カーナとラウラ
いつの間にかブックマーク1500越え…怖いです。
今回の話はちょっとお試しで…
シャーリーがギルドを出た後、しばらくは空気が凍りついたままだった。騒がしい室内を注意しようと、冒険者ギルド カーナ支部長のボーデンは執務室から出てきたが、状況を把握できていなかった。
「おい、一体何があった」
「ラ、ラ、ララ、ラウラウ、ラウラウラウラウ…」
とにかく話を聞こうと猫耳の受付嬢に話しかけるが、何事かをうわ言のように呟くだけだ。視点も定まっていない。
「しっかりせんか!!」
ボーデンの一喝がギルド内に響く。ようやく我に返った職員と冒険者が脱力する。ボーデンは元はAランクでも上位にいた冒険者だ。その実力からすればこの程度は朝飯前である。まあ低ランクの冒険者の一部にはボーデンの一喝で失禁してしまった者もいたようだが…。
「ラウラ=デュメリリーの封印が破られただと?」
「はい、確かにそう言ってこれを置いていきました」
申し訳なさそうに革袋を差し出す。それは砕かれた魔石だった。元の大きさはかなりものだったろう。恐らくは結界の維持に使われたものの成れの果てと思われた。
「確かにイーストヒルの家名を名乗ったんだな?」
「はい、ギルドカードも確認しました。シャーリー=イーストヒル、ランクCの冒険者でした」
「拙いことになったかもしれん…」
ボーデンの晴れない表情に全員が事の重大さを再認識する。
何故ここまで皆が動揺するのか、それはカーナの町の繁栄に深く関わることだからだ。はるか昔のカーナの町はデュメリリーの森から来る魔物の脅威に晒されていた。魔物は強力で太刀打ちできない。住民はただ暴虐の嵐が過ぎるのを待つだけだった。町は魔物のせいで人がいなくなり、そのために税収が無く、崩壊寸前だった。
ところが、500年程前に、森の最奥に住んでいたハイエルフが町にやってきた。その手に森の魔物を数体引きずって。そのハイエルフは町に着くなりこう言った。
「これを売ってやる。金はないだろうから物々交換だ。麦籾と野菜の種をくれ」
町としては有難い話だった。金などほとんど無いが、麦や野菜の種なら何とかできる。それに彼女が持ってきた魔物は素材としてはかなりの貴重品で、他の町に行けばかなりの高値で売れるものばかりだった。町はその魔物を売りさばき、当面の危機を脱出した。
そのハイエルフは定期的に町にやってきた。いつも強力な魔物を手土産代わりに持ってきては、町の言い値で売り払っていった。町はだんだんと活気を取り戻していった。その時になって、町の人々はそのハイエルフの名前すら知らないことに気付き、改めて彼女に聞いた。
「ラウラ=デュメリリーだ。デュメリリーの森を束ねている。何か不都合があれば言え」
そう言って去って行った。それからも定期的に彼女は訪れた。偶に違う種族の者を連れてくることがあった。
「これからこいつらが森の入口に住む。こいつらからも買い取ってやってくれ」
連れてくる種族はエルフ・魔族・妖精等。最大の大陸、ガニア大陸では忌避される種族だ。
だが彼らは誠実だった。森の入口付近で魔物を狩り、町に売ってくれる。魔物の素材を求めて森を目指す冒険者たちのガイドをしてくれる。町は彼らの協力を得て繁栄していった。ラウラも時折町に来ていたが、町の活気ある姿を嬉しそうに眺めながら酒を飲んでいた。
ところが、その安寧も長くは続かなかった。
カーナの町の魔物素材は有名になった。有名になりすぎてしまった。最大の販売先であるガニア大陸では飛ぶ様に売れた。しかし、ガニア大陸にはそこまで強力な魔物が棲息していなかった。
当然のことながら、その魔物の出所が探られ、カーナの町に辿り着かれるのはあっという間だった。
そこに厄介な連中が関わり始めた。貴族と呼ばれる連中だ。カーナの町には貴族など存在していなかった。ガニア大陸の貴族たちは私兵を率いてカーナの町へとやってきた。
最初はおとなしく交渉の席についていたが、その要望は呆れかえるものばかりだった。自分をカーナの町の領主にしろ、魔物の取引の税金を寄越せ、挙句はデュメリリーの森の権利は自分にあるという荒唐無稽なものだった。
当時の町の代表は一切の拒否をした。当然だろう。交渉はしているが、これは立派な侵略だ。何度かの交渉を拒否すると、ついに貴族が暴挙に出た。複数の貴族が連合し、町を包囲した。
