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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第4章 教国の暗躍
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追跡、そして実験

 スージーの店を出ると、まずはモトロの城郭の外に転移した。流石にあれだけ皇城で暴れたので、首都が慌しかったからだ。ラウラは森に入ると、即座にメアリの魔力を探す。


「ザクレールに向けて移動してるな、やはりルーセントに帰る気か」


 敵の速度は意外と速く、もうガニアの海岸線に到達してるようだ。速度が落ちないところから、そのまま空路で向かうようだ。


(転移だと二人を巻き込むかもしれない。やはりこちらも空路で向かうか…ただ変に逃げ回られると厄介だから足止め頼むか)


 ラウラは掌にちいさな魔法陣をいくつも出現させると、その中身を吟味する。


「空を飛べて、それも速くて、それなりに強い奴…こいつにするか。おーい、聞こえるか?

聞こえたら返事しろ」

『何者だ、貴様?』

「…ほう、面白い冗談だな。悪いが今の私は乗ってやれるほど平常心じゃない」

『も、ももももももももしかしてラウラ様ですか?』

「だったらどうなんだよ。まあいい、お前にはあとで色々問いただすとして、急ぎで頼みたいことがある。私の大事なものを盗んでいった馬鹿を始末する。ガニアからザクレールに向かう海上を飛んでるトカゲがいるはずだから足止めしとけ」

『 ! 足止めだけでいいんですか?そんな馬鹿は我々が…』

「なら私のこの怒りをお前が受けてくれるんだな? それなら構わないが…」

『足止めの任務を全力で全うします!』

「そのトカゲは食ってもかまわない。守護獣らしいから美味いかもな」

『宜しいのですか?』

「ただし、乗ってる奴は絶対に殺すな。もし私が着いたときに死んでたら…わかるよな?」

『りょ、了解しました!』

「さて、私も行くとするか」


 ラウラははるか上空に飛び上がると、メアリの魔力めがけて飛翔した。





 ガニアとザクレールの間の海上を1頭の大型飛竜が飛んでいた。追っ手が来ないことを確信しているのか、少し速度を落としている。その背中には初老の男と、気絶しているメアリとサラがいた。二人は縄で縛られており、初老の男は何やら誰かと話していた。白髪の混じった赤髪を無理矢理撫で付けたような髪型、やせ細った体躯、病的なまでに青白い顔色。その相貌はまるでアンデッドのような印象を与える。


「はい、現在移動中です。あと小一時間ほどでザクレールが見えてくるかと」

『わかりました、気をつけてください。ラウラはあなたの追跡を始めたようです』

「大丈夫です。こちらのほうが早くザクレールに着きます。そうなればいくら奴とてそう簡単には手出しできません」

『それならいいのですが…最悪の場合、サラと魔族は捨ててかまいません。サラに時間稼ぎさせるのもいいですね』

「ですが…序列4位とはいえ、ルーセントの血統が途絶えるのは…」

『かまいません。最早我々にはルーセントの血など必要ありません。聖女様さえ手に入ればいいのですから』

「わかりました。では私は戻り次第、次の巫女候補から術式に耐えられそうなのを見繕っておきましょう」

『お願いします。それでは良い旅を』


 雲海を見下ろし、男はため息をつく。


「お前がもう少し使える巫女なら、私が出張る必要も無かったというのに。所詮お前は血がつながっているだけの愚物だったのか。私の目も衰えたものだが…まあいい。幸いにもお前の代わりは捨てるほどいるからな…」


 男はさも面倒臭そうに独りごちる。サラとメアリは何らかの術の影響か、全く目を覚まさない。ふと、男は前方に小さな点を見つけた。点はこちらに向かって大きくなってくる。その点は二つ、輝くような赤と青だ。


「な、何でこんな所に! ここは奴等の縄張りじゃないはずだ。それになぜ2匹で!」


 男の身体が大きく揺れる。いや、男の乗っている飛竜が揺れている。震えている。アステールにおいて、飛竜は人間が飼いならせる魔物の中でも上位に入る強さを持つ。その飛竜が震えるほどの強さを持つ存在が今この場に向かってくる。やがてその存在が目の前に現れるのを男は呆然と見ているしかなかった。


 太陽の光を受けて輝くのは赤と青の巨体。しかしその輝きは、生物が持つにはあまりにも美しすぎる宝石の輝き。その眼光は憤怒の色により一層輝きを増している。


紅玉竜ルビードラゴン蒼玉竜サファイアドラゴン…何故、古代竜エンシェントドラゴンがこんなところにいる…」


 その存在による恐怖か、その美しさによる感動かは判らないが、男は身体の震えが止まらない。


『矮小なる人間よ、ここより先には通さぬ』

『貴方はここで消えていただくわ』

「な、何故上位竜種が…我々は何も…」

『貴様の所業に我等が王は酷くご立腹でな』

『私達にまで影響が及ぶのは御遠慮願いたいの』


 猛烈な威圧に気が遠くなりそうになるのを何とか堪える男。


(最悪、サラを使って守護獣を呼び出して、ぶつけてる間に逃げるか)


 そんなことを考えるが、おかしなことに一向に攻撃をしてこない2頭の竜。そのことに疑問を抱くと、その答えはすぐ後ろから返ってきた。


「何故こいつらが攻撃しないのか………そんなの決まってるだろう?」


 慌てて振り向くと、男の顔が驚愕に変わる。




「お前を潰すのは私だからだよ」


 極上の笑顔を浮かべたエルフの少女がそこにいた。




 


「お望み通り、喧嘩を買いにきてやったぞ。まずは二人を返してもらおうか」

「…ラウラ=デュメリリー…」


 不敵に笑うエルフに対峙する男は苦々しい顔で応える。その時に漸く2頭の竜が攻撃してこなかった理由に気付いたからだ。最初から攻撃するつもりなど一切無かった、ただ足止めとして存在していたと。


