ラウラVSレヴィアタン
戦闘開始!
先手を切ったのはレヴィアタンだ。挨拶代わりとでも言うように、炎の息吹を放つ。放たれた炎は海面を舐めるように進み、通過した後は海水が蒸発して、大量の水蒸気が海上を埋め尽くした。
「…この程度でっ!」
ラウラの眼前に巨大な水の壁が作られる。水系中級の「水壁」だが、ラウラがアレンジを加えれば、堅固な城壁よりも強くすることが出来る。
「問題ないかと…突き破ればいいだけかと…」
巫女は能面のように表情の乏しい顔を崩すことなく呟く。レヴィアタンは息吹をさらに放つが、水蒸気が発生するだけで、壁が薄くなった様子はない。
「どうして…こんなことは有り得ないかと…」
「まさかこの程度ってことはないだろう?」
ラウラは巫女に微笑みかける。レヴィアタンは自らの息吹を防がれたことが腹に据えかねたのか、怒りの籠った咆哮をあげ続ける。
ラウラが作った「水壁」は、ただの水壁ではない。通常の水壁は、一定量の水を呼び出し、それを壁の形に成形することで防御壁とする魔法だ。ただそれだけなので中級に分類されている魔法だが、ラウラはそこからさらに進化させている。
今戦っている場所は海上、水は捨てるほどある。ラウラは「水壁」を構成する水に魔力を乗せ、「水壁」の表面を流動するようにした。さらに、蒸発して消費した水は海から供給し続けるという仕組みも付与している。もしこれを息吹で破るのであれば、海そのものを蒸発させるほどの熱量が必要だ。
「流石は『回収者』かと…このままでは不利かと…」
レヴィアタンに乗っていた巫女が動く。その白翼を拡げて舞い上がると、レヴィアタンの攻撃を邪魔しない位置から魔法の詠唱を始める。
「風刃!」
巫女の放った魔法がラウラへと向かう。風系中級の魔法だが、勇者の力と天使の力が上乗せされたそれは、その範囲と数が桁はずれであり、最早超級レベルの威力を持つ魔法へと変化していた。だが…
「まさかこれで全力ってわけじゃないよな? もう少し何か手立てがあるんだろ?」
風の刃がラウラを切り刻む寸前、その身体を輝く竜巻が包みこむ。竜巻に弾かれて消えていく風の刃。しかし、巫女に動揺はない。
「問題ないかと…レヴィアタン…食べてしまってよろしいかと…」
風の刃の合間を縫って、レヴィアタンが大口を開けてラウラに喰らい付こうとする。元々「風刃」は囮だったようだ。レヴィアタンの巨体に任せた突撃を狙っていたらしい。その巨体がラウラ目がけて突進する。
「ふふふ…我々に刃向かう時点で愚かかと…え?」
―― グギャアアアァァ ――
ラウラをその顎に捕えているはずのレヴィアタンが苦しげな叫びを上げている。その皮膚は所々擦りむけており、毒々しい青い血が流れ出ている。
「な、何が…一体…」
「あんな幼稚な連携で私を喰えると思っているのか?」
独特な口調すら忘れて、その事実を受け入れることが出来ない様子の巫女に、全く危機感を感じさせない口調で言葉を吐き捨てるラウラ。ラウラはレヴィアタンの動きから、この突撃を予想していた。そのため、作り上げた竜巻にあるものを混ぜておいた。それは―――氷だ。無数の純水を作り出し、竜巻の風に巻き込ませる。風でさらに水の温度を奪い、氷結させるとさらにその硬度を上げる。一抱えほどもある大きさの、非常に硬い氷が竜巻の中に無数に存在する―――それはまるで巨大なおろし金のように、レヴィアタンの体表を削り取る。
「そ、そんな馬鹿な…何故レヴィアタンがここまで…」
「そんなの自分で考えろ、大方、力に溺れて、弱い奴甚振って愉しんでたんだろう? そんな奴に私がどうして負けなきゃならないんだ? 私が200年間の修行で何度死にかけたか知っているか? もう自分でも数えるのを諦めたくらいだ」
(しかし…いずれ魔法は解除するはずかと…レヴィアタン、その隙を狙えばよろしいかと…)
巫女はレヴィアタンに思念を送ると、やや離れた場所にいた若竜をちらりと見やる。
「お前は先に行くがいいかと…思う存分暴れるがいいかと…」
巫女の言葉に従い動くその瞳には既に意志の光は無い。巫女の命令を忠実に実行する傀儡と化していた。それを見ていたラウラが忌々しげに言う。
「それは…サラに使ってた『呪印』だな? ということは…メアリを狙ったのもお前達か?」
「メアリ…そんな名は存じ上げないかと…あなたは『聖女』様の奪取を妨害してくると思っていたかと…」
「聖女? 何で私がそんなものに関わらなきゃいけないんだ? そう言えばティングレイから女勇者を一人攫った奴がいたらしいが…お前らなのか?」
ラウラの問いに、表情を変えずに淡々と返してくる巫女。
「確かに、御一人御招待させていただいているかと…彼女はあの方の復活に必要な方かと…」
(…あの方? 誰のことだ?)
