巫女の託宣
いつもより早めですが短めのをひとつ…
スージーの喫茶店を出た後、ラウラとメアリは裏通りの奥まった所にある宿に入っていた。ここは食事は出ないが、持ち込みがOKだった。さらに、部屋に簡易ではあるがキッチンがあった。当然自炊を前提として7泊ほどする予定だ。
3階の角部屋に入った二人は先ほどのルーセントの巫女との話を思い返していた。
「――――っていうようなことを言ってると思うんだ」
ラウラは自分達が店を出た後のことを予想していた。
「成程、確かにマークさんのほうがトラブルには強そうでしたもんね。スージーさんはちょっとお堅いというか…」
「ああ、でも一番食えないのはやっぱり巫女だよ。常にこっちの実力を探っていた。でも、あの様子からすると、封印されていた間に力が弱まったとか思ってるぞ、あれは。
それにお前を見る目が弱い者を見る目だったのも気に入らない。メアリの戦闘能力が低いのを看破したんだろうけど、それだけで判断してるあたりはガキなんだろうな」
「…すみません、私のせいで…」
「だからお前のせいじゃないって。いくら権力に揉まれていても、そのあたりが年相応ってところだよ。この私が、相手に探られてることに気付かないなんてあるわけないだろう? 『確かに強いが、全戦力を集めれば何とかなる』くらいの力を持っているように偽装しておいたから、すぐには動いてこないよ。
あの巫女の狙いは『森』の戦力みたいだし。ルーセントには5人の巫女がいるが、国外に出られるのは序列4位と5位だけらしいからな。大方、私に勝って『森』の戦力をそのまま手に入れて、序列の上位に入って実権を握りたいんだろう。だけど、正直言ってあの巫女の全戦力を以ってしても『森』の中程まで進むのが限度だな」
ラウラの読みの鋭さにはメアリも感嘆の溜息しか出ない。しかし、メアリにも気になることはあった。
「でも、『聖女』ですか…本当にいるんでしょうか…」
「確か『聖ルーセント』を支えて、民衆の心の拠り所になった…っていう伝承だったはず。しかしまさか託宣とはね…」
「託宣が何か?」
「だって神様だぞ? そんなものどうとでもなるだろう? 巫女が『神様に言われました』っていえばそれで済むんだから」
「何か動きはあるでしょうか?」
「それは無いよ。だって召喚された『勇者様』のうち誰が『聖女』かなんて今の段階では分からないんだから。それにもし拉致しようとして失敗すれば自分が粛清対象の最有力候補になってしまう。誰が『聖女』かわかるまで動けんよ」
「分かりました。ところで夕食はどうしましょう?」
「何か簡単なものを作るよ。先に水浴びしてきていいぞ」
「では、お言葉に甘えますね」
メアリが手ぬぐいと着替えを持って部屋を出ていく。ラウラは一人ベッドに寝転がると、サラの言ってたことを思い出して考える。
「勇者絡みで私を殺すってことは、私のお仕置きのことを知ってる可能性がある。でも、私は声の主から直接依頼されたんだ。それが邪魔ってことは、私が聖女に何かするのを防ごうとしてるのか?
それに私をラウラだと見破ったのも早すぎる。私の封印が解けたのは1週間くらい前ってことにしてある。…まさか声の主と敵対している勢力がいるとか…それとも単純に私が勇者に危害を加えるのが嫌なのか…」
考えれば考えるほど思考が深みに嵌っていく。ラウラは頭を振って切り替える。
「とりあえず楓と前島先生は最優先にするのは間違いないとして、少し勇者に動きが見えるまで様子見にするか。下手に手を出して混乱しても困るからな」
当面の行動指針が見えたところで、腹の虫が自己主張しはじめた。
「とりあえず今晩はメアリの小麦粉を使ってパンケーキでも作るか。卵も蜂蜜もあるし。塩味を効かせて肉類と合わせてもいいかもな……あいつ、巫女に相手にされてなかったこと気付いてるみたいだし」
あの時、サラはメアリのことを完全に無視していた。この程度ならどうにでもなると思っていたからだが、メアリも流石にそれには気付いていたようだ。
「まずは元気出してもらわないとな」
鞄からボウルを出し、キッチンに置く。続いて小麦粉と卵、ミルクを出していく。小麦粉に卵とミルクを入れ、菜箸で攪拌してるとメアリが戻ってきた。
「パンケーキを作ろうと思うんだが…」
「パンケーキ? なんですか、それ」
「ああ、そこからか…えっと、甘いのと塩味のどっちがいい?」
「是非、甘いので!」
「了解っ」
火の魔石に魔力を通して熱を発生させると、その上にフライパンを乗せてバターを溶かす。生地を入れて焼き上げると、小麦の良い香りが広がる。仕上げに蜂蜜をかけてメアリに渡す。
「まあこんな簡易キッチンじゃこの程度だけど、お前の小麦粉で作ったんだ。最初に食う権利がある。冷めないうちに食え」
メアリが恐る恐る一口食べると、とたんに顔を綻ばせる。
「美味しい! 甘ーい! これが私の作った小麦の粉から出来てるんですか?」
「ああ、バターにもミルクにも、勿論蜂蜜にも風味が負けてない。私の知る限りでは最高級の小麦粉だ」
その言葉に声を詰まらせて嗚咽するメアリ。
「わ、わたし…自分の…作ったモノを…食べたことなくて…いいものは全部…売ってたから…だから…わたしの小麦が…こんなに美味しいって…初めてわかって…私のやってた事って…間違いじゃないんだって…」
「ああ、最高だ。この味はお前がいて出せるんだぞ。お前が攫われたら、世界の果てまで探しにいくぞ。巫女が何だ。お前は私をここまで駆り立てる凄い存在なんだ。もっと自信を持っていいんだ」
「はい…ありがとう…ございます…」
「もっと焼いてやるからいっぱい食え。そんで良く寝て、苦しいことなんか忘れてしまえ。そして私をどんどん頼れ。いいな」
「はい…美味しいです…ありがとうございます…」
やがてメアリは満腹になると、疲れていたのだろう、すぐに寝息を立て始めた。
パンケーキの香ばしい香りに包まれて、とても幸せそうな寝顔だった。
ラウラはもそもそとサンドイッチを食べていた。以前作って鞄にいれておいたものだ。亜空間なので腐ってはいない。
何故サンドイッチなのか? メアリがパンケーキを全部食べてしまったのだ。いっぱい食えなんて言った手前、「私の分を残しておいて」なんて言える状況ではなかった。
パンケーキの甘い香りに包まれながら食べるサンドイッチは、いつもよりちょっとしょっぱかった…。
サラちゃん、いいですよね。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。