罷り通る者
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「もっといちゃいちゃしたかったのに……」
「そんなに膨れっ面してると頬が伸びるぞ。それに、これからは気兼ねなく過ごせるんだからいいだろ」
「……そうだね、今日はいいとして、明日は朝から……」
朝から何があるんだ?と聞き返しそうになったが、おそらくそれは自爆するだろうという自制心が働いたラウラは何も言わなかった。何か言おうにも、今のこの体勢では何の説得力もなさそうだったからだ。
今の二人は空を飛んでいる。だがその速度は決して速いものではない。今のラウラは楓に抱きかかえられた格好で空を飛んでいた。所謂『お姫様抱っこ』の形だ。
当初は転移を使おうとしたのだが、楓がどうしても拒むので飛んで帰ることになったのだが、そこでも楓がぐずったのだ。
楓曰く『ラウラちゃん成分を補給しないと死んじゃう』とのことだが、絆を通して力の供給が出来るのでそんなことは有り得ない。だが、惚れた弱みとも言うのだろうか、そのよくわからない我儘を可愛いものと感じたラウラは、楓の好きなようにさせることにした。
(どこぞのバカップルみたいだな……)
そんなことを考えていたラウラだが、みたい、ではなくどう見ても本物のバカップルにしか見えないということを理解していなかった。それもそのはずで、楓以外の女性と密に接したこともなく、この世界では女性になってしまったので、恋愛の機微などに造詣など深いはずもない。
「もうそろそろ着くよ」
「ああ、ありがとう」
屋敷の裏庭に降り立つと、屋敷の中には人の気配がない。裏口はラウラが飛び出した時のままになっており、そこから容易に室内に入ることができた。
「何が起こるかわからない。気をつけろよ」
「わかったよ」
ラウラはいつもの濃緑のローブに無手、楓はユーリエ譲りの黒のローブに黒革のホットパンツにビスチェという、露出度の高いスタイルだ。
「こう見ると、ユーリエさんてかなり過激な格好してたんだね」
「そりゃ魔王だしな、大人しい衣装じゃ威厳が無いと考えたんだろう」
ユーリエから受け継いだ魔法の鞄から杖を取り出して構えると、ラウラの後を進む。しかし、その警戒むなしく、屋敷の中には誰もいなかった。二人はそのままラウラの書斎に入るとソファに座って一息ついた。
「お屋敷の中には誰もいないね」
「ああ、屋敷の中にはな」
二人は降り立った時から気付いていた。気配は屋敷の外、つまり『森』の中にあったことを。それも一つだけではない、無数の気配が屋敷を囲むように、だが微動だにせずに存在していたのだ。
「……どうやら生徒っぽいのもいるな。死んでなかっただけか?」
「わかんない、すっごく弱い気配だから……」
二人はどうしたものかと思案する。もしかしたら何らかの罠かもしれないという考えが頭から離れない。操られていたとはいえ、あれほど敵意を剥きだしにされたのだ。警戒するのも当然だろう。
すると、たくさんの気配のうち、大きいものと小さいものが二人に向かって近づいてきた。ラウラは楓を庇うように立つと、向かってくる気配に対して威圧を放つ。その顔にうっすらと赤い紋様が浮かび出す。近づく気配はゆっくりとだが、確実に二人に近づいていた。
『ま、待ってくれ……こちらに敵意は……無い……』
「…………」
やがて二人の前に現れたのは、一組の男女だ。一人は青い髪の美丈夫で、全身を青が基調の質素だがしつらえの良い服装をしていた。もう一人は……前島だった。共に顔面蒼白で、青髪の男は大量の汗を流しており、前島は今にも失神しそうな状態だった。ラウラは青髪の男をつまらなそうに一瞥すると、徐に口を開く。
「……私の前に現れるということがどういうことか、理解できてるんだろうな、蒼玉竜?」
『ああ、わかっている。だから……その威圧を止めてくれ……ユウコが……』
気付けば前島が失神しており、楓が慌てて介抱していた。威圧を止めると周囲からわらわらと魔物達が出てきたのだが、皆ぶるぶると震えている。何故か生徒達を背負って出てくる魔物もいたのだが、どうやら威圧を受けて失神した者を連れてきていたようだ。
「ああ、いたのか。てっきり正気に戻った時にエサになったのかと思ったぞ」
