委員長のお仕事?
東山徹はクラス委員長だ。まあ頭はそこそこ切れるが、容姿は平凡、運動神経も平凡だ。なのに何故委員長なのか? 早い話が押し付けられたのだ。 HRでクラス委員を決めたとき、委員長には誰も立候補しなかった。指名されても皆、頑なに断った。それは何故か?
面倒臭いことをやりたくなかったのだ。
彼らは高校1年生。古い表現だが、青春を謳歌するためには3年間じゃとても足りない。ならば余計なことに時間を費やす余裕などないのだ。
担任もまた酷かった。HR中はほとんど居眠りをしており、終了時間ぎりぎりに目を覚ますと、委員長が決まっていないことに激怒した。偶々、目が合っただけで進行役にされた徹をさんざん貶し、その責任として委員長を命じると、学校に提出してしまったのだ。本当は嫌だったのだが、委員長という肩書が将来有利になるかも知れないと思い、受け入れた。そこには徹の家庭事情があったのだ。
徹は元々兄弟二人で暮らしていた。両親は幼い頃に他界し、昨年は唯一の肉親である兄を交通事故で失った。身寄りがいないため、幼馴染の両親が簡易な葬式をしてくれた。でも、弔問客はほとんど居なかった。
唯一の弔問客は、兄の車に同乗して命を落とした3人の友人の家族だった。兄の遺影に焼香を投げつけ、遺体には献花を叩きつけた。
『この人殺しが』
皆がその言葉を投げつけて帰っていった。徹は悔し涙を流した。兄が事故に遭ったのは友人と温泉旅行に行く途中だったのだ。事故の直前、兄は徹に電話してきた。おそらくは休憩中だったのだろう。
『本当はローテーションで運転替わるはずだったんだけど、途中で3人ともビール飲んだからな、流石に運転させる訳にはいかないだろう?』
徹はその3人の行動に憤慨しながらも、兄を心配した。
『大丈夫。しっかり休憩してるよ。じゃあまた連絡する』
それが兄との最後の会話になった。警察によると、信号待ちしていた兄の車に大型トラックが追突したとのこと。居眠り運転で全く減速せずに突っ込んだそうだ。兄の軽自動車などひとたまりもない。事故写真を見せられたとき、これが兄の愛車であると認識できなかったほどだ。
結局のところ、兄に責任は無い。なのに兄はここまで責められる。しかも、同乗者が飲酒していたことをマスコミに取り上げられ、兄は犯罪者のように扱われた。そして、徹は『人殺しの弟』というレッテルを貼られて中学最後の一年を過ごした。
高校はかなり離れたところの全寮制の高校を選んだ。とにかく地元から離れたかった。後見人となった幼馴染の両親が、徹を心配して幼馴染も同じ高校に進学させてくれた。そのおかげで、徹は精神的に落ち着くことが出来た。
そこで徹は考える。自分はどうなりたいのか、自分はどう生きたいのか…と。
自分は兄を尊敬している。素晴らしい兄だ。自分のことを考えないところはあったが…。お人よしで、そのせいか騙されることも多かったが、その怒りをぶつけるのは騙した本人にのみであり、関係ない人間に向けることは一切無かった。
自分は委員長に任命された。最初は嫌だったし、身寄りが無いという家庭環境は進学に悪影響があるのではと思いこみ、ならば内申だけでも好印象にしようという打算もあった。だが、もし兄ならどう動くだろうか。きっと『仕方ないな』と笑って引き受けるだろう。面倒くさい仕事をおしつけられても『しょうがないな』と笑ってこなすだろう。言うこときかないクラスメートには『いい加減にしろよ』と怒り、反省すれば笑って許すだろう。
なら自分が兄と同じ道を行くべきだ。自分が兄のように生きることで、兄は間違っていないと証明するべきだと考えたのだ。
徹は考える。クラス委員長という小さな役職だが、その職務を全うしよう。クラスの皆を笑顔で支えよう。悪いことには心を鬼にして怒ろう…と。
そして今、そんな徹の心を試すような大事件がここで起こっている。いや、自分の身にも起こっている。
担任教師である佐々木一樹が自分の担当教科の科学の授業のため、実験室に生徒を移動させた。実験ということもあり、ケガをしてはいけないということで、何故か校医の前島悠子先生もいた。生徒達は実情を理解していた。佐々木は前島先生に惚れていた。人当たりよく、柔らかな笑顔で接する、可愛らしい校医。同僚の教師や生徒から慕われる彼女にいい所を見せたかったのだろう。
「すみません。御手数かけます、前島先生」
「いいのよ。これも仕事だから気にしないで。君達がケガしたらいけないのは当然なんだから」
謝罪する徹に対して、そう答える前島先生。こういう受け答えができるあたりも、彼女が好かれる一因なのだろう。
やがて授業が始まり、佐々木は実験を開始する。薬品庫から薬品を二つ取り出し、試験管に取ると、その薬品をフラスコの中に流し込んだ。
すると突然、科学室が眩しいほどの光に包まれた。やがて襲ってくる巨大なプレッシャー。意識が飛びそうになるのを必死で堪える。生徒たちは次々に意識を失って倒れていく。その中には、幼馴染の西川楓の姿もあった。佐々木はすでに失神していた。前島先生は徹と同じように必死で耐えていた。
どれほどの時間が経っただろうか。長かったのか短かったのかもわからない。漸くプレッシャーから解放された時、意識があるのは徹と前島先生だけだった。
「大丈夫ですか? 前島先生」
「え、ええ、大丈夫よ。それよりみんなを!」
お互いの無事を簡単に確認すると、他の生徒を確認する。どうやら皆失神しているだけのようだった。
「おい、楓、しっかりしろ!」
「へ? あ、ああ、徹くん。私は大丈夫だよ…いいところだったのに」
幼馴染を起こすと、無事という回答があった。どうやらいい夢を見ていたようだ。少々呆れたものの、無事を確認して安堵する。そして徹、楓、前島先生の3人で皆の無事を確認する。前島先生も含めた44人、全員の無事が確認できた。周りは相変わらず光に溢れていた。
『皆さん、御無事で何よりです』
全員が何とか落ち着きを見せた頃、声が聞こえた。それは耳から聞こえるというより、直接心に響くような声だった。無機質な声は性別も良くわからない。突然聞こえた耳慣れない声質の言葉に動揺してると、そんなことはおかまいなしにと声は話を続けた。
『皆さんは地球からとある世界に召喚されました。皆さんはこれよりその世界に行っていただきます』
徹は起こる頭痛を必死に堪えていた。
(委員長ってのはこんなことも対処しなきゃ…いけないんだろうな)
とりあえず現状をしっかり把握しなくては…と、痛む頭を振りながら、声の主と向き合うのだった。
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