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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第6章 壊れていく者たち
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狙われた勇者

 佐々木が皇城を抜け出していた頃、国賓用の個室にて一人愚痴を言う少女がいた。一之瀬恵、佐々木に次ぐチートスペックを持った女子生徒だ。彼女は魔法に特化したステータスをしており、初日の訓練で攻撃、治癒、補助といった魔法の悉くをあっという間に習得してみせた。その威力も勇者の名にふさわしく、おそらく帝国では比肩するものはいないだろうと噂されていた。脱色していた髪は根元から黒くなりかけており、その顔はなかなか可愛い部類に入るだろう。本人は気にしているが、細い体と高い身長はクラスの女子の羨望の的だった。所謂「モデル体型」だ。


 そんなことはお構いなしにと愚痴りまくる一之瀬。


「何よ、佐々木の奴! あんな子供相手に腰抜かしてさ、馬鹿みたい。自分が一番強いみたいなこと言っておいて、全然駄目じゃん。そんで自分だけ皇女に気に入られてさ、あたしらは完全におまけ扱い。二村は黙って付いていってるけど、あたしはもうやだ。参田は気持ち悪いし、髪も染められないし、化粧品もまともなのないし、もうやだこんな世界!」


 彼女の愚痴はあらゆる方向へと向けられる。


「大体、皇女も何考えてんの? こっちの都合も考えてみろっての。タケシとの約束もすっぽかしちゃったし、振られたら誰が責任とってくれんのよ! 城の生活も窮屈だし、他のやつらはよく訓練なんかしてられるわ。あたしは天才だからいいけど、ほかの奴はどうせ無駄なんだからおとなしく兵隊にでもなってればいいんだよ。前島と西川みたいにさ」


 その様子を屋根裏から窺う3つの影がある。その気配の消し方は熟練者に匹敵するもので、相当の手練れであると思われる。影は一之瀬の様子を見守り続ける。


「それにさ、男共はお付きのメイドに鼻の下のばしちゃってさあ、もう何人か手をつけてる奴もいるみたいだし、あたしらにはそんなのいないじゃん。イケメンの執事でも付けてくれたら少しはやる気でるけど」


 あまりにも聞くに堪えない愚痴に、ついに影が動き出す。音も無く一之瀬の背後に立つと小剣を構える。


「気付いてないとでも思ったの? 馬鹿なんじゃないの?」


 一之瀬は振り返ることなく言う。その手には魔法の輝きがある。どうやら既に気配に気付いて詠唱しておいたらしい。


「あたしに挑むなんて馬鹿よね? 魔法の実戦練習の相手になってもらうわ」

「無駄…そんなもの…意味ない」


 全身黒装束の侵入者から聞こえるのは少女のような声。すると、残り2つの影が一之瀬から距離を取った位置に現れる。その手には小さな紙のようなものを携えている。一之瀬は構わずに魔法を解放する。


地獄の業火ヘルファイア!」


 おおよそ室内では使わない…というか室内で使う馬鹿はいない火属性上級魔法が室内を炎で蹂躙する…はずだった。


「うそ? 何で?」


 魔法が発動しないという現実に思考が追いつかず、明らかな動揺を見せる一之瀬。影は感情の籠らない声で言う。


「お前はもう魔法を使えない。愚かな自分自身を恨むがいい」


 すかさず残りの影2人が一之瀬に仕掛ける。流石は勇者の身体能力というべきか、2人掛りの攻撃を何とか凌いでいたが、やがて劣勢になっていった。


「何であたしが、こんな目に、あうのよ!」

「それをお前が知る必要は無い」


 機械のように冷静に、端的に応えると、影はその掌に小さな魔法陣を浮かび上がらせると、一之瀬の額に押し付けた。途端に一之瀬の身体から力が抜け、瞳からは意識の光が消え失せた。影は大きな麻袋を取り出すと、一之瀬をそこに詰めて城から連れ出していった。





 モトロのメインストリートを歩く2人のローブ姿の女性がいた。新兵の纏うグレーのローブを着た女性は前島と楓だった。2人は騎士見習い扱いのため、他の召喚者が休んでいる時間にも雑用を言いつけられたりする。今も騎士団本部からの命令書をモトロの騎士詰め所まで届けた帰りだ。その横を猛烈なスピードで馬車が駆け抜けてゆく。


「何だろう? 随分急いでるね、お姉ちゃん」

「そうね、こんな深夜だし、多分貴族あての勅令でも届けるんじゃないかしら」

「御者の人もお馬さんも大変だね」


 そんな暢気なことを話しながら、2人は城へと急ぐ。早く戻らなければそれだけ睡眠時間が減るからだ。2人は城に戻ると、短いながらもベッドでの睡眠を取る事ができた。そして翌日、『勇者メグミ=イチノセ』の失踪という事件を知ることになる。







 一之瀬の失踪が判明したその夜、数名の召喚者達は佐々木に連れられて城の一角へと歩いていた。そこは貴賓室、佐々木が宛がわれた豪華な居室だ。皇帝からの配慮もあり、その一角は佐々木以外は特定のメイドくらいしか立ち入らない場所になっていた。


「先生、何があるんですか?」

「君達もいきなり別の世界に来てストレスが溜まっているだろう? それを和らげてあげようと思ってね」

「本当? 先生、ありがとう」


 佐々木は自室に招き入れると、扉に鍵をかけた。その動作に誰も気付いていない。佐々木の口元に歪んだ笑みが浮かぶ。


「先生、暗いですね。それにこの匂いは…お香ですか?」


 その香りはもうひとつある扉の奥から漂ってくる。佐々木は彼らを先導すると、扉を開けて招き入れる。指示されるがままに入ってゆく召喚者達。そこで見たものは彼らの想像をはるかに超えていた。



