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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第7章 森へ御招待
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楓の策略

本日2本目です。

「成る程ね…それならあの不可解な行動も理解できるわ」


 楓から詳細な過去を聞いた少女は若干呆れながらも、理解した様子だ。


「ラウラちゃん…いえ、徹君にとって、『森』は最優先で護るべき存在です。本能に近いレベルらしいので、200年かけてゆっくりと心に染み付いたんだと思います。もし私が敵なら、あからさまな行動でおびき寄せて、その間に『森』の住人でも攫って脅迫します。『返して欲しければ勇者を渡せ』って。きっと徹君は何も躊躇わずに私達を差し出すでしょう」

「それで…あなたはどうするべきだと思ってるの?」


 少女は楓に問いかける。


「それは…今まで通り、好きにさせたらいいんじゃないですか?」

「「 え? 」」


 まさか、あんな切羽詰まった表情を浮かべてた人間から、こんな暢気な答えが返ってくるとは思っていなかった2人は、二の句が継げなかった。


「だってそうだと思いませんか? ラウラちゃんが自由気儘に行動してるせいで、直接手出ししてきたんでしょう? それほど焦ってる相手に、何で態々付き合ってあげなきゃいけないんですか? 相手の都合なんて知りません、相手の書いた筋書きなんて、悉く無視すればいいんです」

「まぁ、それはそうなんだけど…もしここを攻められたら…」

「そんなにここの護りは脆いんですか? そんなはずないと思いますけど? それに、ラウラちゃんは転移で戻って来れるから、単独で動く分には問題ありませんよ。何かあればすぐに戻ってもらえばいいんですから」


 楓は一息つくと、表情を引き締めて再び話し出す。


「でも、佐々木がバラムンドに行ったとしても、すぐに動くのは危険ですね。きっとラウラちゃんが動いてると思って、こちらに尖兵を出していると思います」

「でも、連れていかれた勇者の力を奪われたらどうするの?」

「それこそ連れて行った意味が無いでしょう? もし力だけ必要なら、水野君みたいに、皇城で殺して奪えばいいんですから。それをしないということは、敵も手駒が欲しいんです。それに、参田君と一緒にいた天使は…佐々木達とは違うような気がします。他の勢力っていうことはありませんか?」


 楓の質問に2人は考え込む。暫くして、シャーリーが口を開く。


「1000年前の召喚の時、奴の支配から逃れた天使がいてもおかしくありません。あの時は吟がかなり引掻き回してくれましたから。そのおかげで、あの時は手駒を増やされただけで済んだんです」

「あははは、何したの、吟さん…」


 乾いた笑いを漏らす楓に、少女は問う。


「それで、あなたは何がしたいの? あなたの望みは?」

「私は特にありません。強いて言うなら、このままラウラちゃんと一緒にいたいですけど、一連のことが終わらないと安心して暮らせませんね…」


 しばらく考え込むと、いきなり表情を明るくさせた。


「それなら、私とラウラちゃんで連絡を取り合える手段が欲しいです。できるだけ他の干渉の及ばないものを。ここに何か起こった時は、私から戻ってくるように『お願い』しますから」

「わかったわ、後でシャーリーに通信用のリンクを繋いでもらいなさい。そうすれば、魔力を通すだけで思念が伝わるわ」

「ありがとうございます」

「それともう一つ教えて? どうして前島の力を残したの?」


 少女は気がかりだったことを聞いてみた。


「お姉ちゃんは『蓼沼』への復讐に囚われてます。おそらく近いうちに森を抜け出すかもしれません。でも、力が無ければ生きていけません。だから、万が一のことを考えて…これが建前です」

「建前?」


 想定外の回答に驚く2人。楓は淡々と話を続ける。


「本音は、いきなり連れてこられた全員の力が回収されれば、狙いはラウラちゃんに集中するでしょう? でも、少しだけ力を残しておけば、まずはそこから狙うかもしれないと思ったんです。早い話が釣り餌・・・です。お姉ちゃんには悪いですけど」

「あなた…そんなことを本気で考えてるの? 彼女が大事じゃないの?」


 まさかの楓の答えに、驚きを隠せない2人。


「大事ですよ? でも、私が一番大事なのは徹君なんです。今のお姉ちゃんは不安定すぎて行動が読めません。なら、力を残して行動の選択肢を限定してあげれば、どう動くかは予測できるんですよ。もし、徹君にとって不都合な動きを見せるなら…その時は諦めてもらいます。残念ですけど」


 全く残念そうな顔を見せずに言う楓に、言い知れぬ不安を持つ。いったいこの娘のどこまでが本質なのだろうか。


「あなたも十分…壊れてるじゃない…」


 少女の呟きに、楓は悪びれもせずに、満面の笑みを返す。


「そんなの当然じゃないですか。私はあの時、自分の母親のために、彼の治りかけの心を壊しました。その時にわかったんです、そんな恐ろしい手段を考え付く自分も、とっくに壊れているんだって…だから、徹君が壊れるなら、私もその隣で壊れていくんです。決して徹君が孤独の中で壊れるなんてことがないように、ずっと2人でいられるように」