未確認の情報に一瞬戸惑うが、それならばと情報の引き出しにかかるラウラは、魔法を解除して巫女に肉迫する。巫女は何も無い空間から杖を取りだすと、ラウラに向かって突きを放つ。
「面白い戦い方するじゃないか…ところで、佐々木っていう勇者はどうした? お前らが待ち望んでいたんだろう?」
巫女の攻撃を避けながら、巫女に問いかける。ルーセントに黒幕がいるのでは…との考えだったが…
「そんな名は知らないかと…我々に必要なのはただ一人かと…」
動揺する素振りも見せずに攻撃してくる巫女に、思わず距離を取るラウラ。
(佐々木を知らない…ということは、やはりルーセントに居る天使は別口か! ただ、声の主もそのことを言っていないところを見ると、敵対勢力としては危険度が低いということなんだろうが…こちらを狙ってきてる以上、叩き潰すしかないな)
もしかすると、何らかの形で束縛を逃れた連中がいてもおかしくないとは思っていた。イレギュラーの存在が敵の思惑を外しているのだとしたら、兄の吟もイレギュラーである以上、吟の活動していた時期の天使に異変が起こっていてもおかしくは無い。だが、目の前の天使は巫女として、ラウラをはっきりと敵視している。
「ま、詳しいことはお前らの黒幕に訊くとするよ。まずはこのウミヘビモドキをさっくり片づけるとしよう。おい、ムラサキ! この面倒な奴は私が片づけるから、その若いのはお前が何とかしろ! お前が面倒みていたんだろう? 」
「は? いえ、しかし…」
いきなり話を振られて慌てる紫水晶竜。しかも「ムラサキ」というあだ名までいつの間にかつけられている。
「お前の名前は長くて呼び辛いんだよ、それに噛みやすいし、早口言葉かよ! どうせ固有名は無いんだろう? なら私が命名してやる。お前はムラサキだ! ムラサキ、そいつが『森』に危害を加えるようなことがあれば、私が確実に潰す。庇い盾する奴も潰す。それが私のやり方だ。それが嫌なら、お前が始末をつけろ。私にウミヘビモドキと羽虫の退治を頼む対価だ」
ムラサキは少し考え込む様子を見せたが、すぐさま配下に指示を出し始めた。自身は海岸線の上空に浮かびながら、向かってくる若竜を警戒する。それを確認したラウラは、改めてレヴィアタンと巫女に向き合う。
「あっちは任せても大丈夫そうだから、お前達を先に始末する。まずはそのウミヘビモドキから片づける」
ラウラは大きく息を吸うと、喉に魔力を蓄え始める。口内を魔力で何重もコーティングすると、その中央部を超高速振動させる。その振動が不気味なほどに甲高い音を発し始めたのを確認すると、強靭な腹筋をフルに稼働させて息を吐き、その息に自らの体内魔力を乗せて、魔力の息吹を作り出す。その息吹を喉の魔力振動体を通過させ、超振動する魔力息吹に仕立て上げる。
「はああああああああっ!」
可愛らしい口を大きく拡げて吐き出された息吹は、全力の突進攻撃を仕掛けるべく、その巨体のほとんどを水上に出していたレヴィアタンの体表を容易く分割する。まるで鋭利なメスで解剖でもするかのように、何の抵抗もなく切り裂かれている。捌かれた鰻のように、身体を半割りにされたレヴィアタンはその生命活動を継続できる筈も無く、大量の血液と体液を撒き散らしながら、巨大な水飛沫をあげて倒れていく。
「おっと、もったいない。何か実験にでも使えるだろう。肉は食えるのか?」
そんなことを平然とのたまいながら、鞄にレヴィアタンの死体を収納していくラウラを、巫女は顔を青褪めさせながら眺めているしかなかった。だが、巫女は考え直す。
(いかにラウラと言えども、これだけの大技を放てば消耗するかと…ならばここで仕留めるのが得策かと…)
体勢を立て直すと、魔力を掻き集めて術式の組み上げにかかる巫女。幸いにもレヴィアタンが倒されたため、制御に回していた魔力を術式に回すことが出来た。魔力の集束に伴い、空に暗雲が立ち込め始める。その暗さは最早夜かと思えるほどにまでなっており、時折、雷光が見える。
「ふーん、雷撃系の魔法か…流石に勇者+天使の力ってとこか、ここまでの雷魔法を見るのはいつ以来だろう…」
ラウラだけならいくらでも対処可能だが、もし関係ない者が巻き込まれてしまうことだけは避けなければならない。そう思って周囲を見渡して…見つけてしまった…その存在を。
ラウラは焦る、どのように対処すべきかを悩む。この場での対処法で簡単なのは、避雷針のようなもので海面に電気を逃がすことだが、それでは海面にいるモノは助からないだろう。
「随分な余裕かと…ですが、これでお終いかと…」
巫女はその隙を逃がさない。ラウラの身体を超巨大な雷撃が包みこんだ。
ラウラの息吹は某カメの怪獣の映画に出てくる敵の攻撃技を元にしてます。
次回更新は23日の予定です。
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