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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第2章 ハイエルフさんと召喚者への道
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ぶらりハイエルフさんの旅その1

主人公、好き勝手にやるようです…

シャーリーがバラムンド王国の王都バラムに着いた時、国内は平穏そのものだった。あまりにも平穏だったため、透明化のまま、王城に入り込んでみた。恐らく謁見の間だろうか、一際大きな部屋に入った時、声が聞こえた。


「くそ! ティングレイめ! 勇者召喚とは小癪な!」


(こっちはハズレですか…)


 シャーリーのお仕事はあっさりと終わってしまった。


(さて、この後はどうしましょうか? ラウラ様のところに行くのもアリですが、留守を守る健気な女っていうのもポイント高いですね)


 暫く考え込むシャーリー。やがて何か思いついたらしく、目を輝かせている。


「そうです! できる女は主人の帰りを手料理で待つんです!」


 そう叫ぶと、デュメリリーの森に向けて飛び立った。










 ガニア大陸の東半分を統治しているティングレイ帝国の、港町ディアと辺境都市ポルカを結ぶ乗合馬車の中にラウラの姿があった。お気に入りの濃緑のローブをフードまでかぶって、外を眺めていた。


 しかし、今回は態々馬車を使っているのは何故か? 彼女は転移が使え、飛行魔術も使えるのに。


 屋敷を出たところで彼女は大事なことに気付いた。実はこれまで魔大陸から一歩も外に出たことがなかったという事実に。


「200年も森から出ずに…人間ならニート拗らせて死んでるな」


 確かに知識は十分に叩き込まれたが、大陸外へ出た経験が無いのはどうなのか?と考える。


(シャーリーからハズレの連絡は来てる。光の落下地点から考えると…少なくとも移動に2週間くらいはかかるんじゃないかとのことだが…)


 転移では一瞬、飛行でも1日あれば十分なのだが、それまで帝国で待たなければいけない。


(それだけは絶対に避ける! かといってこのままではシャーリーが帰ってくる。何か嫌な予感もするし)


 シャーリーが纏わりついてくるのも鬱陶しいが、それ以上に彼女の本能が警告を発している。すぐに此処から離れろ…と。

 

 それに、修行中に吟から聞いた話も原因だった。


「帝国の首都のメシは美味くない」


 吟にとっては笑い話のようだったが、ラウラにとっては死活問題だ。


ラウラは特に食に拘りを持っている。まわりから見れば異常ともとれる行動を取ったりする。彼女の屋敷の一室は、次元魔法で時間を停めた亜空間を定着させた食品庫なのだが、ここはラウラ以外が立ち入ることを厳禁している。ここまでするくらい、彼女の食に対する情熱はすごいのだ。


 ちなみに部屋に亜空間を定着させるとなると、高位な魔法使いでもせいぜい数人くらいしか使い手がいない。魔法に詳しい人間から見れば気が遠くなるような魔力の無駄遣いだとわかるだろう。それほどに食に拘っている。


「何で態々不味い飯を食わなきゃならん? 不味く作るなんて食材への冒涜だろうが!」


 その怒りが、彼女の帝国滞在を短くさせる原動力だった。だからこそ馬車旅を考えた。シャーリーの調査により、ディアからの乗合馬車のことは聞いていたので、すぐさま飛行でディアへ飛んだ。


「ディアが屋敷の北の方角で助かった。真っ直ぐ北上すればいいんだからな」


 多少迷いながらもディアに着いたラウラは、期待に小さな胸を膨らませて、乗合馬車に乗り込んだ。

乗合馬車がどういうものかも勿論、事前情報はばっちりだった。道中の風景を眺めながらののんびり旅に自作の弁当、そして乗合馬車特有のサービス。彼女は満面の笑みで言う。


「これで私も旅人だな!」


 その基準がよく判らないが…








 馬車に揺られていると、胃袋が自己主張をし始めた。肩にかけた鞄から手製のサンドイッチと香茶の入った水筒を取り出し、腹ごしらえの準備を完了する。ちなみにこの鞄も亜空間が定着されている。もちろん固有魔力認証なので、ラウラと許可された数名しか使えない。しかも帰還魔法を付与しているため、持ち主の許可無く一定距離離れると自動で戻ってくる優れものだ。勿論自作品だ。


