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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第2章 ハイエルフさんと召喚者への道
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ハイエルフさん手に入れる

「だから、この畑の小麦を全部買い取らせてほしい…って、聞いてるのか?」


 呆然としたままのメアリを見て、ラウラは不安になる。


「まさかあいつらに何かされたってことは無いよな。樹妖精に何か出来るような使い手はいなかったはずだし…あ!もしかして!」


 何かに気付き、メアリの顔を覗き込む。明らかにやつれた顔に舌打ちする。


「お前、魔力の供給が出来ていないんだろう? もう枯渇寸前じゃないか! ちょっと待ってろ」


 袖を捲り、細い二の腕まで露わにすると、メアリの前に跪き、その頬に両手を添える。目を閉じて何やら探っているようだ。


「これから私の魔力を送る。好きなだけ喰え」


 そう言い終ると同時に、その両手からメアリに魔力が流れ込んでくる。


「エルフの魔力は樹妖精と波長が近いんだが、私はちょっと特別でな、調整してやらんと身体を傷つける。お前の波長に出来るだけ合わせてから渡してるから心配するな」


 そんな彼女の言葉もメアリにはほとんど聞こえていなかった。身体に流入してくる魔力を味わうのに夢中だった。濃厚でありながらも澱むことなく流れるその清廉な魔力は、メアリが今まで経験したことの無い極上の魔力だった。流れ込む魔力が身体中を駆け巡る。萎れた草花が水を末端まで行き渡らせるかのように、魔力を身体の隅々まで送り込む。

 

 その変化は劇的だった。傷み放題の緑髪は煌くような艶が戻り、新緑のような若々しい緑髪へと変わっていった。隈の浮き出た顔はその白さを取り戻し、隈は全て消えた。荒れていた肌もすべすべの肌触りだ。


「よし、こんなもんか」


 満足げに微笑むラウラに、メアリは慌てて身繕いをすると、ぺこりと頭を下げた。


「ア、アリガトウ…ゴザイ…マス…」


 たどたどしい返事にラウラの表情が曇る。


「何だ? うまく喋れないのか? 喉でもやられたか?」

「いえ、ちゃんと喋れます。助けていただいてありがとうございます」

「…何でちゃんと喋らないんだよ。心配するだろうが」

「あれは演技です。もうちょっと魔力が頂けるかと思って…」

「…演技かよ!」


 ジト目でメアリを見ると、さすがにやりすぎたと思ったのか、改めて深々と頭を下げてきた。


「本当にありがとうございます。でもエルフの方がこんなところにいるのは珍しくありませんか?」

「それはこっちが聞きたい。何で樹妖精がこんな荒地で畑なんかやってるんだ? 近くに森はないし、さっきまでの魔力枯渇も気になる」

「ええと、樹妖精のことはどれだけご存知ですか?」

「森に住み、森から力を貰って生きる魔族…だよな? あと、森の木々を操れるとか…」

「はい、大体合ってます。でも、私は森から力を貰えないんです。どうやら体質のようなんですが…。

それから、森の木々を操ることもできません。だから故郷の森から追い出されました。…ただ、草原とか農作物の畑からは力が貰えるんです。操ることもできます。ですが…森とは違って…その…」

「貰える魔力の量が少ないってことか? 確かに森のほうが漂う魔力の濃度も桁違いだしな」

「はい。それで魔力の多い草原を探していたんですが、なかなかうまくいかず…。この町で自作の小麦を売ってお金を作って、魔大陸にでも行こうと思っていたんですが、土壌改良と成長促進のために魔力を使い過ぎたためにまともに動けなくなって…」

「…それであの貴族に捕まりかけたって訳か」

「私にもっと力があればあんな貴族なんて返り討ちにできるのに、私には草花や農作物しか…」

「それはそれで大したものだと思うけどな」


 話が湿っぽい方向に行きかけたところで、本来の話を思い出す。


「そうそう、さっきも言ったが、ここの小麦、全部売ってくれ。麦藁も一緒にな」

「え? それはありがたい話ですが…その…私の小麦は町では評判が…」

「ああ、心配いらんよメアリ。私は商売人じゃないんだ。あの小麦は私自身・・・が欲しいんだよ」

「個人…ですか? 一体何に使うんですか?」

「勿論食べるんだよ。あの小麦があれば色々料理に使える。…それとひとつ確認だが…あの小麦は『硬い』か?」

「! はい。柔らかいのもその中間もあります。それから…もっと硬いのもあります!」


 思わず天を仰ぐラウラ。その身体を襲う感動の震えを抑えられない。さらに恐る恐る問いかける。


「それと…湿地帯に生える麦みたいなものは…」

「もしかして『トウ』ですか? ここでは無理ですが、湿地があれば作れます。あれも色々種類があって、それぞれに味が違うんですよね」

(小麦は強力・中力・薄力にデュラムか? トウってのは恐らく米だろう。種類があるってことはジャポニカとインディカだろうな。餅米もあるかもしれない)


 ラウラは確信した。これは運命だと。メアリがいれば森の、いや、ラウラの食生活はある程度約束されたも同然だ。このチャンスを逃してはならないと…


「メアリ、重要な話がある。お前、魔大陸に行きたいと言っていたな」

「はい。ここよりはいい環境の平原があるかと思って…」

「平原も湿地も、場合によっては畑そのものも用意するから魔大陸に来い!」

「そ、それはありがたいですが…あなたは何者なんですか?」

「ん? まだ名乗ってなかったか。私はラウラ=デュメリリー、デュメリリーの森を束ねる者だ」


 思わず絶句するメアリ。ラウラ=デュメリリーと言えばデュメリリーの森の魔物の頂点であり、ドラゴンですら腹を見せて恭順の意志を見せると言われる化け物ハイエルフと聞いていた。だが目の前のエルフの少女の非常識さはその噂に合致する。あの蟻の魔物の召喚といい、先ほどの魔力といい、彼女の常識の範疇を超えている。それならば…彼女に付いていけば、自分にも安住の地が得られるのではないか…そんな思いが脳裏をよぎった。


「本当に…私でいいんですか? 私みたいな…碌に戦う力も持たない者でも…いいんですか?」


 震える声で確認する。大きなライトグリーンの瞳から大粒の涙が零れる。


「何言ってるんだ? 戦うことしか脳のない馬鹿はいらん。お前の力は素晴らしい。恐らく他の誰にも真似できない力だ。それは私が保証する。頼む! 私の力になってくれ!」


 屈託の無い笑顔を浮かべて右手を差し出す。それはラウラがその力を認めた者にしか行わないと決めた行為だ。そして、徹がラウラになって初めての行為でもあった。


「私のような者でよければ…喜んで!」


 メアリは涙を拭うと、差し出された小さな手を固く握り返した。


読んでいただいた方、誠にありがとうございます。

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