続・委員長のお仕事?
光の中、ざわついた空気を全く読まずに話し出した男がいた。担任の佐々木だ。
「召喚ですか? ということは我々は異世界に行くのですか!」
「はい。召喚術を行使した者の能力により、44名が召喚されることになりました。対象はランダムですが、たまたまあなた達が44名いたので召喚対象に選ばれました」
「素晴らしい! 異世界ですよ! 新しい世界ですよ!」
佐々木はどうやらその手の小説やら何やらを熟読してるようだ。もしかしたらオンラインゲームにはまっていたのかもしれない。
徹は思わず前島先生を見る。彼女は苦笑を隠せない様子だった。徹もそうだった。よく考えてみれば、何故佐々木が一人で話しているのか。こんなことを一人の一存で決めていいはずがない。
佐々木はとにかく話を進めようとしていた。徹は嫌な予感がしたので、声の主に質問した。
「すみません、質問いいですか?」
「どうぞ」
「僕たちは帰れるんですか?」
その質問に皆が黙る。いや、佐々木だけは相変わらず新世界とか異世界とか喚いていたが。
「帰ることは…できないと思います」
「それはどうしてですか? 何故できないと断定しないんですか?」
「帰る手段としては、あることにはあります。ただ、それをする方法が現実的ではないんです」
「どういう方法なんですか?」
「あなた達のいた『地球』では既にあなた達は死んだものとして処理されています。つまり、今あなた達は所謂魂の状態なんです。もし今帰ったとしても、魂だけの状態では何もできません」
徹はなるほどと思った。確かに死んだとすれば遺体は火葬される。そんなところに魂の姿で戻っても何の意味も無いってことだ。
「現実的でない方法というのは…あなた達44人分の人間を殺して、あなた達の魂が適合する肉体を用意するという方法です」
これには徹もお手上げだった。魂だけの状態で44人分の人間を殺すなんて出来ないし、そうやって戻ったところで今まで通りに生活出来る訳が無い。ましてや火葬されて納骨までした後でひょっこり戻ったとしても、誰が受け入れてくれるというのか。さらに、肉体の用意というのも不可能だろう。おそらく、誰の体でもいいという訳じゃないはず。DNAの情報だとかそういうレベルまで合致しないと駄目なんだろう。
「それじゃ、アンタ達がそれを―」
「それは出来ません」
誰かがそう言いかけたのを声の主は遮った。そいつは、体はアンタ達で用意しろ、44人分の人間もアンタ達で殺せと言いたかったのだろう。それは無理がありすぎる、徹はそう思った。
考えてもみてほしい。声の主は「召喚術を行使した者」と言ったのだ。声の主が召喚したのであればそんな望みもいいのだろうが、今回、彼(彼女)は関係ないのだ。むしろここまで色々と世話を焼いてくれること自体がかなりの優遇措置なのだろう。
まわりを見ると、帰れないという事実を突き付けられて泣きだした女子もいる。しかし佐々木は相変わらず興奮したままだ。まずいことに、数名の男女が佐々木に感化されはじめていた。こんな時こそみんなで纏まらなければならないのに、一体何を考えているのだろうか。徹はショックで泣き崩れる楓を支えながら、声の主に再び質問した。
「すみません、いいですか?」
「どうぞ」
「結論は今すぐ出さなければいけませんか? 僕たちはいきなりでまだまともに思考できません。
出来れば少し時間を欲しいんですが」
「あまり長時間は無理ですが、1日くらいなら大丈夫です。…あなたは随分冷静ですね?」
「こういう時ほど、皆が纏まらなければいけませんから」
「なるほど、こういう方もいらっしゃるということですね」
声の主の意味深な言葉に戸惑いつつも、次の質問をする。
「僕たちはその世界で何をしなければならないんですか?」
「こちらから強要することはありません。何しろ召喚したのは『あちらの人間』なのですから。
我々としては、自由に生きてくださいとしか言えません。召喚主の指示に従うかどうかはあなた達の考え方次第です」
徹の表情が段々険しくなるのを見て、楓は状況の悪化を認識した。それを見た前島先生も何かに気付いた。二人が送る視線に気づいた徹は声の主に中断を申し出た。
「すみません、色々と考えたいので、少し時間をいただけますか?」
「いいですよ。あなた達は他者に、それも違う次元世界の人間に人生を壊されました。それをこれからやり直していただくのですから、十分慎重に考えてください」
自分の提案が受理されたことに安堵した徹は、楓と一緒に前島先生のところに向かった。
「随分色々と聞いたわね」
「でも聞けば聞くほど、簡単に決断できなくなりました」
「そうね、まず『帰れない』っていうのがね…」
「はい、それで自分を見失ってしまったら…最悪の人生を送るでしょうから」
「流石ね…東山君って一部の先生方から何て言われてるか知ってる?」
「いえ、あまりそういうのは興味ないので」
「賢者って言われてるのよ。頭の回転が速くて、状況の把握と分析が凄いって。私もさっきのやり取り見てて成程って思ったわ。」
「徹君はすごいんです!」
胸を張る楓。幼い顔つきに似合わない大きな胸が揺れる。
「何故お前が得意げなんだ…」
そんなやり取りを遠くから憎々しげに見る者がいた。佐々木とその取り巻き共だ。
「何なんだ、アイツは! 委員長だからって偉そうに!」
「先生、あんなの無視しましょうよ」
「そうだよ先生。異世界召喚ってことは俺達勇者じゃん」
「アイツはあの声の主に気に入られてる。多分時間いっぱいまで質問するつもりなのだろう」
「うわ、さいてー」
「そうやって帰るつもりなんだろ」
徹はそんなことを微塵も考えていない。帰れないのが現実なら、次はいかにして安全確実かつ幸せに生きられるかを模索しなきゃならない。そのために少しでも状況判断の材料を入手しようとしてるのが彼らには理解できていない。徹はそんな佐々木達の視線に気づいてはいたが、まずは情報の整理を優先した。
「前島先生、例えば先生が召喚主だったとして、どんな状況だったら召喚したいと思いますか?」
「えーと、こういう場合、ゲームとかなら魔王の復活とかが有力だと思うけど」
「では、今回みたいな44人も召喚する目的は何でしょう?」
「それは…できるだけ沢山強い人間がいて、しかも異世界の人間…特にしがらみが無い…まさか!」
「はい、僕はそのまさかだと思っています。違うにこしたことはありませんが」
「やっぱり…戦争の道具…」
「先生、その話はまだしないでください。僕はもう少し情報を引き出してみます」
「わかったわ、お願いね」
「何だかわかんないけど、お願いね」
「本当に楓には癒されるな」
「えへへへへ」
幼馴染の天然さに癒されながらも、情報を得るために気を引き締めて声の主と向き合う。
「たくさん質問するつもりですが、いいでしょうか?」
「ええ、かまいませんよ。あなたと話すのは愉しい」
「…ありがとうございます」
感情の篭もらない声で「愉しい」って言われて、徹はどんな顔をしていいのかわからなかった。
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