サラ(仮)の決意
少し短めです。
ラウラがサラの本体を調整していると、サラ(仮)が入ってきた。その手にはティーセットとクッキーがあった。
「お疲れ様、お茶の時間よ。休憩にしましょう」
「ああ、すまないな」
調整槽のクリスタルから離れて、テーブルにつくラウラ。サラ(仮)は自分の体をしげしげと見ている。
「とりあえず残存術式は無いはずだ。念のために魔力を枯渇させて、術式を弱体化させてから抵抗術式を組み込む。それが馴染めば処置は終了だ」
「しかし、本当にアンタって凄いのね。連合国家の魔道学院でもここまでのことは教えない。よくこんな知識を得られたものだわ」
「そりゃハイエルフだから長い時間生きてるしな。それに机上の理論よりも実践のほうがはるかに先に進める。そのための尊い犠牲はどうしても必要だがな」
犠牲という言葉に少々顔を顰めるサラ(仮)。
「それって…人体実験ってことよね…」
「森に攻め込んできた連中や、森に入り込んだ盗賊とかをな。後腐れのない奴を使ってるよ」
「それは…どうなのよ」
「盗賊なんざ役人に突き出しても処刑されるんだし、それなら未来の為の礎になってもらったほうがいいだろ?」
胸を張って答えるラウラに呆れるサラ(仮)。ラウラは何か思い出したようにサラ(仮)に向き合う。
「なあ、サラ。お前に聞きたいことがあるんだが、何でルーセントが勇者に興味を示すんだ? 教義から外れてないか?」
ラウラの知識にあるルーセントの教義は、「聖女は自国に降臨する天女」であったはずだ。
「それはすっごく昔のことよ。でも300年くらい前に勇者の巫女がやってきてから変わっちゃったの。もう今は勇者の巫女に乗っ取られてる。私は4位だったけど、実質的な力は3位まで。私は上位巫女の手駒でしか無かったけどね」
自嘲めいた笑みを浮かべるサラ(仮)に対して、ラウラは真剣そのものだ。
「勇者が来た? ルーセントには勇者召喚の技術なんて無いはずだろ? それに教義に外れた勇者を受け入れたってのもちょっと…。300年前に何かあったって考えるのが普通だな」
「やっぱりそう思う? でも、不思議なことに、誰もそのことに異論を出さなかったみたいなの。それどころか、当時の巫女がいきなり消えたの」
「消えた? 行方不明とかじゃなくて?」
「ええ、私も文献を調べたんだけど、300年前のある時を境に、当時の巫女を
綴った文面が急に無くなるの。まるで忘れ去られたみたいに」
ラウラの脳裏に皇城での光景が蘇った。あの時、自分のことを匂わすために態と召喚者の情報を流したが、無反応だった。楓も皆が忘れたというような事を言っていた。状況が似ている。ただ偶然として片づけるにはいかない。
「となると…ルーセントの上位巫女は私の敵になる可能性が高いな」
「私としては…複雑よ」
「別にルーセント自体を敵視する訳じゃないよ。勇者の巫女だけだ」
落ち込んだ様子のサラ(仮)に対して、ラウラがある提案をする。
「サラ、お前、強くなりたいか?」
「も、もしかしてこのままラミアに?」
「違うよ馬鹿! 本体に戻った後でだよ」
「じゃあ本体を改造される?」
「お前、いい加減にしとけよ。本体に戻ったら、ここで修行するつもりは無いかってことだよ。私が修行メニューを考える。どうだ?」
「でも…何で…」
「トーラスとルーセントの名前、取り返したくはないか?」
「 !!! 」
サラにとっては勇者の巫女の一族は鬱陶しいだけで不要の人間だ。この提案はとても魅力的だった。どこまで強くなれるか分からないが、この悪魔のようなハイエルフの修行なら、かなり強くなれるだろう。一度は死んだ身だ、迷う必要は無かった。
「わかったわ、お願い…ううん、お願いします。私を鍛えてください」
そう言うと、サラ(仮)は深々と頭を下げた。
「ところで、ココのほうはどうなんだ? 怒鳴ったりしてないだろうな」
「そんなことしないわよ! 呼びかけには気付いてると思う。ただ…すごく現実から逃げようとしてるみたい」
「…どういうことだ?」
「私も上手く言えないんだけど、ラミアってことを拒絶してるような感じ…かな?」
サラ(仮)は目を瞑って思い出す。
「これが手がかりになるかどうかは判らないんだけど、今日、メアリが庭で野菜の苗を植えてたんだけど、それを見てた時にすごく愉しそうな雰囲気だった。シャーリーさんがぐったりしてるところとかも愉しそうだった。でも、私が鏡を見たり、お風呂に入ったりすると、凄く冷たくなるというか、無感情っていうのが正しいかも」
「成る程……これはかなり厄介かもな。本質的なものが原因っぽい」
不安そうな瞳でラウラを見るサラ(仮)
「随分気に入ったみたいだな。このままラミアでいくか?」
「そういう訳にはいかないわよ。ココはまだ死んでないし、被害者じゃないの。これでもルーセントの巫女なんだから、教義くらいは遵守しないと」
「教義? そんなのあるのか?」
「あるけど、大したものじゃないわ。苦しんでる人達の幸せを願うっていう、教団員なら一番最初に覚えさせられる『教団の原典』よ。でも今は誰もそんなこと信じてないわ」
「それがココとどういう関係があるんだ?」
「ココは死にたがってなんかいない。生きようとしてるんだけど、何かがそれを止めてるなら私がそれを解除したい。私が彼女を救いたい。それだけよ」
そう言ってサラ(仮)はティーポットを片付けて部屋を出て行く。その姿はラミアでありながら、聖者としての風格が漂い始めていた。
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