決戦の刻①
ちょっと短いです。
ひりひりと肌を焼くような緊張感が一帯を包み込む。
ユーリエと若草色のローブを着た者は精霊樹の結界の外側にいた。
結界のすぐそばにいるとはいえ、厳重に張り巡らされたそれを通り越してくるプレッシャーに身体がすくむ。
「よく見ておきなさい、ラウラ様の本気で戦う姿など、そう見れるものではありません」
背後に控える者に、振り向くことなく声をかける。
ローブ姿の者は大きく頷いた。
見れば、ローブから見える白くて細い手は固く握られている。
どうやら小さく震えているようだ。
「…今からそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。何かあれば私が必ず護りますから」
ユーリエはそっとその肩に手をかける。
フードの奥の双眸に光が宿る。
それを見たユーリエは一瞬だけ満足そうな笑みを浮かべると、すぐに真剣な表情に戻って結界の中を見つめていた。
『俺のどこが馬鹿っぽいんだ?』
明らかに不快な表情を見せる桐原。
それに伴い、放たれるプレッシャーも大きくなる。
(流石はこちらの神を取り込んだだけのことはある。だが、もっと煽らなければ…)
ラウラはプレッシャーに耐えつつ、さらに煽りを入れる。
これまでのどんな敵をも上回る強さを肌で感じている。
単純な魔力勝負をしても、ラウラの全開状態のほうが確実に早く終わってしまうだろう。
そして、ラウラは桐原の様子を見て確信していた。
――― 奴は私を見くびっている ―――
確かに魔力の量や質では及ばない。
身体能力でも同等とは考えにくい。
だからこそ、この場所への誘い込みも簡単に乗ってきたのだろう。
多少のハンデはくれてやる―――とでも思っているのかもしれない。
ラウラに活路があるとすれば、そこしかない。
そのために張り巡らせた二重三重の策略。
如何にしてそこに導けるかが勝敗の分かれ目だ。
「お前、自分で気付いてないのか? 光を纏いながら降りてくるなんて、どこぞの演歌の大御所かと思ったぞ?」
『な、なんだと!』
「まさかこんな攻撃手段があるとは思わなかったぞ? 笑わせて呼吸困難に陥らせようなんて誰も思いつかない。流石は初代勇者、やることが一味違う」
『くそ! 言わせておけば!』
桐原の右手に光が集まる。
それは徐々に長くなり、やがて1本の大剣へと姿を変えた。
如何にも【聖剣です!】と主張しているような、輝きを放つ刀身に凶悪なまでの魔力が集まる。
『死んでしまえば静かになるだろ!』
「!!!」
桐原が無造作に振り払った大剣から、光の刃が生み出されて放たれる。
狙いは当然………ラウラに向けてだ。
だが、ラウラはそれをなんとか最小限の動きで躱す。
光の刃は背後の結界にぶつかり、轟音と衝撃を撒き散らす。
衝撃が収まった後には、全く損傷の見られない結界壁があった。
視界の隅でそれを確認したラウラは心の中で安堵の息を吐いた。
(どうやら結界の強度は今のところ問題ないようだ。攻撃も直線的だから煽りは十分通用しそうだな)
ラウラの煽りは桐原の力の一片を早々に確認したかったからだ。
それを把握するのが第一段階であり、結界がそれに耐えられるかどうかを判断することが重要だった。
(確実に力を隠しているんだろうが………まずはこちらの思惑通りに動いている。次は………私の力をどこまで出せるか………だな。…とりあえず、何とか避けた感じを匂わせておくか)
「な、何て力だ………まさかこれほどとは…」
『ははははは! 随分と余裕のない避け方だな! 魔大陸の覇者なんて言われてるにしては無様だぞ! まさかこれで全力か?』
「ば、馬鹿にするな! こんなのは小手調べだ!」
『その割には表情に余裕が無いぞ? 今更命乞いなんて認めないからな?』
ラウラの素人丸出しの演技を信じ込み気をよくしたのか、桐原はにやにやと顔を緩ませながら剣先を向けてくる。
確かに桐原は強い。
遥か大昔に召喚され、長い年月を経たせいもあるのか、剣技もなかなか堂に入っている。
もしかすると、何らかの方法で他の者の技術を盗んでいるのかもしれない。
だがそれでも、ラウラは焦っていない。
表向きは焦りを見せているが、頭の中は冷静だ。
桐原の動きに、ある兆候が見えたからだ。
つい見逃してしまいそうな、ほんの僅かな兆候だった。
しかしそれはこれからの戦局を大きく左右するであろう兆候であるとラウラは理解した。
元々、今回の戦いは短時間で決着するようなものと考えていない。
どちらかの魔力が枯渇するまで続くであろうことは事前に理解していた。