 薄明かりの中、複数の人影がある。そこにいるのは見知った顔ばかりだった。クラスメイト、お付きのメイド、そして…ミレーネ皇女。その面々がそこにいることは問題ない。彼らの想像を超えたのは、その誰もがその身を血に染めていることだった。。


「先生…これは…」


 声を上ずらせながらも誰かが問う。


「うん、僕はね、この国を捨ててバラムンドに行くよ。神様からのお告げでね、バラムンドに行けば僕の使命が果たせるみたいだから。それで君達にも付いてきて欲しいんだ。君達は勇者の中でも見込みがあるから、バラムンドに行けばきっと幸せになれるよ。まさか断るなんてしないよね? じゃないとあんな風になっちゃうよ?」


 佐々木が指で示すのは一際豪華な席。そのテーブルに乗っているのは二つの球体のようなもので、目を凝らさないとはっきりとは見えない。彼らが目を凝らすと…


「ひいぃぃぃぃ!」


 数人が情けない声を上げて腰を抜かす。中には失禁している者もいる。そこにあったのは…人間の首、それも先日帰国し、挨拶も交わした相手…ティングレイの第一皇子と第二皇子のものだった。


「彼らはバラムンドへの手土産になってもらったんだよ。ね、ミレーネ?」

「はい、カズキ様の為に手土産になれて、兄が羨ましゅうございます。さあ、皆様もこちらへどうぞ」


 返り血で真っ赤に染まったミレーネに促されて、まるで幻覚でも見るような表情で部屋の奥に進んでいく。既に彼らの思考は停止しかけていた。つい先日見せつけられた、有り得ない力の差という現実、そしてすぐ間近に迫った「死」という言葉が彼らの心を蝕む。そこに齎される誘惑、まだ幼い彼らが抗うことなど出来るはずもなく、その心を壊されていく。彼らはそれに違和感を感じなかった、いや、その感覚も麻痺させられていた。室内に漂う香によって…。


「さあみんな、気分はどうかな? 僕についてきてくれる?」


 佐々木の言葉に頷く生徒達。それを見て心底楽しそうに笑う佐々木。


「あははは! みんないい生徒だね、きちんと僕のいう事きいてくれるんだから。大丈夫! 君達は神様に選ばれた人間なんだよ?」

「…選ばれた? 僕達が…?」


 生徒の一人が何とか意識を保って質問する。


「そうだよ、僕は神様に選ばれた。その僕が選んだ君達だよ? 特別な人間に決まってるじゃないか! 何を迷ってるんだい?」

「だって…先生、皇子様を…」


 その生徒は佐々木の思考を理解できなかった、理解したくなかった。彼は勇者としての力は高い方だったが、元々争い事が嫌いで、喧嘩だってまともにしたことがなかった。皇子を殺して手土産にするなど、戦国時代ならまだしも、現代日本に暮らしていた人間の思考の範疇から逸脱しすぎている。だから…彼は言った。


「先生…僕は…一緒に行けません…」


 暫しの沈黙の後、佐々木が口を開く。


「それなら仕方ないね、きみはここに残るといいよ」

「え?」

「だって行きたくない人を無理矢理連れていっても足手まといになるだけだし、だから君はここに残っていいよ・・・・・・・・・


 断られると思っていた彼は、佐々木の歪な笑顔に気付かない。安堵している彼に、佐々木は語りかける。


「その代わり、ひとつ頼まれてくれないかな?」

「何ですか? 僕に出来ることなら…」

「実はね、僕達がティングレイここを出るのは秘密なんだ、だから、このことを知る人間をここで足止めしていて欲しい」

「え? 足止めって? でもこのことを知ってるのは僕達だけで…」

「いるじゃないか、一人だけ残る人間が…」


 漸く佐々木の言っていることが理解できた彼は静かに後ずさる。そのまま部屋を出ようと向きを変えたところでその腕を掴まれた。


「…みんな! どうしちゃったんだよ! 離してよ!」


 その腕を掴んでいるのは今一緒に入ってきたクラスメイト達。その目はすでに狂気の光が宿っていた。


「みなさん、彼は選ばれた僕達の邪魔をしようとしています。そんなことが許されていいのでしょうか?」

「「「 許されません 」」」

「ならみんなで排除しましょう! 神に背く者には神罰が下されます、僕は神の代理として、その神罰を下します。皆さんも手伝ってください」


 彼は多勢に無勢で、大きなテーブルに押さえつけられる。そのテーブルがぬめっているのは一体どういうことか、彼には理解できてしまった。彼の目に映ったのは、その手に持ったナイフを振り上げるクラスメイト達の姿。


「どうして―――」


 彼の問いかけに答えを返す者はいない。ナイフが振り下ろされた瞬間、彼の意識は闇の底に沈み、二度と浮かび上がることはなかった。




「それにしても、あの天使のくれた薬はよく効くなぁ、あのお堅いミレーネもイチコロだし、バラムンドでもいっぱい楽しめるかな?」


 佐々木を演じている蓼沼は、楽しいことを待ちきれない子供のように、嬉しそうに笑っていた。



 そして数日後、佐々木と二川を始めとした勇者総勢20名がティングレイから姿を消した。しかし、ティングレイはその消息を追わなかった。追うことが出来なかった、何故なら…








 勇者カズキの部屋から多数のメイドの死体と…首の無い第一、第二皇子と身体中を穴だらけにされた勇者一名の死体が見つかったからだった。皇女ミレーネの失踪という事実とともに…

読んでいただいた方、誠にありがとうございます。

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