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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第14章 神へと至る者
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接触

同時更新2本目です。

「ごちそうさまでした」


 ラウラが最後になるかもしれない食事を終え、謝辞を述べる。その隣では楓が不貞腐れていた。


「どうして『あーん』させてくれないの?」

「……今はそんなにだらける訳にはいかないんだよ。しっかりと手順通りに進めないと大変なことになってしまうからな」


 どうやら最後の食事を一人で食べきってしまったことを怒っているようだった。だが、いくら楓の頼みでもこれだけは譲れなかった。


「この戦いが終わったら、いくらでも付き合ってやるよ。『あーん』だろうが口移しだろうが何だってやってやる」

「本当?絶対だよ?」


 顔をずいっと近づけて、笑顔で問いかける楓だったが、その瞳が全く笑っていなかった。たかが食事くらいでとつい零してしまったラウラだったが、30分ほど食べさせることの意義をを力説されてしまった。

 何も無い時ならば応じても良かったのだが、流石に今はラウラですら自粛している。

 全てを平らげて食器を鞄に仕舞いこむと、戦いの支度を整え始める。

 といってもこれから行うのは通常の戦いではない。精神世界で繰り広げられる心理戦なのだ。

 ラウラにとっては、平常心を如何に保てるかが鍵となる以上、普段通りの格好で押し通すつもりだ。


 イエローのトラックスーツに濃緑のローブという、ラウラのお気に入りのスタイルに着替えると、鞄を肩からかけて靴を履いた。

 楓の差し出す手を握り、二人で同時に結界の外に出る。

 すると、途端にラウラの意識に介入してくる存在があった。


 ラウラは咄嗟のことに混乱した様子を見せる。


『お久しぶりね。私の言いたいことは解ってるでしょう?例の場所で待ってるわ、もし逃げたらどうなるか……』

「何故逃げる必要がある?さっさと案内しろ」

『ふふふ、何時まで強がっていられるかしら』

「そんなことはどうでもいい。大人しく招かれるかわりに、楓には手を出すなよ?」

『私は出さない。それだけは安心していいわ』


 恐らくは【血の契約】によって楓にも聞こえているのだろうか、繋いだ手を強く握るその手は汗ばんでいる。

 ラウラですら膝が折れてしまいそうになるほどの威圧感。楓の顔を見上げれば、その額には大粒の汗が浮かんでいた。

 

(精神干渉か……ここまでとは思わなかったな)


 独特な、粘りつくような感覚を覚える威圧はこれまでのどの敵も持っていなかった。

 だからといって、ラウラにはそれに屈しなければならない理由など存在しない。楓の手をしっかりと握り返すと、心が折れないように強い意志でオリジナルに話しかける。


「今すぐご招待されてやるから、首を洗って待ってろ」

『ふふふ、楽しみにしてるわ』


 と、今までの重圧が嘘のように消え去った。見れば目の前に広がっていたはずの鬱蒼とした『森』が、木々が、下草がまるで道を造るように消えていく。かつてのラウラでもここまで『森』を自在に操ることはできなかった。


「精霊樹を従えたか」


 元々はオリジナルが植えた精霊樹である。支配下におくことなど造作もないことなのだろう。そしてその事実はラウラにとってのマイナス要因だった。


「楓、おそらく私の魔力は回復しない。何かあったら自分の身は自分で護ってくれ」

「う、うん、わかった」


 ラウラの真剣な眼差しに、その事実の重大さに気付いて動揺を隠せないようだ。そんな楓の手をしっかりと握って目的地へと歩みを進める。



 果たしてどれほど歩いただろうか。

 空間を弄られているようで、いつも精霊樹に向かう時の倍以上の時間を要した。だが、幸いにも魔物達が攻撃してくるようなことはなかった。


「余程無傷で手に入れたいんだろう」

「だってラウラちゃんのお肌すっごく綺麗だもん」


 ちょっと方向性の違う答えをする楓。しかし、そのずれた答えは極度に張り詰めたラウラの心を良い具合に弛緩させた。

 今まで知らないうちに緊張していたことを悟り、改めて大切な存在であることを認識した。


 急に目の前が開ける。そこはラウラと桐原が死闘を演じた舞台。だが、桐原の魔力を吸い尽くした精霊樹は既にその時の面影はなく、その幹は倍以上に太くなり、空を覆いつくすほどの葉を生い茂らせていた。


 木漏れ日が柔らかく降り注ぐ精霊樹たちの中心に、ほとんど実体と変わらぬ状態のオリジナルがいた。その顔はやはりラウラと瓜二つだが、張り付いた邪悪な微笑みは似ても似つかない。

 ラウラ自身、他人を外見で判断するつもりは無いが、少なくとも目の前にいる少女のような笑みを浮かべる者が世のため人のためなどと考える類ではないと思えた。


『逃げずによく来たわね』

「逃がすつもりも無いくせに」


 同じ顔が相対する。オリジナルが余裕の笑みを崩さないのは、ラウラの魔力供給の手段を断ったことによるものだろう。

 オリジナルがラウラを手招きし、ラウラもそれに応えて中央へと歩き出す。しかしその歩みには恐怖に震えるような弱さは見受けられない。ほんの僅かな可能性を信じているような力強さだった。


