エピローグ
最終話です。
同時更新2本目です。
ご注意ください。
吟兄へ
報告したいことがたくさんありすぎて困るが、どうしたらいいかわからないからここに記しておくことにする。とにかく、どうしても報告したいことがあるんだ。
まずは、色々あったけど全部終わった。
裏切られたり騙されたりしたけど、最終的には何とかなったよ。結局は最初に勇者桐原を召喚させた『神』が諸悪の根源だったみたいだ。そいつも桐原に食われて消えちゃったから、誰を追及すればいいのかはわからなかったけど、もう勝手に召喚なんぞさせない。
だって今は俺が召喚関連の管理をしているからな。
もう吟兄と別れてから百年以上経ったよ。つい先日、こちらに召喚された人間のうち最後の一人がこの世を去った。日本への転生を望んだのは半分くらいかな。こっちで結婚して家族ができた連中はこっちでの転生を望んだよ。
佐々木と桐原に食われた連中についての転生は無理だった。魂自体が変質してたし、天使の力を取り込んだ時点で死んだら消滅する運命だったのかもな。
世界情勢はあまり変わってない。ただ、帝国の皇帝が女になったくらいか。佐々木に誑し込まれたあの王女様、あまりにも面倒なんで、反乱の首謀者の参田とセットで送り返したら政治に目覚めたらしい。しかも、地下牢で一緒だった参田とくっついたっていうから凄いよ。その皇帝には女児しか生まれなくて、今は三代目の女帝だ。以前みたいな軍国主義から離れてきてるのはいいことだと思う。
相変わらず屑貴族が煩いけど、それは折を見て暴れさせてもらってる。
今、召喚者で残ってるのは俺を含めて4人だ。俺と楓、そして吟兄と一緒に召喚された女……元カノだったっけ?そいつを取り込んだ一之瀬って女子生徒と、ユウコさんだ。
楓はユーリエと融合して、尚且つ俺と血の契約を結んだし、一之瀬は天使の力でほぼ寿命がない。そしてユウコさんなんだけど、吟兄は覚えてるか?蒼い古代竜。あいつがユウコさんに一目惚れして、プロポーズしたんだよ。種族が全然違うからどうしたもんかと思ったんだけど、まさかあんな抜け道があるとは思わなかった。
古代竜には他種族とも繁殖できる能力があって、『夫婦の契り』というものを交わすと、人間から竜人へと変わって相手と同等の寿命になるらしい。しかも竜化まで出来るそうで、つい先日、竜の姿で遊びに来てくれた。黒水晶みたいな綺麗な竜だった。もうすぐ産卵らしいよ。
それから、俺と楓は正式に結婚した。俺は地球での心残りは無いからいいけど、楓にはまだ心残りがある。これからそれを解決しにいく予定だ。
色々とあったけど、今はこっちで気儘に生きてるよ。もうすぐ大事な用事があるから今はここまでだけど、もし時間ができたらまたここに書くとするよ。
それじゃ、またな。
徹
「ふう」
ラウラは本を閉じて、机の引き出しにペンを仕舞った。それを見計らったかのように、楓が私室に入ってくる。
「こっちは準備できたよ」
「ああ、今行くよ。部屋の準備は出来たのか?」
「うん、ココアちゃんが手伝ってくれたから」
楓の後ろからメイド服を着たラミアが顔を出す。
「ココはどうしてる?」
「相変わらず駄目な冒険者に貢いでます。たぶん来年あたりまた妹が産まれるでしょう」
