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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第7章 森へ御招待
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徹と楓

徹の生い立ちです。重いです。

 東山家は、ごく平凡な小市民家庭だった。裕福でもなければ、極貧というわけどもない、ただ、他より少々質素な暮らしを常としていて、父親の給料日には夕食のおかずが1品増えるような、そんな家庭だった。

 父親は工場勤めで古参の技術者で、母親は専業主婦、そして、10歳になる1人息子の3人家族で、家族関係もすこぶる良好だった。両親は共に孤児だったせいか、その仲は傍から見ると赤面するくらいに良く、息子の吟もそれが嬉しかった。


 しかし、ある時を境にその家庭に皹が入り始める。父親の勤めていた会社が買収され、父親には親会社から派遣されてきた若い社員の上司ができた。若い上司に工場の技術の詳細がわかるわけもなく、ただ親会社の命令を伝えるばかりで、次第に工場の生産性が落ちていった。父親の工場は、技術者の持つ長年の経験と技術に裏打ちされた製品により信頼されていたが、親会社はそれを快く思っていなかったので、技術者を外して機械化したことがその原因だった。


 さらに話は悪い方向に向かう。業績不振のためのリストラ要員に、父親が入ってしまった。彼はベテランの技術者でそれなりの給与をもらっていたのも理由だったのだろう。だが、養う家族がいる以上、そこで失職するわけにもいかず、彼は自ら減給を申し出てまで働くことを選んだ。しかし、その選択は彼をさらに追い詰める。気がつけば同期は誰もおらず、上司は皆自分より一回り以上年下で、連日サービス残業を強いられる。若くない体はそれに耐え切れず、彼にはあるまじきミスをしてしまい、会社に損失を出してしまった。その結果、彼は懲戒解雇されてしまった。


 父親はそれを境に酒に溺れた。碌に働かずに酒を飲み、収入は母親のパート。それでも、母親は立ち直ってくれることを信じていた。第2子、徹を身籠ったからだ。


 だが、父親はそれを疎んでいた。多量のアルコールを摂取し続けたため、思考能力が低下してしまったのか、徹に対して興味を示さなかった。唯一、感情を露わにしたのは、定期健診の費用のために、自身の酒代が削られたことへの強烈な怒りだった。


 母親が臨月にさしかかった頃、酒に酔った父親は溜まった怒りを爆発させた。彼にとって、徹は酒代を掠め取るコソ泥にしか見えなくなっていた。だから…酔って暴れて…母親の腹を蹴った。その結果、彼女は破水し、救急搬送された。母子ともに何とか一命は取り留めたが、徹は未熟児として産み落とされた。父親の暴力を切欠として…


 徹は不思議な赤ん坊だった。ほとんど泣くことはなく、ただ虚空を見つめる瞳。もちろん、おむつが汚れたり、空腹になれば泣くが、それも小さくぐずる程度。それが父親には不気味に見えた。ほとんど愛情を持っていなかったことを見透かされているようだった。そして、自身の唯一の理解者である妻を独り占めする徹が許せなくなっていった。


 溜め込んだ不満は再び爆発する。徹が3歳のとき、父親は歩き回る徹をいきなり蹴りつける。壁に激突し、血を吐いて動かない徹を見た母親は、夕食の支度を放り出して徹を庇うように立つ。包丁をその手に持って。だがそれは当然使うつもりはない、脅し程度にできればいいと思ってのことだ。しかし、それは事態を悪い方向に収束させてしまう。


 激怒した父親が母親に襲い掛かると、反射的に目を瞑り、包丁を持つ手を前に出してしまった。包丁は父親の胸に吸い込まれるように刺さり、父親はそのまま絶命する。母親は逮捕されたが、息子を守るためと、度重なる暴力による心神耗弱と判断されて、無罪となった。


