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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第14章 神へと至る者
117/124

託す者と託される者

後ほどもう1本更新します。

この話は3本目です。

「人間を……辞める?」

「はい、どうしても『罰』が必要というのであれば、それを『罰』として生きてください。貴女はラウラ様には絶対に必要なんです」


 既に朦朧としている楓の思考は、ユーリエの言葉の意味を理解できなかった。

 一体この人は何の冗談を言っているのか、と問い質したい気持ちにすらなった。だが、そんなことは無視せんとばかりにユーリエの言葉は続く。


「楓さん、貴女の身体は損傷が激しく、もう回復は見込めないでしょう。そして私の身体ももうそろそろ崩壊が始まります。その前にあることを実行します」

「……ある……こと?」

「私の身体を楓さんの身体に融合させます。私の身体を構成する魔素で楓さんの身体を造り変えます」

「……ユーリエさんは……どうするん……ですか?」

「私の心は消滅します。私の知識と経験は貴女に引き継がれます。この方法であれば……楓さんはきっと……助かります」


 あまりにも衝撃的な内容に楓はパニックをおこしかけていた。自分の身体を媒体として、楓の身体を再生しようというのだから無理もないだろう。


「私の残った力を……全て使えば……できるはず……です」

「でも……それじゃ……ユーリエさんの……想いは……」

「もうこれしか……方法は……無いんです。……でも、もし許されるのなら……私の分まで……ラウラ様を……愛してください」

「……うん……わかったよ」


 楓としても、ユーリエを犠牲にしてまで生きたいとは思っていない。だが、自分達がここで倒れれば、それはラウラの確実な敗北につながるのは明白だ。

 ラウラに生きていてほしい、負けないでほしいと望むのは楓とユーリエの共通の願いだ。そして、ラウラを心から想う気持ちも。


 これからユーリエが行おうとすることは、許されることではないのかもしれない。人々から蔑みの目を向けられるかもしれない。

 だが、ユーリエはこれを『罰』と言った。大事な人をほんの一時でも忘れ去っていた楓への『罰』だと。

 人間を辞める……それは……どういうことなのだろうか?


「楓さんの……身体をベースとして……私の身体を融合します。楓さんは『悪魔族』として……生まれ変わるんです」

「……………」


 もう楓には言葉を発するだけの力も残っていなかった。ユーリエの血の気の失せた指が楓の衣服を解いていく。全ての衣服が脱がされ、ユーリエもまたその身に纏うものを脱いでいく。

 横たわる楓に覆いかぶさるようにユーリエが身体を重ねる。質感を感じるはずが、何かが入り込むような感覚に変わっていく。

 楓が何とか目を開けて見たものは、楓の身体に溶け込むようにその身体の輪郭をぼやけさせるユーリエの姿だった。


 そして、楓の意識は闇の底に沈んでいった。









 楓は夢を見ていた。

 周囲の人々から迫害を受けて、その命を落としつつある二人の男女。

 あれは……両親だろうか?だが、もう顔も思い出せないほどに遠い過去のことだと思えた。

 

 おかしい。

 楓の両親は日本にいるはずだ。迫害なんて受けていない。

 それに……その二人の背中には一対の蝙蝠のような翼がある。そうか、これは……


 楓の見ていたのは、ユーリエの記憶。




 迫害を受け、もう種族としては最後の一人となった。

 最早純血種としての子孫を残すことは出来ない。それがユーリエの生きる気力を失わせた。


 自分よりも高位の魔物からはその内包した魔力を狙われる。惰性で生きていながら、その命を永らえさせるために下位の存在の生命力を喰らう。お世辞にも胸を張っていられるような生き方ではなかった。


 最早魔物と大差ないような生き方、それを止められない自身への自己嫌悪。全てを忘れようとせんがための、魔道の研究への没頭。図らずもその研究の甲斐あってか、ユーリエの力は飛躍的に向上していく。


