ぶらりハイエルフさんの旅その3
ちょっと短めのを…
「ちょっと食べ過ぎたかもしれない…」
深夜の宿の一室で姿見に全身を映しながら、思わずそう呟いてしまう。姿見に映ったその姿は下着姿で、その腹部はぽっこり膨らんでいる。
シャウスとかいう子爵の倅が邪魔したせいで余計な魔力を使ってしまった。
実は隷属の指輪の対策として、隷属呪式に対する抵抗を高める魔力を練り上げ、茶に含ませてメアリに飲ませていた。そのおかげでメアリも抵抗できた。
当然、魔力を使えば腹も減る…ということで、宿のコックに夜食を作ってもらったのだが…
「流石に夜食で10人前完食はやりすぎたか…」
エルフの少女が10人前を食べきるなど、やりすぎ以外の何物でもない。
「でも…全然肉にならないんだよな」
世の女性のほとんどを敵に回しそうなことをさらりと言う。確かにこれだけ食べても明日になれば腹は元通りになる。サイズは変わらない。だが、胸にも付かないのはどうかとは思う。ラウラは、自分の胸が育とうが萎もうが別に構わないのだが、周りの目が自分の胸に残念な視線を投げかけてくるのは地味に傷ついている。
見た目が12~3歳なので、まだまだ成長の余地があるとは考えているが、それでも嫌なものは嫌なのだ。
「こんなことを当たり前に思うあたり…馴染んでるんだろうな」
それが良い事か悪い事は解らないが、今はどうでもいい事と割り切っておく。
「…何してるんですか? ラウラ様?」
メアリがベッドから起き出してくる。彼女も下着姿だが、明らかにラウラよりボリュームのある胸に視線が行ってしまう。ラウラの記憶では楓が一番大きかったと思っているが、メアリも負けていない。
「…何でもない…世界の理不尽さを噛み締めているところだよ」
「そうですか…おやすみなさい…」
改めてベッドにもぐりこむメアリに苦笑しながらも、自身もベッドに入る。部屋に結界を張り直すのも忘れていない。安全を確認すると、ラウラも意識を放り出して眠りに身を任せた。
翌朝、ラウラが目を覚ますと、背中に当たる二つの柔らかな感触があった。メアリに背を向ける形で横向きに寝ていたのだが、今はメアリに抱きかかえられる形だ。
「まさか…私が…気付かない…だと?」
いつのまにかベッドに入りこまれたという事実が彼女を愕然とさせる。それよりもメアリだ。まるで当然といった感じで一糸纏わぬ姿である。
「おい! 起きろ」
「はい、おはようございます」
寝惚け眼で起き上がると、形の良い胸が露わになる。それを隠そうともせずにラウラに抱きつく。
「ラウラ様から漏れる魔力が美味しくて…つい全身で味わっちゃいました」
「全身で?」
「はい。私は全身どこからでも魔力を吸収できるので…」
「それなら裸になること無いんじゃないか?」
「やっぱりそこは…これからお仕えする方に私を知ってもらったほうが良いかな…なんて思った訳で…」
そう言うとメアリの目が光を帯びる。それは獰猛な肉食獣の目だった。植物を操る魔族でありながら、その本質は肉食だった。ラウラはこれから、捕食される恐怖と常に闘わなければならないのかと天を仰ぐ。
ラウラはいずれ、徹に戻るつもりなので、男として頂かれるのは吝かではないが、女として頂かれてしまうのは、絶対に避けたかった。
「とりあえず早く起きろ。今日はモトロに向かうんだからな」
「え? どうやってですか? 馬車でも3日はかかりますよ?」
「昨日の貴族が騒ぎ出すと面倒だからな。今日は転移で向かう。モトロへの道筋に何か面白いものはあるのか?」
「特にないですね。変わり映えしない光景が続きますよ?」
「わかった。一気にモトロまで飛ぼう」
「でも町に入るにはどうすれば…私はギルドカードを持っていますが、ラウラ様は…」
「私のことは気にするな。私だけならいくらでもやりようがある」
「それならいいんですけど…ところで転移ってどうするんです?」
「私に触れた状態で、過去に行ったことのあるモトロ付近の場所を思い浮かべてくれればいい。出来れば人間が立ち入らないようなところがいいな」
「わかりました。早々に準備して出発しましょうか」
「待て…その前に…とても大事なことがある」
「な…何でしょうか?」
突然、雰囲気を一変させて話すラウラに、何事かと姿勢を正す。
「まず服を着ろ! それから…朝飯だ!」
宿の朝食も非常に満足いく出来栄えだった。シンプルなオートミールに自家製ベーコンとオムレツ、温野菜サラダという組み合わせだが、素材を殺さずにいいバランスに仕上がっていた。思わず2杯おかわりしてしまった。
朝食後、宿をチェックアウトして町に出ると。子爵の話はまだ出ていなかった。かなりの女好きで、気に入った平民の娘をさらっては別荘に籠って凌辱することが多く、3日くらい籠るのはよくあることだとか。
人気の無い場所…ということで町の端にある川にかかる橋の下を選び、そこで転移の準備に入る。
念のために人払いの呪いを施し、さらに透明化を使っておく。
「すごい…こんなに魔力を高められるんですか?」
「まだまだ序の口だよ。この程度どうってことないさ」
今回はメアリを連れての転移であり、尚且つメアリの記憶を頼りに飛ぶので、魔力を練り上げるところから始めている。ラウラ独りならこんな面倒臭いことはしない。
「メアリは魔法の素質があるみたいだから、きちんと修行すれば転移くらい出来るようになるぞ」
「本当ですか? 私に出来るんですか?」
「ああ、しっかり修行すればだけどな。さて、そろそろ飛ぶぞ。しっかり手を握って行きたい場所をはっきりと思い浮かべてくれ」
「わかりました!」
「…よし、だいたいイメージが伝わってきた。いくぞ!」
一瞬、二人を光が包むと、次の瞬間にはその姿はどこにも無かった。
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