サラ(仮)
「おはよう、サラ。気分はどう?」
普通に挨拶してくるラウラにサラが噛み付く。今のサラは灰色の髪に赤い瞳を持った、白い肌のラミアだ。年齢はサラの元年齢の15くらいか。
「おはようじゃないわよ。何でラミアなのよ! 」
「お前…立場解ってる? メアリを簡単に攫われやがって。そのお仕置きだと思ってくれ。生きてるだけでもありがたいだろ?」
「そんな訳ないでしょ!」
「ふーん、じゃあいいよ。帰れば? 私は止めない」
「わかったわよ! 帰るわよ!」
「でも、どうやって帰る? ここは『森』の最奥だぞ。お前なんぞ屋敷から一歩でも出たらエサ確定だ」
「うぅ…」
サラは凹むが、すぐに復活して噛み付いてきた。
「そこにあるのは私の体でしょ? さっさと戻しなさいよ!」
「お前なあ…」
ラウラの威圧が高まる。ラミアの体は威圧に敏感なようで、サラは何も言えなくなってしまう。
「お前の体に埋め込まれた術式がすごく面倒でな、大体は摘出したが、まだ残ってる。あの連中に感付かれたくないからこんな地下で作業してるんだ。お前、あのままだと取り返しのつかないことになってたんだぞ?」
「どういうこと? よく分からないんだけど」
「説明してやるから、ちょっと来い」
「ちょっと待って…この身体、動きにくい…」
二人は地下室を後にして、ラウラの書斎に入る。サラをソファに座らせ、ラウラはすぐ傍に立った。
「これから、お前の身体の状況を説明する。まずはこれを見ろ」
ポケットから取り出したのは親指くらいの大きさの小さな石。その色は鮮血のように鮮やかな真紅だ。
「何、これ…すごく嫌な感じがする」
「これはお前の体の3箇所から取り出したものだ。それは『脳』『心臓』『子宮』だ。脳から取り出すのは大変だったんだぞ? まさかアステールで脳外科手術するとは思わなかったよ」
「それは…ごめんなさい…でもそれがどうしたの?」
「お前に埋め込まれた術式はな、お前が魔力を使う度に、ある場所に魔力を溜めるように作られていた…つまり、魔石を作っていたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「これは小さいがれっきとした魔石だ。こんなものが体内にあったらどうなると思う? 脳なら思考能力が無くなって唯の操り人形だ。心臓なら命に関わるし、子宮なら子供を生むための力を吸い取られる。お前、本当は10歳じゃないだろ? もっと上だろ? でも初潮はまだだよな。それに、妊娠でもしたら最悪だ。生まれてくる子供は体内に魔石を宿したまま生まれてくる」
「それじゃ、私の成長が止まったのは…」
「間違いなくこいつが原因だ」
忌々しげな顔をするラウラ。サラは戦慄に震えている。
「魔石が身体の中にあるってことは…私…魔物に?」
「そうなる可能性が高かったな」
サラの表情に絶望の色が浮かぶ。それも無理はない。魔物と動物の違いは魔石が体内にあるかどうかで判断する。だとすれば、教団のトップ3が自分に施した術式は、魔物にしてしまう為のものだったのだから。もしサラが魔物になれば、誰かに討伐されて、その魔石は魔法具にでも使われていただろう。
「そんな…どうして…」
「大体、そんな胡散臭いものをよく受け入れたな…そこだけは感心するよ」
「それ、褒めてないでしょ?」
「当たり前だろ」
乾いた笑みを浮かべるサラ。色々ありすぎて思考を放棄しかけてるのかもしれない。ラウラは話の方向を変えてみた。
「それから、そのラミアは元々生きてたラミアの体を貸して貰ってるだけだから気をつけろよ」
「え? それじゃ元の子は? まさか……」
「いや、森の外で馬鹿な冒険者にケガさせられてたところを保護したんだ。体の傷は治ったが、心がまだ戻らなくてな。だから、お前は自分の体が元に戻るまでの間、その子に呼び掛けてやってほしい。お前の中にもう一人いるのがわかるはずだ」
「うん…確かに誰かがいる…わかったわ、そっちは任せて」
「その子の心が戻ったら仲間の元に返すから。名前はココだ。あれ? そうなるとお前は何て呼べば……サラ(仮)でいいか」
「そんなお座成りに決めないでよ!」
とりあえずは元気が出たようだ。
「なあ、お前はこれからどうするんだ? 教団に戻るのか?」
「わからない…もう全部嫌になっちゃった…マークもスージーもいない…私が…殺しちゃった…」
「あの二人なら生きてるぞ」
「本当?」
「ああ、マークは虫の息だったが治癒できたし、スージーは身体を再生させてから魂を呼び戻した。身体の様子を見ながらにはなるが、恐らくは魔大陸に来ると思う。海を渡るのに必要な手段は渡してある」
