都市、リヴァンジェルス解放
3
世界は青い。空の青は濃く、海の青もまた濃い色を写していた。水平線の彼方、空と海が交差する場所は、鮮やかに明輝している。そこは幾多もの高層ビル群が立ち並び、海から反射した陽光で青く染められている。
僕はその内の一つの屋上で、望遠鏡を片手に食べかけのドーナツを口に押し込む。腰に取り付けたホルスターから銃を取り出す。ドーナツの中に入っていた血のような色の宝石を吐き出し、放り投げる。銃で宝石へ発泡する。甲高い破裂音とともに、一瞬にして街が紅く染まる。
時が、停止する。
1
一人の少年がタブレット状の端末を顔の前に翳す。すると、高層ビルを持っている会社や、役員の名前、オーナーなどの情報がポップな吹き出しの中に記載されている。ARという、現実に情報を付加できる技術だ。これによって街は不要な看板や広告などがない、スマートな景観を保てる。
しかし、これは時にリヴァンジェルスを危機へと貶める弱点にもなり得る。
「柳舘、上手くやれるか?」とつぶやくと、コンパスと地図を取り出す。
柳館とは、計画の上で重要な役目を負う少年で、科学技術や土木、都市計画や建築に詳しい。しかし、詳しいというのは産業ではなく、もっぱらテロリストとしてだが。稀代のマッドサイエンティストとも言わるが、その覆面の下を知るものは少ない。栗色の癖のある髪を伸ばして、口元はあどけない印象を与えるがどこか遠くを見ている目は、深海のように黒く澱んでいる。
今回のプランナーは少年、高峯翼だが、彼はトラップ専門で、もっとも重要なセクターはやはり柳館だった。高峯から見れば柳館も信用しきれないはずなのだが、何か打算があるらしい。
「トーダニ、打ち合わせどおりに」
高峯はそう一言だけ端末に話しかけると、ピーピピッと「了解」の意を表す電子音が鳴る。音声は指向性だ。なにもそこまでねぇ、とは思ったが、計画の失敗は許されない。
トーダニというのは十崎ダニエルという、日本人とアメリカ人のハーフらしいハッカーだ。らしい、というのは、実は韓国人とオランダ人のハーフという噂があるからなのだが、高峰はただ実力を買ったまでだ。クラッカーとしての技術が高いのは勿論、過去にアメリカの警察機関を暴いたり、捕まった際も警備システムを掌握して脱獄した経歴もある、らしい。すべての履歴は無、そこにあるのは技術とどうでもいいユーモアぐらいである。
2
『トーダニ、打ち合わせどおりに』
ピーピピッ
コンピュータを操作し、「打ち合わせ」どおりに、ヘリコプターを堂々と地点に飛ばす。
航空管制塔は雨の粒から大気の状態までを把握しているが、偽のデータとすり替えればこういった芸当もできる。
隣でドーナツをひとかじりしていた柳館は感嘆し呻いた。偽のデータとすり替えるといっても、今の大気の状態と食い違えば異常が知られる。つまりそれだけの作業はすでにしてある、ということだ。末恐ろしいが、こいつと仕事をすればどんな都市も落とせるかとも思った。ただ、十崎が求めるものがいまいちわからない。
まぁ、僕は「この都市を停める」仕事をするだけだなと頭の中でつぶやくと
「トーダニくん、「想定外」が起こったら君はどうする?」と話しかける。トーダニは迷惑そうな顔はせずに答える。
「ははっ、タカミネの想定外って、なんだろうね? ドクター11」
「リチャード、チームの探りあいはやめようか。ドクター11なんて名前どっから手に入れたん?」
リチャードと呼ばれた十崎は苦い顔をして、「シークレット。でも、消しとくよ」とだけ返す。
「ありがとう。けど、そんなばれるようなヘマしたっけなあ……。で、飛行玩具の配置はオーケイ?」
「お互い様さ。ラジコンはバッチリさ、あとは君次第」
4
「無事に都市は停止めたよ」
『リヴァンジェルスの停止を確認』小型のイヤフォンから高峯の声がした。
トーダニが撒いた「紅玉石」を反応させ、その区画内の無線や電気インフラは停止した。
「うん、紅玉石の効果は上々ってとこかな。じゃあ高峯くんとトーダニくん。バイバイ、またいつか、運命ってものがあるのなら」
「マッドだねぇ。そして、クールだ」グッバイと、ダニエル。「ああ、では俺も目的を果たすか」黒いグローブを嵌めながら高峯。
5
「事故」から半年後、三人の青年たちが高級なカフェテリア内で談笑していた。
「まぁ、あの時は一番のニュースになったの柳館が起こしたインフラ破壊だったけどな」
「そんなもんかねぇ? でも、高峯くんも目的は果たせたでしょう?」
「ああ、感謝してる。目的が目的だっただけに報道はされなかったが、家族と、仲間を助けることができた」
「知ってるよぉ、タカミネ。家族って妹でしょ~? シスコン! シスコン!」
「そういうお前は金だったな。あきれるぜ」
「仕方ないでしょ~? 僕がまともな仕事につけるわけないんだから! ヤギカタくんにもらった金庫の図面と、錆水銀でちょちょいとね」
店内に、はははと笑い声が響き続けた。
END
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