動き出すハイエルフさん
いきなりPVが跳ね上がりました…
作者は基本チキンなので、あまり驚かさないでください…
というわけでやっとハイエルフさんが動き出します。
アステールには4つの大陸が存在する。巨大な大陸が1つ、その3分の一くらいの大陸が3つだ。
そして、巨大な大陸には3大国のうちの2国、バラムンド王国とティングレイ帝国がその栄華を競っている。他の大陸のうち1つは聖ルーセント教国がほぼ独占的に支配しており、あと一つの大陸は中小の国々が共存統治している。巨大な大陸はガニア大陸、教国支配の大陸はザクレール大陸、共存統治の大陸がヴァーラ大陸と呼ばれている。
そして最後の大陸は名前こそついていないが、広大な森林が広がる特殊な地だ。人の住める地は少なく、それ故に迫害を受けやすい希少種や魔族等が生活している。その広大な森林には迷宮が多数あり、魔王の居城も存在する。通称「魔大陸」だ。
ここまでが一般教養として広く知られている事実だ。
しかし、知られていない事実こそがこの大陸の本質である。この大森林こそ、デュメリリーの森と呼ばれている魔境だ。魔王の居城があることは勿論知られているが、その位置を正確に把握している者はほとんどいないといっていいだろう。
実は、魔王の居城は大森林の入り口にある。その後ろには広大な森が広がっているのだ。何故こんな入り口にあるのか? 簡単な話だ。危険すぎて奥に進むことが出来なかったからだ。恐ろしく強力な魔物が闊歩する人外魔境だ。
その森の最深部に、場違いとも言えるような大きな屋敷が佇んでいる。白塗りの壁には縦横無尽に蔦が絡まり、あたかも森と一体化しているように見える。屋敷にはその外見に似つかわしくない、色鮮やかな花や香り漂う果実を実らせた草木の繁る庭があった。其処に姿を見せたのは一人の少女。
使い込まれた如雨露で草木に水をやるその姿は可憐そのものだ。プラチナブロンドの髪は絹糸のようなストレートで腰まで伸びており、大きな瞳は吸い込まれるような透き通った碧眼だ。淡いグリーンのワンピースから想像できる体型こそまだ未熟な少女のものではあるが、間違いなく美少女である。しかし、その姿は人間の少女とは少々異なっていた。
彼女の耳は長い。所謂エルフである。だが、種族に詳しいものであれば、彼女が通常のエルフではないことがわかるだろう。彼女はエルフよりも耳が少し長い。この特徴を持つ種族こそ、エルフの至高種と呼ばれるハイエルフと呼ばれる種族だ。
ハイエルフはアステールでは絶滅した種族だ。それは強ち間違いではない。彼女はアステール最後のハイエルフだ。彼女の存在はほとんど知られていない。知っている関係者のほとんどは彼女が普通のエルフだと思っているからだ。存在が知られていなければ、絶滅したと同義だ。
ハイエルフの特徴は、その驚異的な身体能力と、馬鹿げたほとの魔力量だ。そして、その2つの恩恵とでも言うべき最大の特徴こそ、数万年と言われている長寿命だ。実はこれも少々怪しい。何せ数万年かどうかを確認した者が存在しないのだ。噂では寿命が無いのではとさえ言われている。
何故このような人外魔境に彼女のようなハイエルフがいるのか、それは当然、彼女こそこの屋敷の主だからに他ならない。彼女こそ、このデュメリリーの森の絶対なる統治者、ラウラ=デュメリリーなのだから。彼女はここに住むことに別段苦労していない。魔物達も大人しく、静かなので研究に没頭できるからなのだが、本来、この森に住む魔物に大人しいものなんて存在しない。ただ単純に彼女の強さに怯えているだけなのだ。
彼女は日課である水やりを終えると、書斎に戻り机に広げた本や羊皮紙の束を片付ける。手元に残したのは一束の羊皮紙。その紐を解き、机に並べて確認していると、一人の少女が入ってきた。寝惚け眼を手で擦りつつ、枕を抱えて入ってきたのは齢16か17くらいの、芸術品のような美貌を持つ少女だが、その背には新雪のような純白の、鳥のような翼があった。―――天使である。
「徹様ー、おはようございますー」
「徹じゃない。ラウラだ」
「どっちも同じじゃないですかー」
「けじめはきちんとつけないとな。今の私はラウラだ」
「むー…」
