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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第7章 森へ御招待
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回収

勇者達がラウラの屋敷に招かれてから数日後、ラウラから、自らの置かれている「立場」について説明を受けていた。


「参田は天使に唆されてあんな様になった。佐々木も暴走して水野を殺した。全てはお前達の『力』を取り込むためだ」


 事前に前島から説明を受けてはいたが、それでも改めて言われると、皆の表情が青ざめる。


「だから、私がお前達の力を回収する。力が無くなれば、お前達が狙われることは無い。ただ、万が一を考えて、暫くはここに滞在してもらうことになるがな」


 参田の変貌ぶりも、佐々木が引き起こした惨劇も知っている彼らは、戸惑いの色を隠せない。今までは強者として持て囃されていたのが、いきなり守られる側になってしまったのだから、無理もないだろう。一部の者は…


「それなら俺達も戦う!」

「駄目だ、お前達では足手まといにしかならん。これから鍛えるとしても、どれだけ時間がかかるかわからんからな」

「でも、少しくらいは…」

「いいか、今のお前達はカーナの冒険者にすら敵わない。鍛えれば強くなれるだろうが、私のやり方ではお前達の心が壊れてしまう」


…こんな感じで相手にされていなかった。


「力が無くなって…死んだりしない?」

「それはない。こちらの一般人レベルの力になる感じだ」


 一人の少女がおずおずと質問してくる。ラウラはその真意を見抜いたのか、冷静に応対する。


「それなら…私は…力を返します。もう怖いのは嫌! 殺されるのも嫌だけど、殺すのはもっと嫌!」


 嗚咽混じりの声で話す少女の姿に、皆に動揺が走る。ラウラは微笑みながら、優しく話す。


「お前達が決断してくれるのなら、私が全力で守ろう。ただ、これだけは知っておいてほしい。その力がある限り、お前達が狙われることは間違いないんだ。水野のように殺されるか、佐々木のように狂っていくのか…どうなるかはわからない」


 勇者達の動揺を感じ取り、前島が割って入る。


「力の回収は今じゃなきゃダメなの? 」

「できるだけ早い方がいいのは確かなんだが…」

「みんなはね、力を取られて無事なのかどうかが分からないから、不安なのよ」


 参田の力を取った時は、勇者達は鞄に収納されていたために、その光景を見ていないことを思い出したラウラは、どうやって説明しようか悩みだす。すると、楓が前に出てきて宣言する。


「今ここで、私の力を返すよ。そうすれば無事だって信じて貰える筈だよ?」

「楓…」


 皆の戸惑いを解消するには、誰かが実験台になるのが一番簡単だ。しかし、誰もそんな役目を引き受けたがらない。だからこそ、楓の申し出はラウラにとっては有難かった。しかし…


「駄目よ、楓? そんなことして、もし何かあったら…」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ラウラちゃんはすごい賢者さんなんだし、失敗するなんて有り得ない。そうだよね、ラウラちゃん?」

「ああ、任せておけ」


 失敗など全く考えていないような楓の表情に、ラウラも自信たっぷるに頷く。しかし、楓の拳が震えるほど強く握りしめられているのを、前島が気付いた。そのことを指摘しようと声を上げようとしたところを、楓に制された。


「お姉ちゃん、これは誰かがやらなきゃいけないんだよ? だったら私が最初になるよ。そうじゃないと納得できないでしょ?」

「それはそうなんだけど…」


 まさに正論だった。ここで時間を潰していても何の解決にもならない上、天使につけ込む隙を与えてしまうことになるのは皆理解している。しかし、経験したことの無いこと故、二の足を踏んでいるのだ。


「私はラウラちゃんを信頼してるよ。もし何かあっても文句なんて言わないし、言うつもりも無いよ」

「………」


 前島には、楓の考えていることが理解できなかった。確かに楓は徹に甘える…というか、依存しているところはあったが、特に屋敷に来てからはその傾向が強くなっていた。皇城での騎士団との訓練や、魔法の練習の時は理知的な言動が見られたのに、その様子が全く見られない。


