ハイエルフさん怒る
後半にグロ表現あります。
苦手な方は飛ばしてください。
ポルカから南に抜ける街道沿いに広がる小麦畑はここが肥沃な大地であることを思わせる。だが、それは街道から見た場合の感想だ。もし上空からその様子を見たのならば、その風景が異常であると誰もが気付かされるだろう。黄金色が広がるのは街道を挟んだ一角のみであり、あとは荒野が広がっているのだから…
麦畑の奥にひっそりと佇む小屋のまわりを武装した集団が取り囲んでいた。その数はおよそ30前後といったところか。各々に剣や槍、斧を所持しており、中には杖を持っている者もいる。彼らは魔法使いだろうか。彼らに共通するのはその防具の革鎧に描かれている紋章だ。おそらくはどこぞの貴族の私兵といったところだろう。そのうちの一人、明らかにリーダーと思われる、華美な装飾を施した鎧を着た男が叫びだした。
「メアリよ、いい加減におとなしくしろ! 貴様に傷をつけては我々が子爵様からお叱りを受けてしまうのでな。しかし貴様ももうポルカには居られまい! 貴様の小麦を買う者はいないんだからな! 素直に子爵様に飼われておくがいい!」
その声を受けて、小屋の扉が軋む音を立てながら開き、緑色の髪をした少女が歩み出る。肩口で切りそろえた髪はかなり痛んでおり、白い素肌も荒れていた。整った顔と大きなライトグリーンの瞳は、はっきりと浮き出た隈のせいでその魅力の欠片も出せていない。グレーのシャツに茶色のオーバーオールという、ごくありふれた農夫スタイルの服装も、所々に継ぎ当てがされており、一言で言うとみすぼらしかった。
「ようやく出てきたな! さっさと来い!」
「イ…イヤ…イヤ…」
リーダーの声に、小さく首を振り、震える体と震える声で拒否する。
「そんなにこの畑が大事か? この小麦は最早雑草以下の価値しか無いんだからな。籾も駄目なら藁にも使えない。そんな噂が流れているんだからな! もう町では貴様のいる場所は無い!」
「マサカ…オマエタチ…ガ?」
「さーて、どうだろうな? 噂など誰が始めたかわからないからな、ククククク」
怒りの表情でリーダーを睨むメアリだが、今のメアリには対抗する術がない。それほどまでに彼女は衰弱していた。
「そうだ、こんな麦畑があるから決断できないんだろう? 我々が後押ししてやろう」
リーダーの目配せに杖を持った男が歩み出る。杖を掲げ、何やら詠唱を始める。その詠唱の内容を聞いたメアリはその表情をさらに怒りで歪める。その男の詠唱は…火属性の広範囲魔法だったからだ。彼らはメアリの畑を焼き払うつもりだ。
その時、メアリは後ろから小麦畑に入ってくる小さな気配を感じた。その大きさからすると大人ではない。迷い込んだ子供だろうか? おそらく人がいると思ってこちらに向かっているんだろう。
「……!」
危険を知らせるために声を上げようとしたが、もう声も出せないくらいに衰弱していたらしい。焦るメアリとは裏腹に、男たちはその気配に気付いても動揺を見せていない。
「あーあ、こんなところで迷子の子供が樹妖精に『殺される』なんてな」
魔法使いの男に詠唱を止める素振りは見られない。連中はただ迷い込んできただけの子供を焼き殺すつもりだ。その罪をメアリに被せて…そうなればメアリは罪人として捕らえられるのだろうか。凶暴な魔物として鎖に繋がれるのだろうか。屈辱的な隷属の首輪を付けられて…。
「おーい、何やってん…」
状況を理解していない陽気な声を切欠に、魔法が放たれた。振り向いたメアリが見たのは、少女が炎に包まれる瞬間だった。魔法の炎は小麦の葉を、茎を、穂を生贄にしてその身体を大きくしていく。
「………!」
その場に崩れ落ち、燃え盛る炎を呆然と見詰めるメアリ。その炎の勢いは人間の子供が助かるレベルではない。この炎が消えればそこには少女の亡骸がある。少女だったかどうかすら判らない程に焼け焦げて。そして自分の自由は、命運はここで終わる…そんなことを考えていた。
メアリの心は折れる寸前だった。炎が消えれば確実に折れてしまうだろう。そんな彼女の心を知ってか知らずか、残酷にも炎は消えた。メアリの心は折れ………なかった。
確かに炎は消えた。しかし燃え尽きたわけでは無かった。
少女の雄叫びと共に、炎が爆散した。
燃え盛る炎の中で、ラウラは考えていた。その身体に火傷の痕はおろか、着衣にも焦げた様子は無い。
「これはどういう状況なんだ?」
いきなり炎に包まれたことは分かっている。多分あの武装集団の中に魔法使いがいたんだろう。使われたのは初級の広範囲火属性魔法だった。
「アイツ、私のことを確認してから撃ったよな…」
人がいるのを確認した上で広範囲の火属性…すなわち、逃げ道を塞いで確実に焼き殺す算段だ。そんなことよりも…
「私の小麦に火をつけるなんて…」
念のために言うが、この時点ではここの小麦はメアリのものだ。まだラウラのものではない。売買交渉すらしていないのだから。
「っざけんな! おらーーーーーー!!」
激情に任せて魔力を開放する。ただそれだけで周囲の炎は爆散し、鎮火する。突然のことに思考が停止して呆然とする男たちを睥睨するラウラ。
「何でこんなところにエルフが…」
誰かの呟きに漸く男たちが再起動する。