 楓はシャーリーに連れられて屋敷に戻っていた。かなりの時間が経過していると思われたが、実際に少女と話していた間は時間が止まっていたようだ、その証拠に、食堂ではクラスメイトはまだ夕食後の寛ぎの時間を愉しんでいた。


「それじゃ、私はお風呂に入ってきます。シャーリーさん、ありがとうございました」


 足早に屋敷に戻ろうとする楓を、シャーリーは呼び止める。


「楓さん、どうしてあなたは自分を偽ってまであの方の傍にいるんですか? 本当の自分を出せなくて…辛くはないんですか?」


 シャーリーもラウラのことは尊敬している。最近は変な方向に進みつつあるが、わかりやすく言えば大好きなのだ。だからこそ、楓のとっている行動が理解できなかった。


「償い…って言ったら格好つけすぎかな。徹君はね、必要とされていなければすぐに壊れてしまうくらいに脆いの。そうしちゃったのは、彼の両親と、吟さんと私。吟さんが死んで、その役目は私にしか出来ないことだった。だから…私には彼が必要なの、私の罪を償うためには、彼がいてくれないと…それに比べたら、自分を偽るくらい全然平気」


 楓は伸びをしながら、小さく呟く。


「でも…全部終わったら…その時は…本当の私も…好きになって貰えたらいいな」

「大丈夫ですよ…ラウラ様は…色々と強いお方ですから…」


 シャーリーは楓の本心を聞き逃さなかった。楓の本心を成就させるためには、このくだらない戦いを終わらせる必要がある。しかし、今焦ってはいけないのも事実なので、もどかしく感じてしまう。


「大丈夫ですよ、シャーリーさん? お馬鹿な私も楽しいし、お馬鹿なふりしてれば遠慮なくスキンシップできますから。先日もキスしちゃいましたから」

「な、ななななな何ですって!」


 思いがけない告白に目を丸くするシャーリー。まさかここにきてもうそんな関係になっているとは思っていなかったようだ。


「私達は恋人どうしだったんですよ? そのくらい当然じゃないですか。まぁ今は2人とも女だから、一線を越えるのは難しいですけど」

「な、なんて羨ましいことを…」


 自分の歯を噛み砕かんばかりに、ぎりぎりと音を立てて歯を食いしばるシャーリー。


「でも、そういうお楽しみは全部終わってからですよ。そのためにも、ラウラちゃんには自分らしく、自由に振舞ってもらわないと」


 そう言い残し、楓は屋敷に戻っていった。シャーリーはその場に崩れ落ちると、滝のような涙を流していた。その様子を偶然見かけたラウラが心配そうに声をかけるが、いきなりキスをねだってきたシャーリーにかなり引いていた。


「お前は疲れてるんだよ。今日はもういいから、先に休め」

「そんな…それならせめておやすみのキスを…」

「何故お前とキスしなきゃいけないんだよ」

「だって…楓さんとは…」

「楓は恋人だから問題ないだろう? 私の心は楓だけだ」


 きっぱり言い切るラウラに、シャーリーは諦めて、覚束ない足取りで屋敷に戻っていった。


「…一応、寝るときは結界を張ってから寝よう…」


 ラウラはそこはかとない危機感を抱いた。




 


 楓がシャーリーに伴われて去っていくのを確認した少女は、再び闇の中へと戻っていった。闇の中で寛ぐ少女の手には、小さな鳥かご。その中には、小鳥サイズの天使が入っていた。それは、ラウラによって焼き尽くされたはずの天使だ。


「ここから出しなさい! 私を誰だと…」

「私の分身程度に倒されたくせに、随分と偉そうに。でも安心して、もうすぐ楽になるわ、私の糧となってね…」

「そんな! や、やめ…」


 少女が鳥かごに手を翳すと、闇が覆い尽くす。天使の悲鳴すら飲み込んだ闇は、少女の体に戻っていく。鳥かごには何も存在していなかった。


「生贄にしてはまあまあかしら…こうしていけば、私の悲願も達成できるかもしれないわね」


 少女はその小さな口で舌なめずりすると、そのまま闇に溶け込んでいった。





 ラウラの屋敷では、楓が入浴を愉しんでいた。その暴力的なまでに異性を扇情させること間違いなしの体を浴槽に投げ出し、脱力していた。


「シャーリーさん、ラウラちゃんに変なことしようとしてるんじゃないかな?」


 先ほどの様子を思い出し、思わず笑みが零れる。


「きっと、無理矢理キスしようとして断られてるね、あれは。でも、おかげでラウラちゃんに私のことを恋人としてもっと深く認識させられたはず。シャーリーさんには悪いけど、利用させてもらっちゃった」


 

 シャーリーは、自分が楓の掌で踊らされていることに、一切気付くことは無かった。

この話で第7章は終わりです。

次話からは、再びラウラが好き勝手に動きます。


次回更新は17日の夜遅くになるかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。

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