シャーリーのお仕事
動き出す前に、色々とやることがあるようです。
デュメリリーの森をシャーリーは飛んでいた。魔物に見つかると煩いので透明化の術をかけている。
「さて…もうそろそろでしょうか…」
魔王の居城を過ぎてやや移動すると、森の入り口が見えてくる。そこから続く道に沿って飛ぶと、ぽつぽつと集落が見え始める。やがてこれまでとは少し色合いの違った街並みが見えてきた。シャーリーは地に降りると、透明化を解く。勿論誰もいないのは確認済みだ。
「格好も変えないといけませんね」
今の彼女の格好は純白の貫頭衣のようなゆったりとした服装にサンダルだ。しかも天使の象徴の翼も出ている。これでは当然ながら彼女に与えられた任務はこなせない。
「こんなもので…いいですよね」
彼女の身体が一瞬光に包まれると、服装が一変していた。動きやすそうな皮のズボンに獣革のブーツを履き、若草色のシャツの上から革鎧を着込んでいる。艶のある赤系の金髪をバンダナで纏め上げ、腰にはショートソードとナイフを提げておく。ごくありふれた冒険者スタイルだ。
服装に満足すると、町までの道のりを徒歩で移動する。だんだんとこれから向かう町が見えてくる。
まず目につくのは町を取り囲む巨大な壁だ。これはアステールではごく一般的な都市の形状だ。アステールには魔物と言われるモンスターがそこかしこに存在している。高位の冒険者や騎士などは対抗する手段を持つが、一般の市民はそうもいかない。だからこそ一般人は税金を支払って都市に居を構える。
旅人や商人、冒険者などは壁に数箇所作られた門にて検問を行われ、入場税を払って都市に入るのだ。
シャーリーが鼻歌を歌いながら門の一つに近づくと、門番がそれに気付いて声をかける。
「待て、お前は何者だ。身分証を見せろ」
「はーい、ギルドカードでいいかしらー」
シャーリーは少々間延びした話し方をしながら、ギルドカードを渡した。この喋り方に特段の意味はない。ただ、彼女なりの『試し方』だ。こんな喋り方でもきちんと対応できる人間であれば信用するし、それだけで拒絶するような人間であれば必要最低限の関与しかしない。一応は天使なので、それなりには人間のことを考えてはいるのだ。あくまで一応だが…。
門番はシャーリーの喋り方にも特に嫌な顔をするわけでもなく、ギルドカードを受け取って確認する。町には様々な人種が訪れる。当然そこにはコミュニケーションに少々難のある者が来ることも少なくない。ここの門番はそういった心構えの出来ている人間だった。
シャーリー=イーストヒル
種族 人間
ギルドランク C
門番は目前の少女をまじまじと見つめる。年齢は16~7位だが、ランクがCである。一般的に一人前とされる冒険者のランクはDなので、この少女は並居るベテラン冒険者と肩を並べる強さということになる。年齢不相応なのは胸だけではないのかと門番が考えていると、少女が問いかける。
「あのー、何か問題ありましたー?」
「い、いや、特に無い。入っていいぞ」
「ありがとーございますー」
ぺこりと頭を下げて門を通過するシャーリー。彼女は冒険者資格があるので入場税は不要だ。ギルドの支部のある都市では冒険者が最終防衛ラインを構築するため、冒険者の入場税をギルドが肩代わりしてくれる。その代わり都市に入るとギルドへの出頭義務があるので、実は彼女は門を無視して入っていることがほとんどだ。何故ならギルドへの出頭義務が面倒くさいのだ。色々とトラブルに巻き込まれたりするからだが、今回は敢えて門から入った。彼女はギルドに用事があった。
(対応は及第点ですね。ただ…胸のことは余計ですが)
彼女は門番の視線に気付いていた。彼女の胸は薄い。実を言うと、彼女の心酔するラウラにすら負けていた。だがそれは彼女のせいではない。彼女を創造した者が配慮をしてくれなかっただけ。解ってることとはいえ、少々落ち込んだシャーリーだった。
メインストリートを暫く歩くと、如何にもな風体の冒険者が屯する建物が見えてきた。それが最果ての町「カーナ」の冒険者ギルド支部だ。
「ちょっとごめんなさいねー」
入り口にいる男達を避けながら室内に入ると、そのままカウンターに向かう。受付の猫耳娘に声をかけてカードを見せる。
「ランクCのシャーリー=イーストヒルですー。支部長さんに会えっていうー、おばあちゃんの遺言でー、ここまで来たんですけどー。支部長さんいますかー?」
「何の用ですか?」
シャーリーのだるそうな喋り方に露骨に不快感を表す受付嬢。
「支部長さん以外にはー、話しちゃいけないってー、遺言なんですー」
「用件はこちらでお伺いします。用件の重要度はこちらで判断します」
「…あなた程度がー、判断できるー、内容じゃないですよー」
「何ですって!」
シャーリーの言葉に怒気をはらんだ声を上げる受付嬢。それを見ていた冒険者達も集まってくる。
「おいおい、さっきから見てりゃずいぶん自分勝手なガキだな」
「ここは大人に従ってればいいんだよ」
シャーリーはもう帰りたくなっていた。イーストヒル家はラウラ=デュメリリーの封印を施した一族であり、その名は最優先で対応されることになっていた。
勿論、200年前の約束だから忘れられていても仕方ないのだが、だからといってこれから話すことはこの世界、特にこの地の人間は無碍にしていい内容ではないはずだ。
「あーもー、わかりましたよー。それじゃ伝えますよー。3日前の明け方にー、シャーロン=イーストヒル、あー、私のおばあちゃんですねー、シャーロンが施したラウラ=デュメリリーのー、封印と結界が破られましたー。誰かが破ったんじゃなくてー、自力で内側から破った形跡がありましたー。後は、えーと、おばあちゃんからの遺言でー、私のことを信じなかった人たちはー、反省をするべきなのでー、何があっても手を貸しちゃ駄目って言ってましたー。以上でーす。それじゃ、さよーならー」
シャーリーは一気に話し切ると、小さな革袋をカウンターに無造作に置き、ギルドを後にした。何やら奥からえらそうな男が出てきたが一切気にせず外に出た。シャーリーのここでするべきことはもう終わったのだ。
シャーリーのここでの役目はラウラの復活をアピールするだけだ。おそらくあのままいれば封印を手伝えとか厄介事を押し付けられるのは明白だったし、そんな無駄なことをするつもりもさらさら無かった。何故なら、ラウラの封印など元々存在していなかったのだから。
「次はバラムンドですか。急ぎましょう。ラウラ様にお叱りを受けてしまいますから」
何故か顔を若干赤らめながら、シャーリーは急ぎ足でカーナの町を後にした。再び透明化の術を使うと、バラムンドに向けて飛び立つのだった。
明日の投稿ができないので、続けて投稿します。
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