嵐の到来
本日2話目です。
ご注意ください。
皇城での謁見が始まる頃、ラウラも動き出していた。サラ達にどうするかを問いかける。
「お前らはどうするんだ?」
「どうするって…何をだよ」
「決まってるだろ! 勇者だよ!」
「私達は今回はパスね。第一今の状況じゃ誰が聖女か分からないし、皇城になんて入れないから」
「だって巫女だろ? それなりに権力あるんだろ?」
「序列4位の巫女にそんな偉そうな権力無いわ」
「その割にはいつも偉そうじゃないか」
「うるさい!」
「でも冗談抜きで今回は見送るわ。かなり警備も厳しいみたいだし。まあ私達は今すぐ何かしなきゃいけない訳じゃないから、じっくりとチャンスを待つわ」
「…それじゃ、今回は私だけだな」
「え? 私は?」
「メアリ、今回はここで待っててくれ。あいつ等には個人的に因縁があるし、何かあったときにお前が傷付く可能性があるからな」
「ラウラ様…」
「サラ、悪いがメアリを預かっててくれ。そのかわりにメアリが作った小麦の粉を分けてやる。半端なく美味いぞ。腰抜かして漏らしても知らんぞ」
「わかったわ。そのかわり、戻ってきたら何か食べさせなさいよ」
「まあそんなに大げさにするつもりは無いけど、事と次第によっては強硬策もあり得ると思ってな。メアリ、念のために脱出できる準備はしておいてくれ」
「! わかりました! ラウラ様もお気をつけて!」
「それじゃ行ってくる」
鞄から濃緑のローブを取り出して纏うと、さらに自作の杖を取り出す。念のために腹ごしらえ用のサンドイッチも確認すると、スージーの店を後にする。
「そろそろ始まってるころだろうな…くくくくく」
可憐な容姿に似合わない、黒い笑みを零しながら皇城へと向かった。
皇城では、皇帝の挨拶のあと、宰相より現状の説明が行われた。
「勇者様方には、何名かでパーティを組んで各地に行っていただきます。もちろん今すぐという訳ではありません。ある一定期間、ここで訓練となります。また、勇者様方にはそれ相応の地位を保証します。ササキ殿のパーティ4名は騎士爵位を授与します。それ以外の方も相応しい地位を用意します。ニシカワ殿とマエジマ殿は…騎士見習いとしての扱いとなります」
(何よそれ、完全に厄介払いじゃない。要は一兵卒とほぼ同等ってことでしょう?)
実に馬鹿馬鹿しい内容だった。佐々木達4人は一応貴族になった。他の37名もそれに準じた地位なのだろう。楓と前島はただの騎士見習い…他の41名に比べれば圧倒的に地位が下になる。最悪の場合、他のクラスメイトが「死ね」と命令すれば、彼女達は死ぬこと以外許されない…そんな関係になってしまったのだ。
「お二人には城内にて出来る限り補佐をしていただきたいのです」
(小間使いとしては使えるってことかしら)
「あのー、いいですか?」
宰相の説明に楓が質問する。
「お城にいる間に色々と勉強したいんですけど、そういう場所はありますか?」
「それなら書庫を使うといいでしょう。特に魔法関連なら魔法書を読むといいです。でもまた何で?」
「たしかに私達はみんなより力が低いです。でもたくさん勉強して、みんなの役に立ちたいんです!」
強い意志を持った瞳で皇帝を見つめる楓。皇帝は大して興味なさそうに返す。
「まあそなた達にもそれなりには役目がある。それを忘れんようにな」
(本来の役目…もしかして他国へのご機嫌伺いの道具として?)