「何をする! って貴様エルフか? しかもかなりの上玉ではないか! まだまだ小便臭い小娘のようだが、そのスジには高値で売れるだろう!」
リーダーが隷属の首輪をちらつかせて下卑た笑みを浮かべる。他の男たちもそれぞれ武器を構えて包囲の輪を形成する。それなりの場数は踏んでいるようだ。しかし、そんなことは全く気に留めずに男たちに向けて言葉を投げつける。
「おい、お前ら、私に向けて魔法を撃ったな? しかも殺すつもりで。しかも私の小麦まで台無しにしやがって…」
「…おいおい、その小麦は貴様のものではないだろう…」
そんなリーダーの突っ込みを全く相手にせずに続ける
「もしこの小麦が無いせいで私が飢えたらどう責任をとるつもりだ? ああ、お前らはどこぞの貴族の飼い犬だったな。良いよな、飼い犬は。ご主人様に尻尾振ってりゃ飢えることはないんだからな。
ああ、そうだ。食べ物を無駄にするような犬は躾がなってないからここで私が躾けてやるよ。その身を以ってしっかりと味わってくれよ?」
可憐なエルフの少女は、その美貌には全く似合わない、嗜虐的な笑みを浮かべる。
それが「無法の賢者」ラウラによる蹂躙開始の狼煙になった。
メアリは目の前で繰り広げられる光景を受け入れることができなかった。向こうは子爵秘蔵の精鋭30人、こちらはエルフの少女一人。なのに男たちは圧倒的に劣勢だった。いや、完全に遊ばれていた。メアリはその光景をただ見ているしか無かった。
まず餌食になったのは二人の魔法使いだった。詠唱を始めた二人に瞬時に肉迫し、拳で喉を潰され声を奪った。さらに落ちていた木切れを2つ拾うと徐にその頬に突き立てた。
「無詠唱くらい習得しておけよ。声奪われたら何も出来ないだろ?」
すると、木切れから無数の枝が生まれ、伸びていく……………その顔面に向かって。
「それは木を強制的に成長させただけだ。運が悪ければ多少は刺さるだろうけど」
男が街で見かければ、間違いなく恋に堕ちてしまいそうな微笑を浮かべながら、悪魔の如き言葉を吐く。やがて何かを刺し貫く音とともに、頭蓋から無数の枝を生やした2つの死体が転がる。喉を潰されているので断末魔を上げることすら許されない。
剣で斬りかかった男は、すれ違い様に膝を蹴り砕かれて転げまわって悶絶している。斧使いは振り下ろした斧を易々と片手で受け止められて驚愕している。その隙に土が膝まで覆い、岩のように硬くなって動きを奪う。見れば他の者も同様に動きを封じられている。
「情けないぞ、貴様ら。見ていろ、こんな小娘に舐められおって」
リーダーはなけなしの闘志を掻き集めてエルフの少女に対峙する。悲壮なリーダーの顔とは対照的にエルフの少女は退屈そうな様子だった。しかしすぐに顔を綻ばせた。
「あんまり弱いからつまらないんで、いい方法を思いついた。これに勝てれば見逃してやる」
そう言うと、メアリの傍に移動する。リーダーの前には魔法陣が生まれ、黒い何かが出てきた。それは3メートルはある巨大な蟻だった。
「そいつは暴食蟻だ。森では中の下くらいの強さだけどな」
「ふん、蟻くらい問題ではない! 殺してやる!」
蟻の甲殻を剣が打つ音が数回響く。その直後、剣が蟻の胴体に食い込んだ。
「やったぞ! …何だこれは?」
食い込んだ剣の周囲から、蟻が黒い砂のようになって体に纏わり付いてゆく。そして苦痛による絶叫。リーダーの身体は既に全身が黒い砂のようなものに覆われていた。少女は笑みを浮かべたまま、淡々と語りかける。
「そいつは変わった習性があってな、無数の小さな蟻が集まって大きな蟻の姿で移動したり戦ったりするんだ。魔物に攻撃させておいて、隙をついて纏わりついて喰い殺す。ってもう聞こえてないか」
もう身体中全ての穴から蟻が侵入しているのだろう。リーダーは時折痙攣するだけの黒い人型の何かになっていた。他の男たちは既に戦意を失い、失禁している者や命乞いをする者もいる。エルフの少女はそれをつまらなそうに見ると、まだ半分以上形を残している「巨大蟻」に言った。
「そっちのは全部喰っていいぞ。終わったらすぐに帰れよ」
その言葉を待っていたかのように蟻は黒い絨毯のようになり、男たちに群がっていく。辺りに響く絶叫も、蟻が全身に纏わり付くことですぐに静かになってゆく。やがて全ての男たちの姿が骨すらも完全に無くなると黒い絨毯はメアリの方に進んできた。メアリが身体を強張らせると、少女の声が怒気を孕む。
「そっちのだけだ。終わったら帰れ。それとも私を喰う気か?」
黒い絨毯は一瞬動きを止めると巨大蟻の姿に戻り、再び生まれた魔法陣に戻っていった。後には血の一滴すらも残っていない。少女は辺りを見回して確認すると、メアリに話しかけてきた。
「大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
その問いに、こくこくと頷くことで返す。尤も今はそのくらいしか出来ないが。
続く少女の言葉は彼女にはすぐに理解できなかった。
「残ってる小麦、全部売ってくれ」
そう言って少女は可憐に微笑んだ。
グロすぎたでしょうか…
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。