魔王の考察
「すまないな、いきなり押しかけて。あ、これは茶菓子かわりにしてくれ」
「い、いいえ、お気遣い無く…。あの…仰っていただければこちらからお伺いしましたが」
ラウラが謝罪と共に渡したクッキー入りの小箱をおずおずと受け取るユーリエ。
(流石に帽子とマントは失礼すぎるんじゃないかな…でも私の正体を知られたらきっと嫌われる…)
「すみません、こんな格好で。事前に連絡くだされば準備できたんですが…」
「いや、そんなことは気にしないでくれ。ちょっと急ぎで知りたいことがあってな」
「私でよければ何なりとお聞きください。お力になれればいいんですが…」
「多分お前じゃなきゃ分からないと思う。それは…「勇者召喚の召喚術式」についてだ。
ラウラの魔王城訪問から数時間前、ラウラは屋敷にてサラ(仮)から話を聞いていた。
「それじゃ、お前のところに来た勇者がどこの国に召喚されたか、わからないのか?」
「ええ、ただいきなり現れて『自分は勇者だ』と名乗ったとしか記録は残ってないわ。今考えればこんな胡散臭い奴、よく信用したなって思うわ」
「私が知る限りでは『世界戦争』直前と今回の2回ははっきりと分かっている。その間にも数回あったらしいんだが…」
「そうね、『世界戦争』は1000年前でしょ? 1000年の間に何回かあってもおかしくはないわ」
「でも、世界の次元壁を破るのはそんなに簡単じゃないぞ。お互いの世界の因果を変えるんだから、それ相応の力が求められる」
「でも、アンタなら出来るんじゃないの?」
ラウラは既に吟を送り還している(魂の状態で)が、それを言うと面倒なことになる気がしたので黙ってお茶を飲んでいた。
「理論は何とか分かるって程度だな。実現は難しいだろう」
「アンタでも出来ないことあるのね。ちょっと安心したわ」
「お前は私を何だと思っている…」
ラウラに睨まれて咄嗟に話の方向を変えるサラ(仮)
「で、でも、ルーセントにはそんな術式はないわ。それだけは言える」
「それなら、もっと詳しい奴に聞いてくるか。私も世界の国々の秘匿術式まではよくわからんからな。それじゃ、ちょっと行ってくる」
ラウラは徐に席を立つ。
「どこに行くの?」
「ああ、ちょっと魔王のところまでな」
「はいはい…って魔王? 戦争でもするの?」
「んなわけないだろ。あの魔王は魔法に詳しいみたいだから、何かわかるかもしれないと思ってな」
「もう色々と私の常識が崩れてきてるわ…こんなんで日常生活に戻れるのかしら…」
項垂れるサラ(仮)を残して、ラウラは魔王城に向かった。
「勇者召喚ですか…確かに数回行われているようですが…」
「つい最近もあったんだよ。ティングレイが40人以上召喚した」
「それはまた多いですね。何をさせたいのかよく分かりませんが…でもおかしいです。ティングレイは魔法後進国家です。確かにそこそこ腕のある術者はいますが、ティングレイでは無理があると思います」
「でも実際に勇者はいたぞ。この目で確かめたからな。どうやら皇女が召喚したらしいが、そいつが才能があっただけじゃないのか?」
「いえ、そもそもティングレイには召喚術式が無いんです」
思わずお茶を飲む手を止めるラウラ。ユーリエはさらに続ける。
「私は300年ほど前にティングレイにいたことがありました。皇城の禁書庫にも入りましたが、そのような術式の魔法書はありませんでした」
「たかだか300年で召喚術式を完成させる…なんてことはあると思うか?」
「それこそ無理があります。ラウラ様ほどの無尽蔵の魔力があれば研究もできますが、人間の魔道士程度では術を構成させることすら出来ないでしょう。それこそ数千年以上かけて漸く確立できるかどうか…といったところだと思います。それに…」
言いよどむユーリエに訝しげな視線を送る。
「何だ? どうした?」
「いえ、これを申し上げて良いのかと思ったものですから…実は、私が世界中を放浪している間、勇者召喚らしき術式を……」
思わず身を乗り出すラウラ。
「どこの国でも見たことがありません」
「無いのかよ! …って無いだと? 本当か?」
思わず流れで突っ込みを入れたが、その内容が齎す衝撃につい声が荒くなる。
「はい。バラムンドにも、連合にもそのような召喚術は存在していません。そもそも人間が行える範疇ではないと思いますし…」
ラウラは混乱する思考を必死に押さえ込んでいた。
(この魔王の魔法に関する知識は本物だ。こいつが言うんだから召喚術式は存在しないんだろう。だとすると、一体誰が? どうやってその方法を知った? それを記述して残すようなことを一切していないのはどうしてだ? なのに数回に渡って召喚が行われているのは何故だ?)
少なくとも最低2回は召喚が行われているのは事実だ。今回と、吟の時。それ以外にも数回は行われている様子なのに、召喚術式が全て消えているなどということがあるだろうか?
「ちなみに聞くが、召喚された勇者の消息を知る記述は残ってるか?」
「そう言えば…その類の文献も見たことありません。異世界から勇者を呼び込むなど、相当大掛かりな儀式術になるはずですし、そこまでして喚ばれた方々の消息が一切不明というのも少々理解に苦しみます」
「やっぱりそう思うか…」
暫し考え込むと、席を立つラウラ。
「忙しいところを時間貰って悪かったな、随分参考になった。今後も相談することがあると思うから、その時はまた頼む」
「は、はい! 是非ともお力添えさせてください!」
「ああ、それから…今後は私の前では帽子もマントも不要だ。お前がどんな種族だろうと私には関係ないからな。私はお前自身を気に入っているんだ。いいな、絶対だぞ」
そう言い残して消えるラウラ。ユーリエは肩を震わせてそれを見送る。そして彼女は自らの神に絶対の忠誠を誓う。流れる大粒の涙と共に…。
やっと動きはじめます…
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