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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第7章 森へ御招待
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楓の決意

 楓はラウラの書庫に入り浸り、ひたすら本を読んでいた。それも魔術書ばかり。ここ最近は、魔術書を読んでは、魔法の練習という生活を繰り返していた。練習はラウラの立てたメニューに従い、魔力操作や魔力の底上げなどの基礎訓練が主体だ。しかし、楓は不満一つ漏らさずに黙々とメニューをこなしていった為、見違える程に力をつけていた。

 尤も、それが『ここ』で訓練を行わせる理由の一つでもある。『森』は大気に含まれる魔力が濃密なため、通常の人間には生活することも困難だが、屋敷の周辺は結界によって魔力濃度が調整されている。許容ぎりぎりの濃度に調整することで、魔力使用効率を上昇させる。その結果、魔力の底上げを図ると同時に、無駄の無い魔力の使い方を体に刻み込ませるのが目的だ。楓は見事なほどに、ラウラの思惑通りに力をつけていた。

 それを見たラウラが、ある提案をする。


「楓、もっと実戦的な魔法も覚えてみるか?」

「本当? でも、どうやって…」


 訝しがる楓を誘って、窓から中庭を見下ろす。そこには、結界の中で魔法の特訓を行っている魔王とラミアの姿がある。


「あの魔王は魔法主体で戦う。彼女に教われば、上達も早いはずだ。楓専用の訓練メニューも考えておくけど…どうだ?」

「それって…私もラウラちゃんと一緒に戦うの?」

「いや、それは無理だ。力のレベルが違いすぎる」

「…むー…」


 一瞬、自分もラウラと並んで戦う姿を想像したのか、楓が目を輝かせるが、あっさりと却下されて膨れ面を見せている。そんな姿を見て苦笑しながらも、ラウラは提案の目的を明かす。


「魔法メインの戦闘方法を知っておけば、同じタイプとの戦いになっても、守りきるくらいなら出来るだろう。多分、先生は戦いになった場合、自分が前に立って戦うつもりだ。でも、先生には戦闘知識が皆無だ。そんなのは敵にとっては雑魚同然だろう、だから、楓はユーリエに魔法戦闘を学んで、先生の補助をしてほしい」

「…どうして魔王さんのことを呼び捨てなの…?」

「食いつくのはそこかよ…別にそんなやましい間柄じゃないぞ」

「…本当? …怪しいなぁ…」


 想定外の食いつきに戸惑うラウラだが、これも好かれている証明だな…と納得する。


「…それよりも、どうだ? 私からユーリエに頼んでおくが…」

「うん、わかったよ! 私がお姉ちゃんを助けるんだね!」


ふと、ラウラは疑問に思ったことを聞いてみる。


「…ところで、お姉ちゃんって何だ?」

「こっちに来てから、徹君のことを皆忘れちゃったみたいなの。私と先生は覚えてたけど、それが凄く寂しく感じちゃって…2人で助け合うって意味でも、姉妹になろうって決めたんだ」

「…そんなことがあったのか…本当に、迷惑かけたな」


 改めて頭を下げるラウラを見て、慌てる楓。


「そんなことないよ! ラウラちゃんだって大変だったのは凄くわかるから」

「そう言って貰えると助かるよ、それじゃユーリエに頼んでくるから、好きにしててくれ」

「うん、それじゃ書斎の本読んでていい?」

「ああ、構わない。ただ、1冊だけ変な本が入っているから注意してくれ」


 その言葉に、楓が過剰に反応する。


「もしかしてエッチな本? 何でそんなの見るの? そんなに見たいなら、私が見せてあげるから!」


 いきなり服を脱ごうとする楓を慌てて制する。


「こ、こら! 服を脱ぐんじゃない! だいたいそんな本を書斎に置いておく馬鹿はいないだろ!」

「そうだよね、いつもベッドの下だもんね」

「何でそれを知っている…いや、今はそういう話じゃない。変っていうのは、何も書いていない本なんだよ。白紙だけの、タイトルすら無い本だけど、私が気付いた時からあった本なんで、処分するのも躊躇われてな…」

