ぶらりハイエルフさんの旅その2
ブックマーク3000超って…
冗談抜きで、驚きと不安で色々なところが痛いです…
翌朝、差し込む朝陽の暖かさで馬車の乗客が目を覚ます。ラウラもその中にいた。
「よお、よく眠れたかい?」
護衛の男が声を掛けてくる。
「ああ、おかげさまで朝までぐっすり眠れたよ。もしかしてあの香茶か?」
「気付いてくれたか? 嬉しいねえ。あれはうちのカミさんが栽培してる柑橘の皮を干したもんだ。サクって言うんだが、よく眠れるんだよ。でもなかなか人気が出なくてな」
「アンタのカミさんって何してるんだ?」
「モトロで小さな喫茶をやってる。あまり流行ってないけどな。おかげで俺が護衛の仕事をやって何とか食いつないでるって訳だ」
「あの茶の味で流行らない訳ないだろう? あの味が分からない奴は舌なんぞ不要だ! 味覚の無駄遣いだ!」
「でも店が流行ってないのは事実だからなあ。おっと、そろそろ出発しないと昼までにポルカに着かないぞ」
「ああ、わかった。モトロに行ったら茶を飲みに行くよ」
「嬉しいねえ、ありがとよ」
護衛は御者に出発を促し、馬車はポルカに向かって走り出す。
荷台の端に座り、流れる景色を眺めているラウラの目に、黄金色の輝きが見えてきた。
「これは…小麦か? それも実入りがかなりいい。これほどの小麦があれば色々出来るな」
森でも色々育てているが、小麦は出来がイマイチだった。肥料の配合や土壌改良を行っているが、芳しい成果が出ていないので、小麦は自給自足出来ていない。それがラウラには悩みの種だった。
「この土の香り…水分は少なめみたいだけど…かといって痩せている訳でもない。やはり馬車の旅にして良かった。転移や飛行で移動してたら気付かなかったからな」
悪いのは食事だけかな…などと考えていると、ようやくポルカの外壁が見えてくる。カーナの外壁に比べるとかなり規模が小さい。高さも3メートルくらいしかない。それだけこのあたりは魔物が少ないんだろう。でなければあれだけの麦畑が無傷な訳がない。盗賊もほとんどいないのかもしれない。
「ティングレイの辺境は平和そのものだと思うんだけど、他の都市がどうなんだかが解らない。もうちょっと詳しい情報が必要だな」
入場税を払い町に入ると、ラウラは町の雰囲気にやや圧倒された。
所狭しと並んだ露店や屋台。その隙間を人が縫うように行き交い、所々で売買が行われている。売り子の呼び声や客の値切りの声が喧噪と相まって独特の雰囲気を醸し出している。そう、市場だ。まるで一つの生命体のようにすら思えるこの市場こそ、農業交易辺境都市として有名なポルカの市場だ。
「ここでモトロで使う食材類をたくさん買わないとな。モトロの飯が不味いってのがどこまで本当なのかも確認しておきたいし…それにあの小麦だ! あれの生産者にも是非会ってみたい!」
ただの食材の買い付けになってしまっているが、彼女は一切気にしない。それだけあの小麦の重要度が高い。とりあえずすぐ傍の店の店主に話しかける。
「なあ、ちょっといいか?」
「なんだい、お客さん?」
「町の外の小麦は誰が育ててるんだ? あんなみごとな小麦は見たことない! 是非とも生産者とお近づきになりたい!」
そう身振りを交えながら説明するラウラを皆、不思議なものを見るような目で見ている。
「え、ええと、小麦かい? それなら向こうの通りにある赤いテントに行きな。ダグってやつが穀物類の卸だ」
「すまん! 感謝する!」
手短に礼を言うと目的地まで転移する。周辺は驚きに包まれた。いきなりエルフの少女が現れたのだから無理もない。しかしそんなことはお構いなしとばかりに店主に詰め寄る。
「おい! 町の外の小麦は誰が作ってるんだ? 名前を教えてくれ! 紹介してくれ!」
捲し立てるラウラに戸惑いを隠せないながらも健気に応対しようとする店主。
「ま、町の外っていうと、街道沿いですか? それなら多分メアリだと思うんですけど、でももう無理なんじゃないかって思います」
「無理って何だ無理って? やらないうちから無理って言うな!」
「いや、うちでも最近まで仕入れてたんですけど、買い手が付かないんですよ」
「あれが? そんなはずがない! …もしかして不味いのか?」
「いや、そんなことは…っと、これがその小麦です。食ってみてください」
渡されたのは脱穀された小麦が数粒。口に入れて噛み締めると、言葉すら出せなくなった。ほんの数粒でありながら口いっぱいに広がる小麦の風味。大地と太陽の恩恵をそのまま凝縮させたかのような力強くて、それでいて優しい味。これまで食べた小麦と比べることすらおこがましい。もはや別の作物と言われても誰も反論しないだろう。
「これは…想像以上だ…何でこれが売れないんだ…」
「それが…ちょっと…メアリの方に問題がありまして…」
この美味い麦が買い手が付かないなど、何の冗談か。そんな怒りを込めて店主を睨むと、店主が慌てて訳を話し始める。
「実は…メアリってのはこの町の人間じゃあないんですよ…」
「別に他の町の人間だろうと構わないだろう?」
「いや、それがですね…」
店主が口ごもるが、やがて話し出す。
「そのままの意味ですよ。メアリは人間じゃないんです。…彼女は樹妖精なんです」
「成る程ねえ。樹妖精って言えば魔物扱いされることが多いからな。でも、このへんには樹妖精の住めるような森は見当たらなかったぞ」
「そのへんは我々にも分かりません。直接聞いたほうがいいかと。最初は皆、美味いってんで買って行ったんですが、樹妖精が作ったって分かると…」
「魔物の作った物を食えるかってことになったのか…ってちょっと待て! あんた、今まで仕入れた分の小麦はどうした? 売れなかったんだろう?」
「ああ、売れないし、家畜のエサにしようも誰も使ってくれないから…全部穴掘って埋めちまいましたが…ってお客さん? どうしました?」
あれほどの美味い小麦を「埋める」という暴挙に、ラウラは膝から崩れ落ちていた。
何とか自分を取り戻したラウラは、麦畑を横目に街道を歩いていた。どうやらこの畑の奥にある小屋にメアリは住んでいるらしい。
「しかし、いくら魔物が作ったって言っても、埋めることは無いだろう。それに、あの小麦には何の問題も無かった。僅かに魔力が感じられたけど、それも人間には問題ないレベルだし、むしろ魔力量の上昇に期待できると思うんだけど…。そのへんも含めて、是非うちで買い取って研究したい。というよりも、もっと美味いパンが焼けるに違いない」
ちなみに彼女が作ったサンドイッチのパンは自家製で、自分で栽培したライ麦を使ったパンだ。不味くはないが、かつて小麦のパンを当たり前に食べていた身としては、どうにも物足りない。
「兎に角、会って話してみないことにはな…駄目なら栽培の秘訣でも聞き出したい」
先ほどの麦の味を思い出し、思わず涎が垂れそうになるのを何とか堪えつつ、麦畑に入ろうとしたその時、何者かの魔力を感じた。おそらくは火属性の魔法であることはわかったが、威力は大したことはなさそうと思えた。初級の魔法で負傷するなど有り得ないので、そのまま放置して進むと、みすぼらしい小屋の前で緑色の髪をした少女と武装した集団が何やら言い争いをしていた。
「おーい、何やってん…」
ラウラが声をかけようとした瞬間、彼女の視界は炎の色に染め上げられた。
次回、無双…してくれると思います。多分…
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。