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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第14章 神へと至る者
121/124

解放の時

22時更新の1本目です。

 オリジナルと対峙したラウラは、身体に触れられた瞬間に何かが自分の意識を取り囲んでいくのを感じていた。恐らくはこれで精神を取り込み、自我を消し去りこれまで生きてきた経験は単なる知識としてオリジナルの一部と化してしまうのだろう。


「このままやられてたまるか」


 ラウラは分身体より譲り受けた力の残りを全て使い、自分の意識の周りを包み込んだ。力の一部は既に使っている。まだオリジナルはそれに気付いていない。元々が自分の力だったせいか、違和感を感じていないのかもしれない。


 周囲に気を配れば、漆黒に染まった何かが徐々に浸食している。速度としては遅々たるものだが、かといって放置するわけにもいかない。だが、まだ・・ラウラには反撃する手段はない。今はじっとタイミングを待つだけだ。


 かろうじて楓との繋がりから状況は流れ込んでくる。やはり想像通り、楓の身の安全など単なる口約束だったということか。わかっていた・・・・・・こととはいえ、安易に約束を破られるというのは気分のいいものではない。


 こうなることは事前に楓と話し合っていた。まず間違いなく約束は破られるであろうことと、反撃はタイミングの見極めが必要なこと、そして……楓には『時間稼ぎ』を頼んだこと。


 いきなり反撃すれば気取られるかもしれない。ラウラの反撃は正面切って行うものではない。オリジナルの油断した隙に深々と斬りこむことで真価を発揮する。ラウラの身体をほぼ完全に支配させてからでないと防がれてしまうからだ。


 ラウラはひたすら待つ。楓がオリジナルに嬲られている。すぐにでも何とかしてやりたい思いを断腸の思いで耐える。大事な者が嬲られる姿をただ見続けるとはどんな拷問よりも辛かった。だがそれでも待つ、その瞬間を。最後に残された報いるべき一矢、それを致命の一撃に変える瞬間を。全てを飲み込むような暴威を解き放つ瞬間を。




『もうそろそろ完全に消滅した頃かしら。残念ね、お別れすら言えなくて』



 来た。

 勝利を確信した言葉だ。

 反撃が来るなど微塵も考えていない、傲慢な言葉。

 弱者を見下す強者の驕った考えに満ちた、聞くに耐えない醜い言葉。

 だがラウラにとっては、反撃のタイミングとなる待ち望んだ言葉だ。

 

 自分の周囲を包み込む闇が、一瞬だがその一部が消える。恐らくラウラの意識が完全に消え去ったことを確認するためだろう。そしてそれはそのまま、ラウラがあるモノ・・・・を解き放つための魔力回路が繋がることを意味する。


 だが、不意打ち騙まし討ちはラウラの主義ではない。桐原の時は敢えて手段を選ばなかった。それは他の者の力を借りる必要があったからだ。

 しかし今は自分だけが消滅の危機にある。ならば最後になるかもしれない戦いでの卑怯な手段など考えられなかった。


 最後くらいは格好良くありたい……そう思っても仕方のないことだたのかもしれない。



【随分と話が違うじゃないか】


 つい声を出してしまった。

 だが既に解き放つべき一矢は放たれた。あとはオリジナルがそれに耐えることができるかどうかだ。






『どうしてお前が!お前の精神は侵食されて消滅したはず!どこにそんな力が残ってる!』

【生憎とラウラは一人じゃないんでね】

『そう、あの器の成り損ない共の力で守っていたのね。でも、攻撃する手段もないあなたに何が出来るの?』

【今の私には出来ることはないな】

『なら大人しく私とひとつに……』

【もう仕掛けは終わってるからな】


「ラウラだったもの」はそれを聞き、慌てて周囲を確認するが、それらしいものは何も見つからない。周囲の魔力にも変化は見られない。


『何を言っているの?そんなものはどこにもないじゃない』

【だから言ってるだろう?もう仕掛けは終わってるってな。私からのおもてなしだ、しっかりと味わってもらうぞ】

『え?ま、まさか!』


 動揺を隠せない「ラウラだったもの」。何らかの仕掛けがされていることを漸く理解したのだろう。だが、それがどこから来るものなのかまでは分からないようだった。


【私は全て食べきったぞ?お前はどうなんだろうな?】


 ラウラの言葉により、あるモノが封印を解除される。それは漸く解放された喜びを体現するが如く、己の力を存分に振るう。


『ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!』


「ラウラだったもの」の絶叫が静かな『森』に響き渡った。







『お前!一体何を……ああああああぁぁぁぁ!』

【大したことじゃない。私も食べたものを味わって欲しいだけだ】

『まさか毒を仕込むなんて……うあああぁぁぁぁ!』

【失礼なことを言うな。シャーリーが作ってくれた『シチュー』だぞ】


 

