表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第13章 終焉の地
104/124

終りの始まり⑤

ちょっと難産続きです…。

「迎え撃つって…ここで?」

「ああ、下手に出張って留守を狙われるくらいなら、ここで決着をつけようと思う」


 あからさまに不安の表情を浮かべる楓。

 持っていたティーカップを取り落としそうになるほど動揺していた。

 ラウラの表情こそいつもと変わらないが、その胸の内には決死の覚悟があることを見抜いていたからでもある。


「…勝ち目はあるの?」

「ああ、こちらの思惑通りならな」


 2人の視線が絡まりあう。

 だがここで、甘い雰囲気を漂わせはじめた周囲の空気を凍りつかせる者がいた。



「あのー、お姉さま? 初代勇者って………誰?」










「…とまぁ、こんな感じだ」

「何それ、そいつがいなけりゃアタシ達平和に暮らせたんじゃない」

 


 ラウラはこれまでの経緯、特に自分達が召喚されたのは桐原の差し金であることを強調して説明した。

 一之瀬はかなり立腹していた。

 話し方が素に戻ってしまったほどだ。

 

「その上でまだ狙ってくるって? 佐々木みたいな屑の仲間はもっと屑か!」

「そこは否定しない」

「そんなに『俺TUEEE』したけりゃ一人でやれっての」

「…それで、恵ちゃんはどうするつもりなの?」


 楓がようやく会話に参加する。

 実はラウラが状況説明している間ずっと、会話に割り込むことができなかった。

 それほどまでに、一之瀬は激怒していた。


「もちろん参加する!」

「いや、一之瀬は駄目だ」



 一之瀬の叫びにも近い参加表明は、ラウラによってあっさりと却下された。

 


「ど、どうしてですか! 私はお姉さまと一緒に戦いたいのに!」

「まぁ待て、これにはきちんとした理由があるんだよ」


 まさに血を吐くかのような一之瀬の懇願。

 だが、ラウラには一之瀬を除外する理由があるようだった。

 ただ、一之瀬にとっては余程説得力のある理由でなければ納得できないだろう。


 楓と一之瀬はラウラの言葉を待った。


「一之瀬、お前には万が一の時のために待機しておいてもらいたい。もしヤツが私のところに来なくても、お前なら簡単に敗れるようなことはないだろうからな」


 楓が訝しげな表情を見せるが、一之瀬は輝かんばかりの笑顔を見せた。


「そうですね、お姉さまを蔑ろにするようなやつは私一人で大丈夫です!」


 そんな一之瀬の様子を見て、ラウラは一之瀬がポジティブ脳であることに安堵した。








 一之瀬がルーセントに帰った後、書斎ではラウラと楓がソファで寛いでいた。

 だが、2人の表情に甘ったるいものは一切なかった。

 それは、一之瀬を戦闘に参加させない本当の・・・理由があったからだ。


「やっぱり恵ちゃんも…可能性があるんだ…」

「ああ、間違いないだろう。恐らくぎりぎりのタイミングで『裏切り』を強要…いや、命令されるかもしれん。あいつ・・・がそう言っているんだからな」

「でも…そんなことが本当にあるの?」

「考えられないことじゃない。ほんの僅かな経路パスさえあれば、上位の存在の思いのままに行動させることもな。しかも、深層心理に働きかけるから厄介だ」



 心配そうな表情を見せる楓。

 それも仕方のないことだろうとラウラは思う。

 これまでの敵とは明らかに一線を画す強敵だ。


 

「現状では一之瀬の力はかなりのものだ。あいつがここに留まれば、最悪の場合あいつと桐原の2人を相手取ることになりかねん。もし別働で屋敷を狙われたら最悪だ」

「でも…本当にそんなことまでしてくるのかな?」



 ラウラは少し思案する。

 やがて、少しずつ思い出すようにしながら話し出した。


「楓、日本で10年くらい前に、連続女性殺人事件があったのは知ってるか?」

「う、うん。確か今の私達くらいの年齢の女の子が…乱暴されて殺された事件だよね?」

「ああ、あの犯人が佐々木だったのは話したが、実はその片割れが桐原だったんだよ。しかも、ほとんどの犯行の計画は桐原がたてていたらしい。そんな下種のやることだ、こちらの考え付かない外道な手段もとってくると心しておかないといけない」



 普段のラウラとは異なる雰囲気を感じ取った楓は、ラウラの頭を抱え込むように抱きしめる。

 小さな頭が豊満な胸に埋もれる。



「か、楓? どうしたんだ、いきなり?」

「…あまり一人で抱え込まないでね?」



 懇願するような楓の言葉に、何も言えなくなってしまう。

 楓はラウラを抱きしめながら、嗚咽を漏らしながら、呟くように言葉を紡ぐ。


「わ、私…には、こんなこと…しか…できない…けど…」



 楓の零す涙がラウラの髪を僅かに濡らす。

 それを敏感に感じ取ったラウラは、しばらくは楓の好きにさせておくことにした。


 

「なぁ、楓? このまま…少しだけ眠ってもいいか?」

「…うん、いいよ」



 楓の了承を貰い、柔らかな身体に身をゆだねる。

 華奢という言葉を体現したようなラウラの身体を、楓の身体が包み込む。


 

「…怖いのか?」

「うん…だってせっかく再会できたのに…またいなくなっちゃうような気がして………どうやっても不安が消えなくて、押し潰されちゃいそうで…」



 ラウラはこちらの世界に来てから200年、死に物狂いで自身を苛め抜いてきた。

 その結果、『森』の覇者となっただけ。

 だが、その過程と結果はラウラの精神をだいぶ強靭にした。

 

 一方、楓にはそのようなものはない。

 いくらか鍛錬によって力をつけたが、それもラウラ達からすれば微々たるもの。

 