「それじゃ、行くぞ。そこに座ってくれ」


 ラウラに促され、用意された椅子に腰かける。言葉では大丈夫と言ってはいるが、やはり緊張している。


「大丈夫、肩の力を抜いて楽にして…ゆっくりと深呼吸して…」


 ラウラが独特なリズムで話しかけると、楓が表情を蕩けさせる。まるで赤子をあやすようなその口調に、楓の表情が穏やかなものになっていく。


「いいぞ、そのまま…リラックスして…」


 ラウラの手が光を帯びる。その光に誘われるように、楓の身体から光が滲み出ると、まるで生き物のように蠢きながら、ラウラの腰に提げたポーチに吸い込まれていった。


「どうだ、楓、身体に問題は無いか?」

「うん…、大丈夫だよ…、流石だね…、ラウラちゃん…」


 まだどこか蕩けたような表情の楓が、舌足らずな口調でラウラに話しかける。その表情と話し方のせいか、どことなく艶っぽいその姿に、男子はおろか、ラウラまで視線を泳がせてしまう。


「一応、今日は体を休めてくれ。無理はするなよ」

「ん…ちょっと待って…」


 楓は何かを行おうとしているようだが、ラウラ以外は気付かない。


「今は無理だ、力に引っ張られて魔力を消耗してる。きちんと休めばちゃんと魔法・・が使えるようになる」

「やっぱりわかっちゃったか…うん、大人しく休むね」


 心配そうな表情のラウラに、楓は優しく微笑み返す。しかし、ラウラの言葉に勇者達が食いついた。


「おい、魔法が使えるようになるってどういうことだよ? 何で西川だけ使えて、俺達は使えないんだよ!」

「そうよ、西川さんだけ贔屓してるんじゃないの?」


 こういう反応を見越していたのか、至極面倒臭いといった表情で一息吐くと、勇者達を睥睨しながら言う。


「お前達、どういう原理で魔法が使えるか、説明できる奴はいるか? 魔法術式の構成理論を理解している奴はいるか? 」


 しかし、ラウラの問いに答えを返せる者はいない。その事実に半ば呆れながらも、仕方なく説明を始める。


「お前達が天使に与えられた力ってのは、その辺の基礎を全て無視した力だ。当然だが、この世界に存在する者はそんな力を持っていない。だから、皆基礎から学ぶんだ。これは魔法に限った話じゃない。剣だって槍だってそうだ、この中で、日本で剣や槍を日常で使っていた奴はいるのか? いないだろう? そんな素人がいきなり達人みたいな使い手になれるのか? お前達の力はこの世界に存在する者を冒涜する、ふざけた力なんだよ」


 ラウラの説明にほとんどの者は沈黙するが、それでもしつこく食い下がる者もいた。


「それじゃ、お前の力は何なんだよ! お前だって召喚された人間なんだろ?」

「私はこちらに来て200年経つ。その間、何度も命の危機を感じるほどの修行を重ねてきた。その時間と引き換えに身に付けた力なんだよ、お前達と一緒にするな」


 ラウラの顔がより一層の笑顔になる。もしそれをシャーリーが見ていたならば、即座に止めに入っていただろう。ラウラのその笑顔は怒りの表情だった。しかし、今この場にシャーリーは居ない、その怒りが勇者達を蹂躙するはずだった。


「ラウラちゃんって、そんな凄い修行してきたんだね! それなら強いのも当然だよ!」


 勇者達を救ったのは楓だった。楓の言葉にラウラは相好を崩すと、楓の頭を撫でる。嬉しそうに目を細める楓の頭を撫で続けながら、ラウラは勇者達に言う。


「楓が魔法を使えるのは、魔法の原理を理解しているからだ。術式の構成を把握しているからだ。だがそれは天使に与えられた物じゃない。お前達が持て囃されていた時間に魔道書を読み漁り、ひたすら勉強したからだよ。短い時間でここまでになるのに、どれほど苦しい勉強をしてきたのか、お前達には解らないだろう」


