決戦の刻③
「結局、そんなものに頼るのか? 神になりたい奴がそんな玩具に頼るなんてどこの笑い話だ」
『ふん、勝てばいいんだよ!』
「はぁ………お前、『神』になるということを理解してるのか? この世界はお前の好きにしていい玩具とは違うんだぞ?」
ため息まじりのラウラの言葉に鼻白む桐原。
恐らくはラウラの言葉の意味を欠片も理解していないだろう。
ラウラはこれまで、色々な魔道具を作ってきた。
だが、その材料はすべてアステールにて調達したものだ。
そこに刻まれた魔法の術式も、基礎となっているのはこの世界に存在していた魔法術式を組み合わせたものだ。
術式の構成ですら、考え方を変えればいずれ誰かが気付くだろう。
すなわち、ラウラの創り上げたものは、この世界に生きる者がいずれ到達できる可能性を秘めたものだ。
だからこそ、ラウラはその魔道具を安易に使う。
それを見た者が努力と研鑽を積み、新たな物を作り出せるように。
だが、ラウラは武器そのものを創ったことはない。
理論として武器に応用できるものはあったかもしれないが、それは理論をどう捉えるかである。
しかし、桐原はその力で武器そのものの『銃』を作ってしまった。
もしこれがこの世界の人々に齎されればどのような結末を迎えるか、そんなことは少し考えれば解るはずなのだ。
地球では銃の原型が開発されてから400年以上経つが、未だにそれを用いた戦争が起こっている。
銃はごく平凡な人間を殺人者に変えてしまうだけの力がある。
恐らくは技術が進んでいるであろう地球でこの有様だ、それをこちらに持ち込めば、新たな混乱を起こすのは必至だ。
自分の管理する世界を混乱の坩堝にしようとする『神』など、存在していいのか。
ラウラの言葉にはそんな意味がこめられていた。
力を持つ者としての責任というものをあまりにも軽視する桐原に虫酸が走った。
『俺の支配する世界がどうなろうと俺の勝手だろう?』
「支配だと? それならお前はこの世界に生きる全てのものを掌握してるのか? そこから生まれる新しい命を認識してるのか?」
『どうしてそんなことを俺が気にする必要がある? あいつらは勝手に増えていくんだから多少減っても問題ないだろ?』
「元人間のくせに随分大口叩くじゃないか」
『それはお前も一緒だろう?』
薄ら笑いを浮かべつつ銃口を向ける桐原。
それが切り札だと言わんばかりの表情だ。
その指は既に引き金にかかっている。
「お前如きと一緒にしないでくれるか?」
明確な怒りの意志を込めた瞳で睨みつけるラウラ。
確かに『森』は弱肉強食を体現している。
弱い者は力を付けなければ生き残れない。
道具頼りの中途半端な強者が入り込む余地など存在してはならない。
『銃』は危険だ。
簡単に扱える力は扱う者を勘違いさせる。
自分は強いんだという勘違いを…
恐らく魔力を用いて弾丸を飛ばしているのだろうが、弾丸が切れたらどうするのか?
魔力が枯渇したらどうなるのか?
「チート好きが飛び付くだろうな。だが、そんなものいくらでも防ぎようがあることを教えてやるよ」
ラウラとて『銃』を考えなかった訳ではない。
実際に創らなかった理由がある。
それを目の前の桐原がどれだけ理解しているのか、それを試すかのように構えるラウラ。
「さあ、撃てよ。そんな玩具で私をどうにかできると思うなよ?」
『舐めるな!』
銃口から魔力光がが噴出する。
やはり何かの金属だろう。
おそらく魔力でコーティングされた弾丸か。
それは射線上のラウラを捉える………はずだった。
「遅い」
軽く身を捩って避けるラウラ。
小馬鹿にするように肩を竦めて見せる。
そこには全く焦った様子はない。
『クソ! クソ!』
続いて引き金が引かれ、銃弾が放たれる。
だが、それは全て空を切る。
ラウラに当たったのは最初の一発だけだ。
ただし、かすった程度だったが。
ラウラは桐原が『銃』を出したとき、内心ほくそ笑んだ。
見事に自分の思い通りの行動をとってくれたからだ。
それはラウラとして生きる為、吟に色々と教えてもらっていた頃に遡る。
吟はこれまでに数々の召喚された人間と戦ってきた経験を教えていた。
敵についての傾向と対策だ。
『いいか、こっちに来てすぐに順応する奴等は大概ゲームとかの知識を持ってる奴だ。それから多いのが銃火器を再現しようとする奴。だが、ただの銃火器ならこの世界じゃ大した脅威じゃない』
「え? 何で? 銃とか危険じゃないの?」
『ただ金属の塊を飛ばすだけなら魔法でいくらでもできる。その程度の攻撃を防ぐ魔法もある。むしろそういう効果を魔法そのもので作り出そうとする奴のほうが厄介だが、そういう奴はまずいないと思っていいだろう』
「そんなに簡単に切り捨てていいの?」
『いいか? 複雑な現象を魔法で再現しようとなると、いくつもの魔法の相乗効果を目指さなきゃならない。その為の土台となるべきものが無いんだよ、あいつらには。だからこそ、お前には基礎からしっかりと覚えてもらうつもりだ』
「うん、わかったよ、吟兄」
『それとな、銃が大した脅威じゃないもっと単純な理由も教えてやるよ…』
銃がラウラにとって脅威ではない理由、それは至極簡単なものだった。
銃弾は常に一方向にしか進まない。
銃口と腕の角度、腕の筋肉、目線…様々な要因がその弾道を教えてくれる。
向かってくる方向が分かれば、避けることなど造作もない。
魔力により強化された身体は弾丸よりも疾く動くことを可能にする。
そんなことにすら気付かない桐原を冷めた目で見る。
(このまま完全に消耗してくれるとありがたいんだが…そう上手くいくわけないか)
警戒を解かずに癇癪を起こす桐原を見据える。
元々射撃の達人というわけでもないので、簡単に当たるはずもない。
すると、突然ラウラの眉間にピリッとした感覚が生まれた。
(なるほど、そう来たか!)
