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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第13章 終焉の地
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終りの始まり①

ついにクライマックスの章が始まります。

 少女が泣いている。

 塗り潰されたような闇の中、膝を抱えてすすり泣くその姿は、どこかで見たような少女。


「いやだよ…おとうさん…おかあさん…かえりたいよ…」


 まるでうわ言のように繰り返される言葉。

 その瞳には輝きはなく、止め処なく涙が零れ落ちている。


(おい、大丈夫か?)


 声をかけようとするが、その思いに反して言葉が出てこない。

 すると、少女の周りに人影が現れた。

 細身の身体を儀式装束のようなものに身を包んだ者達が、布を巻き付けただけの格好の少女を連れていこうとする。


「いやだ! いやだ! おうちにかえして! おとうさん! おかあさん!」


 少女の懇願は微塵も受け入れられることなく、その腕を掴まれて引きずられていく。


(やめろ! 嫌がってるだろう!)


 怒りにまかせて吐きだした声すらも、その者達には全く聞こえていないようだった。


『これで我々を導く存在が誕生する。我らの未来を約束する存在だ』


 一際豪奢な装束を纏った年老いた男が、周囲の者達に話しかける。

 周囲の者はそれに無言で頷くと、少女をベッドのようなものに縛り付けた。

 そして投与される大量の薬品と、刻み込まれる無数の呪詛。


「あああああああああああああああ!」

(やめろ! お前等何してるか解ってるのか!)


 決して少女の為になるようなものではないのは、少女が上げ続ける絶叫から見ても明らかだ。

 だが、それを止めようにも、声も出なければ身体も動かない。

 ただひたすら、少女が受ける拷問を見せつけられている。

 

 無力感にその身を焼かれるようだった。

 何故こんな光景を見なければならないのか。


 一瞬の暗転の後、光景は切り替わった。


「もうむり…です。これいじょう…は…」

『かまわん、続けさせろ』


 儀式装束の男が部下に指示を出す。

 その途端、少女の瞳から意志の光が消えた。

 そして、少女は魔法を放つ。


(あれは隷呪! 無理矢理魔法を使わせてるのか! そんなことをすれば…)


 少女は魔力を枯渇したのだろう、その場に崩れ落ちる。

 周りにいる大人達は、その少女の腕を掴んで引き摺っていくと、藁の敷かれた檻に放り込む。

 まるで動物か何かを扱うような光景。


(何てことしてるんだ! 死んでしまうぞ!)


 その檻の中に入っていく男。

 その手にはおぞましい色をした薬物。

 それをどうするのかはすぐにわかった。

 

 少女の口を開け、無理矢理流し込む。

 途端に少女はもがき苦しみ始める。


『死なせてしまっては意味がない。死なない程度にな』


 装束の男がそう声をかけて立ち去る。

 

(何を…してるんだよ…)


 未だもがき苦しみ続ける少女を助けることができない。

 それどころか、声をかけることすらできない。

 一体何なのだろうか。


 無力感を噛み締めていると、再び場面は切り替わる。


 

 少女は独り屋外にいた。

 瓦礫の前に立ちつくしている。

 瓦礫中に2本だけ残った柱には何かがくくりつけられていた。

 それは少女の両親…だったモノ。


「お…おとうさん…おかあさん! うわあああああああああ!」


 既に息絶え、その亡骸は原型をとどめていない。

 一体どれほどの暴虐がつくされたのか。

 少女はただただ涙を流す。

 

(どうして…こんなものを…)


 胸を締め付けられるような光景に言葉も出ない。

 手を差し伸べれば届く距離なのに、その手は空を切る。


 少女はやがて立ち上がる。

 その瞳からは既に涙は消えていた。

 そのかわりに、瞳の奥に復讐の炎を宿していた。


(やめろ! それに身を委ねるな! 行き着く先は破滅しかない!)


 だが、少女は止まらない。

 誰も止められない。






 その力を、その心を、その絶望を。

 









「やめろおおおおおぉぉぉぉぉっ!」


 ラウラは掛け毛布を蹴り飛ばして起き上がった。

 その顔は大量の脂汗をお流しており、呼吸も荒い。

 周囲を見回し、そこが自室のベッドの上だと漸く理解した。


「どうしたの! ラウラちゃん!」

「どうしたんですか! ラウラ様!」


 ラウラの叫びを聞きつけて、楓とシャーリーが部屋に飛び込んできた。

 2人とも寝間着姿というとても扇情的な姿だった。

 普段ならば『はしたない』と説教の一つもくれてやるところなのだが、今のラウラにはそんな余裕すらなかった。


「…すまん、ちょっと悪い夢を見ていた」

「…そう、もし怖い夢だったら一緒に寝てあげても…」

「…楓さん、それはずるいです。それは私が先に…」

「…悪いが、もう少し眠りたいから静かにしてくれ」


 それだけ言うと、ラウラは蹴飛ばした毛布を取りに行き、再びベッドに潜り込んでしまった。

 いつもと違う何かを感じながらも、2人は部屋を出て行った。

 だが、違和感を感じていたのはラウラも同じだった。


(今まで夢なんて一度も見なかったのに…)


