幕間 巫女の思惑
本日2本目です
ルーセントの巫女サイドの話
ザクレール大陸は温暖な気候の平野が広がる地だ。だが大陸中央部には険しい山々がそびえており、そこは人々の信仰の象徴であった。その地こそが、ザクレールを支配する宗教国家、聖ルーセント教国の総本山だ。そこには平民など存在せず、教国の重臣のみが生活していた。当然、巫女もそこにいる。
総本山の奥、「託宣の間」と呼ばれる場所に、3人の女性がいた。豪奢な絨毯が敷かれた床に胡坐をかくように座っている。側にいるのは付き人くらいで、他には誰もいない。その顔は、皆がヴェールのようなもので顔を覆っており、伺い知ることはできない。続く沈黙を破ったのは巫女の一人。
「4位の巫女が失敗したようね」
感情の起伏がほとんど見られない声。
「あの程度では仕方ないかと。我々のような選ばれた者ではありませんから」
「そういうことだ。雑魚に毛が生えた程度のヤツにそこまで期待すんなよ」
続く二人の声も、話し方こそ違うが、同様に感情の起伏が乏しい。
「保険のために送り込んだ者はラウラに殺されたようね。4位の巫女もラウラに殺されたと見ていいわね。」
「ラウラ相手では仕方ないかと。何せラウラは『回収者』でしょう? 」
「だけど、こっちに矛先が向くんじゃねえのか?」
「それは心配ないわね。それより、ラウラより先に『聖女』を手に入れられそう?」
「心配ないかと。帝国に忍ばせた別働隊がそれらしい人物を見つけたらしいです」
「勇者に邪魔されたりしねえだろうな」
淡々と話す3人。やがて、一人の男が入室する。
「ご苦労様ね。首尾はいかがかしら」
「はい、勇者は帝国内で訓練を続けております。訓練の上達者から順に各地に派遣されるようです」
「そこは問題ないかと。派遣されるまでにはどのくらいかかりそう?」
「およそ一ヶ月程度だと思われます」
「そんな状態でどうやって攫ってくるんだよ。まだこっちの動きを掴ませる訳にはいかないんだからな」
「………………」
黙りこむ男。その沈黙を再び巫女が破る。
「それこそ心配無用ね。方法はいくらでもあるんだから」
「それには同意できるかと。しかし、どのような方法で?」
「そうだよ、いくら戦争馬鹿の帝国とはいえ、簡単じゃねえぞ」
巫女の一人は男に視線を送りつつ話す。
「とても簡単ね。勇者は一部を除いてまだまだ子供。どうとでもなるわ」
「同意できるかと。勇者は己の力の使い方すら解らないようです」
「おいおい、そんなの攫って大丈夫なのかよ。ゴミ拾ったら捨てるの面倒だろうが」
「そのほうが都合がいいわね。こちらの好きなように弄ってしまえばいいのだから」
「使い道はあるかと。駄目でも他の勇者を釣る餌にはなるでしょう」
「なるほどね、それで、具体的にはどうするんだ?」
「心配性ね。勇者の心をちょっとだけ煽ってあげればいいのよ」
「理解できるかと。あとは勝手に動いてくれるでしょう」
「子供の心を誘導…か。あとは自滅するのを待つだけか」
3人は頷きあう。そして男はゆっくり立ち上がると一礼して退室してゆく。
「理解したようね。こちらは受け入れの準備をするだけよ」
「支障ないかと。術式の準備は既に整っております」
「それじゃこっちは4位の巫女の補充をしておくよ。捨て駒は多いほうがいい」
巫女の一人が立ち上がり、退室してゆく。それを残り二人の巫女が見送る。
「今度の勇者はどうかしらね。当たりだといいのだけれど」
「問題ないかと。駄目なら次を待てばいいのです」
そう言って一人の巫女が退室してゆく。残った巫女は誰もいなくなったのを確認すると、一人呟く。
「待ち遠しいわね。やっと手に入るわ。あの方を呼び覚ます力となるべき『聖女』がね。そのためにはこの世界などどうなってもいいわね。私達にはあの方さえいればいいのだから」
艶の乗った声でうなされるように呟く巫女の言葉を聴くものはどこにもいない……。
山の中腹にある岩穴に、巫女の一人が立っていた。教団員の行動を見守っているようだ。
「おい、そっちのはどうした? 」
巫女の言葉に、敬意の証である、左胸に右拳を当てる所作を行ってから報告する教団員。
「はい。これらは耐久テストに不合格のものです。廃棄予定です」
「そうか、わかった。仕事の手を止めさせて悪かったな」
「いえ、滅相もございません」
そう言って廃棄予定のものを谷底に棄てていく。すると、3人の少女がやってきた。
「この3名はテストを合格しました。術式を施した後、実戦訓練ののちに配置に付かせます」
「成る程、いい面構えじゃねえか。今度のは使えそうだ。くくくくく」
声を押し殺しながら笑いつつ、巫女は奥に消えていった。後には3人の少女と教団員が残された。
もし、4位の巫女であるサラのことを知っている者がいたら、その状況がおかしい事に気づくだろう。
では一体何がおかしいのか、それは3人の少女がサラと全く同じ顔をしていることだ。
さらに言えば、教団員が廃棄していた谷底に居たのは………うず高く折り重なった、夥しい数のサラだったことだ。
サラと同じ顔をした3人の少女の瞳には光がなく、澱んだ色を湛えていた
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