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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第13章 終焉の地
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終りの始まり④

遅れて申し訳ありません!

「準備のほうは順調ですか?」



 突然声をかけられてその顔に一瞬だけ恐怖の色を浮かべるが、その声の主の姿を確認すると安堵の色を浮かべる。



「いきなり声をかけないでください、まだそこまで慣れておりませんので…魔王様・・・



 声をかけたのはユーリエだった。

 彼女はラウラの考えた作戦の鍵となる人物のところに様子を見に来たのだった。



(本当に彼女に出来るのでしょうか…いえ、ラウラ様が出来ると判断なされたのですから、私のすることは彼女を万全の状態にするだけですね)



 己の心に浮かんだ疑問を払拭するべく思考を切り替えようとする。


 

 彼女は戸惑っていた。

 以前のユーリエであれば、ラウラの言葉に疑問を感じることなどなかった。

 だが、最近はふと考えてしまうことが多くなった。

 自分の心に起こりつつある…いや、既に起こっているのかもしれない変化に心を掻き乱されている。



 何故だろう?

 そう考えてみても答えは出てこない。

 やがて陥る思考の堂々巡りに辟易して思考を放棄する…

 これが最近のユーリエを悩ませているモノだった。



 だが、今は自分の思考について時間を割いている場合ではない。

 最愛の主がかつて無いほどの強大な敵と戦うのだ。

 敵がどのような相手かは聞き及んでいる。

 もしラウラが敗れれば、自分達はどうなってしまうのだろうか。


 

 操られ、最愛の主を屠った者に忠誠を誓わされてしまうのだろうか。

 ラウラ以外の者に自分の力を捧げるようになってしまうのだろうか。






 

 魔大陸の、デュメリリーの森の掟ではそれが正しいのかもしれない。

 他の魔物達もその寝返りを誰も咎めないだろう。



 そんなのは…絶対に認められない。

 それならば、共に逝くことを選ぶ。



 だが、最も身近なモノがそれを確実に拒むことをユーリエは確信している。

 それは魂。

 心は書き換えられてしまっても、魂が拒絶するだろう。


 

 ラウラの存在しない世界に何の魅力があるのか。

 全てが色褪せた世界で尻尾を振って飼い犬に成り下がるのか。

 お前の想いはその程度でしかないのか。



 心の中から湧き上がるそんな不安を、ユーリエはいつものように押さえ込む。



(ラウラ様が負けなければいいだけです。そのための下準備なのですから)



 何とか心の平静を取り戻した彼女は、鍵となる少女に改めて声をかけた。



「そんなことで怯えていてはラウラ様の期待に応えることは出来ませんよ、メアリ・・・?」




 ラウラが今回の戦いの鍵に指名したのは、おおよそ戦いとは無縁の魔族の少女だった。










「怯えてなんていません! …ちょっと吃驚しただけです」

「…まあそういうことにしておきましょう。自主鍛錬は続けていましたか?」

「はい、そのおかげで様々な作物を栽培することができるようになりました」



 メアリの作った農作物は多岐に渡る。

 その豊かさはそのままラウラの食生活の充実に繋がる。


 

 新しい作物の試作品を持っていけば、いつも満面の笑顔で迎えてくれる。

 これまで無能と呼ばれて、同種族からも疎まれていた自分を必要としてくれる。

 メアリにとって、ラウラとの唯一の繋がりでもある農業こそ自分の天職だと思っている。



 今回、ラウラから指名された時、彼女は涙を零した。

 戦うことが嫌なのではない。

 ラウラと共に戦える感激にうちふるえていたのだ。

 


 だが、彼女の実力は、鍵を担うには些か及ばない。

 それは誰もが理解していたので、メアリ自身も怒りが湧くことはなかった。

 それでも知らずうちに怒りが湧いてくるのを感じていた。



 それは、彼女自身への怒り。



 何故、こんなに不甲斐ないのか。

 何故、自分は戦えないのか。


 

 ラウラが聞けば、「そんなことはない」と怒りそうな内容だが、メアリにとっては重要なことだった。

 共に並び立つユーリエを羨望の眼差しで見ていた。

 嫉妬に思ったこともあった。



 だが、ラウラは常に自分のことを見てくれていたのだ。

 その力を存分に振るえる場を用意してくれたのだ。

 ならば、自分はそれに応えるだけの力をつけるのみ。

 その為ならば、嫉妬した相手に教えを乞うことなど大したことではない。




「なるほど、かなりの種類の作物が制御できているようですね。大きな植生の制御はどうですか?」

「完全制御までは難しいですが、活性を上げるくらいなら出来ます。ただし、活性化させると周囲の土壌の養分・・を大量に消費するので、数回しか確認していませんが…」



 申し訳なさそうな表情のメアリ。

 ユーリエはそんな彼女の心を見透かしたかのように、柔らかな笑顔を見せる。



「いえ、活性化させることが確認できていれば構いません。むしろ、これからは活性化の訓練も控えてください。いつどのような形でこちらの情報が漏れるかわかりませんから」

「そうですね、今回の相手は今までとは格が違うんですよね…」



 不安な表情を隠しきれないメアリ。

 ここで無闇にその場凌ぎの言葉をかけても意味がないことはユーリエにも痛感できた。

 だが…





「何を言っているんですか? ラウラ様がそのような輩に敗北するとでも思っているのですか?」




 ユーリエは強い口調で言い切った。


 