 徹がラウラになってからの200年間、一度も夢を見たことがなかった。

 それが今このタイミングで夢を見たということに理解が追いついていなかった。


(しかも…なんて内容の夢だ…)


 吐き気がするほどの拷問と、家族を惨殺された少女。

 何故そんなものが夢として現れるのかが理解できない。

 これまで経験したことのない出来事に無防備で遭遇してしまったのだから、ラウラが混乱するのも無理は無かった。


(ユーリエが来たら相談してみよう。何か判るかもしれない)


 結局、その後は眠りにつくことができなかった。










「…そのようなことがあったのですね」

「ああ、正直なところ、自分でもまだ混乱してるよ」


 書斎の執務机で大量の本に埋もれるラウラに、ソファで茶を飲みながら寛ぐユーリエ。

 

「それで、だ。お前、夢について詳しいか?」

「夢…ですか」


 ユーリエは自分がここに呼ばれた理由を理解する。

 ラウラが今まで夢を見たことが無いという事実にも驚かされたが、では何故今なのかというのも疑問が残る。

 ユーリエは頭の中に浮かんだ数多くの選択肢の中から、より現状に符号するものを選び出していく。


 ラウラとて夢については理解しているだろう。

 だが、初めての経験で戸惑っているのが容易に見て取れた。

 ユーリエは少し逡巡した後、口を開いた。


「おそらく…過去の記憶ではないでしょうか」

「過去の?」

「はい、夢が表現するのは過去の記憶や未来の理想などです。ただ、理想の場合は何か曖昧な表現をされることが多いです。未来のことなど分からないのですから当然ですね。それに対して過去の記憶の場合、心の奥深くに封印された記憶が出現したりします。それほどに鮮明な夢とすれば、過去の記憶である可能性が高いでしょう」

「過去の記憶か…。もしかすると、私が生まれるずっと前ということか?」

「それが一番可能性が高いと思います。よくあるのは前世の記憶を夢に見たりすることですから」


 ラウラは考える。

 少なくとも自分のかつての人生にあのような経験などないし、その先祖というにはあまりにも日本人離れした容貌だた。

 となると、考えられることは限られてくる。

 

「一番可能性が高いのは…この身体の持ち主の記憶か」

「そうだと思います。今の・・ラウラ様に最も縁のある存在ですから」


 ユーリエが肯定するように、身体の持ち主ということはあの・・少女と同一人物なのだろう。

 ならば、何故今このタイミングなのかが理解できない。

 これから最後の相手と戦うことになる以上、余計なことが枷となることは極力避けるべきである。

 こんな無意味…というか悪影響しか及ばさない夢を見させる意味がない。

 

「まさか初代勇者が? いや、そこまで干渉できるとは思えない。『森』の結界は精神干渉も防ぐように組み上げたものだからな」

「そうですね、私もその考え方で正しいと思います。ですが、そうなると一体誰が…」


 ラウラがこの『森』を護るために組み上げた結界はかなり強力なものだ。

 もし何かが通り抜けようとするのなら、ラウラ自身が気付く。

 しかし、そのような形跡は一切見られなかった。

 

「考えにくいことではあるが…内部の者か?」


 ユーリエはラウラの気配が剣呑なものに変わりつつあるのを感じて冷たい汗が流れるのを実感していた。

 

 もし内部の者だとすれば、これは明らかな裏切り行為だ。

 一体誰がラウラに反旗を翻すというのか。


「…もし考えられるとすれば…竜達ですか?」

「いや、それは考えにくいだろう。あいつらはあれでも誇り高い種族だ。弱らせた相手に勝って堂々と出来るはずがない」

「…となると、あの『勇者』達でしょうか?」

「それも考えにくいんだよな…既に力は回収してるから、繋がりリンクは出来ていないはずだ」

「…一人だけ、力を回収していない人がいますよ?」

「前島先生だろ? だが考えてみろ、無意識下とはいえ私の精神に干渉できるほどの力をただの人間だった先生が許容できると思うか?」

「そうですね、それほどとなれば人格が崩壊…いえ、それこそ存在自体が耐えきれないでしょう」

「だろ? でも先生は…とりあえずいつも通りだ」


 考えられる要因とすればそのくらいなのだが、どれもが決定的な何かが欠けている。

 

 問題の原因が確定できていないことがラウラに漠然とした不安の種を植え付ける。

 ラウラ自身も、その不安が徐々に広がりつつあるのを実感していた。

 

 だが、今は最後の戦いに備えなければならない時だ。

 いつこちらに攻め込まれるか分からない状態である以上、自身の状態は万全にしておかなければならない。

 自身の不安を払拭しておく必要があるが、原因が分からなければどうしようもない。


「とりあえずは…この問題は後回しにするしかないか」

「それがいいと思います。私のほうでも引き続き調べてみます」

「ああ、頼む。それでだな…」


 ラウラとユーリエは最後の戦いに向けての下準備に入るべく、その打ち合わせに熱を入れていった。

 そのおかげで、ラウラの頭の中から一時的にではあるが、その不安の影は消えていった。

 



読んでいただいてありがとうございます。



新しい連載を始めました

ワケあり女子高生の異世界トリップものです。


http://ncode.syosetu.com/n8972cm/

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