 親子3人で再出発を計ろうとするが、今度は周囲がそれを許さなかった。母親は夫殺しと噂され、周囲と孤立してしまう。中学生の吟はそんな環境に嫌気がさし、家出してしまった。精神的に追い詰められた母親が、その鬱屈を発散させる相手に、身近で弱い者を選んでしまうのに時間はかからなかった。…その相手こそ、徹だった。


 日常的に暴力を振るわれ、食事も与えられずに放置される。風呂にも入れず、常に同じ服を着て、空腹を満たすためにゴミを漁る…そんな姿を見ても、母親は何もしなかった。徹は、感情を表に出すと暴力を振るわれるため、常に無表情だった。それを不気味に感じた母親は、さらに追い詰められていく。徹が5歳の時、それは限界を超えてしまった。



 母親は自らの命を絶った。



 変わり果てた母親の姿を見つけたのは吟だった。母親のことは半ば諦めていたが、徹のことは何とかしたかった。徹が生まれたとき、吟はとても嬉しかった。小学校から帰ると、いつも面倒を見ていたし、徹は吟にだけ、無邪気な笑顔をみせてくれていた。中学に入り、先輩の家を転々としていた間も、置いてきた徹が心配だった。もし、母親が虐待していたなら、なんとしても連れ出す…そんな決心をした吟が見たのは…



 天井から首を吊ってぶら下がる母親の死体を、楽しそうに笑いながら揺らして遊ぶ徹の姿だった。



 吟は思った、「徹は壊れてしまった」と。父親からの愛情はもらえず、母親からは虐待される。そして自分まで見捨てて逃げてしまった。だから…壊れた…と。しかし、ここで諦めるわけにはいかなかった。徹はまだ5歳だ、これからどんどん成長していく。これから愛情を注げば、普通の子供と同じような生活をさせれば、心が治るのではないか? そんな一縷の望みに賭けよう…そう考えると、吟は即行動に移った。


 吟は自分の友人達を頼らなかった。吟は所謂、不良グループに属していたため、徹への影響を考えてのことだ。徹には普通の生き方をして欲しいとの思いで、自らもグループから足を洗った。幸いにも、弟を守るためということで、すんなりと抜けることができた。そして、吟はある人物を頼った。その人物とは、かつて両親と3人で暮らしていた頃、隣に住んでいた家族だ。一時は家族ぐるみでの付き合いをしていたその家族の苗字こそ、「西川」。


 吟は徹と共に西川家を訪れ、頭を下げる。


「これから俺は生活費を稼がなくちゃなりません。その間、徹を面倒見て欲しいんです。徹は虐待を受けていました、親の愛情というものを知りません。でも、普通の人付き合いくらいはさせてやりたいんです。だから、普通の子供に接するようにしてほしいんです」


 西川夫妻は吟の頼みを了承してくれた。さらに、徹と同じ年の娘がおり、その子と遊ばせて子供らしさを取り戻させては、との提案までしてくれた。


「ありがとうございます。おい、徹、俺はこれから、このアパートの契約に行くから、西川さんの娘さんといっぱい遊んでもらえ?」


 徹は無表情で小さく頷く。すると、そこに女の子が走ってきた。



「きみがてつくん? わたしかえでっいうの! なかよくしようね!」



 これが徹と楓の出会いだった。




「ねぇ、このほん、おもしろいよ。いっしょによもう」

「…うん」


 最初のころは、徹が無表情で返事をする状態だったが、やがて時間が経つにつれて、楓につられるように、笑顔を見せるようになった。楓が幼稚園に行ってる間は、1人で絵本を読んだり、字の練習をしていた。幼稚園の入学金を吟が払えなかったので、勉強については楓がその日に教えてもらったことを徹に教えていた。そのおかげで、小学校に入る頃には、学力も相応になり、人との接し方も身についていた。



「良かった…これで徹には普通の人生を送らせることが出来るな…」


 吟は思う、もし自分がどうなっても徹だけは幸せになって欲しい…と。


 


楓の両親は吟と徹の後見人にもなってくれています。アパートの保証人にもなっています。とてもいい人たちです。


次回更新は17日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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