「うん、なかなか美味そうにできた」


 今日のメニューはツナモドキサンドにタマゴサンド。勿論デュメリリーの森産100%の逸品だ。森の食材は非常に美味なものが多い。ただし採取には命の危険がつきまとう。


 ふと気付くと、隣で5~6歳の女の子が物欲しそうにラウラを、いや、サンドイッチを眺めている。

通常、乗り合い馬車は食事付きだが、基本は1日2食だ。だがこの馬車は夕食・朝食共に、ほとんど具の無い塩スープと硬い黒パン1個という、ラウラから見れば有り得ないほどの粗末な食事だ。とりあえず昨晩と今朝は何とかそれで我慢したが、もう限界が来てしまった。


 不味すぎて。


 乗合馬車は護衛が狩った魔物を料理して出すらしいが、この馬車は何故かそれが無い。スープと黒パンは非常食としての備蓄のはずだ。

 明日にはポルカに着くので、今夜はバッファローでも仕留めて食べるか…なんて考えていると、その女の子から空腹を主張する音が聞こえた。


(そういえばこの子は昨日も今朝もほとんど食べてなかったな)


 まあ無理もないだろう。あんな栄養の偏った不味い食事をこんな子供が喜んで食べる訳がない。余程飢えてるなら別だが、この子の身なりからするとそんなに極貧というわけでも無さそうだ。


「ほら、食べな」


 タマゴサンドを女の子に渡す。女の子は目をぱちくりさせている。まさか貰えるとは思わなかったのだろう。いきなり食べようとする女の子からサンドイッチを取り上げる。


「お前、名前は?」

「…サラ…です」

「なあサラ、何か貰って嬉しかったら何て言うんだ?」

「! ありがとう…」

「そうだ。よく出来たな、食べていいぞ。でも少しずつだぞ」

「お姉ちゃんのお名前は?」

「…ラウラだ」

「ありがとう! ラウラお姉ちゃん!」


 満面の笑みでお礼を言ってくるサラ。その笑顔に、不味い食事で荒んだ心が癒される。


「美味しい!」


 思わず声をあげるサラに気付いた両親が礼を言ってくる。


「すみません、食べ物をいただいてしまって…」

「…馬車の食事は子供向けじゃない。せめて子供の分くらいは用意しておくべきだろう?」

「…ええ、本当はそうするべきなんですけど…ちょっと時間が…」

 

 伏し目がちに言葉を濁す母親。父親は何かを警戒しているようだ。


「まあいい、私もいい加減にここの食事に辟易していたところだ。私の作ったものを少し分けるからその子に食べさせるといい。こんな劣悪な環境だとすぐに病気になるぞ」

「はい、ありがとうございます」


 母親の礼に軽く頷くと、荷台に寝転がる。


(いい暇つぶしができそうだな)


 趣味と実益を兼ねた暇つぶしが出来そうだ…と、思わず笑みが零れる。








「なんだ、嬢ちゃんエルフか、珍しいな」


 いきなり声を掛けられて飛び起きる。どうやら寝転んだ拍子にフードが外れて耳が見えたのだろう。

声をかけてきたのは30代後半くらいの護衛の男だった。小奇麗にしているが、その装備は使い込まれたものだった。


「帝国の首都に用事があってな」

「おいおい、今帝国じゃ勇者様歓迎の準備で大忙しだろう。もしかして勇者様見物か?」

「まあ、そんなところだ」

「エルフにまで話が届くなんて、流石は勇者様だな」

「それはそうと、何でこの馬車ではサービスの魔物料理が出ないんだ? 私はそれを楽しみに乗ったのに!」

「おいおい、俺たちを殺す気か? 態々魔物探す馬鹿はいねえよ。あれは襲ってきた魔物を返り討ちにしたときだけ出来る贅沢なんだよ」

「なん…だと…」


 ショックを受けるラウラを値踏みするような目で眺めると、護衛の男は御者台に戻っていった。






 馬車は順調に進み、日も沈んできたので野営になった。付近には小川があり、飲み水には苦労しないだろう。ここでの野営に反対する者はいなかった。ラウラは無言だったが、それを肯定と取ったようだ。


