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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第1章 召喚されてしまいました
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お仕事終了

今回の話は好き嫌いが分かれるかも・・・。

こんな展開が苦手な方、ごめんなさい。

「え? いや? そんなことは? あれ? あれ?」


 徹の指摘に辺りを見回し、露骨に慌てふためる天使。どうやら彼女にも不測の事態らしい。


「あ、あの、ちょっと上司に確認してきます」


 天使はその場から消えた。おそらく声の主に報告にいったのだろう。先ほど慌てていた天使と何か関係があるのは間違いないだろう。徹は状況を見守ることにした。もう手出しできるレベルを超えてしまったと判断したからだ。とりあえずその場に胡坐をかいて待つことにした。


 どのくらい待っただろうか? 先ほどの天使が戻ってきた。美貌の天使がわたわたと慌てる姿に楓と似たモノを感じ、少し癒された。


「あ、あの、私の上司が話があるそうなので…」


 天使の横の空間が光り始める。


「そのままでかまいませんよ」


 徹が立ち上がろうとするのを声の主が制する。


「…その様子だと、この状況はわかっていたようですね」

「はい、確信は持てませんでしたが。自分の担任教師を悪く言うのは少々気が引けますが、彼は自分本位の考え方を持っていましたので」

「他人の分の力も我が物にすると?」

「その可能性を強く感じたのは…あなたが僕だけに教えてくれた情報のおかげです」

「…理由を聞いてもよろしいですか?」

「はい、あの時あなたは『過去に4名』召喚されたことがあると仰られました。そして『3人』が混乱と災いを起こした…と。もし、私があなたの立場なら、4人にほぼ同等の力を与えます。おそらく召喚された者に与えられる力はアステールでは相当強力なものなのでしょう? そんな力が偏れば当然混乱が起きますし、巨大な力は…自分を簡単に見失います。処罰された3人というのは…力に飲み込まれて欲望のままにその力を振るってしまった者なのではないかと思ったのです」

「…力が偏っても、制御できる可能性があるとは考えないのですか?」

「それこそ問題外ですよ。僕らがいた地球の日本という国はものすごく平和な国だったんです。それこそ深夜に女性が独り歩きできてしまうほどです。だから力なんて持っていません。そんな人間が、いきなり大勢が平伏すような力を手に入れてしまったら…解りますよね? その力を支えるだけの土台が無いんですから…」


 徹の説明を聞き、しばらく黙り込む声の主。天使は状況がまだ理解できずにわたわたしている。

そんな姿を見て、徹は再び癒された。


「うふふふ…やはりあなたにだけ教えて正解でした」


 先ほどまでの無機質な声とは違い、感情あふれる声だった。徹は少々戸惑った。


「まず結論から言います。あなたに授けるはずの力は、最初の頃に入室した者によって持ち逃げされたようです。天使に監視させるつもりだったのですが、まさかあそこまで段取りされた状態で盗むとは思わなかったことも原因でしょう」

「…楓と前島先生はどうなりましたか?」

「彼女たちはちゃんと受取りました」


 まずは一息つく徹。


「次に、存在エネルギーの方ですが…こちらは少々厄介でして…」


 徹は自分の想定していたいくつかの結果のうち、最悪に近い状況になりつつあるのを感じた。


「力については、すぐさま監視を強化したので、最初の4名がそれぞれ一つずつ余分に持ち逃げしただけに留まりました。ただ、存在エネルギーは…大多数の者が少しずつ持ち逃げしてしまったのです」

「…楓と前島先生は…」

「もちろん必要な分を持っていきました」


 ここで徹は心から安堵に息を吐いた。考えていた最悪の状況だけは確実に回避できたからだ。

最悪の状況は…自分も含めて、楓と前島先生の分の力まで持ち逃げされることだった。


「ただ…あなたの分は…」


 おそらく次の部屋に行くための扉が開き、二人の天使が入ってきた。一人のその手にはバスケットボールくらいの大きさの白い塊を持っていた。それが何かは容易に想像できた。


「これだけしか残っていませんでした。この量ではとてもアステールで存在することは出来ないのです。しかも地球に帰ることも…」


 言葉を濁す声の主。徹は完全に理解した。自分は既に「詰んだ」のだと。先にもいけず、戻ることも出来ず、ただここに留まるだけ。もしかするとこの空間も限定的なものかもしれない。ならば自分はこの空間が消滅するまでの間しか生きて…いや、存在出来ないのかもしれない。


「…このままだと…僕はどうなりますか?」

「…完全に消滅します」

「…消滅すると…どうなりますか?」

「…あなたに関する全ての記憶が…無かったことになります」

「そんなの嫌だよっ!」


 思考速度が低下していた徹は、幼馴染の悲痛な叫びに我に返った。振り向くと、出口の扉の向こうに楓と前島先生がいた。彼女たちはすでにここを通過したためなのか、何かに阻まれて入ることが出来なかった。


