ラウラの不安
佐々木一味による皇子殺害事件の翌日、謁見の間において今後の動きを決める会議が行われた。
会議の主役は皇帝ではなく、勇者の一人、参田勝だった。参田は口角に泡を飛ばす勢いで主張する。
「もうあいつらは勇者じゃない、唯の殺人者だ。 そんな奴は俺が倒してやる。是非、バラムンドへの出兵の御決断を! 」
消極的だった帝国の重鎮達は、いつの間にか参田の勢いに飲み込まれて、バラムンドへの出兵を決める事となる。佐々木一味がバラムンドの国境を越えたのは判明していたが、バラムンドへの質問状の回答が未だに無かった事が原因だった。だが、流石に全戦力を投入する訳にもいかず、勇者マサルを将軍に据え大将として、20の勇者を中心とした約千の兵力による出兵となった。
その中には、騎士見習いである前島と楓は入っていなかったが、参田の強い要望で勇者として同行することになった。その理由を参田に問うと、
「二人は治癒魔法が使える。皆の命を無駄にはしたくないんだ。後方支援してくれないか」
と返された。
前島と楓は城内の書庫に入り浸り、治癒魔法を習得していた。誰かを傷つける力は要らないが、傷つけられた誰かを癒す力は必要だという彼女達の意思表示だった。クラスメイトか傷つけ合うような事態を望まない彼女達は、避けられない戦いならば、せめて味方だけでも何とかしたいと思い、参加を了承した。
馬車の荷台で揺られながら、前島は一人思う。
「佐々木は完全に壊れてしまったわ。もう殺すことに何の抵抗もないはず。こちらの生徒も確かに強いけど、佐々木は能力の高い生徒を連れて行った。何らかの手段で洗脳して…だから佐々木は私が何とかする、子供達にこんなことをさせられない…」
それが彼女が教育者としてのなけなしのプライドだったのかもしれない。
隣で小さく寝息を立てる楓の髪を撫でながら、前島は忘れたくても忘れられない過去を思い出した。親友が殺されるところを、彼女はただ震えて見ていた。怖くて何も出来なかった。もし自分が勇気を出して行動していれば、彼女は助かったかもしれない…そんな葛藤に苦悶し続けたことを…
だから彼女は決意する、もしもの時は自らが佐々木に引導を渡すことを、そのためには自らの命を投げ打つことも躊躇わないと…
同じ頃、ラウラは魔王城にいた。ユーリエに色々と教えてもらうために手土産を持ってやって来ていた。自作のクッキーを茶請けにしながら、ラウラはユーリエに教えを請う。
「どうも勇者には『スキル』というものがあるらしいんだが、それは外から見抜けるものなのか?」
「何ですか? その『スキル』というのは…私は聞いたことありませんが、勇者特有の能力か何かでしょうか?」
「おい…それは本当か? 『スキル』なんてアステールには無いのか?」
ラウラは思考が纏まらなくなっていた。あの時、確かに「声の主」は「スキルと存在エネルギー」と言っていた。なのにそれが存在しないというのはどういう事なのか、ならばあの時与えられた力とは何の為なのか…
「スキルって言うのは、例えば剣士なら「剣」のスキルがあればすぐに達人になれるとか、魔道士なら「魔法」のスキルがあればすぐに上級魔法クラスが使えるとか…」
「何ですか、それは! そんなものはその道に人生を賭けている者への冒涜です! 勇者とはそんなふざけた存在なんですか?」
いきなり激昂するユーリエ。ラウラはそれが十分理解できた、彼女はこれまで魔法や魔術の研究に己を捧げてきた。長命な悪魔族の人生の大部分となればかなりの年月だ。それを碌に努力もせずに同等の力を得るなど、一体何の冗談かと腹立たしく思うのは当然だろう。
ラウラが気になったのは、皇城で佐々木が仕掛けてきた時、あまりの弱さに驚いたのと、他の召喚者も全く強さを感じなかったからだった。確かに騎士達と比べれば強いのだが、それにしても徹の力を持ち逃げしたにしてはお粗末なものだった。吟の話では、その力というのはほんの僅かでも相当な力を得られるはずだったのだが…
では何故そのような齟齬が生じているのか、それこそが最大の疑問だった。ここまで情報を集めながら、その整合性が無いということが異様なまでの不安を煽る。そして不安は焦りに変化していくのにさほど時間を必要としない。だからこそ、最大の疑問を早々に解決しておきたかった。
「ユーリエ、お前の知っている知識が頼りだ。どんな些細なことでもいい、勇者に関する情報が欲しい。あと、出来るならば聖女に関する情報もだ」
「勇者はわかりますが、何故聖女を?」
「おそらく聖女は私に敵対する。ルーセントの巫女の考えが読めないが、私を排除しようとしたことからそう判断してる」
「成る程、万が一にも備えて敵の情報を得るんですね…この驕らない高貴なる意志、流石です…」
妙にうっとりした視線を投げかけてくるユーリエを傍目に、ラウラは思考を巡らす。佐々木にスキルがあるかどうかは解らないが、もしあるのならば何とか手を打てばいい。だが、本当にスキルなど無かった場合はどう対応するべきかを考えていると、シャーリーから緊急の念話が入る。
「ラウラ様、大変です! ティングレイの馬鹿勇者一派が皇子を殺してバラムンドに向かいました! さらにティングレイは残った勇者を出兵させたそうです!」
ラウラは歯噛みする。あの馬鹿がふざけた真似をする…と。だが続くシャーリーの言葉に珍しく焦りの表情を見せた。
「ティングレイの勇者軍には、前島さんと楓さんがいるそうです!」
状況は悪かった。ユーリエとの話で新たに浮上した懸念「声の主の話と現実との齟齬」が解消されない今、動き方がわからない。だが、ラウラはお構いなしに動くことに決めた。
「シャーリー! 私はこのままティングレイに向かう! お前もすぐに来い! 楓と先生を救出する!」
ラウラは魔王城を後にすると、ティングレイに急行した。心の中に不安を抱えたまま…。
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