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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第7章 森へ御招待
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伝える想い

「嘘…なんであいつが…それじゃ私は…あの『蓼沼』と一緒にいたの?」


 あまりのショックに表情が固まる前島。その様子からは、彼女がどのような感情に支配されているかを窺い知ることはできない。


「私もよくは分からない。ティングレイで佐々木が使っていた部屋に入った時、何かが私の頭の中に流れ込んできたんだ。そこにあったのが、『佐々木一樹は蓼沼一樹』という情報だ。きっと、私の中身が先生だと思って仕掛けてきたんじゃないか? …先生のその様子からすると、あまり良い関係だとは言い難いみたいだな」

「ああ…何で…どうして…あいつが…」

「先生! 大丈夫? しっかりして!」


 前島はうわ言のように呟くばかりで、心配している楓の呼び掛けにもまともに応じる気配がない。仕方なく、ラウラは前島の眼前に手を翳すと、その手から発する柔らかな光を前島に当てる。


「先生、ゆっくりと深呼吸だ」


 指示に従うように深呼吸すると、前島の表情が柔らかくなり、顔色も若干赤みがさしてきた。


「…もう大丈夫よ…楓。ごめんなさい、取り乱しちゃったわね」

「お姉ちゃん…無理しないでね?」


 心配する楓に何とか応えると、ラウラに向き合う。


「確かに『蓼沼』は私の関係者よ、それも最悪のね。あいつは私の親友を…殺したのよ」

「なるほど…これが奴のシナリオか…」


 もし、前島がラウラだとすると、佐々木と対峙したときにこの事実が明らかになれば、前島はほぼ間違いなく取り乱す。親友の仇が眼前にいるという事実により、憎悪でその心が塗りつぶされてしまう。そんな状態のラウラを仕留めるなど、さほど難しくないだろう。事実、自身も油断から、一度死んでいるのだから。 


「それで…先生は『蓼沼』をどうしたい? 」

「私は…出来ることならこの手で…仇を討ちたいわ」


 憎悪の色が宿った瞳を向けてくる前島。だが、ラウラはあっさりと返してくる。


「駄目だ、先生じゃ態々殺されに行くようなものだぞ? それが向こうのシナリオだ。そこから始まる瓦解こそが目的なんだよ」

「それは…分かってる…けど! 」

「しかも…だ、先生はただ殺されるだけじゃない。勇者を誘い出す囮に使われるかもしれない。もしかしたら、天使に取り込まれて、私と敵対するかもしれない。敵の親玉の姿もまだ見えてこない状況で、向こうにいいように動かれる訳にはいかないんだ」


 ラウラの指摘は尤もだった。今の前島では天使に勝つ手段は無く、奴の手に落ちるために行くようなものだ。


「だから、その役目は私に任せて欲しいんだ。私は既に、こちらの人間をこの手にかけている。もう私は『人殺し』なんだよ」


 半ば自嘲的な笑みを浮かべるラウラを、無言で見つめ続ける楓。まるでその一言一句、一挙手一投足を絶対に見落とさないといった勢いだ。

 そんな楓が口を開く。


「お姉ちゃん、ここはラウラちゃんに任せたほうがいいと思う。お姉ちゃんじゃ絶対に敵わないし、ラウラちゃんはお姉ちゃんの代わりに手を汚す覚悟なんだよ」

「楓…」

「お姉ちゃんの気持ちは正直言ってわからない。私はそんな経験したことないから。でも、お姉ちゃんがいなくなったら、私はどうしたらいいの? それに…敵は1人じゃないんだよ? お姉ちゃんはどうやって戦うつもりなの?」


 ラウラは静観している。自分が無理矢理押し通してもいいが、前島が望むのであれば、本当に危険が迫ったときに助ければいいと思っていたからなのだが…


「そんなの…やってみなければわからないわ!」

「やってみて駄目でした…なんてことになったら? そんな無責任なことして、お姉ちゃんは平気なの? そのせいで沢山の人が死ぬかもしれないのに? 」


 前島は追い詰められていく。追い詰めている楓は、普段の天然さなど微塵も感じられない。最初は静観を決め込んでいたラウラだが、すでに2人のやり取りに入っていけなくなっていた。


(楓って、こんなに成長してたのか…)


 楓に対する認識を改めようとすると、楓はラウラに矛先を向ける。


「ラウラちゃん、私はラウラちゃんがいないと無理。お姉ちゃんがいなくても無理。だからお願い、私達を守ってほしいの。みっともないし、情けないけど、私達で敵う相手じゃないのは分かってるから…」


 なんだかんだ言っても自分を頼ってくる幼馴染に、改めて守るという決心を固めるラウラ。それを見ている楓は、どことなく安堵の表情だ。つい昔のように、その頭を撫でる。


「えへへへ…」


 嬉しそうに目を細める楓。前島はまだ納得がいかない様子だが、この場でいくら反論しても勝ち目が無いことだけは理解しているようだ。その様子を確認したラウラは、2人に改めて言う。