「徹君が消えちゃうなんて嫌だよ! 忘れちゃうなんて絶対嫌だよ!」


 涙と鼻水で可愛らしい顔を汚しながら、叫び続ける楓。限界を超えて叫んだせいか、時折咳き込む。そこには血も混じっていた。前島先生はそんな楓の肩を抱き、嗚咽を漏らしている。魂の状態で血が出るのかは疑問だったが、おそらくは魂の力のようなものが漏れているのかもしれない。その状態が良い状態とは思えなかったので、徹は楓の下に歩み寄る。


「…ここから出ることはできませんよ?」

「わかってます」


 声の主の確認の声に冷静に返す。


「徹君、てつくん…」

「なあ、楓。俺、最悪の状況にならなくて良かったと思ってる」

「何で?…これが最悪じゃないの?」

「おれの中の最悪は…お前が死ぬことだ。俺じゃなくてお前が消えることだ」

「私にとっては最悪だよ! 何でこんなことに…!」

「それは筋違いだからやめろ!」


 声の主のほうを睨みつける楓を強い口調で窘める。


「彼らは所謂ボランティアに近い。彼らに責任はないよ」

「でも、でもぉ…」

「お前は俺に死んでほしいと思うか?」

「そんなの思う訳ない!」

「ああ、俺もそう思う。俺もお前に死んでほしくない。そのために色々と情報を訊き出した。そう考えれば俺のやり方はうまくいったんだ」

「てつ…くん…」

「俺が消滅したら俺のことを忘れてしまうなら…それまでははっきりと覚えておいてくれ。もしかすると消滅しても覚えていられるかもしれないからな」


 徹は自分でもどうかと思えるような嘘をついた。でもそうでもしなければ自分を抑えることができそうになかった。自分も喚きたかった。でもそれをすれば楓がより一層悲しむのが安易に想像できたからだ。だから、自分を嘘で塗り固めても、今は楓を安心させたかったのだ。それは、楓の肩を抱いて嗚咽していた前島先生にははっきりと伝わった。前島先生ははっきりと意志の宿った瞳を向けると、大きく頷いて楓に語りかけた。


「ねえ、西川さん。もしあなたがここにいたら、多分二人共消えてしまうんじゃないの? 東山君がここまで頑張ってくれたからこそ、私と西川さんは生きることができるのよ。彼の頑張りを無駄にしちゃいけないわ」


 前島先生にしては珍しい、かなり強い口調で楓を諭した。おそらく自分が悪者になってでも楓を説得する覚悟なのだろう。徹は彼女が教育者であることを再認識した。ほんのわずかな時間ではあるが、彼女と共にいられたことを感謝した。


「てつくん…てつくん…」


 楓が手を伸ばすが、まるで見えない壁があるかのように、入口で遮られる。徹も手を伸ばすが同じく遮られる。その距離はわずか数センチ。たかが数センチが届かない。徹にはそれが生者と死者を分ける壁のように思えた。


 やがて楓は前島先生に促されるように徹から離れた。


「わたし、絶対に徹くんのこと、忘れないよ」

「ああ、もし忘れたら化けて出てやるからな」


 にっこりと笑って二人を見送る。


―――まだだ、まだ仕事は終わってない―――


 二人の天使に促されて、楓と前島先生が歩いてゆく。途中、何度も楓が振り返る。


―――ここで折れるわけにはいかない―――


 笑顔で見送る。笑顔じゃなきゃ駄目だ。 徹はもう限界だった。楓と前島先生の悲痛な叫びが、嗚咽が、縋るような視線が徹の心を大きく抉った。徹を待ちうけるのは死ではない。消滅だ。誰の心からもその足跡が消えてしまう。


 本音を言えば泣き叫びたかった。喚きちらしたかった。楓達に縋りひたすら泣いていたかった。

でも、それは絶対に出来なかった。そのために必死で情報を集めていたのだ。せめて楓達だけでも無事でいられるようにと。


 ここで自分が無様に折れれば、楓達は先に進まない。そう思ったからこそ、絶対に笑顔を崩さない。こみ上げる涙を無理矢理抑え込む。引き攣る顔を強引に笑顔にする。震える体を必死に抑え、折れそうになる膝を気力で固定する。握りしめた拳は力の入れすぎで青白くなり、爪は全て割れている。


 やがて天使に伴われた二人の姿が消えた。アステールへの召喚の準備に入るのだろう。徹はようやく力を抜いた。


 今、徹の委員長としての仕事は終わった。あとは皆がアステールで幸せに暮らすことを祈るだけだ。そう思うと、脱力してへたり込んでしまった。


 徹はこのとき、絶対に知りたくない事実を知ってしまった。大事な人が死んでしまい、後に残された人が苦しいということはよく知られているが………大事な人を後に残して逝く事がこれほどまでに苦しいということを………。


読んでいただいた方、誠にありがとうございます。

誤字・脱字指摘・感想等、宜しくお願いします。

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