サラ、乱心
本日2本目です。
ご注意ください。
店内に入ると、マークはまだ息があったが、スージーは既に事切れていた。すかさずマークの許に駆け寄り、回復魔法をかける。どうやらぎりぎり致命傷は避けていたようだが、いずれは出血多量で死んでいただろう。ただ傷を回復させただけでは血が足りないので、復元魔法にて血液を復元させる。これは血液の組成を理解することにより、魔力で血液をコピーするという荒業だ。当然アステールには血液成分などという知識は無いので、完全なラウラオリジナルだ。
顔色が蒼白くなくなり、血色が戻ってきたところで治療を終了し、スージーへ向き合う。
スージーの身体は一部が抉られていた。…心臓が。それもおそらく一撃だろう。他に傷跡が見られなかった。
ラウラはすぐに店全体に多重結界を張った。ラウラにははっきりとわかっていた。店内にまだスージーの魂が存在していることに。だからまずは魂が離れていかないように、まだ生命に未練が残るようにする必要があった。
「お前はマークと店を持つんだろう! 血生臭い仕事から早々に足を洗って!」
ラウラはここ数日、店に入り浸るようになり、二人の身の上話や馴れ初めを聞かされていた。マークとは仕事上、夫婦となっているが、実生活でもきちんと夫婦になりたがっていること。引退したら平和な田舎町で夫婦で喫茶店を開くのが夢だと。だから…
「お前の茶が飲めなくなったら私はどうすればいい! サラはどうするんだ!」
呼びかけと同時に復元魔法で身体を再生させる。こちらも心臓を魔力でコピーし、血管に接続すると同時に血液も復元させる。全てを接続すると傷を塞ぎ、身体に呪印を刻み込む。
すると、スージーの魂が身体に近づいてきた。
「お前の帰る場所はここにある。勝手にどこぞに逝くなんて、私とマークが許さんぞ!」
(私はまだ世界に居ていいの? マークと一緒にいていいの?)
「当然だ! ふざけたこと言ってると私が思い切り苦しめて殺す!」
(まあ怖い。それなら早く戻らないとね)
魂が戻る意志を見せたタイミングで身体と魂の経路を繋ぐと、魂は無事に身体に入っていった。あとは最後の仕上げだ。呪印を通して彼女の内側に魔力タンクを構築し、そこに魔力を注入する。最後に呪印を起動させ、魔力循環により心臓を起動させる。同時に自発呼吸も促す。スージーの胸が呼吸に合わせて定期的に上下し、心臓も魔力を循環させているのを確認して作業を終えた。
「ふう、何とかなったか…」
「スージーは助かったのか?」
いつの間にか意識を取り戻したマークが問いかける。
「ああ、心臓とその周辺の破損した臓器は魔力で作って代用してる。完全に定着するにはまだ数日かかるかもしれんが、日常生活には支障ないはずだ。あとは定期的に魔力を取り入れる必要があるが、そのやり方はあとで本人に説明するよ。当面は私が魔力を注いでおいたから大丈夫だと思う」
「そうか…すまんな」
「何言ってる、お前もけっこう重傷だったんだぞ。それにお前の足りなかった血も魔力で補ってる。まあお前の場合は血液が順調に作られれば魔力の供給は必要なくなるから、いっぱい食って安静にしとけ」
「何か急に雑になってないか?」
「血が足りなかったらよく食って寝るのは基本だろうが。スージーには魔力消滅結界用の抵抗術式を組み込んでおこう」
そう言って呪印に手を翳して術式を追加で組み込む。
「これでよし。あとは自然に目覚めればいつもと変わらず生活できるぞ」
「本当にありがとう。何て礼を言えば…」
「そこまで恩義に感じてくれるのなら頼みがある」
ラウラの目に剣呑な光が宿る。
「何があったのか、包み隠さず教えろ」
ラウラが店から出て行くと、メアリが荷物を取りに宿に戻っていった。サラはメアリに貰った小麦粉を使い、ラウラに教わったパンケーキを作ってその味に感激していた。メアリが戻ってきたときに思わずハグしてしまったくらいだ。
メアリも含めて皆でパンケーキを食べていると、ふとサラが零した。
「あーあ、あんた達には敵わないな………ぐっ?」
いきなりサラが苦しみだした。床を転げまわり、のたうって苦しんでいたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
心配して駆け寄ったメアリの腹に拳を打ち付けて気絶させると、可愛らしいその顔には全く似合わない、下卑た笑みを浮かべて語りだす。
「やはりおまけの巫女などこの程度か。ただ、あのラウラの弱点でもあるこの魔族を引き寄せたことだけは認めてやるとしよう。あとは…不要な目撃者を処分するだけだ」
まるで別人、それも老人のような語り口で懐から小剣を抜くと、スージーに向かい剣を突き立てた。それも心臓めがけて。そして小さな破裂音。そこには左胸に大穴を開けて崩れ落ちるスージーの姿があった。
「宝剣か!」
マークはその剣に見覚えがあった。サラの両親が護身にと持たせたもので、魔力を通すと刃先から小さな爆発の魔法が出る仕組みだ。しかし、小さな爆発とはいえ、体内で起動させたらどうなるか…、マークは冷や汗を流しながらも何とか応戦していた。
だが、サラの動きはいつものサラではなかった。そのせいか、徐々に押され始める。スージーのことも焦りに繋がり、サラの剣筋を追えなくなる。ただ切り傷だけが増えていった。やがて失血によりマークの意識が朦朧とすると、サラはメアリを軽々と担ぎ上げると店を出て行き、店の外にいた男にメアリを預けて飛竜を呼び出した。
「――――俺が知ってるのはそこまでだ」
「成る程。メアリは無事か。それからサラの豹変ぶりだが、どうなってるんだ? まさかいくらあの世間知らずな小娘でも、私との力の差がどれほどかは判るだろう?」
「俺も詳しく知ってる訳じゃないんだが…教団には対象を遠隔で操る呪法があるらしい。おそらくそれを使われたんじゃないかと思ってる」
「それはどんな内容かわかるか?」
「すまん…俺も詳しくは判らないんだ。何せ教団でも上層部しか知らん呪法だ。教団が強引なやり方で勢力を広げた頃の負の遺産だからな」
「ところで…お前達はこれからどうするんだ? 私はサラを追う」
「どこかに隠れてほとぼりが冷めるまで待つ…かな」
ラウラは懐から小さな魔石を取り出すとマークに渡す。
「この石をディアの外れの入り江にいる女に渡せ。そいつが海を渡らせてくれる。決めるのはお前達自身だ」
「おい、まさか…」
「悪いが話はここまでだ。これ以上は冷静に話せるか自分でも判らん…」
何とか声を絞り出すと、マークの声に背を向けて店を出る。
「頼む…サラ様を…頼む…」
「…そんなことより自分の心配をしてろ。私はメアリを迎えにいくだけだ。ただ、売られた喧嘩は買ってやる。寄生虫はきっちり殺してやるよ」
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