宰相が話を続ける。
「現在、我が国は隣国バラムンドとの緊張が高まっている。また、他の国々からの圧力もある。勇者殿には是非とも我が国の繁栄に努めていただきたい」
(結局は戦争の道具じゃない。でも、今の私が口を出せば西川さんまで巻き込むことになるし…)
そんな思案にふけっていると、城内が慌ただしいことに気付いた。
「侵入者だと! 早くひっ捕えろ!」
「それが…途轍もなく強くて…」
「侵入者の規模は!?」
「それが…一人です!」
「何だと! この皇城に…たった一人だと!?」
皇帝は玉座に座ったまま状況を見守っている。近衛騎士達は皇帝と皇女を守るように配置につく。
召喚者達は突然の出来事に騒然となっている。…ただし、佐々木だけは剣を構えていたが…
騒ぎがだんだん近づいてくるのが誰の耳にも判った。その騒音のほぼ全てがティングレイ兵士のものだ。怒声、喚声、そして悲鳴…。
やがて扉のすぐ傍まで近づいたその時、より一層大きな怒声が響いた。おそらくは扉を守護していた二人の騎士のものだろう。直後、巨大な扉が弾け飛んだ。
そして扉が壁に打ち付けられる轟音。立ち込める土煙が晴れるとそこには――――――
「へえ、おまえらが噂の召喚者ってやつか…」
血塗れの屈強な騎士をその手に引き摺って、可憐な笑みを浮かべるエルフの美少女がいた。
静まり返った謁見の間に、濃緑のローブを纏った少女が騎士の巨体を引き摺る音が響く。誰も状況が見えない。まさかこんな少女が侵入者だとは誰も思っていなかった。
ラウラはどうやってここまで来たのか? 城門こそ転移で抜けたが、場内は見物しながら徒歩で進んだ。楓たちの気配は感じていたので、そこを目指せばいいだけだったのだが、のんびり歩いていたために兵士に見つかってしまった。とりあえず誤魔化すために咄嗟に嘘をついた。
「なあ、ちょっと道を教えてほしいんだけど…」
「何者だ! 貴様!」
とか言って剣を向けてくる。なのでさっくりと倒す。勿論手加減してるので、失神くらいで収まっている。さっきからこれの繰り返しだ。
「さすがに全員殺っちゃまずいだろうから、出来るだけ手加減して…と」
あまり大騒ぎして、楓たちの環境に悪影響を及ぼすのだけは避けたかった。
やっとのことで謁見の間に来ると、でかいのが二人向かってきたので、速攻で吹き飛ばしたら失神してしまったようだ。おまけに扉まで吹き飛ばしたのは若気の至りだということにした。すると、中には見知った顔の一団がいた。
「へえ、おまえらが噂の召喚者ってやつか」
威圧を込めて睥睨すると、そのほとんどが腰を抜かしてしまう。召喚者で立っているのは佐々木と…意外なことに楓だった。
「貴様、何者だ?」
皇帝の低い声に怒気が籠るが、ラウラはどこ吹く風といった表情だ。
「私が封印から200年ぶりに出てきてみれば『勇者召喚』なんて面白そうなものをやってるんだ。気になったんで見に来たんだよ」
「封印? 貴様、ラウラ=デュメリリーか?」
「ああ、そうだよ。私の名前も有名になったもんだな。私の占術で召喚者が見えたんでね。ところで…一人足りないようだが? 私が視たのは44人だったはずだが………なるほどな」
皆の様子を目を凝らして見回すと、ふと楓と目があった。彼女はラウラの言葉に何かを感じ取ったようだ。その後ろには前島もいるが、妙な違和感を覚えた。それは彼女達二人以外の召喚者達から感じられる。その理由を問おうと思わず声をかけそうになったところを佐々木が割り込む。
「貴様! 皇帝陛下の御前だぞ! この私が成敗してくれる!」
剣をラウラに向けてはいるが、威圧に圧されて剣先は下がっており、その膝は盛大に笑っている。
「おいおい、何だよそれは? 膝が大爆笑じゃないか。こんなのに頼らなければならないなんてティングレイも堕ちたな」
「貴様ぁ!」
叫ぶや否や、佐々木が床を蹴り、僅かな動作でラウラに斬りかかる。佐々木の強さを理解しているのだろう、召喚者達(楓と前島を除く)の安堵する表情が見える。皇帝のすぐ隣に立っている少女は皇女だろうか、自信たっぷりのドヤ顔がラウラを軽くイラつかせてくる。確かに佐々木の動きは迅い…だが…
