ハイエルフさんのモトロ探訪
前話が短かったのでもうひとつ投稿です。
あの人が再登場します。
ティングレイ帝国の首都モトロ。軍事国家を謳うだけあり、市街地を城郭が取り囲む城塞都市だ。行き交う人々は大半が軍人のようで、濃いグレーの軍服を着た人たちが闊歩している。時折混じる濃紺の軍服は将校クラスだろうか、大勢の取り巻きを引き連れて歩いている。
ラウラとメアリは城郭から5キロほど離れた、街道筋の大木の傍に転移した。城郭の外までは一緒だったのだが、入場受付の列にメアリを並ばせると、
「ちょっとそのへんの森を見てくる。私はエルフだからな」
などと言ってそのまま森の中に消えてしまった。
なので、今はメアリ一人でモトロのメインストリートを歩いている。もちろんフードは被ったままにしてある。流石にモトロは帝国貴族が集結しているので、余計なトラブルを避けるためだ。
「しかし本当に軍人が多いですね」
メインストリートはそのほとんどが軍人だ。一般市民はほとんど見かけない。以前きた時はここまで軍人が多くは無かった。ただ、一般市民は裏通りに居を構えることが多かったので、裏通りの方へ足を向ける。
裏通りに入ると、市民の姿が多くなったが、以前より寂れた感じは否めなかった。かつて店だったところも戸板が打ちつけられていた。すると、何となく一軒の廃屋が目についた。何となくだが気になる。理由は分からないが、無視できない。恐る恐る近寄ると、突然廃屋の前の土が盛り上がり、小さな塚のようになった。
「何なんですか! 一体!?」
混乱するメアリが身構えると、塚の一部が崩れていく。そこから出てきたのはラウラだった。
「よう! さっきぶり!」
「な、ななな、何してるんですか?」
暢気に挨拶するラウラに何とか質問する。
「いや、私が見つかると煩いんで、森からここまでトンネル掘ったんだ。勿論、森のほうは偽装してあるぞ。しかし、よくここが判ったな」
「それは…何となく…ここが気になったんです。今までこんなことなかったんですけど…」
「うーん、もしかして私の魔力を渡したことで何か変化があったのかもしれない。今後の研究課題のひとつだな」
ラウラの説明も耳に入らない様子のメアリ。自分の手をじっと見つめている。
「もしかして…私、みんなのような力が使えるようになるんですか?」
「それは…今は何とも言えない。お前の力が皆と違う原因も分かってないしな。でもそんなに気を落とすな。私は今のお前の力を評価してるんだからな」
「はい!」
明るい笑顔で返事するメアリを見てラウラも微笑んで返す。
「それはそうと、モトロで探してる店があるんだが…柑橘系の香茶を出す店なんだが、あまり流行ってないそうだけど」
「喫茶ですか? そういう店ならもう少し先に行ったあたりに何軒かありましたけど…もう店じまいしてるんじゃないですか?」
「その話を聞いたのがつい最近だからそれは無いと思うぞ」
二人が店を探しながら歩いていると、いきなり声をかけられた。
「おい! エルフの嬢ちゃんじゃねえか?」
声の方に向くと、そこには乗合馬車の護衛のおっさんがいた。
「そうか! うちの店を探してたのか、すまねえな!」
「モトロに来たら茶を飲みに行くって言ってたろ? 私は約束は守る」
「そうだったな。 っと、着いたぞ。ここだ」
案内されたのは小洒落た喫茶店だった。外観は清潔感があり、女性が気軽に入れそうな店構えだ。入口には小さなブーケが飾られている。
ちなみに護衛のおっさんはマークというらしい。
店の中は外の光が程よく入って、落ち着いた雰囲気だ。
「…いい店だな…」
「ありがとうございます」
カウンターの奥から落ち着いた感じの妙齢の女性が現れた。長いオレンジの髪を一纏めにしている。
ややはにかんだ笑顔がとても似合っている可愛らしい女性だ。
「うちのカミさんのスージーだ。宜しく頼む。この嬢ちゃんが例のエルフだ」
「まあ、料理がとても上手なんですってね。マークが愉しそうに話してたわ。妻としては他の女の子の話をされるのはちょっと不愉快ですけど」
プイとよこを向いて頬を膨らませている。細かい仕草の一つ一つが可愛らしい。