何故、彼女はラウラを徹と呼んだのか。ラウラは召喚者であり、ラウラの身体を使ってアステールに現れた異世界人だ。彼の本当の名は東山徹。先ほどの天使はその時のサポート役であり、徹に心酔してアステールまでついてきてしまった。彼女の上司に帰るように説得を頼んだのだが、是非ともサポート役につかってくれと頼まれてしまった。後で上司に聞いてみると、
「彼女、少々面倒臭いので」
と、本音をぶっちゃけたのだ。実際には彼女は非常に優秀で、能力ならば天使達でも上位に位置するほどだったので、徹は受け入れたが…。確かに少々面倒なところもあるが、それも個性と割り切ってしまえば大したことないというのが徹の出した結論だった。名前という概念が無かったらしく、鉄は彼女を「シャーリー」と名づけた。
「そういえば今朝、どこか行ってましたか?」
すっかり目が覚め、仕事モードになったシャーリーが問いかける。
「ああ、裏の岩山の頂上まで、ちょっとした確認にな」
「なんであんな昇りにくい山なんかに…」
「そうか? そうでもないぞ。ティーポットとカップ持ったまま登れたからな」
「そんなことが出来るのはラウラ様だけです」
「…そうなのか?」
「そうですよ! ラウラ様は御自分の非常識さを認識してください!」
非常識の塊とも言える「天使」に非常識だと認定され、少々落ち込むラウラ。そんな彼女を見て、シャーリーは慌てて話題を変える。
「そ、そういえば今日でしたか、件の「召喚者」達は」
「ああ、ちゃんと43人いたぞ。…本来なら44人のはずだったんだがな」
一瞬、声のトーンを落としたラウラを見て複雑な表情を浮かべるシャーリー。
「何であんなのが召喚されたんでしょうか…。ランダムとはいえ、少々酷すぎます」
本来なら徹も含めた44人がそこに居なければならなかったのだが、召喚のための力とエネルギーを皆に持ち逃げされたために消滅の危機だったが、とある「仕事」をする約束で、ラウラの身体を借りたのだった。その仕事とは…持ち逃げされた力とエネルギーの回収と、不届き者へのお仕置きだった。
「まずは召喚した国を特定して、ちょっとばかし挨拶に行こうと思う」
「いきなり回収ですか?」
「それじゃお仕置きにならないだろう。名声を得てから叩き落したほうがショックはでかいだろ?」
「邪悪な笑顔ですよ、ラウラ様」
「そりゃ仕方ないだろう。漸くこの時が来たんだからな」
「それじゃ200年ぶりに『無法の賢者ラウラ』の復活ですね」
「その二つ名の真意を半日ほど問い詰めたいが…今は召喚者が先だ」
「…楓さんと…前島先生ですか?」
「ああ、何かあった時に一番最初に見捨てられるのは間違いなくあの二人だ。無事だけでも確認しておきたいからな」
「では私はどういたしましょう?」
「光が落ちた方角からするとバラムンドかティングレイのどちらかだろう。ルーセントは方向が違ったし、教義上あの国は召喚なぞしない。異世界人を嫌ってる様子だしな。だからシャーリーはバラムンドを調べてくれ。私はティングレイを調べる。召喚されてるかどうかの確認だけでいいぞ」
「どうして確認だけなのですか?」
「一人一人確認していくと余計なところで感づかれる可能性がある。それに召喚に成功したならその国のお偉いさんとの顔合わせは必須だろう。そこなら全員を確認できる」
「それだけですか?」
「鋭いな。本当は確認と牽制だよ。召喚者に下手な手出しできなくするんだよ」
シャーリーの鋭い指摘に、彼女の有能さを再認識しつつ本音を語る。
「どうするんですか? 天使は直接関与できませんが…」
「そこはラウラ=デュメリリーの名前をフル活用する。200年封印されていたラウラが目覚めて、召喚者を態々見に来た。これがどれだけ大きなことか解るか?」
「ラウラは召喚者を狙っていると思わせるため…」
「そうだ。そうすればしばらくは護衛でも付けておとなしくさせるだろう。その間にきっちり準備を整えておく。これが今回の流れだ」
「解りました。それではこれからバラムンドへ行ってきます。ラウラ様も御怪我など無い様に」
「ああ、そっちも気をつけろよ」
一礼して退室するシャーリー。ラウラもローブを纏い、屋敷を後にする。
「楓、前島先生、無事でいてくれよ…」
次の瞬間、ラウラの姿は跡形も無く消えていた。
読んでいただいた方、誠にありがとうございます。
誤字・脱字指摘・感想等、宜しくお願いします。