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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第13章 終焉の地
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決戦の刻④

視点が変わりますのでご注意を…

 目の前の空間が眩い閃光に支配されていた。

 強固なはずの結界が耳障りな音をたてて軋む。

 あたかも精霊樹たちの悲鳴を聞いているかのように思えた。



「…しっかりと…私の後ろにいなさい…」

「………」



 戦局を見ていたユーリエはありったけの障壁を築く。

 ユーリエだけならともかく、背後の者も守らなければならないのだ。

 もし自分達に何かあれば、最後の切り札が使えなくなってしまう。

 それだけは何があっても避けなければならない。



 どれだけの時間が経ったのだろうか。

 ほんの一瞬のようでもあり、永遠かと思えるほどに長くも感じた。

 閃光という形を伴った暴虐の嵐が結界内を吹き荒れる。

 果たして内部がどのような状態にあるのか、全く想像できなかった。

 想像してはいけない、最悪の光景が頭をよぎる。



 もしこの光が消えたとき、そこに何も無かったら…

 いや、望まぬ者のみがそこに存在していたら…

 脳裏から振り払おうとするも、まるで粘度の高い油のように、完全に拭い去ることができない。



 そのようなことはあってほしくない。

 そのようなことはあってはならない。

 そのようなことはあるはずがない。



 熱病に冒された患者のうわ言のように、必死で自分の考えを修正する。

 いっそのこと、目を瞑り耳を塞ぎ、全てのものから逃げ出してしまいたくなった。

 だが、それこそ許されない。

 自分はラウラの右腕だという自負があった。

 それはユーリエにとっては全てに優る誇りだ。

 逃げ出すということは、その誇りを泥濘に塗れさせることに他ならない。

 だからこそ、その全てを見届けなければいけない。

 それが最悪の結末であろうと…



 






 やがて光の奔流が収まり、視界も徐々に戻ってきた。

 薄らと見えるのは2つの影。

 それは次第に輪郭を明確にしていく。

 一つは忌々しい神もどき。

 となれば、必然的にもう一つは、自らが心より信頼する主。



 見た目は華奢な身体を包むイエローのトラックスーツの所々に焦げ跡は見えるが、しっかりと2本の足で立っている。

 障壁の維持で相当魔力を消耗したのか、肩で息をしている。

 そんな状態にも拘らず、大きな2つの瞳からは戦意が失われていなかった。

 むしろ、これまでよりも遥かに輝いているようにも思えた。

 その理由は、すぐに明らかになった。



 輝きを放っていた翼は艶をなくし、所々羽根が抜けている。

 それなりに整った顔を苦痛で歪め、大量の汗を流している。

 


 そして何より………最早飛行する力も無くなりつつあるのか、桐原は大地に膝をついていた。

 


「…どうした? 飛び回るしか能のない蚊トンボが地に落ちたら後は何が出来るんだ?」

『…お前如き、飛ばなくても十分なんだよ!』



 憎しみに満ちた目でラウラを睨みつける。

 それは積年の恨みや苛烈な悪意といった類のものではないように思えた。

 ラウラの脳裏に、遠い過去の記憶が一瞬甦った。

 あれは母親が死に、心が壊れていた頃のこと。

 吟は徹の心を癒すには、誰かとの交流が不可欠と判断し、常に自分の仲間たちを家に呼んでいた。

 流行のゲームなどない家だったが、カードや麻雀などで遊ぶ吟たちを遠目で眺めていた。

 そんな中よく見受けられたのが、思い通りにいかずに負けが込んできた者が癇癪を起こす様子だった。

 だからお前はガキなんだよ………そう吟に窘められて、不貞腐れていた少年少女。

 その姿が目の前の神もどきに重なる。



 だが、それを理由にラウラが手加減をすることはない。

 その力を以って好き放題してきた輩が、その力の威光の及ばぬ者によって排除される。

 それは今まで彼奴がしてきたことをそのまま返されているだけである。

 目の前の幼稚さ丸出しの神もどきが、もし全ての調和を図ろうとしていたのであれば、色々と変わっていたのかもしれない。

 それは今考えても詮無きことで、もう取り返しのつかないところまで事態は進んでしまっている。

 


「………全く…ちょっと頭の回るバカガキは本当に面倒だな」

『何だと!』



 ラウラの言葉に面白いように反応を返してくる。

 もう少しその反応を見てみたかったが、今はそんなことをしている場合ではないと思い直して半身に構える。

 既に呼吸は整えている。

 魔力こそだいぶ減っているが、そんなものは常日頃の鍛錬で克服する手段も見つけている。

 ラウラの攻撃・・の準備が漸く終わった。



「今度はこっちから行くぞ、ついてこれなかったら置いていくからな?」



 そう言い放ち、ラウラは無造作に歩みを進めた。

 その顔にはいつもの微笑みが戻っていた。










 ふと周囲の空気が変わったことに気付けたのは、ユーリエがラウラと共にいた時間が長かったからだろうか。

 いや、長さであれば他の魔物達のほうが長いかもしれない。

 その空気の変化は闘志や戦意といったものによるものではなかった。

 むしろ心の奥底が暖かくなるような、どことなく懐かしい気持ちにさせるものだった。



(これは………何故このような時に?)