『そんな恐ろしいことを誰がするものか。そのくらいの分別はわきまえている』
一斉に頷く魔物達。一体どこでそんな芸当を身に付けたのかを問い詰めたい気持ちになったラウラだったが、とりあえず詳しい話を聞くために中庭に集合させることにした。
ぞろぞろと列を作って中庭に移動する魔物達の姿を見て、ラウラは呟く。
「なんだこれ」
「みんな操られているときのことは覚えてるから、何を言われるか怖くて仕方ないんだと思うよ」
そういうことか、と納得したラウラ。見れば楓は前島を背負っていた。
「お姉ちゃんも色々あったから疲れてたんだよ。追い詰められていたから」
「ああ、佐々木と刺し違えそうな勢いだったからな。それを考えると精神攻撃への耐久力が無かったから仕方ない」
「あと、さっきのは何だったの?顔に紋様が出てたけど」
「どうやらあれは『魔神化』というらしい。より強い力を使おうとするとなるみたいだ」
「じゃあラウラちゃんは『魔神』になっちゃうの?」
「そのへんはよくわからないが、そうなる可能性はあるってことだ。まぁ楓がいる限りは暴走なんてしないさ」
魔物達の後をついていく二人。ぴりぴりとした緊張感に包まれる中、二人だけは別空間を作り上げていた。
「……で、どうしてこうなった?」
暗い表情で呟くラウラ。
中庭に来たラウラは、土の精霊魔法で椅子を作ったのだが、元々が背の小さいラウラでは見渡すことができないので、半ば強引に玉座のようなやけに高い椅子になってしまった。だが、それだけならまだ許容範囲だ。
今のラウラは玉座に座っている。厳密に言えば、玉座に座る楓の膝の上に座らせられている。そして……
「どうして楓の膝の上にお姉さまがいるの?私なら椅子そのものになります!」
「ラウラちゃんは私の膝と胸がお気に入りなの!恵ちゃんは遠慮して!」
どこからか現れた一之瀬と楓が争っていた。困惑するラウラのことなど意に介さず争う姿を、皆が困ったように見ていたが、状況をよく考えていない生徒の一人が迂闊にも声を荒げてしまった。
「そんなとこで痴話喧嘩してんじゃねぇ!それよりもいつまでこんな格好してなきゃいけないんだよ!」
現在、玉座の前にはたくさんの魔物、そして生徒達がいる。魔物達は皆平伏し、生徒達は土下座状態だ。確かにその状態で放置されれば苛々するだろうが、その相手がまずかった。
「はぁ?お姉さまに楯突いたゴミクズのくせに何言ってんの?」
「ラウラちゃんの言う事が聞けないの?」
方やラウラを梃子摺らせたほどの力の持ち主でもある一之瀬に、今はラウラから無尽蔵に近い魔力を供給されている楓。その二人が放つ威圧は相当のものだ。魔物達が平伏しているのは、本能的に勝ち目がないと理解しているからだ。
二人がかりの威圧で簡単に失神した生徒を放置して、ラウラは皆を睥睨する。女性の膝に座る少女という見た目が場の空気を和ませようとするが、それが見た目通りではないことを知っている者達はこれから起こることを想像して身を強張らせた。
「私に敵対するということがどれほどのことか、知らない奴がいたら前に出ろ。この場でその身に教えてやる」
ラウラのよく通る美しい声が中庭を突き抜ける。流石にこの場でそれに反抗する者はいない。この魔大陸、それも『デュメリリーの森』において、ラウラ=デュメリリーに敵対するという行為がどれほど愚かな行為かはしっかりと理解している。
「流石にそんな馬鹿はいないようだ。……だが、私の命を狙う者がいたことは確かだ。私を偽者と決め付け、尚且つ討とうとした。なに、責めてるわけではない。むしろそう思う者がいるのならチャンスをやろうと思ってる。この場で私の首を獲りにくるがいい」
誰もがその言葉に驚愕した。ラウラの性格から考えても、今この場で殺戮という名の粛清があっても違和感が無かっただろう。だが、それを許すばかりか、今この場で襲い掛かっても良いという。それに逸早く反応したのはルビーだ。
『それって、今ここにいる皆でかかってもいいってこと?』
「ああ、手段は問わない。どんな卑劣な手段でも良いぞ」
それを聞いて魔物達が色めき立つ。ここにいる皆で一斉にかかれば何とかなるかもしれないという淡い期待が生じたせいだろう。徐々に魔物達の殺気が膨れ上がっていく。