「それは種族特性だから大目に見てやれ」
どうやらこのラミアはかつて屋敷でメイドをしていたラミアの娘らしかった。
「これから二人でちょっとの間外出する。戻ってきた時には客人が増えるかもしれないが、慣れるまで世話を頼んでいいか?」
「はい!お任せください!」
深々と一礼をして去っていくラミアを見送ると、楓と共に裏庭に出る。そこには発動寸前の魔法陣が光を放っていた。
「本当にいいのか?向こうは望まないかもしれないぞ?」
「それなら諦めるよ。でも、絶対に大丈夫だと思うよ」
「その自信はどこから来るんだ?」
「切り札はラウラちゃんだから。大丈夫、どっしり構えてて」
楓はラウラを魔法陣へと促す。二人が魔法陣に入ると、光はより一層強くなる。
「それじゃ行くよ、しっかりつかまってて」
「ああ、やってくれ」
次の瞬間、眩い光が周辺を埋め尽くす。やがて光が収まると、魔法陣の上には誰もいなかった。
都内某所、住宅街の一角にて。
初老に差し掛かる様相を見せる男女がそこにいた。
テーブルには多数の酒瓶が転がっており、男性はその酒を浴びるように飲み続けている。女性は傍らに置かれた写真を愛おしそうに眺めている。
「あなた、もう明日にはここを出なければいけないのよ?今日くらいは飲むのを止めて」
「馬鹿言うな。楓も徹君も遺体が無い以上、どこかで必ず生きてるはずだ!なのに捜索打ち切りだと?酒でも飲まずにはいられないだろ!」
初老の男女は楓の両親だった。
高校の化学実験室での爆発事故。しかし遺体は全く見当たらない。そんな不可解な事件に巻き込まれた愛娘とその幼馴染。彼等は警察の捜索が打ち切られても、独自に探し続けた。
貯金を切り崩し、それが尽きるとマイホームを担保にして借金してまで探し続けた。だが、手がかりすら見つからなかった。
「ねぇあなた、私最近思うの。もう楓も徹君も死んでいて、遺体も残らないくらいに粉々になっちゃったんじゃないかって。だってここまで何もないなんておかしいじゃない」
「おまえ……」
彼女は疲れたような口調で話しながら、ポケットから小さな紙包みを取り出してテーブルに置いた。それも二つ。
「だからね、これを飲んで二人のところに行こうと思うの。これはそのための薬」
「お前……何を言ってるんだ?」
「だって遺体すら無いのよ?あの子たちの欠片も残ってないのよ?なのに……生きてるなんて考えることもできないのよ……お願い、もう楽にさせて……」
嗚咽によって消え入った母親の声。後はすすり泣く声だけが響く。父親は目を閉じて深く考える。そして数分後、目を見開くと妻へと優しく語り掛ける。
「わかった。だがお前だけじゃ逝かせない。会いにいくのも俺たち二人で、だ」
「あなた……」
二人はお互い見つめ合い、そして頷く。テーブルの包みから出てきたのは白い小さなカプセル。こんな小さなカプセルでも致死量に至るであろうソレからは、形容しがたい異様な雰囲気が放たれる。
だが、そんなものは決意を固めた夫婦には些細なものでしかない。覚悟を決めてソレを飲み込もうとした時、不意に玄関のチャイムが鳴った。時刻はもう夜半を回り深夜と言っても差し支えない頃だ。こんな時間に来客などあるだろうか?