 ラウラが出発前に食べていたもの、それは『シチュー』だった。

 ただしそのままでは確実にオリジナルに警戒されてしまうだろう。そこでラウラは考えた。他のラウラから託された力の一部で自らの胃の内側に特殊な空間を作りそこに蓄えていたのだ。だがそれは胃の内側のみ、摂取する時はしっかりと味わっていた。


 だがそんな苦しみなど、最後の戦いに勝つためならば苦にならなかった。そしてひたすら待ったのだ。オリジナルが勝利を確信し、その驕りから油断する瞬間を。



 オリジナルは苦しんでいた。

 まさか予め毒物を体内に仕込むなど正気の沙汰ではない。だが、そこで思い出した。あの代用品の元となった少年は己の愛する少女を救うために何をした?

 己の消滅すら厭わない行動を取ったのではないか?


 そう気付いた時にはもう遅かった。

 身体の内側から理解不能な何かが浸食してくる。己の闇で弾き返そうとも、その闇すら侵食されていく。考えうる限りの毒物、劇物にも全く当て嵌まらないそれはオリジナルの想像を遥かに凌駕する危険物だった。


 如何なる危険物にも該当しないからこそ、対処法が存在しない。ただその苦しみに耐えることのみが、その侵食を己の力で耐えることのみが生存への唯一の手段。

 オリジナルもそれには気付いていた。


 屈辱ではあったが、他に手段が無いので仕方なく受け入れた。ただ耐え切ればいいだけだ、とひたすら自分に言い聞かせて。

 内部の侵食をじっと耐えながら、終りの時を待つ。侵食を受けながらも魔力を操作してソレを誘導し、一箇所に集める。集めたものを己の魔力で何重にも包み、漸く苦しみから解放される時がきた。


『はぁ……はぁ……耐え切ったわよ……随分梃子摺らせてくれたけど……これで終りよ』


 明らかに消耗しきっているオリジナル。その顔には大粒の汗がいくつも浮かび、息も荒くなっている。だが耐え切ったことによる安心感からか、その表情と声には明るさが感じられる。

 それもつかの間のことだとオリジナルが知るのは、更なるラウラの言葉によって齎された事実によってだった。


【おいおい、まだもてなしは終わってないぞ】

『な……一体……何を……』


 今のオリジナルは消耗しきっている。これ以上の攻撃を耐え切ることはできない。だが、ラウラとて自分の身体を破壊してまで危険な手段をとることはないはず。

 そう考えて安心しようとしたところに、ラウラの容赦ない追撃が解放された。


【今度は楓が私の為に作ってくれた『カレー』だ。しっかり味わえよ】

『あ、ああ……ああああああ……』


 身体の内側から迫ってくる甘美ないざない。それは抗うという意志を根こそぎ奪う極彩色の奔流となってオリジナルの精神を存分に蹂躙する。『シチュー』に何とか耐えて消耗しきったオリジナルにはもう耐える力は残されていなかった。色鮮やかな至福の空間へと迷い込んだオリジナルの精神が思考を停止するまでさほど時間はかからなかった。