『やめろお前達!そんなことをすれば……』
『そんなものここで殺してしまえばいいだけのことでしょ?今まで私達を舐めてくれたことを思い知らせてやるのよ!』
咄嗟に前に立ち遮ろうとするサファイア。だが、ルビーを始めとした数体の上位魔物はもう止まらない。徐々に玉座に、いや楓の膝に座るラウラとの距離を詰めていた。
「かまわないぞ、サファイア。お前も来るか?」
『いや……私は……』
口ごもるサファイアを下げさせると、ラウラはルビー達を睥睨しながら『魔神化』する。顔に浮き出た紋様により爆発的に増幅された魔力を威圧として叩きつける。
『ひいぃぃぃぃぃ!』
『ぐぎゃ!』
『ぷぎぃ!』
ありえないほどのプレッシャーを受けてその場に蹲ってしまう魔物達。ラウラは威圧を放ちながらも楓の膝の上から動いてすらいない。
ラウラは楓の膝から降りると、ゆっくりとした足取りでルビーに近づく。ルビーは逃げたいのだが、先ほどの威圧で腰が抜けてしまい動くことができない。
笑みを絶やさずに歩み寄るラウラの姿に、その場の皆は『死』そのものを重ね見た。
「さて、あれほどの啖呵を切ったんだ、どうなるか覚悟は出来てるんだろ?」
『あ、あああ、ああああああ』
がくがくと震えているルビー。すでに他の魔物達は失神しているようだ。ラウラはルビーに笑みを浮かべたままのその顔を近づける。
「どうした?こんなに近くにいるんだ、攻撃すれば当たるだろ?」
『あ、ああ、いや……こないで……』
子供のように首を振るくらいしか抵抗できなくなっているルビーは、やがて泡を吹いて失神してしまった。ラウラはそれを確認すると再び玉座に座る。流石に今度は楓をどかせている。ここで再び楓の膝に座ったらその場の空気をぶち壊すということは理解できたようだ。
「今回は厄介な相手だったから仕方ない。それにそいつも私が仕留めた。だが二度目は無いと思えよ?」
それだけ言うと威圧を止める。皆がほっとして崩れ落ちる中、最前列で身体を強張らせ続けている者がいた。ラウラはそれを見つけて傍に寄った。
「どうした?シャーリー?」
「私は……許されないことをしました。だから……この場で……私を消滅させてください」
決意を込めた目で自らの終焉を望むシャーリー。ラウラの表情は変わらない。
「どうしても罰が欲しいのか?」
「はい、私は自分を許すことができません。何卒罰してください!」
縋るような目でラウラに懇願するシャーリー。彼女にとって主であるラウラを一時とはいえ操られて害そうとしたことが許せないのだろう。
ラウラは少し考えるような素振りを見せた後、シャーリーに向かって言い放った。
「シャーリー、お前神様になれ」
「は?」
その場にいた誰もが言葉の意味を測り知ることができなかった。
「ふーん、そういうことがあったんだ」
「ああ、だが私はそんなことよりもこの世界を楽しみたいんだ。まだ知らないことがたくさんあるはずだ」
皆が元通りになるまでしばらくかかったが、ラウラと楓はラウラの自室で寛いでいた。二人で自室に入るところを一之瀬に見られてひたすら羨ましがられたが、ラウラはそれを無視した。そして今、これからのことを相談している。
「シャーリーさんには悪いけど、神様の世界に一番詳しいから仕方ないよ。しっかりと代役を務めてもらえばいいよ」
「そうだな。これで最大の懸念事が無くなった。これからは好きに生きさせてもらうぞ。元々それが報酬だったからな。誰にも文句は言わせない」
「そうだね、でも、もう一人じゃないんだから、あまり心配かけないでね」
「ああ、二人で自由に生きていこう。もし邪魔する奴がいても罷り通るだけだ」
こうしてこの世界に唯一のハイエルフ(自称)が誕生した。自由気儘に世界を巡り、各地で様々な伝説を残した彼女は、魔大陸の覇者としてその名を後世に残すこととなる。その逸話はあまりにも多すぎて語り尽くすにはどれだけ時間があっても足りない。
彼女を知る者は皆こう言う。彼女こそ、伝承に残る弱者の味方『ハイエルフさん』の再来ではないのか、と。そして『ハイエルフさん』はこれからも虐げられる種族を救っていくのだろうと。
もう1本更新しています。ご注意ください。