『まだ希望を捨ててないの?いい加減に諦めなさい』

「お前が私の大事なものを害さない保証が無いからな」


 明らかな敵意を剥きだしにして皮肉るラウラ。だがオリジナルは全く気にすることなく話を続ける。


『それならこうしましょう。あなたが私のものになれば、そこの彼女の安全は保証しましょう。……まさか【融合】なんていう奥の手を隠し持ってるとは思わなかったわ。随分と小賢しいことをしてくれる』

「その言葉に偽りは無いんだろうな?」

『ええ、信用してちょうだい』


 ラウラにとってはこの言葉はとても有難かった。むしろこれを待っていた。


「わかった、だが約束を破ったときの罰は重いぞ」

『はいはい』


 楓が驚いた表情を見せているが、それに構うことなく話を進める。オリジナルは満足そうに頷くと、ラウラへと近づく。


『さあ、私に全てを委ねなさい』

(……皆の力、ここで使わせてもらう!)


 ラウラの意識に明らかな異物が入り込む。どこまでも深い闇を湛えたそれは、いとも容易くラウラの身体の主導権を奪う。


『あ……が……ああああ』


 小さく痙攣するエルフの身体。やがて劇的な変化が現れる。艶やかで美しい肌にはまるで紋様のような真紅の痣のようなものが浮かび上がる。首筋から顔にかけて浮かび上がるそれは、おそらく全身に回っていることだろう。


 痙攣が治まると、その身体の動かし方を確認するかのように手足を動かす。思い通りに動くことを確認すると、その顔に邪悪な笑みを浮かべる。


「ラウラちゃん……だよね?」

『ええ、そうよ。正真正銘本物の……ね』


 明らかに雰囲気の変わったラウラに思わず後ずさる。その様子に気をよくしたのか、ラウラは楓へと近寄る。その表情に黒い笑みを貼り付けたまま。その真意に楓の安全など微塵も存在していないことを悟った楓はその場から離れようと翼を広げて飛び立とうとした。


 だが、それは叶わなかった。

 一瞬で楓のすぐ傍に移動した「ラウラだったもの」が楓の足を掴む。そのまま飛び立とうとしたが、小さなエルフの身体のはずが巨大な岩かと思うほどに、ぴくりとも動かない。


『あなたはなかなか見所があるわ、これからは私のために働いてもらう。ありがたく思いなさい』

「嫌!あなたはラウラちゃんじゃない!約束が違うでしょ!」

『どうしてあんな紛い物との約束を守らなければならないの?約束というのは対等の者どうしが結べるものよ』


 理解できないといった表情で楓を見る「ラウラだったもの」。その身体からはこれまで感じたことのない黒い魔力が溢れ出ている。


「ラウラちゃん!負けちゃ嫌だよ!」

『随分依存しているのね。以前とは別人のようだわ』

「もう自分を誤魔化す必要が無くなったの!全部受け入れてくれたから!」


 咄嗟に魔法で創り上げた風の塊をぶつける。そのほとんどは黒い魔力により霧散してしまったが、決して小さくない衝撃はかろうじて楓の足を解放させることに成功した。


『逃がさないわ』


 宙に浮かぶ楓目掛けて周囲から漆黒の蔓が伸びる。何とかそれを避け続けていたが、あまりにも数が多い上に、楓は勿論だがユーリエとて接近戦に特化しているわけではない。それなりの相手であれば十分に通用するが、自分よりも格上に対しては明らかに力不足だ。


「ああっ!」

『ふふふふふ、捕まえた』


 蔓の一本が楓の足に絡まり、その動きを鈍らせる。そんな大きな隙を見逃されるはずもなく、四方八方から伸びてきた蔓により絡め取られた楓は、「ラウラだったもの」の前へと差し出される。


『いいわ、その力。こんないい手駒をお土産に連れてくるなんて、本当に馬鹿な奴だったわ』

「ラウラちゃんはバカじゃない!」

『どこが違うっていうの?こっちの口車に乗って身体を渡してしまうなんて。あんな脆い精神の奴に何が出来るって言うの?』

「ラウラちゃんは……徹くんは……私を守るって決めたら、どんなことをしてでも守ってくれるんだよ!」


 必死の形相で叫ぶ楓。だが、それは「ラウラだったもの」の嗜虐心を刺激したらしく、漆黒の蔓がぎりぎりと楓を締め上げる。形の良い豊満な胸が蔓により歪な形に変わる。


『全く……ほんの少しでも分けてほしいわ』

「ラウラちゃんはそんなこと言わないよ!」


 楓の反論もより嗜虐心を煽るだけのようで、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべる「ラウラだったもの」は蔓をより締め上げる。


「ラウラちゃんの顔でそんな笑い方しないで!」

『もうそろそろ完全に消滅した頃かしら。残念ね、お別れすら言えなくて』


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる「ラウラだったもの」。しかし、楓の心は折れていない。むしろ何かを待っているかのようだ。不審に思って問い質そうとしたその時……



【随分と話が違うじゃないか】


 二人の脳内に凛とした少女の声が響き渡った。

22時にまた2本更新します。

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