「はい、どちら様でしょうか?」
「――――――」
玄関の扉越しに聞こえたその声に応対した母親は思わず膝から崩れ落ちてしまった。その音を聞いた父親が慌てて奥から飛び出してくる。
「――――――」
そして再度聞こえたその声に父親は即座に対応できなかった。様々な疑問が頭の中を駆け巡る。もしかしたら性質の悪い悪戯かもしれない。でも、ほんの一時でもあの頃を思い出させてくれるのなら悪戯でもいい。そんな思いで何とか扉をあけた。
「ただいま、パパ、ママ」
愛しい娘が、昔と全く変わらぬ笑顔で立っていた。そして、彼女が慕い続けた幼馴染も一緒に。
ほぼ一時間ほどの間、夫婦は号泣し続けた。それもそうだろう、今まで行方不明で、周囲からは死んだとされ、さらには自分達も死んだとして受け入れようとしていたのだから。
楓がひたすら慰めることで時折落ち着きを見せようとしたが、また思い出しては号泣するというループを繰り返していた。それがようやく収まり、楓と徹は二人と向き合った。
「なかなか帰ってこれなくてごめんなさい。ちょっと事情があって」
「いや、いい。無事に帰ってきてくれただけで……」
「他のお友達は?もし一緒なら親御さんに教えてあげないと」
「あのね、帰ってこれたのは私達だけなの」
楓が辛そうに口を開く。他の二人の家族については確認してあった。前島は元々両親と死別しており、親族を厄介者としてたらいまわしされていたために名残りはなく、一之瀬もまた母子家庭で育ち、母親が男を作って蒸発するという経緯があったので特にいないとのことだった。
「他のみんなは……もう死んでるの。私達だけ、特別なの」
「どういうことなの、楓?」
「これから全てをお話します。驚かないでください」
「徹君……」
楓と徹の身体が光に包まれる。眩い光が消えると、そこには姿の違う二人の少女がいた。白髪に赤い瞳、蝙蝠のような翼を持った楓にそっくりな少女。そして、金髪にグリーンの瞳、白い肌、そして上に長く伸びた耳。御伽話に出てくるエルフそっくりの少女。
「パパ、ママ、これが今の私達の姿なの。他の友達は皆寿命だったり事故だったりで亡くなったの」
「これから話すのは全て本当のことです。いいですね」
徹は再度念押しして、これまでのことを話し始めた。召喚されて異世界へと行ったこと。担任の暴走で半数近くが死んだこと、楓が悪魔族になったこと、そして自分がエルフになった経緯、そして自分達が異世界で既に百年以上生きていることを。
「私と徹君、いえ、ラウラちゃんは契約を結んでいるから、私の寿命はラウラちゃんの寿命と同じなの。ラウラちゃんは特別で、もしかしたら死なないかもしれないくらいに長生きなんだって」
混乱している二人は楓の説明も耳に入っていないようだった。だが、父親はいくぶんか理解したらしく、ラウラと楓に問う。
「君達は本当に……楓と徹君なんだな?」
「「はい」」
「で、今になって戻ってきたのには理由があるんじゃないのか?」
父親の問いに楓が頷く。母親が何事かと身を乗り出す。
「パパ、ママ、私達と一緒に行こう」
二人の目が驚きで丸くなった。
「今を逃すと後数百年は世界の壁を越えられないの。本当はいけないんだけど、ラウラちゃんが色々頑張ってくれたから……」
「それに、理由は他にもあるんです。どうしてもお二人の力を借りたくて」
「私達の力を?」
「うん、ママは昔看護師だったんだよね?それも産婦人科の」
「ええ、そうよ。でもそれがどうして?」
「僕と楓は向こうで結婚したんです。それで……」
ラウラがローブを脱ぐ。そこには腹部がぽっこり膨らんだ少女の身体があった。楓は顔を赤らめながら、ラウラのお腹の子供の父親の正体を白状する。
「あのね、ラウラちゃんを妊娠させたの……私なんだ」
衝撃の事実を聞き、夫婦は声も出なかった。だが、話はそれからすぐに決着がついた。
その夜、住宅地の上空へと消えていく光を多数の住民が目撃していた。未確認飛行物体かと一時世間を賑わせたが、すぐに皆の興味は他の事に移ってしまった。
また、それと時を同じくして、一組の夫婦が失踪した。夫婦はとある事故で亡くなった娘のことを忘れることができなかったようで、リビングに残された『娘のところに行きます。探さないでください』との書置きがあったため、自殺を疑われた。しかしその後の消息が全くわからず、数年後にはその捜索も打ち切られてしまった。
