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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第14章 神へと至る者
116/124

冷酷な現実と……

2本目です。後ほど3本目、4本目を更新します。

「寿命って……どういうことですか?」

「私達悪魔族は他人の魔力を吸収してその命を永らえることができます。しかし、それにも限度があります。私の身体はもう限界なんです」


 自らの終わりが近づいているというのにユーリエはとても冷静に見えた。既に覚悟は出来ているということなのだろうか。


「過去に何人もの人間の命を喰らいました。こう見えてももう七百年は生きているんです。ですが、それももう限界です」

「で、でも……ユーリエさんはラウラちゃんと一緒にいられないのを……我慢できるんですか?」


 ユーリエの想いは楓も理解していた。

 実を言うと、もしラウラがユーリエを選んだとしても、ユーリエならば仕方ないと諦めるつもりだった。

 もちろんライバルが消えれば嬉しいが、こんな形で勝利などしたくない。同じ相手を切に想う者同士だからこそ、正々堂々と勝負して勝ちたかった。


「もう寿命ですから……それは避けることはできないのです」

「じゃ、じゃあ私の……」

「楓さんの命を頂いても……です。ラウラ様の血を頂いても何の変化も無かったんですから、もう限界です。そんなことより、今はこの場を脱出することを優先しましょう。ここは敵のど真ん中です」


 冷静に語るユーリエに対し、楓は思考の混乱が未だに収まっていない。

 このままでは確実にユーリエが死ぬ、その冷酷な現実を突き付けられて、どう対処することが正解なのかわからなかった。

 ラウラを取りあう仲だとしても、決して死んで欲しいなどと願ったことはない。既にその絆は簡単に断ち切れるような脆いものではなくなっていた。


「とにかくここを離れましょう。この状態では転移は難しいですが、飛んで逃げるくらいは出来ます」

「え?ええ?」


 ユーリエは窓の外を窺い、近くに生徒達がいないことを確認すると、楓を抱きかかえてその身を窓の外に投げ出した。

 かろうじて空中の姿勢を制御すると、ラウラの反応のあった場所へと急ぐ。

 だが傷ついた身体、しかも命の刻限が近づいている状態では万全の速度を保つことは出来なかった。すぐに生徒達に見つかってしまう。


『殺せ』

『逃がすな』


 あたかも呪文のように呟きながら、魔法が、矢が二人を襲う。何とかそれらを避けながらも必死に距離を取ろうとする。


「楓さん、もう少し我慢してください」

「……はい」


 まるで曲芸飛行のような動きに気分が悪くなったのだろうか、楓の返事はとても弱弱しかった。

 だが、今のユーリエにはそれに気を留めている余裕はない。まずはこの場を離れることを最優先にしていた。


 高度を下げ、森の木々を縫うように飛びながら、攻撃を避けつつ距離を取る。森の中であれば、古代竜の巨体は入ることが出来ず、生徒を乗せた魔物達もそう簡単に追い付くことはできない。

 ようやく攻撃の届かない辺りまで逃げおおせた時、ユーリエは改めて楓を抱きかかえるその手に異様な感触があることに気付いた。


 その手に感じるのは生温かい液体の感触。

 速度を緩めてみれば、途端に立ち込める鉄のようなニオイ。

 片手を離してその手を見れば、真っ赤に染まっていた。何故楓を抱いていた手が紅く染まっているのか?


 ユーリエは恐る恐る楓の様子を窺う。

 身体を丸めるようにしてユーリエにその身を預けていた楓は、明らかに先ほどと違った様相を呈していた。


 楓の胸からは棒状のものが生えていた。

 何故そんなものがただの人間である楓から生えているのか。ユーリエの思考が混濁する。最悪の状況が現実味を帯びてユーリエを絶望の淵へと誘う。


 楓は数本の矢により、その胸を貫かれていた。



「かはっ!……ユーリエさん……」

「喋らないでください……少しでも……回復を……」


 楓が咳き込むのを見てユーリエの表情が青褪める。そこに混じったのは大量の血、それは決して軽微な負傷ではないことの表れだ。

 事実、楓を貫く矢はかろうじて心臓を外れてはいるが、肺を貫通しているためにまともな呼吸が出来ていない。このままでは間もなくその命の灯は消えていくだろう。


 しかし、ユーリエにもほとんど力は残されていなかった。ほんの僅かに残った力でいったいどれほどのことができるのだろうか。今のユーリエに出来ることは、残された時間を出来るだけ引き伸ばすことくらいしかない。