即座に飛びのくと、それまでいた場所を光線が通り抜ける。
今度は弾丸ではなく、光線にしたようだ。
『くッ! これでも当たらないのか!』
「攻め手を変えたのかと思ったんだが、お前は学ぶという言葉を知らないようだな」
(成る程、さっきのは例えるならロックオンされたということなのか? それにしては随分と制御が甘い。私なら確実に仕留めるが…散々煽ったせいで相当冷静さを欠いているらしいな)
はっきりとわかるほどに錯乱している桐原。
冷静に距離をとるラウラ。
そしてそれを見守る2人。
互角…いや、ラウラが主導権を握っているであろう戦況の中、観客の一人であるユーリエは何となく違和感を感じていた。
「戦況はラウラ様がかなり押していますが………果たしてこの世界を牛耳ろうという輩がこの程度でしょうか? その割にはこれまでの攻撃に雑さが見受けられます。敢えて全力を出していないのだとすれば、随分と舐められたものです。ですが、何か理由があって全力が出せないとすれば………まだまだ終りは見えないですね」
ユーリエは考える。
自分が思いついたことならば、ラウラは当然理解しているだろう。
とすれば、散々煽りを入れてペースを乱し続けたことの効果が出てきたと言ってもいいだろう。
ユーリエはこの戦いの前にラウラが言っていたことを思い出す。
「ラスボスってのは大概、2~3段階の変身をするものだ。きっと桐原もそうだと思う。それを自分のものにしているかどうかは別にしてだが」
ラスボスという言葉の意味はいまいち解らなかったが、きっと何か奥の手のような手段を複数隠し持っているということをラウラは考えているのだということは理解できた。
しかも、ラウラはそれ以上の何かを危惧していた。
恐らく、その奥の手を制御しきれずに暴走することすら考えているのだろう。
だが、ラウラは今の時点で戦いが終結するとは考えていない。
全く警戒を解かないその姿が証明だろう。
「ラウラ様………どうかご無事で………」
ユーリエが固唾を呑んで戦局を見守る中、戦いは次の段階へと進んでいく。
自分の攻撃が全く当たらなくなったことに苛立ちも頂点に達した桐原は、銃での攻撃を諦めたのか、その手から消滅させた。
『…ふふふふふ、もうヤメだ。魔大陸を出来るだけ無傷で手に入れたかったんだが、もうどうでもいい。お前はここで確実に殺す!』
「…遊びのつもりで来たのならさっさと帰ってくれるか? こっちも暇じゃないんでな」
『うるせぇ! 俺の本当の力を見せてやる!』
桐原の翼が輝きを放ち始める。
純白から徐々に変化していくそれは、やがて翼を黄金色の輝きに変えた。
と同時に、これまでとは段違いに濃密な魔力を纏い始めた。
(まだこれだけの魔力を放てるのか………本当に馬鹿げた力だ………)
背中に冷たい汗が伝うのを感じたラウラは、即座に全力の障壁を作り出す。
精霊樹の結界のことも心配だが、今はそれどころではなかった。
視界の隅にユーリエの姿を見つけると、ユーリエもそれに気付いて頷く。
きっとこちらの意思を汲み取って独自の行動を取るだろう。
そう確信したラウラは自身の障壁に更なる改良を加えていく。
障壁が組み上がるのと同時に、桐原の口元が嫌らしく歪む。
『これで終りにしてやるよ。全て消えて無くなれ!』
桐原の周囲に何かが展開された。
ラウラはその正体を把握しきれずに訝しげな視線を送る。
だが、すぐに焦りの表情を浮かべて障壁に流す魔力を増やす。
(頼む! 間に合ってくれ!)
最早桐原の様子を窺う余裕など無かった。
視界の隅では、桐原が勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。
殊更不快にさせる顔だったが、そんなことに構っていられない。
出来る限りの障壁の強化を続ける。
だが…
『終末の殲光!!』
如何にもな術名の詠唱と共に、周囲が閃光に包まれた。
ラスボスの発狂と段階変身はお約束ですね。
強そうに思えないのは私の表現力が至らないせいということで…
読んでいただいてありがとうございます。