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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第14章 神へと至る者
115/124

邂逅

本日は4本更新しています。

1本目です。

ご注意ください。

 屋敷から『森』の奥に向けてふらふらと歩く小さな人影があった。

 魔物達の攻撃をのらりくらりと避けながら、更に奥へと進んでいく。

 しかしその動きは意志の籠ったものではなかった。

 その理由は、その者の表情、いや瞳が虚ろで視点が定まっていないことからもわかるだろう。

 やがて、一際鬱蒼とした木々の密集地があり、人影はそこに消えていった。


 その人影はラウラだった。

 ラウラは楓に忘れ去られたショックで、無意識のうちにそこに辿り着いていた。



「……やっぱり……ここに来てしまったか」



 密集した木々に隠れるように、1枚のシンプルな木製扉があった。

 ぱっと見は家とは全く分からないほどにカモフラージュされた家に、ほんの僅かだが懐かしい表情を浮かべた。



 ラウラは扉を開けて中に入る。

 そこはベッドと机があるだけの質素な部屋だった。

 ラウラはベッドにその身を投げ出すと、枕に顔を埋めてぽつりぽつりと声を漏らした。



「どうして……何でこんな……」



 やがて声は嗚咽に変わり、ラウラはひたすら涙を流す。

 自分の心に大きな穴が空いたような感覚は、様々な負の感情を生み出してしまう。



 この家は徹がこちらに来た当初暮らしていた家だった。

 既に兄の吟が今の屋敷を入手していたのだが、厳しい環境で己の力を向上させるためにこの家を作ったのだった。

 吟を送りだした後、精神が若干不安定になりかけたラウラはここで静かに暮らすことで安定させようとした。

 ラウラの知る限りこの場所を知る者はいない。

 厳重に構築された隠蔽の術式で覆われた家は、如何なる者にも認識されなかった。

 唯一、ラウラと契約を結んでいるユーリエならば近づくこともできるだろう。

 


 ラウラは自分の心情を吐露した。

 そうしなければ、自分が完全に壊れてしまいそうだった。

 聞くに堪えないほどの罵詈雑言が吐きだされる。

 何故こんなことになったのか?

 何のために今まで戦ってきたのか?

 自分の存在意義は何だったのか?

 しばらく喚いていたラウラだったが、やがて疲れてしまったのか、ベッドに埋もれるようにして寝息を立て始めた。









『やっぱりこうなってしまったのね』

『ほんと、むかつく』

『そんなことより、大丈夫かい?』

『あなたにお願いがあるの』


「ん………誰だ?」



 いつの間にか眠っていたことに気付いたラウラは、自分に話しかける複数の声を聞いた。

 目を開ければ、そこは全く光の存在しない場所だった。

 


「ここは……私の夢の中か」

『そうよ、じゃないとあいつ・・・に感付かれるから』

『ほんと、むかつく』

『話を聞いてほしいんだけどねぇ』

『私達のお願い、聞いてくれる?』



 徐々にその声の正体が明らかになってくる。

 暗闇の中から、まるでそこだけ色が抜けたかのように現れたのは4人の女性だ。

 一人はまるでセーラー服のような衣装を着た少女。

 一人は上下ツナギのような服を着た少女。

 一人は巫女服のような服を着た年配の女性。

 一人はごく一般的な服を着たやや年上の女性。



「……もう一人は……いないんだよな」



 ラウラの言葉に、4人は微笑む。



『覚えててくれたんだね』

「ああ、私の【身代わり】になってもらったんだ、忘れるはずがないだろう?」



 ラウラはこの4人を知っている。

 直接会ったことも言葉を交わしたこともない。

 だが知っている。

 どことなくラウラの面影を残した4人の女性を。



『彼女も含めて…これで6人揃ったわ』

「分割された力が……か」

『そして……最後の戦いを仕掛ける時が来たのよ』



 セーラー服の女性が一歩前に出て強い口調で言う。



『私達ラウラ・・・の……ね』










『まさかこんな手を使ってくるとは思わなかったわ』

『ほんと、むかつくやつ』

『いえ、効果的なのは間違いないわよぉ?』

『あいつの目的を考えればね』

「あいつの目的?」



 ラウラが怪訝そうな顔をする。

 ただ自分の命を狙ってきたのではないのか?