「何だ? こんなものか? この程度じゃ『森』の入り口すら通れないぞ」
ラウラはその剣を軽々と止めた。…指1本で。
「おい、そこの宮廷魔道士、こんなところで火属性魔法なんて放つんじゃない。それにその練度じゃ精密制御は無理だ」
「煩い! 火炎嵐!」
皇帝の護衛の一人が魔法を放つ。中級の広範囲火属性魔法がラウラを包み込む。即座に距離を取った佐々木や召喚者達は、目の前で少女が竜巻のような炎に飲み込まれる光景を見て、唖然とすると共に安心していた。いや、この場にいたたった一人を除いては恐怖に怯えていた。それは魔法を放った宮廷魔道士本人だった。
「―――何故だ! 何故こんなに範囲が狭い!」
「―――それはな、私がお前の魔法を制御しているからだよ」
驚きの声を上げる宮廷魔道士に向けて、冷静な声が掛けられる。炎の中から―――
そして炎から歩み出る少女。その手にはいつの間にか杖が握られている。杖を翳すと、炎の竜巻はきれいさっぱり霧散する。
「お前程度の技術で、こんな狭い場所で『火炎嵐』なんて、ふざけてるとしか考えられん! こんな部屋で、あれだけの炎を生み出せば酸欠で死ぬか一酸化炭素中毒で死ぬか、最悪全員蒸し焼きだ! そんなことも判らないのか! お前は皇帝を護る立場なんだろう?」
強い言葉で叱責するラウラ。突然のラウラの怒りに皇帝以外は呆然とする。
「今の攻撃には怒らないのか? お前を殺そうとしたんだぞ?」
「あの程度で私が死ぬなんてそれこそ笑い話だな。それにあの魔道士は見所がある。私の威圧を受けても何とか動けたようだし、この状況でかなり詠唱を省略していたようだからな。ただ、本来やっていないことをぶっつけ本番でってのは感心しないが。私が制御しなければ全員死んでいたぞ」
「…お前は勇者を倒しに来たのではないのか?」
「何でそんなことをしなきゃならないんだよ。私は勇者が『森』にとってどれほど危険かを判断しに来ただけだ。尤もこの程度じゃ『森』に入った途端に魔物に瞬殺されておしまいだろう。全く、ここまで来て損したよ。交通費請求していいか?」
「コウツウヒ? 何のことかわからんが…それにさっき言っていた44人というのは…」
「ああ、あれは私が視た事実を言っただけだ。こちらに呼ばれた魂は44人だったが、ここには43人しかいない。そこに何があったのかなんて私が調べる意味もないし、そんな必要もない。その必要があるのは召喚した当事者だけだからな。
但し、覚えておけよ? 世界というのは奇跡的なバランスで成り立っている。たった一人の魂でもそのバランスは容易に崩れる。それがどういう結果になるかはわからんが、少なくとも良い方向では無いと思っていろ」
召喚した当事者らしい皇女が青褪めた表情で俯く。それを僅かに視界に入れると帰ろうとするラウラを止める声がした
「―――待ってください!」
震える声。体中の、いや、一生分の勇気を掻き集めたかのような悲壮な決意の表情を浮かべた楓がそこにいた。
すぐにでも正体を明かして再会を喜びたい。思い切り抱きしめてやりたい。今、この場で二人以外の召喚者を皆殺しにして、あとは好きなように生きていきたい。そんな欲望が心に生まれるが、これまで動いて感じた違和感がそれを押しとどめた。
違和感…それは、何かが違うとラウラに向けて放たれた危険信号、即ち『予感』―――
―――そして『予感』が指し示すもの…それは『地雷』…これまでのことを全て無にしてしまう強制終了のスイッチ。
瞬時に思考を切り替えて、極めて冷静に、かつ威圧を保ちながらも楓に応対する。
「何だ? こちらも忙しいんでな、言いたいことがあるなら手短にしてくれ」
「あの、もしかして、『テツ=ヒガシヤマ』という男の子を知りませんか?」
楓の質問はその素直な性格を表すように、直球ど真ん中だった。
ラウラ :もう少し暴れてもよかったかな?
シャーリー:楓さんに嫌われますよ?
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。