ハイエルフさん始末する
「それにしてもラウラ様って本当にいたんですね。御伽噺の中だけかと思ってました」
「私を都市伝説みたいに言うな」
ポルカの市場を買い物しながら歩く二人。メアリの畑で小麦を買うつもりだったのだが、
「魔大陸に連れてってもらえるだけでもありがたいのに、住む場所まで戴けるなんて…そんな方からお金なんて貰えません! 全部差し上げます!」
と言われてしまった。無碍に断るのも悪い気がしたので、ありがたくいただいておいた。風魔法で刈り入れして一纏めにし、鞄の亜空間に保存してある。メアリはすぐにでも旅に出たかったようで、家財道具も亜空間に仕舞い、一緒に行動している。
「しかし『勇者様』ですか、私も見てみたいですね。御伽噺の世界みたいです」
ラウラにとってはアステールの方がはるかに御伽噺なのだが、敢えてスルーしておく。
「ところでメアリ、モトロには行ったことあるのか?」
「はい、一度だけですが、あまりいい印象ありませんね」
「何か嫌なことでもあったのか?」
「ティングレイが軍を中心にした国家というのは御存知だと思いますが、特にモトロを中心とした中央の都市群は軍の人間の権力が大きいんです。だから町でも兵士が幅を効かせていて、中には犯罪集団に属している兵士もいるとか…」
「…取り締まる奴はいないのか? 仮にも首都がそんなんでどうする」
「軍の上層部はほとんどが貴族です。彼らは自分達の地位を守ることに必死で、市民のことなど考えていません」
(軍事国家か…いい流れじゃないな。他の奴らはともかく、楓と前島先生だけは早めに何とかしておきたいところだな…)
「…どうしました?」
いきなり黙ったラウラを不審に思ったメアリが声を掛ける。
「ああ、すまん。ちょっと思い出したことがあってな。モトロって飯が不味いらしいが、実際のところはどうなんだ?」
「私も聞いた話なんですが、繁盛する店はすぐにモトロから居なくなるそうですよ」
「はあ? 繁盛してるのに何でだ?」
「どうやら繁盛してる店には賄賂を求めて兵士が詰め掛けるらしいんです。○○様がお前の店を守ってやるから金よこせ…みたいな感じでしょうか?」
「成る程ね…大方そんな兵士共が多くて仕事にならないか。誰か一人に金を渡せば他の奴が妬む。場合によっては命の危険もってなれば、そんなとこで商売する意味無いわな」
「でも…それって国として大丈夫なんでしょうか?」
「そんな訳ないだろう? 国民が利益を上げなきゃ税収は上がらない。国民の利益を直接吸い取っているんだから、ある意味反逆罪だぞ? 国の得るべき利益を勝手に横取りしてるんだからな」
「では、何でそんな国に行きたいんですか?」
呆れたような表情でメアリが問いかける。
「そんな国が召喚する『勇者様』がどんなのか確認するんだよ。もし森に危害を加えるような奴等だとしたら手を打っておく必要があるからな。これでも森を束ねている以上、守るべきものは守る」
「流石です! ラウラ様!」
何やら目を輝かせてラウラを見つめるメアリ。どうやら変な方向にスイッチが入ったようだ。実は楓と前島先生の無事を確認したいだけなんて言える状況では無くなった。
「とにかくモトロでの食事は期待しないほうがいいってことだな。よし、食材と調味料を仕入れよう。そんな状態じゃ食材も期待できそうに無いからな。私には鞄があるから永久に傷まないし、ちょっとばかり多めに買ってもいいな。悪いけど、案内頼めるか?」
「はい! 任せてください!」
二人は人波をかわしながら、市場での買い物を満喫した。肉や魚、野菜に調味料…遭難しても半月くらいは暮らしていけるくらいの量を買ってしまった。だがラウラに後悔の念などない。むしろ当然といった表情だ。美味しい食事を取るための食材ならば、彼女は全く躊躇わない。
「しかし…買いすぎじゃないですか? こんなにどうするんですか?」
「んー? 手料理をご馳走してやろうと思ったんだが…要らないのか?」