「マーク、しっかり尻に敷かれてるな? もしかして護衛の仕事は息抜きか?」
「んなわけねえだろ! 実際ここはこんな客の入りだしな。何人かの常連のために店やってるようなもんだよ」
「ふーん、それじゃスージー、私とメアリにお勧めの茶をくれないか?」
「はい、それじゃ、林檎のお茶なんかどうかしらね」
ポットで湯を沸かす。沸騰して泡が弾ける音が心地いい。やがてほんのり香ってくる林檎の爽やかな甘い香りが鼻をくすぐる。出された茶は淡い紅色だ。一口含むと仄かな酸味が爽快感を誘う。林檎の味を最大限引き出している。
「これは美味いな…ここまで林檎の味を出すとは…でもくどくない。下手に甘味を入れたらこの爽やかさは消し飛んでしまうだろうからな。正直、ここまでとは思わなかった」
「そうですね。私も色々なところを流れ歩いてきましたが、こんなに美味しいお茶は初めてです」
ラウラもメアリもその味を絶賛する。メアリはおかわりを貰う勢いだ。しかし、ラウラはスージーに向かって微笑みながら言葉を続ける。
「まあ、奥の2番目の棚にある小瓶の中身を使われたら、ただじゃ済まさなかったけどな」
「「!!!」」
ラウラの言葉に動きが止まるマークとスージー。いつの間にか二人の手には大ぶりのナイフが握られている。
「…どうして判った?」
「あのな、こんだけ美味い茶を出す店が流行らない訳ないだろ? 人が来ないのは店の入り口にあったブーケだろ? 微弱だけど人払いの呪法の魔力があった。大方、目をつけられると情報収集しにくくなるからってことだろう? …本当に戦る気か? 私は敵には手加減しないし、するつもりも無いぞ」
「あなた、本当にただのエルフなの?」
「それはこっちの台詞だって。さっきのナイフの抜き方といい、アンタ達こそ何者だよ。まあどこぞの間諜ってとこだろうけどな。それもかなりの手練れだろう」
「何で判るんですか?」
突然の展開についていけなかったメアリがようやく追いつく。
「あのナイフ捌き、完全な我流だろう。こういう手合いの奴は確実性を求めて軍の精鋭を使ったりするんだが、あいつらは日頃の訓練の癖がついてるから動きで出身がばれるんだよ。一切の痕跡を残さないようにするなんてそうそう出来ることじゃない」
「成る程、そういうことだったんですね」
納得するメアリを横目に、マークとスージーに最後通告をする。
「どうする? 戦るのか? どうなんだ?」
にっこりと笑って問いかけるラウラに、観念したらしくナイフを納める二人。
「何だよ、きっちりばれてんじゃねえか。何時からだよ」
「馬車でお前が茶を持ってきたときに怪しいとは思ってたよ。あの足場の悪い場所で、片手でカップを持って歩く足捌きが並外れてたからな。かなりの腕だとは思ったよ」
「あら、もうばればれだったんじゃない。私のほうは?」
「カウンターから出てきたときの足音だな。障害物だらけのキッチンで歩幅が常に一定だったから。あと、あの小瓶と、それから前掛けのポケットに入ってる包みは毒薬だからってのもある。普通の喫茶店じゃ毒薬なんて置かない」
「…普通じゃなくても喫茶店には置きませんよ…ラウラ様」
メアリの言葉にマークとスージーの動きが止まる。
「おい、お前…ラウラって…」
「ああ、ラウラ=デュメリリーだよ。それから、エルフじゃなくてハイエルフな」
あっさりと正体をばらすラウラ。メアリはやれやれといった表情を浮かべている。残る二人は…ただひたすら固まっていた。
「さて、こっちは正体明かしたんだ。お前らの正体も教えてもらおうか? それとも外で様子を窺ってる奴に聞いたほうが早いかな?」
言うなり指をパチンと鳴らす。するといきなりローブを纏った小柄な人物が目の前に現れた。ラウラ以外は皆、何が起こったか理解できていない。当然、現れた本人も。その人物の顔を見て驚いた。
「お前、あの時の…サラ!」
「えへへへ…久しぶりだね、ラウラお姉ちゃん!」
そこにいたのは、ラウラが馬車でサンドイッチをあげた女の子、サラだった。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。