 夕暮れの中、御者と護衛が夕食の支度をしているのを横目に、ラウラは小川に入っていく。勿論食材確保のためだ。同乗者がいるので、あまり大きな獲物を狩るわけにはいかないという配慮だった。普段のラウラからするとありえないことだ。シャーリーが聞いたら卒倒しかねないほどの衝撃事実だ。


 小川の中ほどに子牛くらいの岩があった。ラウラは持ち上げるのに手頃な石を探すが、どうも丁度いいのが見当たらない。仕方ないとばかりに一息吐くと、岩に手を置く。

 次の瞬間、ラウラが小さく鋭く息を吐くと、岩を中心に川面に不自然な波が出来た。すると岩のまわりに数匹の魚が浮かぶ。それを拾って鰓に紐を通して腰にぶら下げ、次の獲物を狙う。

 岸辺の岩場に出来た岩の隙間に無造作に手を突っ込むと、その手には細長い何かが握られていた。丸々と太った良型の鰻だ。その脂の乗りに目を細めると、ラウラは満足げに野営地に戻っていった。


 御者たちの料理?を乗客が食べ終えた頃、ラウラが調理を始めた。大きめの蕗の葉を何枚か取り、そこに捌いた魚を乗せて香草をまぶし、香辛料を軽く振ってから葉で包んで焚き火の中に放り込む。鰻は背開きにしてから、分けてもらっていた湯を皮にかけて臭みを取ると、細切りにして小鍋に入れた。

木の実油で軽く炒めて調味料で味付けする。さきほどの魚もいい感じに仕上がっていた。

 ちなみに今使っていた調理道具は腰につけたポーチに常時入れているものだ。当然亜空間を付与している。

 出来上がった魚を先ほどの家族の下へと持っていく。子供の分も含めて3つだ。


「魚が獲れすぎたから、あんた達も食べてくれ」

「ありがとう、感謝する」

「ありがとうございます」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 礼を言う家族を離れて、焚き火の傍で出来上がった料理を食べ始める。


「うーん、もうちょっとスパイス効かせたほうがいいかな? 鰻は…これはこれで有りだけど、やっぱり蒲焼が恋しくなるな」

「嬢ちゃん、美味そうなモン食ってんな」


 いきなり声をかけてくる護衛の男。その手にはカップが握られている。


「ほれ、これはサービスだ。乗客全員に配ってる」


 そう言ってカップを差し出す。香茶のようだが、独特の香りがする。


「…魚はやらんぞ、私が獲ったんだからな」

「いいじゃねえかよ、ケチだな。ところでアンタの持ってるそのポーチ、もしかしてマジックポーチじゃねえのか? よくそんなもん持ってたな。帝国の貴族が馬鹿みてえな金額でも欲しいって探してる品物だぜ」

「これは昔、旅の魔法使いを世話した時に礼としてもらったんだよ」

「なるほどね…エルフの嬢ちゃんにマジックポーチ…いいもん見せてもらったよ」


 馬車のほうに戻っていく護衛の男。ラウラは茶を一口啜り、調理道具を小川に洗いに行く。


「今夜はよく眠れるといいな…」


 護衛の男の声を聞き流しつつ、月夜の空を眺める。月が妖しく辺りを照らしていた。

まさかニートをこじらせるとこうなるんでしょうか…


読んでいただいた方、誠にありがとうございます。

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