「この『森』は一種の結界だ。特にこの屋敷のある深部は、私が認めた者しか立ち入ることは出来ない。もし立ち入れば即座に魔物のエサになるからな。しばらくはここで体を休めていてくれ、何か不足なものがあればすぐに用意するから、シャーリーかあのラミアに頼めばいい。私はこれから、色々と調べ物をするから、何かあったら来るといい」

「ラウラちゃんは本当に『森』が大事なんだね…」

「200年の間に芽生えたのかもしれんが、これは『本能』に近いのかもしれない。『森』に害を為す者を見ると、自分を抑えることが難しくなるんだ。そのおかげで、ここしばらくは『森』に手出しする馬鹿はいないがね」

「…そうなんだ、偉いね!」


 楓がどこか心配そうな表情をしたが、すぐにいつもの表情に戻って感心したように言う。そして楓は、意気消沈する前島を促して隣の部屋に戻っていった。万が一のことを考えて、屋敷全体に通過制限の結界を張りなおす。思い詰めた前島が勝手に屋敷を抜け出す可能性もあると考えての対策だ。


 2人が書斎を出て行ってから数刻、ラウラは執務机に向かい本に集中していると、小さなノックの後に楓が入ってきた。


「どうした? 眠れないのなら魔法で何とかしようか?」

「ううん、大丈夫」

「先生は?」

「最初はショックだったみたいで、泣いてた…。今は泣き疲れて眠ってる、治癒と精神安定の魔法をかけておいた」

「そうか…いずれ話さなきゃいけないことだったんだが…先生には悪いことしたな…」


 ラウラは表情を曇らせる。それを見た楓が、おずおずと話し始める。


「…こっちに来てから、こうやって話すのは初めてだね…皇城の時は、何で正体を明かしてくれなかったの?」

「ああ、あの時か…何となく、まだ大丈夫なような気がしたんだよ。どうしてなのかは分からないが」

「………」

「…すまん、気に障ったか?」

「ううん、いいの。だってこうやって会えたんだから。…でも、徹君なら何とかするとは思ってたけど、まさか女の子になってるとは思わなかったよ」


 椅子を持ってきて、ラウラに寄り添うように腰掛ける。


「…実は、この体は吟兄も使ってたんだ」

「吟さん? 吟さんもこっちにきてたの?」

「ああ、あの交通事故でこっちに召喚されたんだそうだ。あとは…私と同じようなことをしていたようだよ。200年前から、私がこの体に慣れるように修行に付き合ってくれた。魂だけの状態だったけどな。50年前に地球に送り返したんだ」

「…帰れるの?」

「…魂の状態なら、私でも送還は可能だ」

「それじゃ、水野君も…帰れるの?」

「佐々木に殺されたのは…水野だったのか…」


 ラウラが徹だったころ、水野とは交流があった。普段は大人しいが、自分の意見ははっきり言うところが好感が持てた。


「…今は難しいな、皇城の佐々木の部屋には水野らしい魂は無かった。多分天使が回収していったんだろう。取り戻せば送り返してやれるんだがな」

「…私は…徹君と一緒なら…帰れなくてもいいよ? あ、今はラウラちゃんだっけ」

「そう言ってくれると嬉しいよ。私もこうやって楓と一緒に暮らしていきたい」


 楓は立ち上がると、ラウラの細い体を抱きしめる。


「…この細さ…女の子としては嫉妬しちゃうよ?」

「…胸は楓の圧倒的勝利だろ? 私の胸は薄いから」


 言葉が途切れても、2人は無言で抱擁を続ける。やがて、楓が口を開く。


「ラウラちゃん、絶対に私達を守ってね? 約束だよ?」

「ああ、心配するな。この『森』にいる限りは手出しなんかさせない」


 強く言い切るラウラの唇を、楓の唇が塞ぐ。ぎこちないが、想いを伝えるその行為に、ラウラは一瞬戸惑うが、すぐに力を抜いて楓に身を任せる。やがて、楓は名残り惜しそうな表情をしながらも唇を離し、ラウラを解放する。


「ねえ、ラウラちゃん、私も少しは力になりたいの。魔法の勉強したいんだけど、ここの本を借りて読んでいいかな?」

「ああ、かまわない。分からないことは私に聞くといい。大概のことは答えられる」


 にっこりと微笑む楓の姿は、その体型と相まって艶やかに見えた。


「それじゃ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 楓が部屋を出て行くと、ラウラは自分の唇に触れてみる。先ほどの行為を思い出し、その顔を真っ赤に染め上げながらも、満更でもない自分に少し戸惑っていた。

楓が積極的…

次回更新は8日の予定ですが、遅い時間になるかもしれません。

読んでいただいてありがとうございます。

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