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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第13章 終焉の地
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決戦の刻⑤

 その一瞬、誰もが状況を正確に把握できなかった。

 まるで思考が停止したかのようにも感じた。

 ラウラの動きの緩急が激しすぎたために、認識と思考の処理が間に合わなかったのだ。

 桐原の眼前に突然現れたラウラは、全く澱みのない動きで左脇腹に蹴りを放つ。

 思考が追いついていない桐原は、その一撃をまともに喰らう。

 エルフの特徴である細い身体の線、子供の域を出ない身長、どちらも非力であると思わせるには十分な材料だったが、放たれた一撃はその材料から結論付けるにはあまりにも理不尽な破壊力だった。






『うごぉ………おげぇ………』



 強者を気取る者としての矜持なのか、破壊力を逃がすでもなくまともに喰らってしまった。

 想定を遙かに上回る破壊力は、桐原の肋骨を容易く破壊し、内臓にダメージを与えていた。

 


『げほっ! げほげほっ!』



 咳き込む口元からは鮮血が伝う。

 即座に回復を使うところは流石といったところだろう。

 だが、ラウラは回復されても全く焦ることなく、自然体で佇む。

 よりいっそうの笑顔を浮かべると、再び桐原へと歩みを進める。

 またしても無防備、輪をかけたように無造作な足取り。

 それを挑発と捉えた桐原は、ラウラへ放つべく魔力を凝縮させる。

 周囲の空間が軋むほどの高次元で圧縮された魔力は、たとえラウラでも直撃すればただではすまないだろう。




 直撃すれば…だが。



「遅いな、お前」

『ごぶっ!』



 魔力を開放しようとした時には既に桐原の眼前にはラウラの姿はない。

 呆れたような口調の小さな呟きが聞こえたのは桐原の背後。

 直後、背中に猛烈な衝撃と痛みが走る。

 ラウラの膝が背中の下のほう、腎臓の辺りに突き刺さっていた。

 またしてもラウラの動きを把握しきれなかった桐原は動揺も隠せずに喚き散らす。



『何でこの俺がついていけないんだ! こんなのおかしいだろ!』

「私の200年を馬鹿にするんじゃない。お前がふんぞり返っている間、私は只管苦行の毎日を送っていたんだよ」

『ふざけるな! エルフの癖に精霊魔法が使えない偽者のくせに!』

「………ああ、確かに私は精霊魔法が使えない。精霊が私の言うことを聞かないからな。だが、それがどうした? 今お前は精霊魔法の使えないエルフもどき・・・・・・にいいようにあしらわれているじゃないか」



 ラウラが桐原の戯言ともとれる捨て台詞をあっさりと肯定する。

 その行動に、桐原はおろか、ユーリエまでもが衝撃を受けた。









 ラウラが桐原の言葉を肯定した。

 すなわち、エルフでありながら精霊に愛されぬ者だということを認めたのだ。

 それを聞いたユーリエは衝撃を受けたが、すぐに考えを纏めはじめた。



「ラウラ様の使う術が複雑なのは、そういう理由があったからですね」



 ユーリエは常々思っていた。

 ラウラは新しい術式や魔道具の開発を積極的に進めていた。

 だが、そのどれもがあまりに複雑だった。

 精霊魔法を使えば手間も魔力も少ないはずの効果を、明らかに過剰な魔力と複雑すぎる術式で再現していた。

 何故そんなことをするのかを理解に苦しんでいた。

 


 カラクリが分かってしまえば全て合点がいく。

 今のラウラの身体は借り物だ。

 かつて桐原によって分割されたエルフの身体の一部を元に創りだされた分身だ。

 当然のことだが、『本体』が存在する。

 精霊は全て『本体』に従っており、今のラウラには従わない。

 だからこそ、複雑すぎる術式を構築しなければ魔法を使うことすらできなかったのだ。



 そんなラウラに出来ること。

 それは、魔力を何度も枯渇させ、総量を増やすことと、その身体能力を一時的にではあるが爆発的に上昇させることくらいだった。

 その為の苦行をずっと積み重ねてきたのだ。

 それこそ、兄である吟の頃からずっと………



『精霊魔法が使えない分身なんて…ハズレだろうが…』

「そのハズレにここまでやられてるお前は大ハズレってことか?」

『ぬかせ! お前みたいなやつに…』



 桐原は再び己を回復させ、ラウラへと向き直る。

 攻撃を仕掛けようとするが、意識を集中するよりも早く、ラウラの攻撃が突き刺さる。

 拳が、手刀が、膝が、足刀が桐原の攻撃の出鼻を挫き続ける。

 桐原は気付いていない。

 ラウラの力は爆発的に上がっているが、数値的なものはほぼ自分と変わらないレベルであることを。



 ラウラはこれまでに積み重ねた経験則に桐原の性格を加味し、次の行動を非常に高い精度で予測していた。

 さらに、どのように動けば無駄がないかを自分の身体に徹底的に叩きこんである。

 故に、ラウラの動きは桐原を上回っているのだ。

 桐原の持つ強烈なチートに対抗するには、ひたすら積み重ねた研鑽であることを吟は知っていた。

 その身に精霊の加護がないことも。

 そのような状態で戦えるようになるにはどうすればよいか?