 そこまで言われて、勇者達は己の行動を思い返す。確かに自分達は、基礎練習など全く行っていなかった。何故なら、そんな苦しいことをしなくても、強かったのだから…


「わかったよ…でも、俺達でも強くなれるのか?」

「ああ、だがすぐにどうこうなる訳じゃないぞ、基礎ってのは地味で辛い訓練を重ねて、初めて身に付くものだからな」


 漸く覚悟を決めたのか、皆がラウラに従うようになった。楓が無事だったことと、今は無力だが、鍛えれば強くなれるという事実もその後押しをしたようだ。


「でも…これで…やっと解放される…」

「もうあんな訓練しなくていいんだ…」


 中には、力を渡して安堵する者もいた。肩の重荷が下りた安心感で泣き出す者までいる。


「とりあえず皆、暫くはゆっくり休んでくれ。強くなりたい奴は、後日面談して訓練メニューを決める、個人の向き不向きがあるからな。普通に暮らしたい奴も、基礎訓練は受けてもらう。せめて盗賊くらいは自力で撃退できるようにしておかないと、女は奴隷として売られるのがオチだ。男は大概殺される」


 ラウラの言葉に顔を引き攣らせる勇者達だが、それが事実であることは十分理解していた。何故なら、首都までの道すがら、盗賊に襲われて廃墟と化した小集落をいくつも見ていたのだから。


 力の回収は順調に進み、最後に前島の番になったとき、前島がラウラに言った。


「私の力の回収はもう少し待って貰えないかしら?」

「どういうことだ?」


 ラウラが軽い威圧を放つ。まさか前島が、とは思ったが、親友の仇を討ちたいという執念にとり憑かれかけている今ならば、その行動も理解できた。だから、そんな馬鹿な思いを止めるために威圧を放ったのだ。


「基礎訓練をする人たちを治療する人が必要でしょう? あなたもシャーリーさんも、いつもここにいるとは思えない。もしいない間に怪我でもしたら、それこそまともに生きていけない体になってしまうかもしれないわ」

「そのくらいならサラ(仮)でも出来る、先生がやることじゃない」


 にべも無く却下される前島に、意外なところから援護があった。


「ラウラちゃん、私からもお願い! お姉ちゃんの好きにさせてあげて? せめて皆が基礎を身に付けるまででいいから。ね、お姉ちゃん?」

「え、ええ、それでいいから、お願い」


 ラウラは渋い顔だが、楓に言われては無碍に断れない。それに、前島の言う事にも一理ある、ラウラもシャーリーも、常に屋敷に居るわけではない。その間に怪我などされては寝覚めも悪いし、楓の印象も悪くなってしまうかもしれない。


「…わかった、ただし、皆の基礎訓練が終わったら、回収するぞ」

「…ええ、それでいいわ」


 ラウラが自室に戻るのを確認すると、前島は楓に礼を言う。


「ありがとう、楓。彼を説得するのは難しかったから、助かったわ」

「ううん、お姉ちゃんがやりたいことやればいいよ」

「…何をしようとしてるか、聞かないの?」

「たぶん、私には理解できないからいいや。お姉ちゃんが危ないことしなければ…ね?」

「そう…わかったわ…」


 前島は、楓の援護に感謝しながらも、楓の真意を測りかねていた。何故、自分の力を回収させても前島の力を残したのか、もしかすると、自分のしようとしていることが知られているのか…と。だが、楓は普段通りの天然さを見せるだけで、その真意は全くわからなかった。

楓の様子が…


次回の更新は11日の予定です。たぶん遅いです。

読んでいただいてありがとうございます。

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