メアリ 頑張る
ラウラは森を歩いていた。後ろにはメアリとサラ(仮)を連れている。ラウラが結界で包んでいるので防御は心配ないのだが、流石に「デュメリリーの森」の名を知る者からすれば、それは恐怖以外の何者でもない。
「一体……どこまで……歩くん……ですか?」
「本当よ……いい加減に……しなさいよ」
メアリとサラ(仮)は完全に息が上がっているが、ラウラにはそんな気配すら見えない。この程度のことは彼女にとっては朝飯前で、実際に起床後の散歩コースだったりする。
「どうする? 休憩するか?」
「「 お願いします 」」
二人の声が見事にハモったところで何度めかの休憩にした。鞄から水筒を出して二人に渡すと、半ば引っ手繰るように奪い取られた。サラ(仮)は最近、ラミアの体に随分慣れてきているようだ。
「一体どこまで行くんですか?」
「そうよ、場所くらい教えてよ」
二人の体力が限界に近いので、仕方なく行き先を告げる。
「この先に見える岩山があるだろ? そこの麓まで行く。お前達に合わせたい奴がいるんだ」
「あんなところまで……冗談ですよね」
「あの岩山って……上の方、雪被ってるけど……まさかこんな薄着で?」
小動物のような目で見つめてくる二人に少し癒されたので、内容を少し変更した。とりあえず向こうから来てもらうことにした。
「あー、わかったよ。この先に開けた草原があるから、そこで昼だ。相手にも連絡したからそこで落ち合おう」
その言葉に心の底から安堵する二人。特にサラ(仮)は、これからまた徒歩行軍と言い出したら、子供のように駄々をこねるつもりだった。ラウラもその雰囲気は掴んでおり、ラミアの駄々をこねる姿は見てみたい衝動にかられそうになったのだが、メアリが心配なのでやめておいた。
「ほら、ここだ。メアリにはここを任せようと思ってる」
「すごい…森の中にこんな場所が…」
森を抜けると、そこには一面の草原が広がっていた。遙か遠くに当初の目的の岩山があり、その麓から再び森が始まる。広さで言えば小国が3つくらいは丸々納まるほどの広さにメアリは実感が湧かないようだ。
「すごいじゃない! メアリ!」
まるで自分のことのように喜ぶサラ(仮)。
「もう少し進むと川があるし、湖もあるから水の心配は無い。森の中なので結界さえ張れば安全面も問題ない。自分で言うのも何だが、かなりのお勧め物件だと思うぞ」
「本当に、ここが…私の…」
「ああ、もし将来、仲間が見つかればここで一緒に暮らしてもいい。そのあたりは任せる。もちろん私の承認は必要だけどな」
「いえ…十分過ぎます…ありがとうございます…」
すると、突然空が暗くなった。巨大な何かが日光を遮る。それは巨大な竜の姿、その色は宝石の輝き。巨大な紅玉石と蒼玉石のドラゴンだった。
「うそ…紅玉竜…蒼玉竜……」
サラ(仮)は呆然と呟く。上位竜種の中でも最上種と呼ばれる2種が今、この場に存在している。そのあまりにも神々しい姿に、恐怖ではなく、畏敬の思いで震える体を抑えることができない。いつの間にか涙を零している自分に気付く。
「そういえば、お前達を助けるときに手を貸してもらったんだ。きちんと礼言っておけよ?」
まるで親戚に土産をもらったような軽さで重要な話をする。
「「 ええ? 」」
絶句する二人。すると、2頭の竜は徐々に降下して、人の姿になり降り立った。蒼玉竜は荘厳な蒼髪の若い男性に、紅玉竜は気品あふれる紅髪の若い女性になった。
「悪いな、態々来てもらって。この2人がそっちまで行くのはまだ辛いみたいでな。紹介するよ。今度ここの草原を管理してもらうメアリと、私の下で修行するサラだ」
「「よ、宜しくお願いします! 助けていただいてありがとうございます!」」
2人は硬直しながらも何とか礼を言う。しかし、ラウラはそんな2人を全く気に留めずに爆弾発言をする。
「これからこの2人にここの護衛をお願いしておくから、仲良くな」
「「はあ?」」
2人は理解できなかった。神にも等しいとさえ言われている最上位竜種の2体が、農業地帯の護衛をする。どんな馬鹿げた笑い話だろうか? ましてやそんな存在と樹妖精や人間が仲良くなどとは、誰に言い聞かせても信じてもらえるような内容じゃない。それこそ誇大妄想癖のあるアブナイ人に認定されてしまう。
「あまり気にしないことだ。胃を悪くするぞ」
「私達の棲家はあの岩山だから、ここなら目と鼻の先だしね」
2人が未だに硬直からぬけだせないので、気さくに助け舟を出す2体の竜。それを聞いて漸く再起動する2人。
「ま、まあラウラ様ですし…」
「どこまで非常識なのよ…」
そんなことは我関せずとばかりに弁当の用意を始めるラウラ。
「お前らも食ってけ。沢山あるからな」
その弁当は、サンドイッチにローストチキンというシンプルなものだったが、特に竜2体にはとても評判が良かった。美男美女がチキンを骨ごとバリバリ食べる姿にメアリとサラ(仮)はちょっと引いていた。
昼食が済むと、ラウラはメアリに問いかける。
「ここの魔力はどうだ? ここでなら農業はできそうか?」
「はい。ここの魔力は私に相性が良いようです。十分に魔法が使えます。…ちょっと試してみてもいいですか?」
「いいぞ、どんどんやれ」
ラウラの許可を得て、彼女は懐から数粒の麦籾を取り出すと、掌に乗せて詠唱を開始する。すると、その籾が光に包まれて空に浮かぶ。次の瞬間、その光が弾けて草原に降り注いだ途端、草を押しのけて辺り一面に麦穂が顔を出した。
「すごい…」
思わずサラ(仮)も感嘆の声を漏らすほど、すごい力だった。竜達も驚きの表情をしている。ラウラは満足気だ。
「ここは凄いです。どれだけ魔力を使っても土が力をくれます。これなら1日で収穫できます。本当に凄いです!」
まるで子供のようにはしゃぐメアリを笑顔で見守るラウラ。
「これなら大丈夫みたいだな」
「はい!」
この日、デュメリリーの森の食糧事情が激変した一日となった。やがてメアリはこの土地を、アステールでもトップクラスの穀倉地帯にまで発展させていくことになる…
なんていうことは無かった。とにかく全ての作物はラウラに捧げるためにだけ作っており、ラウラに頼まれて渋々他の人に売るような状態だったため、ほとんどその美味さが知れ渡ることがなかったのだ。
ただ、カーナの町では、時折現れる謎のエルフの作ったパンがとても美味だと評判になったらしい。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。