護られし者
「え? え? それは一体…まさかラウラ様が敗れるなど…そんなことは…そう、そうです! 根拠は? 根拠はあるんですか?」
突然のことに混乱しながらも、その発言の真意を聞こうとするが…
「駄目です、ここでは誰が聞いているかわかりません。もし、敵に聞かれてしまえばそこでお終いです。だから、『声の主』さんに会わせてください。この『森』の何処かに居るんでしょう?」
「どうしてそんなことを…それに、あの方が此処にいるかどうか分からないでしょう?」
「先日の天使は多分、下っ端だと思います。でも、私達がラウラちゃんに護られてると知れば、敵も本腰を入れてくる。そんな中、私達みたいな足手まといを護れる場所なんてそうそうある訳ないじゃないですか。でも、ラウラちゃんは『森』に連れてきた…それはこの『森』自体が持つ力が強いからこそだと思うんです」
シャーリーはただ呆然と、楓の話を聞いていた。今までの天然ぶりが嘘のように消え失せている。
「私もほんの少しだけど、魔法書を読んでわかったことがあります。既に展開されている結界は、何かを護るためにあるんですよね? それなら、この『森』そのものを使ってまで護らなきゃいけないものって何でしょう? それは、絶対に敵の手に渡ってはいけない大事なものですよね? それなら、今この世界でそういう状況になっている存在は何か…」
自分の考察を淡々と並べていく楓に、シャーリーは冷静さを失っている。
「そ、それは…あなたたち勇者を…護るために…」
「それこそあり得ません。だってラウラちゃんは強いんですよ? それに、シャーリーさんだって、ユーリエさんだって凄く強い。それに、ここには強い魔物がたくさんいるんでしょう? 私達が変な手出ししなければ、それなりに護ってもらえるはずです。それにラウラちゃんは言ったんです、『森に居れば安全』って。それは何でですか? 」
シャーリーは返す言葉も無く、無言になっている。
「私はラウラちゃんから、私達がどんな立場にいるのか聞きました。おそらく、全部は話してくれてないでしょうけど。でも、今回の召喚が、誰かの力を別ルートで取り込む為だとしたら…ここで厳重に護られているのは、その『誰か』って考えるのが妥当じゃないですか。だって、その『誰か』を押さえられたらゲームオーバーなんですから」
最早冷静さの欠片もなく、以前見たようにわたわたしているシャーリー。
(ちょっと追い込みすぎたかな?)
そんな事を考えていると、頭の中に聞いたことのある声が響く。
(なるほど…今までのあなたは偽りだったのね…彼に対する気持ちもそうなのかしら?)
「確かに徹君の前ではあんなだけど、徹君を好きなのは本当。私は徹君を失いたくないから、あんな態度をとってるの」
(あなたが敵の手の者でない証拠はあるの?)
「私はもう、ラウラちゃんに力を渡してる。今の私なら、シャーリーさんなら瞬殺できるでしょ? こんな役立たずの駒、持ちたいとは思わない」
声は暫しの間、沈黙する。やがて、再び声が響くと、その内容にシャーリーが唖然とする。
(ではシャーリー、その娘を案内しなさい)
「え! いいんですか? もし万が一のことがあったら…」
(その時はあなたが殺しなさい。私はその娘の話が聞きたい、『ラウラが敗北する』という結末の真意を知りたいの)
「…わかりました。それでは、私にしっかりと掴まってください」
楓がシャーリーの腰に手を回し、強く抱き締めると、シャーリーは飛翔する。月明かりを浴びながら、2人は『森』の上空を飛ぶ。
どれほど飛んだだろうか、遠くに月明かりに照らされた12の巨大な樹木があった。その1本1本はまるで高層ビルのような壮観さで、夜露が月明かりを反射して、幻想的な美しさを醸し出している。
「すごい…綺麗…」
思わず楓が声を出してしまう。それほどまでの荘厳な美しさだった。だが、その表情も、驚愕に満たされる。
「何…この魔力…こんな魔力を持つ人って…」
そこに漂うのは、ここに護られる存在の持つ魔力の残滓なのだろう。しかし、楓にとっては、自分が力を持っていた頃ですら全く及ばない、それほどまでに濃密な魔力だった。