 確実な勝算があるわけではない。

 むしろ、今はその勝算を見出す為に動いている。

 決して無闇に感情を煽ってはいけない。

 だが、ユーリエの行動には理由があった。



(ラウラ様がいない世界を受け入れられないのはこの娘も同じ。ならば、鍵となる行動に陰りが出ないように感情を煽っておくほうがいいでしょう。メアリの役割はそれほどに重要なのですから)


 

 冷静に状況を見据えたところで、それを打破するだけの力が無ければ、厳しい現実に打ち据えられて本来の力を十全に発揮できない。 

 ならば、感情の高ぶるままに力を発揮させたほうが、メアリにとっては良い方向に働くと判断したからだ。

 


「そ、そうですよね! ラウラ様が負けるなんて有り得ませんよね!」



 ユーリエの言葉を聞いて、途端に表情が明るくなるメアリ。


 

「となれば、ラウラ様には万全の状態でいてもらわなければいけませんね! 新鮮な野菜と果物をお持ちしますとお伝えください!」

「…それはいいんですが、あなたも万全の状態でなければいけないんですよ? その辺りを理解していますか?」

「勿論です! でも、今はラウラ様のために動きたいんです! そのほうが安心できるんです! それではこれで失礼します!」



 そう言い残して、畑の中に戻っていくメアリ。

 忙しそうに動き回る小さな背中を黙って見守るユーリエ。

 その表情は、あたかも最愛の我が子を見守る母親のようにも感じられた。

 その眼差しは、まるでこの平和な光景を焼き付けようとしているようにも見えた。



「この営み…絶対に終わらせることはできませんね…」



 何かを心に秘めたようなその呟きを聞きとめる者は誰もいなかった…。










 ラウラは一人、書斎で執務机に向かっていた。

 魔力を籠めた羊皮紙に、何かを書き込んでいた。

 開け放たれた窓の縁には、純白の鳥が止まっていた。

 その目は透き通ったルビーのような、真紅の瞳だった。

 白い鳥が一声鳴く。



「わかったよ、もう少し待ってろ。そんなに急がせて書き損じたら、お前が責任取るっていうんなら構わないが」



 不機嫌さをはっきりと現した声で鳥に話しかけるラウラ。

 だが、ペンを動かす手は止めず、羊皮紙に向けるその顔を上げることもない。

 時折、何かを考えるように手を止め、まるで何かの想像を振り払うかのように頭を振る。


 

 そんなことを数回繰り返した後、ラウラはようやくペンを置いた。

 羊皮紙に書き込んだ内容を改めて見直し、間違いのないことを確認すると、机の端に置いてあった封筒に羊皮紙を入れ、封蝋で封印する。



「ほら、しっかりと持っていけ」



 封筒を鳥に向かって放り投げると、鳥は器用に空中でホバリングしながら、足で封筒を掴んだ。

 鳥は室内を一回りすると、ラウラに一瞥くれてから、外に飛び立っていった。

 その動きは通常の鳥では考えられないもので、一直線に天空に向かって飛んでいった。


 

 ラウラはその様子を窓から眺めていたが、肉眼でも確認できなくなると、溜息をつきながら窓を閉めた。

 その表情は優れているとは言い難い、複雑なものだった。



「ふぅ…これで後には引けなくなったか…」



 ぽつりと呟くと、執務椅子ではなく、ソファに身を投げ出す。

 だらしなく脱力すると、ぼんやりと天井を眺める。



 

 

 コンコン…




 小さくノックの音がする。



「いいぞ、勝手に入れ」



 天井を眺める視線を動かさないままに返事をするラウラ。

 気配から、誰が来たのか知っているので不安はない。



「ラウラちゃん、お茶を持ってきたよ」



 香茶のセットを載せたカートを押しながら入ってきたのは楓だった。

 だが…



「お姉さま、美味しい果物をみつけました!」



 一之瀬までくっついてきた。

 楓はまるで害獣を見るような目で一之瀬を睨みつけている。



 だが、ラウラの様子を一目見るなり、驚愕の表情を浮かべた。

 呆けているラウラなど、一緒に暮らしているうちに一度たりとも見たことが無かったからだ。

 押してきたカートを放り出し、ラウラに駆け寄る。



「ラウラちゃん! どうしたの!?」

「…ん? ちょっと考え事しててな…」

「それにしてもおかしいよ? こんなにぼーっとして!」

「…お姉さま、どうかしたんですか?」



 楓と一之瀬は、普段とは様子の違うラウラに動揺を隠せない。

 そんな2人を見て、ラウラは大きく溜息を吐く。


 

(この2人には…話しておくか…)



 ラウラは楓のことを大事に思っているが、一之瀬のことも嫌いではなかった。

 とはいえ、恋愛感情ではなく、話の合う友達のような意味合いだ。


 

 これから起こるであろうことには、2人も十分に係わり合いがある。

 ならば、その真実も知る権利があるとラウラは思った。

 だからこそ、自分の決断を2人に知ってもらうことにした。



 ラウラはしばしの無言の後、重苦しい空気に耐えかねたかのように口を開いた。










「一ヶ月後、この地で初代勇者・桐原勇斗を迎え撃つ」



 それを聞いた楓と一之瀬は絶句した。

 

いよいよ最後の戦いに突入?


不定期更新が続いて申し訳ありません。


読んでいただいてありがとうございます。

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