 そこまで思考が辿り着いて、改めて対峙した相手の底が全く見えないことに戦慄する。上位竜種はアステールでは災厄と同等に扱われる。それは人間の力では到底及ばない力の象徴であり、その存在の前では人間など塵芥と同等だ。唯一、勇者などの人間の箍を外した存在のみが同等に戦える。


 だが、目の前の2頭は古代竜エンシェントドラゴン、上位竜種でも最上位に位置付けされる存在だ。しかもそれを使役するという目の前のエルフの少女。彼の思考が乱れてしまっても仕方の無いことだろう。とった行動が最悪の一手だったとしても…。


「行け! サラ! せめて少しは役に立って見せろ!」


 男がサラの拘束を解いて命令すると、サラは立ち上がり宝剣を構えた。その顔に表情の変化は全く無く、その瞳に意志の光は無い。


「ははははは! もうその娘は元に戻らんぞ! 身体中に術式を埋め込んであるからな!心臓が動いているうちに取り出せばその娘は即死する! せめてひと思いに殺してやったらどうだ?」


 ラウラの表情は先ほどまでとは一変し、笑顔が消えて表情が無い。全くの無表情で宝剣を構えるサラを見つめている。言葉を発することもなく、ただ一点、サラの瞳の奥を。


 飛竜の背で対峙するラウラとサラ。動いたのはサラだった。俊敏な動きでラウラに接近すると、宝剣を突き出す。だがその剣身を左手で掴み取ると、サラに優しそうな微笑を向けて言う。


「お前の望みどおり…殺してやるよ」


 ラウラの右手がサラの左胸を貫く。背中に抜けたその手が掴むものはサラの心臓。心臓を抜き取られ、鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちるサラの表情は、僅かに満足げだった。


「…………」


 何事かを呟くと、男に向き合うラウラ。サラの返り血で濃緑のローブはどす黒く変色している。これ以上ないくらいの微笑みを浮かべて男に言う。


「お前の望み通り、殺してやったぞ。さあ、お前はどうするんだ?」

「くっ! ならば…………ぎゃあぁぁぁ」


 とっさにメアリに向けて何かの魔法を放とうとしたところを、不可視の攻撃でその腕ごと斬り落とされる。その拍子に転がってきたメアリを受け止めると、サラの亡骸とともに結界で包んで鞄に仕舞い込んだ。


「くだらない寄生虫をメアリに埋め込むな。下衆のやりそうなことだ」

「貴様…一体何をした?」

「お前も術者なら自分で解明しろ、種明かしなぞしてやるものか」


 ラウラはちょっとした奥の手をつかったのだが、この男に説明しても解らないだろうと判断したので、説明を放棄した。2頭の竜は、ラウラのしたことが判ったらしく、表情を固くしたようだった。


 男は既に手詰まりだった。サラは瞬殺され、人質がわりの魔族も取り返された。さらに片腕を斬りおとされている。拾って治療なんて隙を見せれば確実に殺される。ならどうすれば…。

 焦る心で解決策を探すが何一つ見つからない。ならばと最後の考えを実行に移そうと――


「悪いが、命乞いは受け付けない」


あっさりと却下される。男の顔が絶望に染まる。


「さて、そろそろお別れだ。ああ、別に何も言い残さなくていいぞ。お前のことなどすぐに忘れる」


 それだけ言うと、とんっと飛竜の背を蹴り、距離を取って空中に静止する。

そして飛竜を中心にして生まれる魔法陣。しかも上下左右、まるで箱のように配置された。


「ちょっとした魔法の実験だ。無事だったら見逃してやるよ。実験名は『真空凍結乾燥フリーズドライ』だ」





 2頭の竜はその光景を興味深く見ていた。己の棲む森の頂点である存在が執り行う、新魔法の実験。興味がないわけがない。

 しかし、それは実験という名の処刑でしかなかったことをすぐに理解した。


 ラウラは言った。「無事なら見逃す」と。だが、研究好きで知られるラウラが、不完全な状態で自分達に見せるなど有り得ない。ならばあの下等種族は助かる見込みなど無い。


 そして実験しょけいは始まった。魔法が発動し、瞬時に凍結する男と飛竜。氷系の魔法かと思えたが、それにしては氷が無い。もうすでに絶命しているのは明らかだが彼女は実験を止めない。そのまま見ていると、不思議なことが起こった。男と飛竜の死体が急激に干からび始めた。やがてそれは、最早なんとか原形がわかるであろう物体になってしまった。そこで彼女は実験を止める。飛竜だったものの翼の部分をもぎ取ると、魔法で作った湯の中に放り込んだ。すると、それは干からびる前の状態に戻った。


「よし、上手くいった。これで保存食の幅が広がるな」


 彼女はそう言うと、男と飛竜の死体だったものを瞬時に焼却し、満面の笑みを浮かべてその場を後にした。




 その後、帰路についた2頭の竜。


『おい、どう思う』

『何が?』

『さっきのラウラ様だ』

『ああ、実験ね。それがどうしたの?』

『あの恐ろしい光景は二度と忘れん』

『そうね…私達の身体もあんな風になってしまうとしたら…恐ろしいわ』

『だが、それだけでは無い』

『え? 他に何が?』

『ラウラ様は「保存食を作る」と言っていた…』

『も、もしかして…あの魔法は…食べ物の為に作ったの…?』

『…………私は同族に、ラウラ様には絶対に逆らわんように進言しておく』

『私もそうするわ。あの方の非常識さはよく判ってるつもりだったけど、でも……』




『『 味方で良かった 』』



読んでいただいた方、誠にありがとうございます。

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