ラウラと巫女
「ふん、転移も慣れたものだな。見た目通りの年じゃないってことか?」
「うん、これでも私、15なんだよ」
「嘘つけ。どう見たって5歳児だろう? あざとすぎるとかえって引くぞ」
「むう、ホントは10歳だよ。嘘じゃないよ」
サラは艶のある焦げ茶の髪をおかっぱに切り揃えている。やや浅黒い肌は南方出身なのだろうか。
髪と同じ焦げ茶の瞳はどことなくエキゾチックな雰囲気を醸し出している。10歳にしては幼すぎる体型だが、それを言うと藪蛇になりそうなのでやめておく。
「まあそんなことはいいとして、お前『ルーセントの巫女』だろう? 乗合馬車で何やってたんだよ」
「多分、ラウラお姉ちゃんと同じじゃないかな」
「随分と余裕があるんだな。…そいつは守護獣か?」
「へー、この子がわかるんだ。…ロウガ、出ておいで!」
突然、目の前に現れる2メートルはある巨大な白狼。神気を纏い、眩いばかりの白い巨躯は―――
――――ラウラの目の前で腹を見せて仰向けになった。
『サラ! 聞いていないぞ! 何でこんなバケモノがいるんだ!』
「…化け物にバケモノ呼ばわりされる筋合いはないけどな」
「そうだよ、お姉ちゃん優しいし、料理も美味しいんだよ」
『お前達はこいつの力の表面しか見えてないからそんなことが言えるんだ! こいつは我以上のバケモノだぞ! こんな奴と戦うなどただの自殺志願者でしかない!」
「えー? そうかなー?」
「まあ今は力を抑えてるしな。流石にこんな所で力を全開にするつもりはないよ。もしお前らが完全に敵に回るなら考えるけどな」
「で、でもほら、ロウガが頑張れば何とかなるって!」
『馬鹿なこと言ってんじゃない! サラ! コイツは何者なんだ?』
「…ラウラ=デュメリリーだよ。なんだよ、戦るのか?」
『ラ、ラララララ、ラウラだと!? あの魔境の頂点か!? …無理だ、無理だよサラ。相手が悪すぎるよ…。ひっく…』
ついには泣き出すロウガ。
「何だよ。『我』とか言ってるくせに意外と若いのか。おまえいくつだよ」
『わ、我はもう180年は存在している…』
「180年って、全然年下じゃねーか! どうやら目上の者に対しての礼儀とかが全然できてないようだな…私が躾けてやろうか?」
『うわーーーーーーん! やだよーーー! このお姉ちゃん怖いよーーー!』
「完全に怯えてますね、小さい子泣かせて何やってるんですか?」
まるで子供のように怖がるロウガを見て、溜息まじりに注意するメアリ。しかしラウラは全く気にしていない。
「それで、巫女が直々に出張るってことは…託宣があったのか?」
「やっぱり物知りだね。うん、神様からの託宣でね、今回の『勇者様』たちの中に、私達の探してる『聖女』様がいるみたいなんだ」
「…それで、何で私に接触してきたんだ?」
「神様が言うには、ラウラお姉ちゃんがすごく邪魔だから殺してもいいってことらしいんだけど…この戦力じゃ無理か…」
「…懐に入ってる呪符を使うつもりならやめたほうがいいぞ。貼り付けた相手を操る呪符らしいけど、私の魔力のほうが強いから、使った瞬間に魔力が逆流して脳が焼き切れるぞ」
幼い見た目に似合わず、あっさりと怖いことを言うサラに、何の感情も持たずに返すラウラ。
「すごーい! そこまで分かっちゃうんだ! ねえ、ラウラお姉ちゃん、私達と一緒にルーセントに来ない? すぐに幹部になれるよ」
「スカウトしてくれるのはありがたいが、私はデュメリリーの森を守る責任があるんだよ。これだけは他の者には任せられないんだよ」
「…私達が『森』を攻めたらどうするの?」
「放っておくさ。あの森の最深部まで来るには…そうだな、ドラゴンを瞬殺できるくらいの力が最低限ってところだろうな」
「…ド、ドラゴン? 冗談だよね?」
「冗談でそんなこと言えるか。こっちは本気だ」
「じゃあ今回は諦めるよ。ところでそっちは何で『勇者様』を見に行くの?」
「私達に危害を加えそうな連中かどうかの確認だよ。私の占術だと危険な奴がいるみたいだからね」
「ふーん、もし『聖女様』が危険だったら?」
「危険の度合いによりけり…だな。放っておいても問題ないようなら放置だ。私もそっちに干渉するつもりはないよ」
サラはそこまで訊くと納得したのか、深い溜息を吐く。それを見たラウラはメアリを伴って席を立った。
「そっちが戦る気なら吝かでもないが、ここで荒事を起こすつもりは無いんだろ?
いくらルーセントとはいえ、皇城で拉致なんてそれこそ戦争の発端だ。いくら巫女でもそこまでやれば切り捨てられるしな」
「う、…それはそうだけど…」
「とりあえずは大人しくしておけ。私達ものんびり待つさ。それじゃあな。茶、美味かったよ」
ラウラはカウンターに金貨を1枚置くと、「迷惑料だよ」とウィンクしてメアリと二人で店を出て行った。
二人が店を出てしばらくすると、スージーが口を開く。
「サラ様、お戯れが過ぎますよ。あのラウラ相手にもし戦闘になったらどうするつもりだったんですか?」
「んー、まあ何とかなるんじゃない?」
「サラ様! 事と次第によっては本国へ連絡いたしますよ!」
「ええ? それはちょっとまずいよ! 連れ戻されるどころか、粛清されちゃう」
「まあ待てスージー、サラ様にはなにかお考えがあるのだろう。良ければ根拠を聞かせてもらえますか?」
マークの問いにサラは頷くと話し出した。
「まず、あのメアリって子だけど、姿からして樹妖精だと思う。あの子の力は全然大したことないわ。あの程度の子を従者にしてる時点で大したことないわ。噂通りならもっと強い従者がいるはずよ。
それに、確かに魔力は大きかったけど、バケモノっていう割には上位竜種程度。あれなら守護獣を全部呼び出せば何とかできるわ。ラウラは必死に隠したかったみたいだけど、封印されている間に力が弱ったみたいね。
今回は見逃すけど、次に会った時は私が『デュメリリーの森』の頂点に立つ時よ。
他の巫女なんか目じゃないわ」
胸をはって言うサラを、マークとスージーは尊敬の眼差しで見つめる。その視線を受けてサラは得意げに言い放つ。
「ラウラの伝説も終わりよ。私が新しい伝説を作るわ!」
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