 ラウラは進む。

 オリジナルの精神が『カレー』により停止している今こそ、根源を断つチャンスだ。

 精神の奥底に必ず彼女・・は存在する。今までずっと負の感情を放ち続け、オリジナルすら歪ませた全ての根源が。


 例え今オリジナルを消し去ったとしても、大元となる存在を何とかしなければこの戦いに終わりは見えない。

 その結末は、ラウラが消耗して敗北するのは明らかだ。こちらは一人、向こうはいくらでも生み出せるのだから。



 闇をかきわけて奥底へと潜っていく。周囲から流れ込んでくるのは彼女・・の記憶だろうか。ありとあらゆる負の感情がラウラの心を蝕む。

 だが負けない。負けることは許されない。楓のためにも、自分のためにも、そして彼女・・のためにも。


 どれだけ深く沈んだだろうか、周囲から流れ込む負の感情も、濃密な拒絶の感情一色となった。


 嫌い。

 何もかも嫌い。

 自分を虐める研究員も、偽りの笑顔で取り囲む権力者達も、嫉妬の目を向ける仲間たちも。

 そして、こんな身体に産んだ両親も…………こんな力を持つ自分自身も。


 もう嫌だ。

 何で自分だけ。

 誰か助けて。

 お願い助けて。

 助けて……ハイエルフ・・・・・さん……




 オリジナルの心の奥底、遥か深淵の底に彼女・・はいた。

 ぼろぼろになった体、虚ろな瞳、生気の無い肌、色あせた金髪。

 今にも壊れそうな身体を丸め、膝を抱えて苦しみの涙を流す彼女。


 ラウラはその少女の前に立つ。

 その気配に気付いた少女はゆっくりとその顔を上げる。その顔は次第に生気が戻り始め、瞳に意志が宿る。

 

「良かった……来てくれたんだ……ハイエルフさん」

「ああ、私がハイエルフさんだ」


 少女が伸ばす震える手をしっかりと握るラウラ。今のラウラの姿は、生気漲るいつもの姿だ。

 輝かんばかりの微笑みに白磁のような白い肌、金糸のような金髪。少女が夢見ていた御伽話のハイエルフさんそのものだった。


「ハイエルフさん……私……もういや。こんな力無ければよかった。誰も恨みたくなかった。なのに……こんな力があるから……でも、どうすることも出来なくて……」

「よく頑張ったな、これからはそんな心配しなくていい。その力は全部私が引き継いでやる」


 ラウラの言葉に少女の顔が歓喜に満ちるが、すぐに暗く落ち込んでしまう。


「でも……そんなこと……誰も許してくれない」

「これまでの罪を嘆いているのか?」


 小さく頷く少女。ラウラはその場にしゃがみ込むと、少女の頭を力強く撫でる。そして強く言い放つ。


「ならば私が許す。その罪も含めて私が引き継ぐ。だからお前は何も心配することなく皆の所に行くがいい」

「いいの?本当に?」

「ああ、お前も知っているだろう?ハイエルフさんは虐げられている者の味方だぞ?」

「うん!」

「それと、あいつ・・・も一緒に連れていってやれ。あいつも被害者だからな」

「わかってる」


 少女が立ち上がり、その両手を広げる。すると少女の前の空間に柔らかな光が集まり、オリジナルが現れる。

 現れた時は蕩けただらしない笑顔を見せていたが、ラウラの姿を見て正気に戻った。掴みかからんばかりにラウラに詰め寄る。


『お前!一体ここで何を!』

「もういいの、もう終りにしよう。みんなのところに、お父さんとお母さんの所に行こう。もう誰も傷つけたくない」

『それじゃ私達から全てを奪った奴等は、神は、どうするんだ!』

「その神だってもういない。それじゃ誰を恨むの?全てを憎んでその後はどうするの?ずっと一人ぼっちなんて寂しいのはもう嫌なの」


 少女は激昂するオリジナルを抱き締める。必死に抗おうとするオリジナルだが、少女の拘束は全く揺るがない。しばらくもがいていたが、やがてオリジナルはその輪郭をぼやけさせ、少女に吸収されていった。


「……彼女は私の怒りの感情が分かれて産まれたの。私がここに閉じこもってたから、彼女が私となって動いてたの」

「でも、もう一緒だろ?」

「うん、勝手なことしたって怒ってるよ。でも、これからは一緒。だってもともと私だったんだから」


 少女が漸く明るい笑顔を見せる。そこにはもうさっきまでの力の無い表情は無い。


「ごめんなさい、色々と押し付けて」

「心配するな、これから私もこの世界で生きるんだ。その片手間くらいになら面倒見るさ」


 次第に少女の姿が薄れ始める。これまで彼女を繋ぎとめていた負の感情が消えたのだろう。少女が淡い光の粒子となっていく。


「ありがとう、ハイエルフさん。さようなら、そしてごめんなさい」

「心配するな、早く両親の元へ行け。ずっとお前を待っていたんだろう」


 光はゆっくりと上昇していく。向かう先に漂う二つの小さな光、そしてその周りには数え切れないほどの光が漂っていた。


「ありがとう……ハイエルフさん……」

「ああ、これでさよならだ。今度は幸せな世界に産まれてこいよ、ラウラ」


 少女だった光が皆の元へと辿り着くと、一際強く輝いて消えていった。後には唯一人、ラウラだけが残っていた。


「これで終りだ。ちゃんと助けたぞ……」


 そしてラウラの意識は闇の底に落ちていった。

同時にもう1本更新しています。ご注意ください。

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