「もし、それを見て、何か変なことでも起こるの?」

「いや、何も起こらない。…特に使い道も無い本だから、ノート代わりにでも使ってくれればいい」

「本当? こっちにある紙って高価たかいから助かるよ!」


 無邪気に微笑む楓を残し、ラウラは書斎を後にする。楓は残り、書棚から数冊の本を取り出すと、ソファに座って読書に没頭していった。






「どうだ、調子は? 順調か?」


 中庭で特訓中のサラ(仮)とユーリエを、香茶のセットを持って労うラウラ。それを見た2人が手を止める。


「丁度いいです、休憩にしましょう」

「…はい…わかり…ました…」


 相変わらず、息も絶え絶えのサラ(仮)に対して、全く息を乱していないユーリエ。


「ふーん、少しは身についてきたか?」

「そうですね、以前なら失神しているところですが、何とか歩くことは出来ています」

「そりゃ…これだけ…やって…駄目なんて…泣くわよ…」


 息を整えつつ、何とか返すサラ(仮)を他所に、2人はお茶の支度を始める。


「今日の茶請けはクッキーだ、バターたっぷりだから美味いぞ」

「これは!………まさか、手作りですか?」

「勿論だ、まさかシャーリーの作ったものを食べたいと思うか?」


 ユーリエもサラ(仮)も、以前、シャーリーの料理を「見た」ことがある。ラウラの「鞄」に仕舞われていた、シャーリー曰く「シチュー」な物体を見せられたことがあり、そのあまりの禍々しさにサラ(仮)は失神し、ユーリエですら腰を抜かしかけた。そして、その物体を笑顔で「シチュー」とのたまうシャーリーに、心の底から戦慄を覚えた。そんな2人の答えは当然…


「「 思いません! 」」


 見事にハモる2人に、ラウラも大きく頷いた。






「それでな、楓に魔法の稽古をつけてやって欲しいんだ」


 香茶で喉を潤しつつ、ラウラがユーリエに切り出す。ユーリエはひたすらクッキーを食べている。


「|ふぉえふぁふばあふぃい(これはすばらしい)! …んっ、とても美味しいクッキーです。ラウラ様の手作りだというのが特に…え?、楓さんですか? それは構いませんが…どのような形にするのですか?」


 口いっぱいのクッキーを何とか飲み込んだユーリエがラウラに問い返す。


「楓は治癒を主体に、防御と補助を強化させたいんだが、お前の見立てで変えてもらって構わないぞ」

「そうですね、それでは明日からでも始めましょう。まず、どの系統に得手があるのかを調べるところからですね」

「私と一緒に修行するの?」

「それはユーリエに任せる、頼めるか?」


 ユーリエは最後の1個のクッキーを食べ終えると、大きく頷いて言う。






「クッキーのおかわりはありますか?」

「クッキーかよ! まぁおかわりはたくさんあるが…本当に任せていいのか?」


 ラウラが鞄からクッキーを取り出すと、ユーリエの目が飢えた獣のような輝きを見せる。


「はい、私にお任せください。力があったとしても、自力で治癒の無詠唱まで辿り着いたのなら、見込みはあるはずですから」

「…本当任せてに大丈夫なの?」

「…大丈夫だろ…多分…、もし駄目でも、私が面倒見るよ」


 幸せそうな表情でクッキーを頬張るユーリエを見ながら、ラウラとサラ(仮)は苦笑いするしかなかった。





 楓は本に没頭し続けていた。皇城の書物庫よりも遥かに先を行く魔法理論や、術式の展開技術など、魔法の勉強を欠かさなかった楓にとっては、とても興味深い内容のものばかりだった。あまりに没頭しすぎて、食事を摂ることすら忘れていたほどだ。


「これも全部読んだから…次はこれかな?」


 ふと手に取った一冊、何の変哲もない、装丁された本だ。ソファに腰掛け、本を捲ると、その本が他の本とは全く違うものだと解った。


「何これ…全部白紙・・・・じゃない…」


 その本は、捲るページが皆白紙だった。何故こんな本が置いてあるのか、理解できなかった。


「これがラウラちゃんの言ってた変な本・・・だね、本当に何も書いてないや」


 確かにページを捲るが、一向に文字の書いてあるページが出てこない。しかし、ここに置いてある以上、何らかの意味があるはず…と、ページを捲り続けると、最後のページに漸く文字が出てきた。しかし、その文字を見た楓の手が止まる。