貴族は最終通告として、無条件で町を明け渡せば、町の人間の安全は保証すると。町は苦渋の決断をして、貴族を受け入れた。
しかし、それは彼らにとって最悪の選択だった。貴族は町の人間には手を出さなかったが、人間以外の種族を悉く蹂躙した。見目麗しいエルフや妖精は愛玩奴隷として捕えられ、ガニア大陸で売りさばかれた。屈強な魔族やドワーフは奴隷として森の探索をさせられ、魔物達の餌食になっていった。人間と獣人は難を逃れていた。ただその貴族が興味を持たなかっただけなのだが…。
そしてその話はラウラの耳にも当然入っていた。ラウラが町に来ると、貴族は兵で取り囲み、言い放った。
「喜べ、私が貴様を飼ってやる。森の魔物を狩ってくるがいい」
ラウラは変わり果てた町の状況に愕然とし、理不尽に蹂躙を繰り返す貴族に激怒した。
「私に楯突けばガニア大陸の国々が黙っていないぞ」
しかしラウラは止まらなかった。ラウラの怒りに呼応した森の奥地の魔物達が侵攻してきた。これまで冒険者達が狩っていた魔物とは明らかに強さが上であり、貴族の兵では踏み止まらせることすらできなかった。ラウラと魔物は貴族の兵を殺しつくしてしまった。
ラウラは貴族の将を生け捕りにするとそいつの領地に飛び、家族に呪いを施した。
「お前が売りさばいた奴隷を追え。出来なければお前の家族の体は腐り果てて死ぬ」
そう言い残してデュメリリーの森へ帰った。連れ去られた者は殆どが返ってきた。幸運にも良い主人に買われ、幸せに暮らしていた者はそのままにした。死んでしまった者については死んだ者の数だけ呪いを発動した。
奴隷として連れ去られた者達は歓喜し、ラウラに涙ながらに礼を述べ、ラウラの為に協力することを約束した。ただ、人族、獣人族はそうではなかった。あまりにも強大なラウラの力を畏怖した。いずれ自身にその力が向かうのではと疑心暗鬼になり、最終的にラウラを滅することに決めたのだった。
しかし、彼らは大事な事を見落としていた。ラウラを滅せるだけの力を持ち合わせていなかったのだ。魔族やエルフに協力を要請したが、はねつけられた。当然だろう。自分達の同胞の命の恩人を滅するなど、不義理にも程がある。
そんな時、一人の女魔法使いがカーナを訪れた。その名をシャーロン=イーストヒルと言った。シャーロンは町民の依頼を受け、デュメリリーの森へ向かったが、すぐに帰ってきた。
「ラウラを滅することは私には不可能です。ただし、封印することはできるかもしれません。ですが、一つだけ質問します。何故あなたたちは助けてもらったラウラを害しようとしてるのですか? 一つだけ忠告します。封印がもし破られた時、彼女の怒りを鎮める方法を私は知りません」
そういうと、シャーロンはデュメリリーの森に封印と結界を仕掛けて、カーナを後にしたのである。
「しかしまぁ、よくこんな設定を思いつくよな。流石は吟兄ってところか」
200年間音信不通にするための理由として、声の主と吟が考えたのがこの設定だ。実際は貴族の侵略など行われてはいない。そもそもこの魔大陸に来る方法は一部の定期船に乗り合わせるしかなく、軍を率いて侵攻なんぞどれほどの費用がかかるかわかったものではない。
確かにカーナの町は崩壊寸前だったし、魔物素材で持ち直した。そこまでは史実と同じだ。実際は平和なままだったのだが、ある人物が仕掛けたのだ。それはシャーロン。実はシャーロンなど存在せず、シャーリーの一人芝居だった。シャーリーが町に幻覚術をかけ、カーナの町に関わる者に嘘の歴史を摺り込んだのだ。
「ま、おかげで修行はやりやすかったけどな」
ラウラは知らない。こんな細かいことに拘り、無用な真実味を持たせた結果、「無法の賢者」のような二つ名がついてしまうことを。そして、その話が世界を巡るうちに様々な二つ名がつけられていくことを。
こんな落とし方はいかがでしょうか?
明日は諸事情により投稿できません。毎日投稿って難しいですね…。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。
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