「さあ、こちらへ来てください」
シャーリーに促されるまま、大樹が囲む円の中央に進む。楓が中心に立つと、2人の前に、闇が滲み出てくる。
「何なの…あれは…」
楓は冷たい汗を流しながら、思わず声を出してしまう。ラウラの魔力に似ているが、その強さは計り知れない。全く底が見えないその闇から、一人の少女が歩み出る。
「嘘…何でラウラちゃんが此処にいるの? …ううん、似てるけど…ラウラちゃんじゃない!」
そこには、ラウラの姿をした何かが存在していた。少女は楓の様子を愉しげに眺めながら、声をかける。
「久しぶりね…あの時のこと、まだ覚えてるわ。まさかこんな本性を隠してるなんてね…」
「隠してた訳じゃありません。表に出す必要が無かったんです」
微笑みを浮かべながら、少女は愉しそうに言う。その視線は容赦なく楓を射抜き、気を抜けば膝が折れてしまいそうになるのを必死で堪える。
(…あの時の徹君も…こんな気持ちだったのかな…)
改めて徹の異常さを再認識しながら、少女へ向き合う。
「ラウラが敗北するって言ってるそうね…一体どういうつもりなのかしら?」
「そのままの意味ですよ、今のラウラちゃんじゃ絶対に勝てない。いいえ、絶対に敗れます。もちろん、裏付けはありますよ」
楓は懐から、1冊の本を取りだして少女に渡す。
「その本の最後のページを見て貰えますか? あなたなら見えると思います」
少女は怪訝そうな表情を浮かべながらも、楓に言われるままにページを捲る。そして、最後のページで…動きが止まった。傍らで見ているシャーリーには、何が起こっているのか全くわからない。
「あのー、何が書いてあるんですか? 白紙にしか見えませんが…」
「あなた…この文字が読めない…いえ、見えないの?」
シャーリーはきょとんとしている。それを見た楓は確信した。
「やっぱり、そのメッセージは私に宛てたものなんですね」
「どうしてそう言い切れるの?」
少女はそのメッセージを眺めながら、楓に反論する。
「ここに書いてある内容が、あなた宛てだなんて、どうやったらわかるの?」
その本の最後のページには、日本語でこう書いてあった。
『カエちゃん、俺じゃ無理だった。後は任せる』
「これは、吟さんが私宛てに残してくれたメッセージです。吟さんは前歯が無かったので、ダ行が発音できなかったんです。私の名前がきちんと発音できないからって、吟さんは私のことを『カエちゃん』って呼んでたんです。この呼び名を知ってるのは、私と私の家族、そして徹君と…吟さんです」
楓の反論に、驚愕の表情を浮かべる少女。もし、楓の言葉が正しければ、そのメッセージの意味は何なのか? 何が駄目だったのか?
「仮にそれが吟からのメッセージで、あなたに宛てたものだとしても、何が駄目だったの? これがどうしてラウラの敗北につながるの?」
少女の問いに、楓は少女の瞳をまっすぐに見据えながら返す。
「ラウラちゃん、…いいえ、徹君は…もう壊れているのかもしれません。壊れた徹君の行動原理はとても単純です。それを知られれば、簡単に敗北します」
その言葉の意味を、少女もシャーリーも理解できなかった。あの理知的だった徹がどうして壊れているのか?
「…壊れている? そんな様子は見えなかったけど?」
「それは…多分、200年の間に、徐々に壊れていったんだと思います。このメッセージは、壊れるのをとめられなかった吟さんが、徹君を私に託したんです」
「壊れてるって…どうしてわかるの?」
「それは…徹君の目です。昔、完全に壊れていた頃の徹君の目と、ラウラちゃんの目が同じだったんです」
少女は訝しげに、楓に言葉の真意を問う。
「どうしてあなたは、壊れてる彼の眼を見たことがあるの?」
楓は僅かに表情を曇らせると、少女の問いに答える。
「私と徹君は幼馴染ですよ? 小さい頃からずっと一緒だったんです。それに…」
「私と出会った時には、もう既に徹君は…壊れていました」
次回は徹の過去が明らかになります。かなり重い話です。
次回は15日になる予定です。
読んでいただいてありがとうございます。