 ユーリエの心に再び生きる力が漲ってきたのは、ある噂を風の便りに聞いた時からだった。


『迫害を受けた種族を救っているエルフがいる』


 デュメリリーの森の覇者として君臨するエルフの噂は、かつて迫害を受けていたユーリエにとっての生きる力の源となった。



 何という光栄か、何という幸運か。

 敬愛する『神』を穢す不埒な魔王を始末し、自らが魔王を名乗り始めた頃、ラウラが自分を訪ねてきてくれた。


『今後も何かあったら相談に乗ってくれ』


 頼られた。信頼された。その屈託のない笑顔を向けられた。

 えも言われんばかりの高揚感がユーリエを包みこむ。実物はどんな豪傑かと思っていたが、現れたのは可憐という言葉を体現しているかのようなエルフの少女だった。


 その姿を初めて見た時から、ユーリエには心の奥底に封じていた感情があった。


『この少女を自分のものにしたい』

『自分の想いをその華奢な身体にぶつけたい』


 その感情はユーリエが持つ衝動だった。だが、それをぶつけたらどう思われるだろうか。嫌悪されてしまうのではないか。そんな恐怖が衝動を抑え込んでいた。


 自分の身体の異変に気付いたのはいつの頃だろうか。

 それはほんの出来心だった。もっともっと強固な絆が欲しかったがための行動だった。


 ほんの数滴ではあるが、ラウラの血を飲んだ。

 絆は結ばれた。だが、本来なら活力に満ちるはずの身体には何の変化もなかった。


 寿命。

 それを理解したとき、ユーリエは泣いた。一人でずっと泣いた。

 ようやく見つけた幸せに走り始める亀裂。徐々にではあるが確実に大きくなる亀裂は、ユーリエに最後の覚悟を迫る。

 

 もう……いいかな。


 そんな気持ちになったのは、ラウラが一人の少女と二人きりになった時のことだ。

 その少女は、ラウラが別の世界にいた頃からの恋仲だという。二人が部屋で口づけするのを見て、ユーリエは自分の想いが届かないことを悟った。


 だが、ラウラの前から姿を消すという選択肢を選ぶことはできなかった。たとえその想いが届かなくても、ラウラを否定することは出来なかったからだ。ならば、影ながらラウラを支えるということで、ユーリエは自分を満足させようとした。



 楓はその様子をずっと見ていた。

 そしてどこか違和感を感じていた。そして確信めいたものがあった。

 

 このままでは、ユーリエとの完全な融合はできないと。


 身体は融合できるかもしれない。知識と経験も継承できるかもしれない。だが、ユーリエの本当の想いを受け継がなくては何の意味もない。


 楓は周囲を探す。いくつもの『上辺うわべの感情をすり抜けて、ユーリエの本心を知る為に。


 そして……見つけた。

 そこには一枚の小さな扉。それを開いた時、強烈なまでの感情が流れ込んできた。


 もっと会いたい、もっと語り合いたい、その小さな身体を抱きしめたい、自分のものにしたい、自分の全てを受け入れてほしい、もっと時間がほしい、こんなところで終わりたくない、もっと愛したい、もっと愛されたい、もっと眺めていたい、消えたくない、終わりたくない、もっと、もっともっと、もっともっともっと!


 その感情の強さこそ、ユーリエのラウラに対する想いの強さだ。楓はこれを受け継がなくてはならない。

 楓はこの想いを受け継いだとしても、自分だけがラウラを愛するというスタンスを取るつもりはなかった。


「ユーリエさん、私達二人で・・・・・ラウラちゃんをいっぱい愛しましょうね」


 その呟きに呼応するように、楓の中に感情が入り込む。あまりにも情熱的で、あまりにも切なくて、あまりにもいじらしくて、あまりにも官能的で、あまりにも儚くて……。そして……



(ありがとう)



 そんな声が聞こえたような気がした。








 目が覚めたとき、楓は一人きりだった。

 周囲を見回しても、誰かがいるような気配はない。しかし、つい先ほどまでそこにもう一人いたという証があった。


 ユーリエの服が置いてあった。

 ということは……


 楓は自分の手を見る。その肌は今までの楓の肌とは明らかに違うものだった。

 まるで白磁のように白い肌だ。黄色人種特有の肌の色はもうどこにもなかった。

 

 少し離れた場所にあった水場に向かい、水面に映った自分の姿を見て、先ほどまでの全てが現実であったことを理解した。


 水面に映ったのは、白銀の髪に深紅の瞳を持った楓の姿。何より最も違っていたのは、その背から伸びた一対の翼と一本の尻尾。それはすなわち、ユーリエの持っていた悪魔族の特徴だった。


「ユーリエさん……成功しましたよ」


 楓の頭の中には、今まで見たことも聞いたこともない魔道知識があった。しかし、楓はそれを理解できた。まるでずっと昔から知っていたかのように。


「ユーリエさん……一緒にラウラちゃんを……助けに行きましょう」


 流れる涙を拭うこともせず、翼をしまいユーリエの服を着る楓。それが終わると、自分の中にはっきりと感じるラウラの気配を再確認する。


「ラウラちゃん、今行くからね」


 楓はユーリエから受け継いだ漆黒の翼を大きく拡げて舞い上がる。目指すはラウラのいる場所、回り道などするつもりは微塵もない。

 最愛の者を救うべく、二人は一人となって飛んでいく。

後ほどもう一本更新します。


読んでいただいてありがとうございます。

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