「このくらいの量は必要ですよね? それとももっと買いますか?」
自分の意見をころころ変えるメアリに苦笑しながらも、ラウラの視界には先ほどから尾行してくる複数の人影を捉えていた。
(市場で泳がせた割には仕掛けてこなかったな。暗殺ではなさそうだし、するとさっきの何とかっていう貴族絡みって考えるべきか…)
「ここの宿がポルカでは一番いいですよ。部屋も大きいし、食事も美味しいです」
メアリ一押しの宿に入る。明日には発つのでとりあえず一泊にしておく。結構高価なようだが、ラウラには魔物素材の売買で得た蓄えがある。実は小国の国家予算100年分くらいあるらしいが、ラウラも総額は把握していない。元々屋敷に籠るのがほとんどなので、こういう機会が無ければ使わないので全く気に留めていない。
3階の二人部屋に入り、ベッドに腰掛けて寛ぎながら、これからの動きについて話し合う。
「そういえば市場からずっと尾行してた奴がいるぞ。向かいの建物の影からこっちの様子を伺ってる。心当たりはあるか?」
鞄から手鏡を取り出して開いた窓の傍に移動する。窓枠から姿を見せないように注意しつつ、手鏡を使って覗き見る。メアリも同様にして、こちらを伺う人影を確認する。
「多分、子爵の手の者だと思います。確か私の家に何度かきました」
「そんなに樹妖精が欲しいのか? 森でも管理するつもりなのか?」
「まさか、愛玩…というよりは性奴隷目的ですよ。それに…ラウラ様が一緒にいることも理由のうちかと…」
「何で私が? もしかしてエルフだからか?」
「はい。彼らは私達を種族として認めていません。自分達の都合で攫い、犯し、殺すんです。彼らの奴隷にさせられたが最後、生きて解放されることは無いんです。自殺することもできません。死ぬまで苦しめられて、辱められて…死ぬことでやっと解放されるんです…一緒に森を出た姉も…」
泣きじゃくって蹲るメアリの前に跪き、その両手を握り、微笑んで声をかける。
「大丈夫。お前は絶対守るよ。お前はもう私が認めた正式な森の住人だ。そんなお前を害する者は絶対に許さない。だから…とりあえず…食事行こう?」
ラウラは涙を拭うメアリの手を引いて、食堂へ降りていった。
メアリの情報通り、この宿は素晴らしかった。まず何が素晴らしいか、酒場と食堂が別なのだ。ラウラも酒は飲むが、料理に専念したい時には酒の匂いが邪魔になる。食前酒くらいなら許容範囲内だが、酒場の強い酒精の匂いは繊細な料理の香りを飛ばしてしまうのだ。
勿論料理の味も申し分なく、食材の味を引き出したなかなかの逸品だった。食後の香茶をカップに注ぎメアリに渡す。料理の余韻に浸りながら香茶を愉しんでいると、入り口から数人の男が入ってきてラウラ達の前に立った。
「これは美しいお嬢様方、私はシャウス子爵家三男、ハーベイと申します。この度は当家の者がご迷惑をおかけしたとのこと。誠に申し訳ございません」
そう言って恭しく頭を下げるハーベイ。メアリはその身を硬くし、ラウラは不機嫌そうな顔でその挙動を見つめている。
「全く、皇帝陛下より賜った子爵位にありながら、その栄誉を穢す行為は許されません。しかし、それを表沙汰にできないというのも当家の苦しい事情でして…」
「…つまりは、今は大事な時だから厄介事は表に出したくないと?」
「聡いですね。その通りです」
「それで? 私たちの食事の邪魔をした理由はそれだけなのか?」
「いえいえ、お詫びの品をお持ちした次第でして…是非とも受け取っていただければ…」
ハーベイは懐から小箱を出す。その箱を開けると二つの指輪があった。シンプルな銀のリングに洒落たデザインのルビーが乗っている。なかなか高価なものだろう。
ラウラはそれを手に取り、じっくりと観察する。
「なかなかいいデザインの指輪じゃないか。これをどうしろと?」
「是非ともお二人の指を飾っていただきたく…どうぞおつけになってください」