「……もう……いいです。……これは……罰なんです」

「じっとしててください……少しでも体力を……」


 必死に落ち着かせようとするユーリエに力なく笑いかけ、小さく首を横に振った。


「私のしたこと……許されることじゃないです。……ラウラちゃんを……あれだけ傷つけて……あんなに私のことを……心配してくれたのに……」

「……楓さん」

「だから……ラウラちゃんはユーリエさんに……譲ります。……少しでも……一緒に…」


 徐々に言葉が弱弱しくなってくる。ユーリエの腕を掴むその手からも次第に力が抜けていく。楓の命が失われようとしている。最悪の結末がユーリエの脳裏にはっきりと蘇る。

 と同時に、ユーリエの頭の中に一つの考えが浮かぶ。

 この方法ならば、楓は助かるかもしれない。だが、その後の楓には過酷な生き方を強いることは確実だ。果たしてそれを楓が了承してくれるのだろうか。


「楓さん……『罰』を受け入れる覚悟は……ありますか?」

「……ユーリエ……さん?」


 ユーリエは楓に、極めて冷静に問いかける。その言葉の真意を測りかねる楓が何とか声を絞り出して聞き返す。

 だが、ユーリエの続けた言葉はあまりにも衝撃的だった。



「楓さんには……人間を……辞めていただきます」










「ユーリエ!?どうしたんだ!?」


 突然、これまで感じていたユーリエの存在が小さくなった。と同時に、懐かしい楓の存在を急に身近に感じ出したのだ。予想だにしなかった事態にラウラは動揺した。

 

 恐らくユーリエが何かの打開策を実行したのだろうが、その内容まではわからない。ただ、徐々に小さくなりつつあるユーリエの存在感がラウラの頭の片隅に追いやっていた記憶を呼び覚ます。


「寿命……か」


 悪魔族に見られる特性として、血液から相手の生命力を奪い寿命を長くするというものがある。魔力の高い者の血液ならばそれほどの量は必要ないが、普通の人間程度であればその全ての血液を摂取しなければ延命には期待できない。

 だが、その効果も永遠に続くわけではない。その効果にも上限がある。個人差はあれど、おおよそ七百年ほどで寿命は頭打ちとなる。


 ラウラの知る限り、ユーリエは既に七百年以上生きている。いつ寿命がきてもおかしくはないのだが、まさかこのタイミングで来てしまうというのが最悪だった。


 ラウラにとって、現在唯一の心の支えがユーリエだ。楓の存在を感じられるようになったといっても、失うわけにはいかなかった。

 恐れていたことが現実になりつつある。その恐怖はラウラの決意を鈍らせる。再びその場に蹲ってしまいそうになるラウラ。


「ん?もしかして……ここに向かっているのか?」


 二人の気配がこちらに向かって移動し始めた。だが、その動きは全く定まったものではない。ふらふらと上下左右にぶれながら、ゆっくりと近づいてくる。二人が向かっていることでその表情に明るさが戻るが、すぐに現実に引き戻された。


「な……なんで楓が?」


 楓の気配が急速に小さくなっていく。ユーリエの気配も徐々に小さくなっているが、それを上回るスピードでその気配が消えようとしている。

 二人に何かが起こっているのは間違いない。だが、それが何かが判らない。何より、すぐに助けに行きたいと思っているが、精神ココロと身体が乖離してしまっており身体が全く言う事を聞かない。


「くそ!どうしてこんな時に……」


 悔しさを隠すことなく吐き捨てる。

 こんなことをしている間にも、二人の存在は小さくなっていく。大事な二人の窮地なのに、自分はこんな隠れた場所から動くこともできない。そんな自己嫌悪がラウラの心を蝕む。絶望という名の猛毒がその精神を壊死させていく。


「あ……」


 気の抜けた声がラウラの口から零れた。

 二人の存在が急に消えたのだ。これまで弱くはあったが、しっかりと感じ取れていたはずの存在が。それは完全にラウラの心を壊すに十分な衝撃だった。


「う……うう……うわあああああああああああ!」


 自分の無力さが、傲慢さが、全てが憎かった。偉そうなことを言っておきながら、本当に大事な者すら護れない。無様な泣き顔を晒して、苦しんで、結局はオリジナルの糧となるだけの、ただそれだけの存在である自分がどうしようもなく憎かった。

 かといって、自ら命を絶つという行為はオリジナルに完全に屈服したことを認めたようなものだ。

 死んでしまいたい、消えてなくなってしまいたい、だけどオリジナルには負けたくない、だが屈服以外の道は閉ざされてしまった。ラウラに突き付けられる残酷な選択肢、それは全てラウラの敗北という結末が等しく待ち受ける。


「……あれ?」


 ラウラの心が完全に折れてしまうかと思われたその時、ラウラの心に一つの存在が生まれた。

 楓とユーリエの存在は完全に消えたはず、なのに、その存在は二人と同じくらいの存在感を放っていた。

 一体何者なのか、ラウラには理解できなかった。ただ、とても温かくて懐かしい存在感がラウラの心に向かって主張する。

 自分はここにいる……と。


 その存在は再びラウラに向かって移動を始めた。

 その軌跡は強い意志を持ったかのように、力強く一直線に向かってくる。まるで最愛の人に会いにくる恋人のように……

あと2本更新します。


読んでいただいてありがとうございます。

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