幼馴染
楓視点の過去話です。
本日1本目です。
――― 楓視点 ―――
私が一番最初に思った徹君への感想は「気持ち悪い男の子」だった。
いつも無表情で、感情を表さない、変な子だったから。
「いいかい、楓? 徹君は色々と辛いことがあって、すごく傷ついてるんだ。だから、一緒に遊んであげて欲しい。徹君を助けてあげてほしい」
お父さんにいきなりそう言われて、私はかなり戸惑ったのをしっかりと覚えている。助けるって、どうすればいいのか? 辛いことって何なのかすら解らない。5歳児に何を期待してたんだろうか。
でも、そんなことは関係なく、私は友達になろうとしたんだけど…すごく苦労した。だって表情は一切出てこないし、いくら聞いても頷くだけで、会話が成り立たない。こんなのどうすればいいの?
切欠は私の怪我だった。彼の手を引いて走ってたら、石に躓いて転んだ。膝を擦りむいて、その痛みに泣いていると、彼が覗き込んでくる。
「いたいよう、てつくん、たすけてよう」
私は痛みで混乱してたんだろう、徹君がどうこうできる訳ないのに。でも、その時彼は私の想像を超えた行動をとった。
「…大丈夫、任せて」
それだけ言うと、私をおぶって家まで連れていってくれた。ただそれだけのことだけど、私にとっては衝撃的だった。彼が初めてまともに私と喋った、それに、私を助けてくれた。当時の私は、所謂健康優良児というヤツで、体重は徹君のほぼ倍以上あった。その私をおぶって移動するなんて、同じ年の子供とは思えない。そんな彼をかっこいいと思ってしまったんだ。
それからは、事ある毎に彼を頼った。そうすると、彼は今まででは考えられないくらいに私と会話するようになった。なんだ、こうすればよかったんだ。
「それは、徹が小さい頃、親に必要とされてなかったのが原因かもな」
小学校高学年になった頃、吟さんに当時のことを話すと、そう答えてくれた。
「徹は必要として欲しいんだよ。自分が不必要って思われたくないんだよ」
私はお父さんとお母さんに愛されてる。もし、2人が私を必要としていないなんてことになったら、私は生きていけないだろう。でも、徹君はお父さんの暴力の末に生まれて、守ってくれていたお母さんにまで虐待を受けていた…そんなの、おかしくなって当たり前だ。
「でもね、カエちゃん、あまり頼りすぎるのは良くない。もし、困ったふりして近づいてくるようなやつを、徹は見抜けない。普通の生活をできるようにするには、そういう性格を変える必要もあるんんだろうな」
吟さんの言葉に、私も同意だ。私だって全てを頼ってるわけじゃない。必要なことは自分で何とかできたし、勉強だって自分で出来る。だから、普段は「できない」ふりをしていた。そうやって私が彼を必要としていると印象付けていた。でも、彼の原動力がそうだとしたら、誰かに利用される可能性が高い。できるだけ早く矯正しないと…
でも、それがかなり難しいことだと思い知らされた事件があった。徹君が、面白いものがあると連れていってくれたその場所には…おおきなスズメバチの巣があった。怖くて動けなくて、泣きじゃくって助けを求める私を見て、彼は心の底から喜んでいた。怖がる私を見て…じゃない、彼に助けを求める私に対してだ。
「本当に、楓は俺がいないと駄目だな」
そう言って殺虫剤でスズメバチを駆除する徹君を、私は恐ろしく感じた。彼は私を、態々危険な場所まで連れてきて、助けを求めさせた。そこには、もし刺されて死んだら…なんて懸念を一切抱いていなかった。とにかく、必要とされていることを実感するためだけに、私を危険に晒した。
「徹君、私達って幼馴染なんだよね?」
私はアプローチを変えた。幼馴染という立場を利用して、甘えてみた。ちょっとお馬鹿な幼馴染を演じることで、彼の保護意識を呼び起こそうとした。そうしないと、今度こそ命を落とすような危険に顔を突っ込むかもしれない。私も必死だった。
私の予想通り、徹君が過激な行動をとることは無くなった。私が天然っぽく振舞っていたため、そのフォローやら事前対策やらで忙殺されていたようで、そのおかげで以前とは見違えるほど、理知的な行動を取るようになっていた。
「ありがとう、カエちゃん。君のおかげで徹も普通の人間として暮らしていけそうだ」
そう言って礼を言ってくる吟さんを、私は照れながら制した。
「私達、幼馴染ですから…それに…」