ラウラのほうが先に枯渇するであろうことは明白だが、それすらも織り込んで戦略を立てていた。
だからこそ、その圧倒的な力の差を見せ付けられたとしても、決して焦ることはなかった。
「ふ、ふざけるな! 誰がお前などに命乞いなどするか!」
『力の差は歴然だろ、俺の奴隷になるのなら命だけは助けてやってもいいぞ?』
そう言いつつ、光の大剣を振るう桐原。
その刀身から無数の光の刃が放たれる。
ラウラはそれをすんでのところで躱していくが、いかんせんその数が多すぎた。
「くっ! 数が多すぎるぞ!」
躱し、弾いているのだが、全てを捌ききることができず、身体の各所に攻撃が当たってしまう。
だが、身体に纏った魔力のおかげか、致命傷どころか大きな傷さえ負っていない。
『なかなか頑丈だな、でもどこまで続けられるかな?』
「……………」
ラウラは答えない。
その沈黙こそ、桐原の言葉への答えに他ならなかった。
桐原も、ラウラが長期戦を考えていないことなどお見通しだったということだ。
彼我の魔力の総量の差を考えれば、それも当然だろう。
(こちらもそのくらいは知られてるという前提で動いているんだがな)
相手がこちらの情報をどれだけ把握しているかを予想しつつ、これまでの桐原の言動と攻撃手段から、これからの行動を想定し、戦略の微調整を行うラウラ。
それを桐原の攻撃を捌きながら、同時進行で行っている。
何とか攻撃を耐えている………そんな意識を相手に植え付けながら、である。
それがどれほどに負担のかかる行動であるか、この場において知りうるのは唯一人。
「流石はラウラ様ですね………ここまでのことをやってのけるとは………」
繰り広げられる攻防を精霊樹の陰から眺めていたユーリエは感嘆の言葉を漏らした。
ラウラはその身に当たっても耐えていた桐原の攻撃だが、それはラウラだからこそ可能な芸当である。
もしユーリエがあの攻撃を受けていれば、即死することはないだろうが、尋常ならざる大怪我を負うことは必至だ。
そうして動きを止められた後、確実にトドメを刺されてしまうだろう。
ラウラが頑なに他の者に相手をさせたがらなかった意味を、改めて理解した。
また、自分達に課せられた役目の重要性も理解した。
「必ず私達の出番が来る………ということですね。心して準備しておきましょう」
背後に控えるローブ姿の者を見ることなく、一人呟く。
それは自分自身に向けてのものか、もう1人に向けてのものなのかはユーリエ以外に知る者はいない。
だが、確実に自分の出番が来るという確信めいたものが、そう発言させてしまったのかもしれない。
ユーリエ達の出番の来ることなくい、ラウラが圧勝しての結末こそが、彼女にとっての最良の結果なのだから………
『ふん、上手く逃げてるようだが、その程度なのか?』
「言っていろ………吠え面かくなよ?」
桐原は自分の攻撃を無様に避けるラウラの姿にご満悦のようだ。
相変わらず、無数の光の刃を生み出して攻撃を続けている。
そのせいで、ラウラの行動に微妙な変化が生じていることに気付かない。
尤も、その変化は非常に微々たるものだった。
まるで相手の意識の隙間に入り込んでいくかの如く、誰にも気付かれないように変化していた。
その変化は、嵐の前の静けさのように、静かに静かに進んでいった。
(まだだ………まだ足りない………)
ラウラの行動の変化は、誰にも気付かれることなく進んだ。
その為に、態々桐原の攻撃を受けるという屈辱すら受け止めた。
ほんの少しずつではあるが、桐原との間合いを詰める為に………
(あともう少し………もう少し)
体内で魔力を練り上げながら、桐原の攻撃を躱し続ける。
遠距離からの攻撃では分が悪いと判断してのことだ。
じわじわと間合いを詰める。
(あと少し………ここだ!)
なかなか攻撃がクリーンヒットしないことに苛ついたのか、桐原の攻撃がやや大振りになった。
その瞬間を見逃すラウラではない。
これまでの回避行動から一変し、鋭角的に桐原へと切り込んでいく。
目指すは桐原の振るう剣の間合いの内側だ。
渾身の一撃を叩き込むべく、攻撃の波をかいくぐりながら肉迫する。
「これで………どうだ!」
『……………っ!』
桐原の表情が驚愕に染まった。
だが、それもほんの一瞬だけだった。
『まさかその程度のことを想定してないと思ってるのか?』
桐原の顔に浮かぶのは、嘲るような笑みの表情。
次の瞬間、ラウラの身体は大きく吹き飛ばされた。
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