 通常ならば、このような緊迫した戦況で弛緩するような状況は絶対に忌避されるべきなのだ。

 そんなことはラウラなら言われずとも十分理解しているはずだ。

 だが、この空気は明らかにラウラが中心となっている。

 それに………



(ラウラ様の動きに全く迷いがありません)



 一見無造作に歩いているように見えるが、その身のこなしは普段のものに戻っている。

 先ほどまでのやや意識したような防御主体の動きではない。

 自然体なのだ。

 それは普段の自信に満ちたラウラに戻っているということだ。

 桐原の攻撃を凌いだという自信と、お互いの消耗具合。

 これから移行していくであろう戦局の変化。

 精神状態の違い。

 あらゆる要因を考慮した上で、漸く桐原を同じ土俵に引き摺り下ろしたと確信しているのだろう。

 


 ならばこれから始まるのは、ラウラが最も得意する分野の戦いだ。

 最後の一手に導くための筋立てをするにはこの戦いをおいて他にはない。

 おそらく自分達の出番はそう遠くはないはずだ…



「…どうしましたか?」

「………」



 突然、ユーリエの左手を軽く触れる感触があった。

 それはすぐに左手を覆い、強く締め付けてきた。

 背後に控えるローブ姿の者が、その白い両手で彼女の左手を包み込むように握り締めていた。

 きつく握られたその手は小刻みに震えている。

 


「あなたも気付いたのですね、そう遠くないうちに出番があると」

「………」



 無言で頷くローブ姿の者。

 震えるのも無理はないと思った。

 先ほどまで繰り広げられていた途轍もない攻防。

 圧倒的なまでの敵の攻撃力に、それを何とか防ぐラウラの防御力。

 いや、正確に言うのならば、小さな布石をこつこつと積み重ねて大きな防御力を為したラウラの戦術。

 そんなハイレベルの戦いに割り込もうというのだ。

 現に自分も震えを必死に抑えている。

 もしここに自分一人しかいなければ、同じように震えていたことだろう。



「大丈夫ですよ、あの方は絶対に導いてくださいます。その時を信じて待ちましょう」



 握られた手から感じる力強さに、ユーリエは振り向きもせずに言葉を返す。

 そこには弱者への嫌悪など微塵もない。

 共に戦地に臨む戦友へと向けられた言葉は、今まで以上の力強さを持っていた。










 桐原は混乱の極みにあった。

 自分の攻撃が悉く外される。

 切り札代わりにしていた広範囲攻撃も防ぎきられた。

 おかげで飛行するだけの魔力は残ってはいるが、高速での戦闘に回せるほどは残っていない。

 おかげで何百年以上も受けてこなかった屈辱、「地に膝をつく」という醜態を晒している。

 一方のラウラは、疲労はあるものの表情は普段の微笑みを浮かべるほどにまで戻っている。

 何故こうなるのか?

 魔力の量では自分のほうが遥かに高かったはずではないのか?

 


 そんな桐原の乱れた思考をさらにかき混ぜるように、ラウラが無造作に歩いてくる。

 武器も持たず、まるで近所に散歩にでも行くような歩みだ。

 今攻撃をすれば当たる………そう思い至るが、また同時に罠ではないかという疑問も鎌首をもたげてくる。

 もしここで攻撃して、カウンターの一撃を喰らえばどれほど無様か。



 攻めるか、守るか。

 その相反した意思が攻防を繰り広げる中、ラウラの一挙手一投足により強制的にかき乱されている。

 その混乱は思考能力を急速に低下させていた。

 今の桐原はラウラのことが理解不能だった。



 大きな力をやると言われても平然と断る。

 こちらの攻撃を受けきる。

 そして今、武器も持たずに歩いてくる。

 魔力もほとんど無いであろう状態で、だ。



(何なんだよ、こいつは! 何でこんな奴がいるんだよ! 俺はこの世界で最強の神なんだぞ?)



 混乱した思考ではその程度のことしか考えられない。

 今までこんな状況に陥ったことはなかった。

 ただ力を使えば、それだけで皆消滅していった。

 こいつはただのイレギュラーだったはずじゃないのか?

 何故ここまで力をつけているのか?

 自分の思い描いていた筋書きには、こんな理解不能な存在はなかった。



 桐原はそんな考えを堂々巡りさせていた。

 出口の見つからない思考の迷路に入り込んだと漸く気付いた時、半ば強制的に現実に引き戻された。



 眼前数十センチのところにあったのは、エルフの少女の微笑み。

 まともな男性であればほぼ見蕩れてしまうその微笑を全く崩すことなく、その可憐な唇から言葉が紡がれる。



「かかってこないのなら遠慮なくやらせてもらう。不意打ちだなんてふざけた抗議は全て終わってから受け付けてやるよ」



 その言葉が終わるや否や、桐原の腹部に強烈な衝撃が走った。

読んでいただいてありがとうございます。

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