恥ずかしくて全部言えなかった。私は理知的な徹君を、いつの間にか本気で好きになっていた。私を心配してくれる優しさ、何かあった場合の判断力・行動力…彼はもう、違う意味でも私にとっては必要な人だった。そういう気持ちも、彼がまともになった理由だったんだろう。
そんな徹君を、私達を嘲笑うかのように、不幸は彼を苦しめた。それが吟さんの交通事故死だった。この世で唯一の肉親との死別、文字通りの天涯孤独…それがどれほど彼の心を抉ったか、私にはわからない。吟さんと一緒の車に乗っていた人達の家族が吐いた心無い言葉も、彼の心には届いていなかったみたい。
そして…不幸は私にも訪れた。それは、お母さんの病気の発覚だ。その病気は難病だけど、外国なら手術で治るって言われてた。日本じゃ認可されていない薬を使うから、外国に行く必要があったんだけど、問題は手術費用と滞在費用だった。
両親の老後の資金を崩しても、半分以上足りなかった。募金やカンパを待つほど時間が残っていなかった私達は途方にくれていた。そんな時、私は知ってしまった。徹君には、吟さんの保険金が入っていたことを…。
もし、私が彼に頼めば、彼は快くそのお金を使ってくれるだろう。でも、それは吟さんが徹君のために残した『命の対価』だ。そんなことが許されるはずが無い。でも、そうするとお母さんが助からない。私はその葛藤を隠すことが出来ず、彼に知られてしまった。
「楓、何か悩み事か? 俺でよければ相談に乗るぞ?」
もう私は止まれなかった。好きな人に心配かけまいと思う気持ちが空回りし、お母さんを失いたくないという気持ちが前面に出てしまう。
「お願い…徹君…お母さんを助けて…」
私は涙ながらに懇願する。私は最低だった。こうすれば絶対に断らないことを解っていた。確信犯だった。私ではどうしようもないピンチに、徹君なら私を守る手段がある。そんな状況を、昔の彼なら絶対に逃さない。案の定、彼は快諾してくれた、昔のような目をして…。
こうしてお母さんは助かった。でも、真相は私しか知らない、誰にも知らせられない。彼を再び壊してしまったのは私だということを。私はより一層、彼の懐に飛び込み、保護欲を誘うようにした。おかげで極端な行動には出ていないが、時折見せる昔の目が怖かった。
「楓は本当に徹君が大好きなのね、徹君が楓を貰ってくれるなら、私達は大歓迎よ」
お母さんが笑いながら言う。もしそれで許されるなら、徹君が元通りに戻るなら、私は喜んで彼のお嫁さんになるし、必死で尽くして見せる。でも、そんな簡単じゃないことは解ってる。常に一緒にいなければ、彼が壊れたときに止められない…だから、彼が遠い全寮制の学校を望むようにした。勿論私も一緒に。そうすれば、余計な邪魔が入らない。
「徹君、私は徹君が好き。私には徹君が必要なの」
私は徹君の心を私に向けるため、きちんと告白した。私への保護欲を確定させるためだ。
幼馴染というカテゴリーから、恋人というカテゴリーに入ることで、彼の中での私の扱いを確定させる必要があった。そして…確定した結果を、私はとんでもない場所で理解してしまった。
それが、あの「召喚」の場所。
私達を守るため、彼は必死で情報を引き出す。私は声も出せずにそれを見守っていた。もしあの場で、私が余計な行動を取れば、彼の心が揺らいでしまうかもしれない…だから何も出来なかった。勿論、彼が自分を犠牲にするかもしれないことも理解していたのに…
結局、彼は一緒に召喚されなかったけど、姿を変えて私達の前に現れた。昔の徹君の目をしたエルフの女の子として…。お姉ちゃんには偉そうに言ったけど、正直、私は不安だった。もしかしたら、偽者かもしれないって。でも、あの本のメッセージが、ラウラちゃんが徹君だと確定させてくれたんだ。
あの目をしている…とすれば、一刻の猶予も無い。完全に壊れてしまったら、彼は私達を見限ってしまうだろう。だって、『森』は彼にとって、絶対的に守らなきゃいけない存在であり、森の住人は彼を信頼している。彼を必要としている。私達が彼を必要としていないと認識されたら、躊躇い無く差し出される。そうなったらお終いだから…だからこそ…
私は彼にとっての「一番大事なもの」でなければいけない。護ってもらわなきゃいけない。そのためにはどんなことだってしてみせる。どんなことだって…
本日はもう1本更新します。
おそらく22時くらいです。
読んでいただいてありがとうございます。