その言葉にぽろぽろと大粒の涙を流すサラ。
「ありがとう…ありがとう…」
ソファに突っ伏して泣きながら礼を繰り返す。そのうちに泣き疲れて眠ってしまった。ラウラが小さく呼び鈴を鳴らすと、メアリが毛布を持ってきた。それをサラに掛けてやると、二人は一息つく。
「ラウラ様、私を魔大陸まで連れてきていただき、ありがとうございます」
「それは気にするな。私の我儘に付き合ってもらうんだから、いっぱい頼ってほしい」
「はい、わかりました」
「用意する土地なんだが、サラが落ち着くまで少し待って欲しい。それに、色々と調べることも出来たし、考えをまとめないといけない。サラにも訊きたいことがあるしな」
「ええ、それはかまいません。それでしたら、お屋敷の庭をお借りして何か作りましょうか?」
「本当か? 是非頼む。庭ならば結界があるから魔物は入ってこれないし、屋敷に奇襲かけるようなやつはもう調教済みだからな」
いったいどんなことをされたのかと背筋を凍りつかせるメアリだったが、ふと、あることを思い出す。
「そう言えば、たしかもう一人、お住まいになられてる方がいるのでは?」
「ああ、あいつか…」
ラウラは表情を険しくする。
「あいつは今、お仕置き中だ」
――――3日前――――
メアリとサラを連れて帰ったラウラは、サラの処置をするべく地下の実験室に向かった。シャーリーにはとりあえず一声かけてから作業に入った。再生と蘇生の処置は早いほどいいので、休む間もなく処置を施す必要があった。
ほぼ丸一日かけて粗方の処置を終え、腹の虫が空腹を主張し始めた頃、満面の笑みを浮かべたシャーリーが入ってきた。天使の見せる満面の笑みなど、そうそう見れるものではないのだが、ラウラには何故か不吉の象徴に思えた。
「ラウラ様、お疲れ様でした。私が愛情込めて料理いたしました。ぜひともお召し上がりいただいて、疲れを癒してください」
正直かなり空腹なので、その配慮はとても有難かったのだが、何故か彼女の危機感知が全力で発動中だ。しかも、昨日楓に話しかけそうになったときとは比べ物にならないほどだ。だが、この屋敷にはそんなヤバイ奴はいないはず…と食堂に入ると……………「ヤツ」がいた。
ふてぶてしく食卓の中央に居座り、圧倒的な存在感を見せるそいつを、シャーリーはわが子に向けるような慈愛に満ちた眼差しで見つめる。
「ラウラ様、貴方の為に腕によりをかけて作ったシチューです。是非、食べて下さい」
ラウラは己の常識を片っ端から検索したが、何もヒットしなかった。その検索ワードは『シチュー 黒 丸い』だ。シャーリーが『シチュー』と言った料理?は、何故か黒い球体をしていた。
「何でシチューが黒くて丸いんだよ! シチューって液体じゃないの? しかも異様に艶の無い黒ってどういうことだよ! 無駄にシチューのいい匂いがするのがすげー怖い!」
「大丈夫ですよ。少し黒くて丸くなりましたが、味はいいはずですよ…多分?」
「何で最後疑問形なんだよ! うわ、ナイフ入れたらナイフが腐ったぞ! いったいどこの暗黒物質だよ!」
目の前の黒い何かは皿すらも浸食しようとしたので、魔力で覆って封印をして、鞄にしまっておいた。
「そういえば…シャーリー? シチューにするような食材は買い置きが無かったはずだけど…」
シャーリーの目が突然、激しく泳ぎだす。
「まさか、私の食品庫を…開けたのか…?」
「はい?」
顔面蒼白で汗をだらだら流しながら何とか答えるシャーリー。
「あそこには入るなって言ってたよな」
「は、はい」
「なのにこの料理には、あそこにしかない食材の残り香がある」
もうシャーリーは動けない。軽口を言う雰囲気じゃない。
「はい、すみませんでした…」
「なら分かってるよな…お仕置きだ」
そしてシャーリーにはお仕置きが実行された。地下実験室のうちの一つにて、シャーリーは自作の暗黒物質と向き合っていた。お仕置きの内容は自作のシチュー? の完食だった。
もがき苦しみながら死線を彷徨うこと3日、ついにシャーリーは食べきった。勝利したのだ。
しかし、その代償はとても大きく、シャーリーは二度とキッチンに立つことは無かった。そして―――
何故かシャーリーの闇属性への耐久力が上がっていた。
「……何で天使が闇属性の料理作るんだよ」
呆れるラウラだった。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。