 つまり『無力』なのだ。

 戦いの場に立つことすら許されないほどに。

 その事実が楓の心を苛んでいる。

 ラウラにそれを解決する手段はない。


 

 あるとすれば、全てを無事に解決することだけ。

 だからこそ、楓のやりたいようにさせている。

 ラウラもまた、自分の無力さを噛み締めていた。



 まるで傷付いた子犬がお互いの傷を舐めあうかのように、2人は抱きしめあった。

 お互いの身体の温かさに安心したのか、2人はまどろみの中に意識を落とし、やがて眠りに落ちていった。











 ほぼ1時間ほどで、2人は目を覚ました。

 やや甘めな空間を作りつつ、2人の足は屋敷の地下に向かう。


 地下には現在、『危険分子』を収監してあった。

 2人はその『危険分子』と面会するべく、地下の牢獄の一番奥へと向かっていた。


 しかし、『危険分子』との面会にも拘らず、2人の顔には緊張感はない。

 むしろ、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。



 2人はなおも足を進める。

 地下牢の最奥、厳重に何重もの結界が張られたその場所に、目的の人物がいた。

 手足を拘束され、まともに動くことすらできない状況。

 言葉を発することもできないように、猿轡をされている。

 その人物は、閉じたままの目を静かに開けた。

 ゆっくりと2人の方に顔を向け、にっこりと微笑んだ。



 ラウラはそれに応えるように、やや躊躇いがちに口を開いた。









「久しぶりだな、シャーリー・・・・・




 

 地下牢に囚われていたのは…シャーリーだった。










「すまないな、こんな目に遭わせてしまって…」

「いえ、私から申し出たことですからお気になさらずに」


 ラウラの手によって猿轡を外されたシャーリーは、表情を暗くするラウラに笑顔で返す。


「食事を持ってきたぞ。今食べさせてやるからな」

「はい! お願いします!」



 まるでエサを強請る雛鳥のような姿で口を開けるシャーリー。

 苦笑いしながらも、スプーンで一口ずつ食べさせる。

 もちろん、息を吹きかけて冷ますのもリクエストされた。



「ああ…なんて幸せな時間…」



 傍目で見れば、拘束具をつけたままの姿なので、幸せと言われても全く説得力がない。

 だが、当の本人からすれば、この程度の拘束など全く問題にならない。



 シャーリーは至福の食事タイムをしっかりと堪能した。







「特に変わったことは無いか?」

「はい、ラウラ様の結界のおかげで、思考制御される様子はありません」

「良かった…シャーリーさん」


 いつものような笑顔で応対するシャーリーの姿に、楓は安堵の声を漏らす。



 

 何故シャーリーがこんな場所に拘束されているのか?

 それを行ったのが何故ラウラなのか?




 その真相はラウラが『森』で桐原を迎え撃つと決心した頃に遡る。




 バラムンドでの佐々木(蓼沼)を仕留めたラウラは、屋敷に戻ると出迎えの中にシャーリーの姿が無いことに気付いた。

 いつもならば我先にと飛び出してくるはずだが、それが無い。

 決して物足りないということはないのだが、いつもある光景が無いのには少々気になった。

 


「何だ? 屋敷にはいないのか?」


 シャーリーの自室のドアをノックするが、応答はない。

 いつものシャーリーならば、ラウラの訪問を無視するようなことは有り得ない。

 

「………ま、まさか?」


 ラウラの脳裏に最悪の光景が浮かぶ。

 その瞬間、ラウラぁは走り出していた。





「あ、あれ? ここにいない…だと?」


 ラウラが向かったのは厨房。

 シャーリーがまた勝手に料理してるのではないかという最悪の想像に、つい身体が動いてしまった。


「シャーリーさん? ここには来てないよ?」

「…待て、何で楓がここにいる? お前も立ち入り禁止だろう?」

「だ、大丈夫! 今度はうまくやるから!」

「何をうまくやるかをきっちり問い詰めたいところだが、今はそんな気分じゃない。それよりも、シャーリーが見当たらないんだ。どこか心当たりはないか?」

「え? 部屋にもいないの? そう言えば一昨日あたりから見かけないね」


 一昨日あたりといえば、ラウラがバラムンドに入ってすぐの頃だ。

 その間に何かあったのだろうか?

 だが、これまで見てきた限りでは屋敷に何の異常も見られないし、誰かが傷付いたということもない。

 

 唯一、シャーリーの姿だけが見当たらないのだ。


 

 性格や性癖こそアレだが、ラウラにとっては200年来の信頼のおける大事な仲間だ。

 いきなり姿が見えなくなって、不安にならないほどラウラは非情ではない。


「シャーリー………どうしたんだ………ん?」


 ラウラの感覚に見知った魔力が引っかかった。

 ほんの僅かな反応ではあったが、それを見逃せる今のラウラではない。


「これは………地下牢か!」


 ラウラは走り出す。

 何故そんな場所から反応があるのか?

 何故自分の前に現れないのか?


 問い質したいことはいくつもある。

 だが、今は無事であることを確認したい。

 そんな思いがラウラを突き動かす。





 地下牢の最奥、そこにはラウラが厳重に結界を重ねた最強の牢獄があった。

 だが、そこには未だ入れられた者はいない。

 

 しかし、そこには確かに存在していた。

 ラウラがこの世界において、最も拠り所とした存在が。

 だが、その顔はこれまで見てきた如何なる表情でもなかった。

 ラウラが最も見たくなかった表情だった。


「シャーリー………お前、どうしてこんな場所で………泣いているんだ?」




 そこにいたのはシャーリーだった。

 

 天使としての美貌を涙で汚しながら、牢の隅で座り込んでいた。




ちなみに楓とラウラはただいちゃいちゃしているだけです。


読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