『あいつの狙いは……あなたの身体よ』

『あいつはあんたのことを器として育てたの。むかつく話ね』

『そのために精神的に壊そうとしてるんだねぇ』

『おそらく、しばらく経てば接触してくるわね。何らかの甘言で』

「……それで、私はどうすればいい?」



 ラウラの表情が曇る。

 それもそうだろう、これまで色々と報酬をちらつかせて働かせていた真の目的は器として育てるためだとしたら………ラウラのことなど何も考慮していないのだから。



『私達の力をあなたに託すわ。あいつを打ち破って』

「そんなこと……あんたたちはどうするんだ? 私が負けたらどうするんだ?」

『器候補のあなたが敗れるような相手に、私達は絶対に勝てない。それに、あなたが倒れれば次は私達の番が来るだけ。あいつは確実に自分の力を取り返しにくる』

『むかつく話だけど、あたしたちにはもう後がない。あんたに全部を託すしかないんだ』



 ラウラの顔は未だに曇ったままだ。

 敵との戦い方が掴めていないからだろうか。



『勝つ方法は無いわけじゃないんだよねぇ』

『捨て身の戦法だけど……あとはあなたの強さ次第よ』

「……やるしか……ないんだな」



 漸くラウラの瞳に意志の光が宿る。

 ほんの僅かではあるが、抗う手段が見つかったのだ。

 かなり分の悪い賭けではあるが、全てを取り戻すためには降りることのできない勝負と認識したのだろう。



「わかった、あんたらの力、預からせてもらう」

『ごめんなさい、あなたにばかり押し付けてしまって』

「気にするな、たまたま私が適役だっただけだ」

『……お願い……あの子を……救ってあげて……』



 一人、また一人と女性達が消えていく。

 そしてラウラの意識も闇に落ちていった。



 目が覚めると、既に周囲は暗くなっていた。

 ベッドから降りて室内を徘徊すると、僅かばかりだが自分の力が上がっていることに気付く。

 丁寧なストレッチで全身の筋肉をほぐすと、先ほど夢の中で会話した内容を思い返す。



『あいつはあなたを殺すような真似はしない。かならず接触してくるわ』

「でも、他の連中は私を殺そうとしていたぞ?」

『あの連中にやられるつもりは無いんでしょ? あれはあなたを追いこむための手段でしかないの。あなたという【器】を失うことはあいつにとって悪手だから。おそらく楓さんの無事を餌に交渉してくるはず。そこがチャンスよ』

「だがどうやって攻撃すればいい? あいつは実体が無いんだぞ?」

『それはあなたに任せるわ。あいつの精神をぼろぼろにしてやりなさい』



 思わず天を仰ぐラウラだったが、やがて何かを思いついたようだ。

 その顔には少しずつではあるが、明るさが戻っていた。


「そうか、この手があったか……」


 どうやら反撃の一手を見つけたようだ。だが、その手はまだ小刻みに震えている。


「くそ……こんな時に誰かいてくれれば……」


 せめてユーリエでもいてくれればと一瞬思ったのだが、もしユーリエまで操られていたのなら、ラウラの心は完全に壊れてしまうだろう。

 震える手を必死に抑え込みながら、ラウラは反撃のための構想を練り上げる。

 

 ラウラはユーリエが【血の契約】を結んでいることは薄らと着拭いていた。そしてユーリエが抱える重大な秘密も理解していた。そして今、ユーリエの気配が屋敷に向かっているのを認識した。


(頼むから……早まらないでくれよ!)


 今のラウラにはただ無事を祈るしか無かった。









「偽物は『森』に逃げたよ。ユーリエさんも早く追いかけて!」

「わかりました。ですが、私は少々調べ物がありますので……。ああそうだ、私もこの屋敷は詳しいわけではありませんので、楓さん案内していただけますか?」


 楓の指示に従う素振りを見せながらも、2人きりになれる状況を待つユーリエ。

 他の連中など正直どうでもいい。ラウラを救う最善手である【楓の救出】を実現させるために方法を探る。


(やはりこの方法しかありませんね……それが私の運命だったということでしょう。


 必死に表情を作り、冷静な顔を見せるユーリエ。

 自分の心の裡を読まれるわけにはいかなかった。


「うん、いいよ。何が知りたいの?」

「偽物のいた書斎ならば……何か分かるかもしれません」


 楓の了承をもらい、2人で書斎へと向かう。やがて書斎につくと、後ろ手で扉を閉めて鍵をかけようとした。

 これで何とかできるかもしれない……そう思って一息ついた瞬間、予想外の事実が告げられた。


「やっぱりユーリエさんも偽物だったんだね?」

「な、何を……ぐっ……」


 閉まりかけた扉の隙間から突き出された1本の剣は、そのままユーリエの身体を貫いた。

 百戦錬磨のユーリエだからこそ、致命の一撃になることだけは何とか避けられたが、その傷は決して小さくない。

 内臓の一部を傷つけられたせいか、血液が口へと逆流していく。

 形の良い唇の端から赤いものが顎に向かって伝わっていく。


「い、一体誰が……」

「お前には恥ずかしい目に遭わされたからな、苦しめて殺してやるよ」


 剣を突きだしたのは参田だった。2人の後を隠れてついてきたらしい。ユーリエは楓を連れ出すことに専念していたため、背後の警戒が疎かになっていた。いや、警戒するだけの力が残っていなかったというのが実情だった。


「ま、まだです……」

「ぐぁっ!」


 振り向きざまに参田を蹴り飛ばし、扉を閉める。眼前でにやにやしている楓の肩を掴むと、思い切り抱き締めて口づけをした。

 咄嗟のことに対応できない楓に構わず、その口内を蹂躙する。それと同時に流し込まれるユーリエの血液。


「手順は違いますが……結果オーライというものですね」


 ユーリエが考えたのは【血の契約】だ。彼女の血を楓に飲ませることで強制的に支配し、オリジナルの洗脳を解くことが狙いだ。

 さらに、ユーリエの体内には未だにラウラの血の効力が残っている。それも分けることで、強制的にラウラとの絆を結ばせるつもりだった。


「……あれ? ユーリエさん、こんなところで何を……ユーリエさん!どうしたんですか!その傷を早く何とかしないと!」

「……私は賭けに……勝ったようですね」


 腹部から大量に出血しているユーリエは、混乱する楓を優しく諭すように冷静に言葉を紡いだ。


「私はもう……助かりません。もう終わりなんです」

「そ、そんなことないです! 治癒魔法を使えば……」

「いいえ、それは無駄です。もう駄目なんです」


 楓の言葉を静かに否定するユーリエ。さらに続けられた言葉に楓は声を出すことすらできなくなった。


「私は……もう寿命なんです」




1時間ごとに1本ずつ更新します。


読んでいただいてありがとうございます。

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