗客が降りてくるまでは…。
「嬢ちゃん、物騒なことしてんじゃねえよ」
通り過ぎようとした冒険者2人組の片方が、そんな声とともにミレーネの腕を掴む。睨みつけるミレーネにも全く臆せず、前島の拘束を解くと、ミレーネと相対する。
「貴方達、こんなことしてただで…」
「済ますわけねえよ、なあスージー」
「ええ、その通りよ、マーク」
もう1人の女冒険者がミレーネの後頭部を強かに手刀で打つ。糸が切れた操り人形のように崩れ落ちるミレーネを、冒険者の男が支える。
「こいつ、ティングレイの皇女じゃねえか、いい土産になったな」
「そうかしら…迷惑を持ち込むだけのような気がするけど…」
「そうか? でもラウラなら何とかするだろう」
「え? ラウラ?」
よく知る名前を口にする男をまじまじと見つめる前島。男は人懐こい笑顔を前島に向けて聞いてくる。
「なあ、ラウラ=デュメリリーの屋敷ってのがどこにあるのか教えてくれ」
「私達、ご招待されたみたいだから」
ティングレイで別れたマークとスージーが漸く魔大陸にやってきた。
次回更新は1日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。