「ほら、じぃじとばぁばにごあいさつは?」
「じぃじ、ばぁば、おはよ」
「きちんと挨拶できたな。義父さんと義母さんも喜んでるだろうな」
屋敷の裏手、色鮮やかな花々が咲き乱れる庭園の一角に建てられた二つの石碑。その前に小さな花束を捧げた子供は嬉しそうに朝の挨拶をする。
「だって酷かったじゃない、もうでれでれでさ。ラウラちゃんが初産だから助けてもらったのは感謝してるけど」
「そう言うなって。子育てでもずいぶん手伝って貰っただろう?」
「それはそうだけど……」
ここに眠るのは楓の両親だ。アンデッド化しないように火葬して遺骨をここに埋葬したのだ。ラウラ達の拠点であるこの屋敷であれば、墓荒しをしようなどという不埒な輩も出ないだろうということで、この場に決めたのだった。
「でも、パパもママも、笑顔で逝けたのはラウラちゃんが迎えに行こうって言ってくれたからだよ。本当にありがとう」
「何言ってるんだ?最愛の旦那様のためならこの程度何ともない」
ラウラは自分の立場を利用して、楓の両親を連れてきたのだ。楓が残してきた両親のことをずっと考えて悩んでいたことを知ったラウラが、半ば強引に押し切った。
神としての『管理者』の仕事を押し付けているシャーリーからはかなり苦情がきたが、これまでの功績から考えればまだまだ足りないのは明らかなのですぐに黙った。
ラウラとしては愛しい楓の喜ぶ顔を見るためなら、シャーリーからの苦情などどうってことはない。
それに、愛する楓と愛する子供、そして両親。ラウラが、そして徹が望んでも手に入らなかった家族の団欒をくれたのだ。感謝することはあってもされるべきではないとまで考えていた。
「ラウラちゃん……」
「楓……」
見つめ合う二人を、無邪気な子供の声が現実に戻す。
「かえでまま、らうらまま、おなかすいた」
「あらあら大変」
「屋敷に入って朝食にしよう」
二人にそれぞれ手を繋がれ、満面の笑みを見せる子供。金糸のような金髪にルビーのような瞳、そして背中にはまだ小さな翼。その顔はまだ幼いが、どことなく二人の良く知る人物を彷彿とさせた。
「らうらまま、あさごはんなーに?」
「卵サンドとフルーツゼリーだぞ」
「やったー!」
「本当にラウラちゃんは甘いんだから」
そんなことを言いながら、楓が食卓につく。愚痴を言いながらもその顔は嬉しそうだ。
「かえでまま、わたしかえでままみたいなまほーつかいになりたい」
「ん?私みたいにはなりたくないのか?」
「らうらままみたいにおりょうりじょうずになりたい」
「料理かよ……」
予想の斜め上の答えに少々気落ちしながらも、我が子の頭を撫でながら微笑みかける。
「大丈夫、だってラウラちゃんと私の子だから」
「そうだぞ、お前の名前は魔法を極めた魔王の名前を貰ったんだからな」
「ほんと?やったー!」
無邪気に喜ぶ我が子を見ながら、二人は幸せを噛み締める。
「だから頑張るんだぞ、ユーリエ」
「うん!」
我が子のはちきれんばかりの笑顔を見ながら、ラウラは思いを馳せる。
『私達に幸せの芽を残してくれてありがとう』
その思いに応えるかのように、『森』を爽やかな風が吹き抜けていった。
これにてハイエルフさんは完結となります。
考えてみれば、色々書いてきましたが、完結はこれが初めてかもしれません。
終りまではちょっと駆け足のような感じもしましたが、何とか完結できました。
ただ、色々と書きたいことはあるんです。
ラウラと楓の新婚旅行だったり、一之瀬さんのその後とか、前島の結婚式とか、『シチュー』と『カレー』のその後とか色々と。あと、ラウラの娘のユーリエの成長した姿も考えていたり……
実はユーリエが転生してました!とか考えてみたり……
ただ、あまりシリアスにはしない予定です。あくまでも予定ですが。
他にも書きたいものは色々あるので、あまり期待しないで待っていてくれれば幸いですね。もしかしたら外伝的な短編にするかも……。
これまで長い間ハイエルフさんにお付き合いいただいてありがとうございます。ラウラともども、大変感謝しております。
皆様の叱咤激励が作品を作る原動力となりました。これまでいただいた皆さんの力を他の作品でも生かしていきたいと思います。
本当にありがとうございました。