「…どうして…なんでこんな所に…」


 震える声で呟く。あまりの衝撃と緊張に喉がカラカラに渇く。手は震えて、何度も本を落としそうになる。腰から下の力が抜けてしまい、立ち上がることすらできない。


「でも…これが本当なら…」


 楓の顔は蒼白だ。それほどまでの内容のことが書いてあった。



 日本語・・・で。



 何度も何度もそのページ、その文字を読み返し、その言葉が意味するものを考える。ここにあることの意味、日本語であることの意味、そして…


 そんな時に、ラウラが戻ってきた。ラウラは楓の蒼白な顔を見て、慌てて駆け寄る。


「どうした、楓! 大丈夫か!」

「…うん、大丈夫だよ、本に夢中になってて何も食べてなかったんだ。心配かけてごめん」

「…そうか…良かった。無理しないでくれよ」

「うん、ありがとう。…ところでラウラちゃん、変な本ってこれ?」


 楓は最後のページを開いた・・・・・・・状態でラウラに見せる。


「ああ、そうだ。本当に何も書いてないだろう? 何でこんな本が置いてあったのかが不思議だよ」

「そう…これ、貰っていいんだよね?」

「ああ、自由に使ってくれ。私は食事の支度をするが、消化のいいものにしておこう」

「ありがとう、ラウラちゃん」


 食事の支度のためにキッチンに向かうラウラを見送ると、再びその本に向き合う。先ほどラウラに見せたページは、楓が日本語の文字を発見したページだ。しかし、ラウラには見えていなかった。ラウラにすら見えない文字の理由は何なのか、そして、その文字が伝える内容………楓の考えがある結論を導き出す。


 それは、楓にとっては最も恐ろしい結末、絶対に回避しなければならない結末。だが、このままいけば確実にその結末以外は待っていない。その文字は、最悪の結末に至ろうとしていることへの警告としか考えられなかった。


「猶予は…無いね」


 そこには、いつもの天然の楓の顔は無かった。冷静で理知的な顔をした楓がそこにいた。

その瞳には、明確な覚悟の意志が宿っている。その本を閉じると、楓はラウラの書斎を後にした。



 夕食後、皆が寛ぐ中、楓はある人物を探した。これから行うことは、絶対に・・・ラウラに知られてはいけないことだ。


 楓は、ようやくその人物を見つけ出した。彼女でなければ、楓のやろうとしていることは意味を持たなくなる。だからこそ、必死で探し出した、時間をかけている余裕は全く無かった。


「この後、2人きりでお時間いいですか、シャーリーさん・・・・・・・?」






 夜も更けた頃、人の気配の無い中庭に、楓とシャーリーの姿があった。


「どうしたんですか? 私に何か御用ですか?」

「すみませんが、音声遮断の結界を張ってもらえませんか? 誰にも聞かれたくない話なので…」


 シャーリーはいつもと違う楓の様子にやや戸惑いながらも、言われるままに結界を張る。

それを確認すると、楓はシャーリーに懇願する。


「シャーリーさん、お願いです、徹君に力の回収をさせている人に会わせてください」


 いきなりとんでもないお願いをされて、吃驚しながらも、その真意を探ろうとする。


「どういうことですか? 私には分かりかねますが…」


 だが、楓の反応は、シャーリーの想像を超えていた。


「くだらない探りあいをしている猶予はないんです。今、手を打たなければ、大変なことになるんです」


 想定外の反応にうろたえるシャーリーに、楓は核心となる内容を伝える。



「このままでは、ラウラちゃんは確実に敗れます」


 シャーリーの顔が驚愕の表情で満たされた。

楓が変貌した? それとも…


もうそろそろ、過去の話になる予定です。そこで楓の変貌の理由が明らかに…


読んでいただいてありがとうございます。

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