 ただただ磨き続ける以外に方法が無かった。

 


「お前には基礎がない。その力を使いこなすための基礎がな」

『ぐぁあああああああ!』



 更なる苛烈な攻撃が桐原に降り掛かる。

 傍目から見れば、完全に一方的な蹂躙に見えるだろう。

 攻撃は全て潰され、サンドバッグのような状態。

 ラウラはそれでも攻撃の苛烈さを緩めようとしない。

 それどころか、より激しい攻撃を繰り出している。



(まだだ………まだこいつにトドメは刺せない。まだ余力がありすぎる。もっと吐きださせて、心を折らなければ………)



 ラウラはそんな思いをあからさまに表情に出した。

 それは一種の合図だった。

 ユーリエに向けたその合図は、切り札を切るタイミングが近いことを示唆していた。



「来ましたか! こちらもすぐに準備を始めましょう!」

「………………」



 ユーリエの呼び掛けに無言で頷いて肯定の意を表すローブ。

 その場に蹲ると、その白い両手を地面につけて何やら呪文を唱えはじめた。

 やがて両手がうっすらと光を放ちはじめる。

 その光は、掌から地面にゆっくりと吸い込まれていく。

 珠のような汗を流しながら続けられる作業を見守りながら、ユーリエは戦闘を続けるラウラを見やる。

 実際はラウラ優勢に見えるが、桐原はダメージを負ったそばから回復している。

 肉体的な痛みも未だ心を折るまでには至っていない。

 つまりは………拮抗しているのだ。



「ラウラ様………こちらの準備はそろそろ完了します」



 ある程度の長期戦は元より想定していたが、想定以上の長期戦は圧倒的に不利だ。

 それを見越してのラウラからの合図だった。

 だが、まだ遠い。

 切り札を切るには、まだ一手二手必要だ。

 完全に桐原の心を折る攻撃が必要なのだ。



 ただ威力が高ければいいというものではない。

 確実に桐原の心を穿つ一撃が欲しい。

 それがどういうものであるのかは誰にもわからない。

 桐原にも当然ながらわからない。

 戦いの中で、ラウラが見つけなければならないのだ。

 


 決めてを欠いた状態で、トドメの一撃を探るラウラ。

 その状況はいつでも相手側に転がっていく危ういものだ。

 そんな綱渡りを続けていれば、消耗するのも当然であり、それは次第にラウラの判断力を蝕んでいく。

 その結果………









『………ようやく捕まえたぞ』

「くっ! 離せ!」



 牽制に放った右の蹴りが、抱き抱えられるような形で桐原に止められる。

 桐原は超接近戦に活路を見出したのだろうか、左腕でラウラの右足を抱えたまま、空いた右手に魔力を集束させる。

 そこには何の小細工もない、ただの圧縮された魔力が集まるだけだ。

 戦い方に余裕がなくなっている。

 ここでもう一押しできれば、勝敗は見えてくるだろう。

 それも理解できたからこそ、桐原もなりふり構わぬ行動に出た。



『この至近距離で喰らえばお前でも無事ではいられないだろう?』


 

 その言葉に呼応するかのように、高まっていく魔力。

 ユーリエ達もその光景に息を呑む。

 このままでは………敗北してしまう。

 


「ラウラ様!」



 悲痛な叫びは結界の中までは届かない。

 桐原の笑みがさらに歪にゆがむ。

 勝利を確信したかのような表情にも、ラウラは反応しない。



 桐原の魔力が極限まで圧縮されようとした時、ラウラは小さく呟いた。

 桐原はそれを最期の言葉だと思ったのか、魔力の圧縮をぎりぎりで止めるとその呟きに耳を傾けた。

 


 ラウラの呟きは桐原の耳から脳に伝達され、その意味を的確に伝えた。

 それを完全に理解したとき、桐原は自身の行動が誘導・・されていたことを知る。

 ラウラはこう呟いていた。









「そっちから近づいてきてくれてありがとう」









 桐原がラウラから距離を取ろうとするも一瞬遅く、凄まじい轟音が周囲に木霊した。

 

 

ラウラは見た目に反して肉弾戦が大好きです。


読んでいただいてありがとうございます。

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