ラウラは指輪をメアリに渡す。促されるように指輪をはめる二人。すると、いきなりハーベイが豹変する。
「何でこの私がエルフや魔族などに頭を下げねばならんのだ! まあいい、今夜はこの二人を犯しつくして鬱憤を晴らすとしよう。ほら立て、お前ら」
ハーベイの言葉に従い、立ち上がり宿を出て行く二人。それを嫌らしい笑みを浮かべながら追従するハーベイ。すでに彼の頭の中で二人をどう犯してやろうかと考えているようだ。
人気のない所にさしかかると、前を歩く二人がいきなり歩みを止めた。
「どうした? さっさと歩け!」
「…何で私たちがお前の言うことなんぞ聞かなきゃいけないんだ?」
「そうですよ。隷属の指輪を使っての誘拐は犯罪でしょう?」
突然のことにうろたえるハーベイ。取り巻き共も想定外のことに混乱している。
「ば、馬鹿な! その指輪の呪法は破れないはずだ!」
「ああ、これな? まあ私にはこの程度じゃ通用しないが、メアリはやばかったんで事前に対策しておいたんだよ。昼間の連中が持ってたコイツと呪いの波長が同じだったんですぐ分かったよ」
昼間の連中が持っていた隷属の首輪を懐から取り出す。それを見たハーベイが青褪める。
「それはグレイが持っていた…貴様ら、グレイをどうした!?」
「あいつか? 私に仕掛けた馬鹿は蟻の餌になってもらったよ。骨も残さずな」
「馬鹿な…うちの精鋭だぞ?」
「あの程度でか? もうちょっと外の世界を見たほうがいいぞ」
ラウラが威圧する。ハーベイ達は金縛りにあったように動けなくなっている。ラウラの後ろではメアリがその余波で腰を抜かしている。
「さて…隷属の指輪は呪いの一種なんだが…呪いってのは失敗すると自分に還ってくるってのは知ってるよな?」
その言葉がこれから自分達に行われる行為を予想させ、全員が青褪める。
「ま、まて! 私など奴隷にしたところで…」
「誰がお前らみたいな奴隷を欲しがるか! お前らの主人は別に作ってやるから安心しろ」
月明かりに照らされたラウラはその美貌にふさわしい、可憐な微笑みを浮かべる。腰を抜かしているメアリから指輪を受け取ると、そこに仕込まれた呪式を解読する。
「私のはもう壊れてるから使えないけど、こっちはまだ大丈夫だな。えーと、装着者は主人に絶対服従? 主人が死ねば即死亡? 自殺を封じる? 何だよこれ。こんなのを私たちに付けようとしたのかよ。…まあいい、ここをこうやって…こうして…これでよし!」
玩具で遊ぶ子供のように無邪気な笑顔で呪式を組み替える。屈託の無い笑顔を振りまきながらハーベイ達に近づくと、取り巻きには首輪を、ハーベイには指輪を装着した。
「こんなことしてただで…」
「少し黙れよ。…ちょうどいい、お前たちのご主人様が来てくれたぞ。これからお前らはコイツに精一杯仕えるんだな。」
ラウラが主人の設定を完了させると、ハーベイ達はせわしなく動き回り、どこかに走り去った。威圧が解かれた為、今まで腰を抜かしていたメアリが復活してきた。
「…ラウラ様…大丈夫でしょうか?」
「ああ、心配いらんよ。まだ死んではいないからな。さて、さっさと宿に戻るぞ。主人に言って夜食でも作って貰おう」
にっこりと微笑むラウラを見て、メアリは彼女に付けられた数々の二つ名が決して誇張では無いことを再認識した。何故なら―――
ラウラがハーベイ達の主人に設定したのは、偶々通りかかったネズミだったから―――
その後、ポルカでハーベイ達の姿を見る者はいなくなった。何度か捜索されたが見つかることは無かった。ただ、付近の山の狩人の話によると、ネズミの群れに混ざって餌を漁る人間の姿があったというが、よくある与太話として誰も相手にしなかった。
そして1年後、山の中でハーベイ達の死体が見つかった。その傍では1匹のネズミが死んでいたという…
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。




